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第1部   変革の時代において
第3章  どのような取組が重要か-変革の実現に向けた研究社会の取組強化-
第1節  「見つめる」-変革の時代に求められる視点-
1.  求められる総合的・俯瞰的視点



(1) 内外の諸課題の性格と世界の動向

 研究社会が変革に向けて的確な対応を図っていくためには,

・対応が求められる内外の諸課題の性格を十分捉えていくとともに,
・グローバル化の進展や地球的,人類的課題への対応の重要性を考えた時,世界の動きをよく見つめていくこと

が重要となる。ここでは,変革の時代に求められる視点を考えるにあたり,まず,内外の諸課題の性格と科学技術に対する世界の取組・動向について見る。

{1}内外の諸課題の複雑性

 変革に向けて対応が求められる内外の諸課題の多くは複雑である。ここでは,まず,次の3つの側面から,諸課題の複雑性を見てみる。

-細分化,専門化された個別の科学技術分野だけでは対応が困難である。
-ある問題への対処が別の問題を引き起こすことがある。
-科学技術面からだけでは対応困難である。

(細分化,専門化された個別科学技術分野だけでは対応が困難である)

 現代の科学技術は細分化,専門化が進行しているといわれる。

 科学技術の歴史を振り返ると,ギリシャ市民社会の全盛期頃(紀元前4〜3世紀頃)の学者は,哲学者かつ科学者であり政治学や法学など様々な学問を修めた存在であった。時代を経て16世紀には,科学,数学,医学から美術,音楽に至るまであらゆる分野で能力を発揮した天才レオナルド・ダ・ビンチを生んだ。17〜18世紀にはニュートンが数学,天文学,物理学など多岐にわたる分野を統合的にまとめ万有引力の法則の発見などの業績をあげた。科学者,研究者がこうした多くの分野に取り組む姿は,その後の産業革命などにより大きく変貌し,科学技術は分業化・細分化・専門化の道を歩み始めた。

 こうした科学技術の細分化,専門化は,それぞれの分野における科学技術の進歩やその応用による産業の発展等に大いに貢献してきており,また,今後も,広範な専門分野での研究の深化を通じ科学技術の発展を促していくものと考えられる。

 しかし一方で,変革の時代,内外の諸問題に対応していくにあたっては,細分化,専門化された個別の分野の科学技術だけでは対応しきれないことも多い。

 例えば,地球環境問題は,気象,環境,エネルギー,森林,化学,生態,情報処理など幅広い科学技術分野の知識が結集しなければ,解決は困難である( 第1-3-1図 )。また,高齢化社会が進展する中,活力ある高齢化社会を構築していくためには,医療技術,高齢者に優しい建築技術,遠隔治療に欠かせない情報技術,よりよい室内環境をつくるための素材・建材等に係る材料技術,人間工学,あるいは心理学等の人文・社会科学など多分野からの対応が不可欠となっている。

第1-3-1図 地球環境問題に対する多分野の連携

 さらに,科学技術の一つの分野であるライフサイエンス分野についてみると,生命現象の解明や疾病発症機構の解明などのためには,生命体を個々の要素部分の統合システムとして理解していくことが重要との観点から,要素部分の研究とも連携しつつ統合システムの研究の進展を図ることが期待されている。

 こうした広範な科学技術分野からの対応が必要となってきていることは,民間企業の動向からも見てとれる。科学技術庁が民間企業を対象として平成9年度に行った調査(以下「民間企業研究活動調査」という。)によれば,約52%の企業は2〜3年前と比べて研究テーマの分野は広がったとしており( 第1-3-2図 ),また,研究者の中途採用を行っている企業の約63%がこの2〜3年で異業種の研究者を中途採用していると回答している( 第1-3-3図 )。民間企業の研究分野は広がっており,これに対して他の分野の研究者を求めている様子が分かる。

第1-3-2図 企業の研究テーマの分野の広がり

第1-3-3図 企業の中途採用研究者の人材源

 さらに,企業が研究者に求めるものを聞いたところ「独創性・創造性」,「積極性・覇気」に次いで,「広範な専門分野の知識・技術」が高い回答となった( 第1-3-4図 )。

第1-3-4図 企業が研究者に求めるもの

 これらの調査結果から,民間企業は研究分野が広がりを見せている中,自分の専門分野のみならず広範な科学技術分野の知識を持つ優れた研究者が,新しいテーマに挑戦することを望んでいる姿を見てとれる。このことは,細分化,専門化が進行する中で変革の時代における諸課題への対応を図っていくためには,人材面からみても,幅広い知識と視野を持った研究者・研究リーダーの存在や多分野の人材を結集することが重要となってきていることを示唆している。

(ある問題への対処が別の問題を引き起こすことがある)

 ある個別の問題の解決策が,時として,別の問題を引き起こしたり,問題を悪化させたりすることがある。別の言葉で言えば,ある経済的,社会的ニーズの解決に向けた取組が別の経済的,社会的ニーズへの対応の観点からは逆効果をもたらすことがある。

 例えば,大気汚染物質の排出を防止するための施設・設備を設置することにより,大量のエネルギーを消費することになるとしたら,大気汚染防止には寄与するが,地球温暖化問題やエネルギー問題の観点からは負の影響をもたらす。また,ゴミ焼却場でのゴミの燃焼がダイオキシン発生の危険性をもたらすとすれば,ゴミの焼却は減量化には寄与するが,新たな汚染問題を引き起こす。さらに,これらの問題を解決するため,極端に費用が上昇するとすれば,国際的な競争の激化に伴い高コスト構造の是正が求められる状況において科学技術も従来以上にコスト概念が重要となる中,大きな問題となる。

 このような問題については,相容れないと見える異なる課題の両立,同時達成を図るべく最適点を見い出すための真剣な努力が求められる。

 大きく自然と人間の営みの関係を見てみると,物質的な豊かさのみを追求すれば自然への悪影響が懸念される。科学技術の発達は,人類の生活を豊かにしてきた。しかし一方で,既述のとおり,科学技術が社会に適用されるに当たり,環境問題など人類生存に係る問題を惹起してきたことは否めない。こうした点が,国民の科学技術に対する不安にもつながっている。

 この点を踏まえれば,安心で安全な,また,快適で健康な日常生活の確保,地球環境問題の解決など地球,人類,あるいは生活者に係る諸課題に的確な対応を図っていかなければならない今日,自然と人類が調和・共生していくことが求められる。

 自然と人類の調和・共生に関して,我が国の研究費の約8割を負担している民間企業の意識を見てみる。「民間企業研究活動調査」によれば,研究開発や科学技術に関連して社会や生活者に貢献していることとして「環境との調和を特に重視した製品開発」を上げた民間企業は約51%と高い回答となっている( 第1-3-5図 )。また,現在,重視している新規研究分野としては「環境」が約31%と高い回答となっており,産業別に見てみると建設業,鉄鋼業,機械工業,プラスチック工業,自動車工業など多くの産業分野において「環境」を新規分野として重視している( 第1-3-6図 )。

第1-3-5図 企業の意識 社会や生活者への貢献

第1-3-6図 企業の意識 重視している新規研究分野

 これらから,民間企業においては幅広い産業で環境意識の高まりが見られ,環境保全と企業業績の向上の両立を図る動きが進みつつある。

 こうしたいわゆるトレードオフ問題については,必ずしも対応は容易ではないが,問題の所在を認識せず狭い個別の科学技術分野の視野からのみ課題を見つめたのでは,変革の時代における複雑な諸課題に的確に対応できない状況にあるといえる。

(科学技術面からだけでは対応困難である)

 現下の内外の諸課題に対しては,科学技術面からのみの対応では的確,十分な対応が図れず,科学技術面の対応と科学技術面以外の対応が相互に密接な関連を持ちながら,多面的,総合的取組を図っていくことが求められる。

 例えば,高度情報通信社会の実現について見てみると,情報通信機器・機材の性能向上,ネットワーク技術の高度化,安全性の向上等のための情報通信技術の研究開発,通信回線網等の基盤の整備,電子商取引等の情報通信ビジネスの振興,国際的な協力・協調,法令の整備などの諸対応が,相互に連携しつつ進行して,高度情報通信社会の実現が図られるものである(「経済構造の変革と創造のための行動計画」中の「情報通信の高度化」部分の要点を 第1-3-7図 に示す。)。

第1-3-7図 情報通信の高度化への対応

 特に,近年,高速大容量情報伝送,高速画像処理等を可能とする情報通信技術の高度化,インターネットの利用拡大により,遠隔医療,電子商取引など情報通信技術の応用範囲は急速に拡大しつつあり,研究開発の推進や成果の活用にあたっては,例えば医療の現場,電子商取引に係る法制度など,幅広い様々な対応を考慮し,連携していくことが従来にも増して重要となっている。

 また,活力ある高齢化社会の実現についても,高齢者の健康維持や身体的能力の補助などに係る科学技術の重要性はいうまでないが,福祉制度,高齢者に優しい建築物に係る基準整備,労働意欲を有する高齢者のための雇用制度,高齢者のための生涯学習制度の整備など,多面的,総合的な対応が図られなければ,その実現は期待できない。

 英国におけるクローン羊の誕生は,世界中に科学技術と生命倫理の問題を投げかけた。いわゆるクローン技術(核移植等の技術を用いて遺伝的に相同な生物個体等を作製する技術)は畜産,科学研究,希少種の保護,医薬品の製造等において大きな意義を有する一方,この技術を用いたヒト個体の作製については人間の尊厳にも関わる大きな倫理問題を内包している。こうした生命倫理に係る問題については,我が国のみならず世界各国において,クローン技術などの一つの科学技術分野からではなく,倫理,宗教,法律なども含め広く社会全般に係る様々な角度から議論が深められていくことが求められており,この問題も科学技術面からのみの対応では解決できない問題の一つであるといえる。

 これらは一例にすぎず,総合的,多面的取組の必要性は,経済活力の確保,地球環境問題,エネルギー問題など変革の時代において対応が求められる諸課題全てに当てはまる。

 特に,情報通信技術やクローン技術の進展に見られるように,科学技術の高度化により技術の応用範囲が急速に拡大している中,制度面等の科学技術面以外の対応を考慮し,また,問題提起や提言を行っていくことが重要となっている。

 「先端科学技術研究者調査」によると,自身の研究成果が社会に貢献する際に問題となる要因を質問したところ,コスト面(約53%)に次いで,制度面(約34%),環境面(約30%)を上げる研究者が多かった( 第1-3-8図 )。

第1-3-8図 研究成果が社会に貢献する際に問題となる要因

 コスト面,環境面が問題となるとした研究者が多いことは,先述のいわゆるトレードオフ問題に対応していくことの重要性を示している。多くの研究者が制度面の要因を上げたことは,研究の推進に当たり,科学技術面以外の対応を十分考慮していくことの必要性とともに,成果が社会に円滑に適用されるため,社会制度等への問題提起など科学技術面以外の対応との連携を図っていくことの重要性を示唆しているといえる。

 このように,科学技術面以外の対応は科学技術面の対応と密接に関係しており,これからの研究社会は,このことを十分認識し,それらの相互連携を強化していくことが求められている。

{2}今,世界では

 冷戦の終結,その後の経済のグローバル化の進展とそれに伴う大競争時代の到来,さらには地球環境問題への対応の重要性の高まりなどは,我が国のみならず世界各国の科学技術への取組に大きな影響を与えている。我が国が変革をめざして内外の諸課題への対応を図っていくにあたっては,そうした各国の取組も踏まえ,世界的視野を持った対応が求められる。

(主要国の科学技術政策の動向)

 主要国の科学技術政策動向を 第1-3-9表 に示す。

第1-3-9表 主要国の科学技術政策動向


 欧米主要国は,経済のグローバル化とそれに伴う世界経済の競争の激化の中,経済競争力と雇用の確保が冷戦終結後の最重要課題となっており,このため,各国の科学技術政策も,競争力と雇用の確保に重点が置かれている。これら諸国は従来より基礎研究水準が高く,このため,高い基礎研究水準の維持とともに,そうした基礎研究基盤の上に立ち,競争力の強化を図っていこうとする政策意図が見てとれる。

 また,国により重点の置き方に濃淡が見られるものの,生活者ニーズへの対応や,地球環境問題などの地球的,人類的課題への取組についても強化が図られつつあり,経済力強化への対応も含め,研究成果の社会への還元強化を取り込んだ厚みのある政策をめざしていることが分かる。

 こうした経済競争力の確保,生活者ニーズへの対応,地球的課題への対応については,変革の時代において我が国が取り組まなければならない課題と同じであり,欧米主要国はこうした面における戦略を強化しつつあるといえる。

 一方,アジア諸国は,韓国のように経済協力開発機構(OECD)加盟国もあれば,ASEAN諸国のように発展途上の国もあり,経済発展段階は様々であるが,国全体の政策は総じて経済成長重視,開発重視であり,科学技術政策も経済発展への貢献という観点が中心となっている。

(競争と連携の調和)

 昨年12月の地球温暖化防止京都会議は,地球や人類の将来にとり地球環境問題の解決が極めて重要であり,国境を越えた全地球レベルでの取組なくして効果的な解決は期待できないことを示した。また,感染症についてみても,国際的な人的,物的交流の拡大の中,ウイルスは容易に国境を越え全世界に拡散する危険性を有しており,この問題も各国の連携のない個別的な対応ではなく,地球的規模での対応が求められる。このように地球的,人類的課題について科学技術面から対応を図っていくにあたっては,地球的規模での連携が重要となっている。

 また,大規模な施設・設備や広範な研究者・技術者の取組が必要な研究開発プロジェクトについては,一国では対応できないため国際協力が求められてきており,既に国際宇宙ステーション計画については,日本,米国,欧州,カナダ,ロシアの協力により進展が図られている。

 さらに,クローン技術を用いたヒト個体の作製などの生命倫理に係る問題については,国際的な動向を十分踏まえた対応が求められており,この問題についても地球的規模での協調という点が重要となっている。

 欧米主要国が経済競争力の確保,生活者ニーズへの対応,地球的課題に対する取組を強化し,また,アジア諸国も経済成長を重視する取組を行っていることを踏まえれば,我が国は,グローバル化の中での健全な競争と,地球的規模での連携という両面の調和を図りつつ,世界的視野を持った取組を図っていくことが求められているといえる。

 総理府の「社会意識に関する世論調査」(平成8年12月調査)によると,日本の利益と世界全体の利益との関係についてどのように考えたらよいと思うかとの質問に対し,「日本の利益と世界全体の利益との調和を考えて,いろいろな課題に取り組んでいく」のがよいと回答した者は約64%に上っている( 第1-3-10図 )。

第1-3-10図 国民の意識 日本の利益と世界全体の利益との関係

 世界的視野を持ち,健全な競争と地球的規模での連携の両面の対応を図っていく方向は,我が国と世界全体の利益との調和を考えて課題に取り組むのがよいとする国民の期待に一致するものであるといえる。


(2) 研究社会全体として重要となる総合的・俯瞰的視点

 これまで見てきたように,変革に向けて対応が求められる内外の諸課題は,細分化,専門化された狭い個別の科学技術分野だけでは対応が困難である,ある問題への対処が別の問題を引き起こすことがある(いわゆるトレードオフ問題),科学技術面からだけでは対応困難であるとの観点から,複雑な対応が求められる。また,グローバル化の中での健全な競争と地球的規模での連携の調和を図りつつ,世界的視野を持った取組が求められている。

 以上を踏まえれば,今後の研究社会には,変革につながる諸課題を狭い個別の科学技術分野から捉えるのではなく,

・幅広い科学技術の視野を持つこと
・科学技術面以外の対応や状況を踏まえること
・世界的視野を持つこと

が求められる。また,その際,諸課題の未来像を見据えた対応が重要となる。

 これらを一言で言えば,「総合的・俯瞰的視点」を持ち,変革の時代における内外の諸課題を見つめ,それへの対応を図っていくことが,従来以上に求められているといえる。

 国民は,科学技術の細分化への不安や,科学技術により生活は便利になるもののそれと引き替えに人間の運動能力や生活能力が低下するなどの不安を持っている。このことは,国民も,総合的・俯瞰的視点に基づいた対応を求めていることを示唆している。


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