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  はじめに
第1部  研究活動のフロントランナーをめざして
第1章  科学技術に対する期待と要請


科学技術は,未知,未到に挑戦するたゆまぬ人間活動の成果である。

18世紀の産業革命や諸科学の発展以来,営々と築き上げられてきた現代社会において,科学技術はいよいよ重要性を増している。本章では,フロンティアの拡大と地球規模の問題への対応の2点から科学技術に対する期待と要請を概観する。


第1節 フロンティアの拡大

科学技術は,経済,社会,生活,文化など様々な面で,新たな挑戦が可能となる領域一フロンティアーの拡大に貢献してきており,これからも,従来にも増して大きな展開をもたらすものと期待が寄せられている。

(科学技術の発達が経済社会の発展をもたらす)

科学技術の発達が経済社会の発展をもたらしてきたことは論をまたない。交通,通信,流通,医療,教育など,ありとあらゆる場面で科学技術の成果が活用されている。最近では,GPS 1) )を用いた自動車用位置情報システム(カーナビ),携帯電話,パーソナル・コンピュータ等が個人生活にも普及してきている。POS 2) による販売管理,MRI 3) による病気の診断,マルチメディアを駆使した音響映像などが日常化してきている。

半導体,光ファイバーなどを用いた情報通信技術の進歩は,日常生活や勤務形態までも変えようとしている。ネットワークに接続されたパーソナル・コンピュータを通じて,音声・画像情報を伴う各種公共サービス,商業サービスが受けられるばがりではなく,バーチャル・コミュニティとでも言うべき,同好の士による新たな会話の場も形成されてきている。出先にあっても,あたかも執務室の机に向かっている時のように事務を処理できるようになってきている( 第1-1-1図 )。また,組織培養などのバイオテクノロジーの進展により,これまで大量増殖が困難であったランなどの植物が,日常的に生活を彩るようになってきている。

このような科学技術の発達は,研究開発の積み重ねにより得られる。

(研究開発の経済効果は大きい)

経済面に限ってみても,研究開発の効果は極めて大きい。我が国で゛は,平成6年度の研究開発活動の規模ば,自然科学部門では研究費が年間12.4兆円と国内総生産(GDP)の2.6%であり,従事者もおよそ90万人を数えている。この研究開発活動が,今後の経済社会の発展の大きな鍵を握っていると言える。


注)  1.GPS:Gl0balPositioning System  汎地球測位システム複数の人工衛星から発信される同期電波を受信する際の時間差から自分の位置を計測するシステム。現在は,米国が打ち上げた24個の衛星を使用している。


注)2.POS:Point of Sales  販売時点情報管理商品にバーコードを付けて,販売,在庫,仕入れを電子的に管理すること。


注)3.MRI:Magnetic Resonance Imaging 核磁気共鳴映像主に水素原子を電磁波により共鳴させて,体内の水分状態を把握し,臓器や組織の断層映像を得ること。

第1-1-1図 高度情報通信社会のイメージ

経済成長は,労働力,資本の増大とそれらの生産要素では測れない要因(全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity))によってもたらされる。このTFPの向上には,技術革新が重要な役割を果たしている。我が国では,労働や資本の寄与が小さくなってきているので,TFPの比重が高まってきている( 第1-1-2図 )。研究開発投資が,TFP上昇をもたらしていることも確認されている( 第1-1-3図 )。

(主要国の取組)

米国をはじめとする主要国では,経済の停滞を克服し,国際的な大競争時代に対応するため,産業技術の開発に重点を置いてきている。

第1-1-2図 成長率の寄与度分解

第1-1-3図 研究開発投資とTFP上昇の関係(1980-90年)

米国では,クリントン政権が1993年(平成5年)の発足以来,技術開発に力を注いでいる。1993年(平成5年)2月には,「米国経済成長のための技術:経済力強化のための新たな方向」を発表し,

1)雇用を創出し,環境を保護する経済成長
2)より生産性が高く,国民のニーズをより敏速にかなえる政府
3)基礎科学,数学,工学における世界的リーダーシップ

の3点を国家目標として提示し,新たな方向として,

1)米国産業の競争力強化及び雇用の創出
2)技術革新を活発化し新たな発想に投資が振り向けられるビジネス環境の創出
3)政府全体としての技術マネージメントの調整
4)産業,連邦・州政府,労働者及び大学間の密接なパートナーシップ
5)情報通信,フレキシブル・マニュファクチャリング,環境技術といった今日のビジネス及び経済成長にとって重要な技術の重視
6)すべての技術の基盤となる基礎科学へのコミットメントの再確認を挙げた。その具体化として,1993年(平成5年)9月には情報スーパーハイウエイ等の実現をめざす「全米情報基盤(NII)に関する行動アジェンダ」が示され,また,基盤的な技術について競争前の段階での開発と商業化を加速する先端技術計画(ATP),軍民転換を促進する技術再投資計画(TRP)等の技術関連プログラムの強化が図られてきた。しかしながら,議会では,民間研究開発の支援政策には反対を唱えている共和党が上下両院で多数を占めるようになったため,ATPについては廃止が求められ,TRPは縮小されている。

ドイツでは,技術革新に関し政府,産業界及び学界が協力して政策目標を設定し,分担してその実施にあたるため,連邦首相を議長とし連邦教育科学研究技術大臣をはじめとする関係大臣と産業界,学界の有識者からなる「研究,技術及び革新に関する評議会」を1994年(平成6年)2月に設置し,1995年(平成7年)3月より活動を行っている。同評議会では,最初の報告として,「情報社会一機会,革新及び挑戦」を1995年(平成7年)12月にまとめ,1)研究・技術・応用,2)法制,3)社会・文化面での挑戦の3点から総合的に提言を行っており,今後実行に移される見通しである。

フランスでは,国際的な産業競争力の強化のため,技術水準の向上が必要と見られる重要技術について検討し,1995年(平成7年)7月に「紀元2000年におけるフランス産業のための100のキー・テクノロジー」と題する報告書をまとめている。報告書では,ライフサイエンス,環境,情報通信など9分野で136の重要技術を抽出し,その中でも特に重要な105のキー・テクノロジーについて,5〜10年の間にフランスの技術水準を向上するため,努力を結集すべきであるとしている。

イギリスでは,産業競争力を強化するための技術予測プログラムを含む「将来展望1995」を1995年(平成7年)5月に公表し,技術予測プログラムで明らかにされた研究開発課題の官民共同での実施,中小企業の技術開発支援及び基礎的・戦略的研究と産業間の隔たりを埋めるための産学官の共同研究が進められている。また,政府の科学技術政策を産業政策と一体となって行い,科学技術と産業との連携を強化するため,従来内閣府にあった科学技術局(OST)を貿易産業省(DTI)に移管する機構改革を1995年(平成7年)7月に実施した。

欧州連合(EU)では,欧州産業の競争力の強化等を目的とした第4次研究開発フレームワーク計画(1994年〜1998年:123億ECU)のもとで,欧州諸国に設立されている企業等に対する助成の形成を主とした,競争前段階であり,かつ,多分野に波及効果を与える研究開発プロジェクトを推進しているほか,欧州委員会(EC)は,1995年(平成7年)12月,技術革新を促進するための方策について広く議論するための報告書を発表した。報告書では,労働人口1,000人当たりの研究者が4人と米国の8人,日本の9人に比して少ないこと,投資全体に占めるハイテク部門への投資の比率が,1985年には34%だったものが,1992年には16%になり,1994年には10%を割っていること,発明をした中小企業,の2/3は特許を持っていないこと,技術革新に対する税制面での優遇措置が米国などに比べて弱いことなどを挙げ,

1)技術革新に向けた研究の重点化
2)人的資源の充実強化
3)資金調達の際の条件の改善
4)法律,規制面での改善
5)政府による介入の役割,あり方の見直し

の5点が必要であるとして,13項目の提案をしている( 第1-1-4表 )。

第1-1-4表 技術革新促進のための欧州委員会の13項目の提案

(我が国の取り組み)

我が国においては,平成7年12月に「構造改革のための経済社会計画」が閣議決定され,新しい経済社会を支える発展基盤として「科学技術の創造」が位置づけられている。独創的な研究開発の推進及び経済社会における科学技術の有効活用により,新規産業の創出等を通じた経済フロンティアの拡大を図り,活力を持ち豊かで安心できるくらしを実現する社会を構築していくこととされている。

今後は,海外で得られた研究成果を巧みに実用化,産業化することにより発展してきたこれまでの生き方を変え,自らブレークスルーとなるような基礎的・独創的研究の成果を生みだし,基礎研究,応用研究及び開発研究の調和のとれた発展を図りつつ,新たなフロンティアを切り拓こうとする取組を本格化することにより,いわゆる「閉塞(へいそく)」感を打破し,21世紀に向けて経済社会を発展させていくことが必要となってきている。

(科学技術は精神・文化活動にも影響を及ぼす)

科学技術の発達がもたらすフロンティアの拡大は,経済面のみには限らない。

基礎科学における知見の集積は,生命とは何か,宇宙とは何が,粒子とは何かといった自然科学の根源的な命題にせまる道であり,新たな自然観,世界観をもたらす可能性を秘めている。生物の遺伝情報がDNA(一部の生物ではRNA)に暗号として書き込まれているという発見は,生命現象を解き明かす研究を大いに加速し,免疫学や発生学の隆盛に至っている。宇宙の全質量の90%以上を占めるといわれる暗黒物質(ダークマター)が観測されはじめてきていることは,宇宙の歴史をより良く説明する道を拓きつつある。トップクオークが確認されたことで,陽子と中性子を構成している基本粒子がそろった。このような発見の積み重ねは,16世紀にコペルニクスによって示された地動説が起こしたような革命的な意識の変革へと展開する可能性を持っている。

情報通信分野の技術革新は,コンピュータ・グラフィクスや様々な映像・音響空間を提供してきており,芸術・文化の世界にも普及してきている。数十年前に亡くなった映画俳優や音楽家が今あたがも目前で活躍しているかのようにふるまっている。空想の世界が身近に溶け込んだ場面は,夢の世界が実際にもどこかにあるのではないかとの想いを抱かせるほど自然になっている。

これらの情報処理や通信に用いられる半導体などの部品や電子機器は,現在のところ小型化されてきてはいるものの,硬く,取り扱いに注意が必要となっている。今後,例えばフラーレン 4) を用いた有機半導体などが実用化されれば,薄くて柔らかい機器が可能となって,利用上の制約がさらに緩和され,新たなシステムが登場することも期待される。

(生活・社会への貢献)

科学技術による生活・社会への貢献,特に豊かさを実感できる生活への貢献の重要性については,従来から指摘されてきたところである。平成7年3月の科学技術政策研究所による意識調査によれば,生活関連分野において,これまで科学技術が貢献してきたという評価をした人は71.0%,今後貢献を期待する人が91.8%と多数を占めている( 第1-1-5図 )。従来にも増して科学技術に大きな期待が寄せられている現れといえよう。生活関連でもっと力を入れることを望んでいる領域としては,健康・医療,災害対策,環境保全と資源エネルギーの有効利用,高齢者・障害者等の生活支援が高く,教育・余暇,情報・通信,消費生活・家事の領域は相対的に低くなっている( 第1-1-6図 )。また,生活関連の科学技術が一般の人々の多様な希望に沿ったものとなっているかについては否定的な意見が41.2%と多数となり,人間生活への影響に関する評価や広く世論を聞くための調査の実施が求められている( 第1-1-7図 )。人間の生存と健康という最も基本的な要請に的確にこたえるとともに,多様な生活関連のニーズに対応する科学技術の発展が望まれていると見られる。


注)4.フラーレン:炭素が,例えば60個球状に結合し,サッカーボールにような形状になったもの。建築家のR.B.フラーの作品に似ていることから名づけられている。

第1-1-5図 生活関連分野における科学技術の貢献

第1-1-6図 生活関連においてもつと力を入れることを望む科学技術の領域

第1-1-7図 生活関連科学技術にどのようなことを望むか


第2節 地球規模の問題への対応

近年,地球環境,エネルギー,食料など地球規模の諸問題への対応が従来にも増して強く求められている。これらの諸問題は,生活に深刻な影響を及ぼすようになってから対策を講じたのでは間に合わないと見られ,早急に解決への妥当な道筋を明らかにして,それを実現していくため,科学技術による取組が必要となっている。

(地球環境問題)

地球の温暖化,オゾン層の破壊,熱帯林の減少等の地球環境問題では,どの要因がどのくらい影響してどのような過程を経て現れてくるかという機構が複雑でかつ影響が広範囲に及ぶ。このため未解明な部分が多く,現象を正確に把握するための努力と環境への影響を低減するための対策が肝要である。

地球温暖化について,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は,1995年(平成7年)12月,気候は過去1世紀の間に変化してきており,今後も変化し続けるであろうし,これには検出可能な人為的な影響が示唆されるとの報告書をまとめた。報告書では,全球平均気温及び平均海面水位は,過去100年間に0.3〜0.6°C及び10〜25cm高くなっており,2100年までに,現在より,それぞれ2°C前後,約50cm上昇するとのモデル分析が示されている。しかしながら,これらの予測にはまだ多くの不確実性が存在することも同時に示されている。正確な予測を実現するには,二酸化炭素 メタン等の温室効果気体や火山噴火,工場等から発生する大気浮遊微粒子(エアロゾル)の排出と循環を見積もり,将来の影響を見通すこと,地球全体の気候を予測するために用いられている大気・海洋結合モデルにおいて,気候過程,特に雲,海洋,海氷,植生の働きをより正確に表現すること,太陽からのエネルギー,大気中でエネルギーが平衡するときの要素,水循環,海洋の特性,生態系の変化など,気候系の変数の観測値を長期にわたって組織的に収集することが必要と指摘されている。オゾン層の破壊については,IPCC報告書では,原因物質のうちクロロフルオロカーボン(CFC:いわゆるフロンの一種)の濃度増加はほとんどなくなってきており,実質上2050年までにはかなり低下すると予測している。しかしながら,オゾンホールの発生状況は改善にいたっておらず,気象庁では,平成7年も南極大陸の約1.6倍という最大規模のオゾンホールが発生したと報告している。熱帯林は,国連食糧農業機関(FAO)によれば,毎年約1,540万ha減少していると推測されている。

地球環境問題は,人口の推移,食料・エネルギー・資源等の生産・消費形態など経済社会全般の動きに起因する問題であり,自然科学のみならず人文・社会科学も含めた総合的な取組が必要となっている。

また,地球全体を把握するための手段として,宇宙からの観測や地上及び海洋での面的な取組が必要となっており,国際的な連携も求められている。

1995年(平成7年)ノーベル化学賞が,大気化学分野におけるオゾンの生成・分解についての業績でオランダ人でマックスプランク化学研究所のP.クルッソエン教授,マサチューセッツエ科大学のM.モリーナ教授及びカリフォルニア大学アーヴアイン校のF.S.ローランド教授の3名に贈られた。大気化学への学問的貢献に加え,地球環境保全に重大な役割を果たしたことが顕彰された。クルッツェン教授は成層圏のオゾンが窒素酸化物との反応で分解することを明らかにし,ローランド教授とモリーナ教授は,冷蔵庫の冷媒などに使われるフロンが成層圏で分解され,放出される塩素がオゾンを分解し,連鎖反応を構成してオゾン層の破壊に至ることを示した。これらの成果は,南極におけるオゾンホール発生の確認,特定フロン等の製造規制等について定めたモントリオール議定書へと受け継がれた。基礎科学の知見の蓄積が地球環境の保全という社会的課題に時をおかずに適用されたことは,基礎科学と社会とのかかわりに新たな方向を示したと言えよう。

(エネルギー問題)

世界のエネルギー需要は,国際エネルギー機関(IEA)の見通しによると,2010年には1992年に比べ35〜45%増加し,エネルギー源では,化石エネルギーが約90%を占め続けると見られている( 第1-1-8図 )。また,日本を含むアジア諸国については,同じ期間で100%の増加が見込まれるとの予測もなされている( 第1-1-9図 )。

第1-1-8図 世界のエネルギー需要の実績及び展望

エネルギーは,経済社会や日常生活を支える基盤であり,豊かで潤いのある生活を実現していくためには,地球環境への影響に配慮しつつ,今後とも増加する世界のエネルギー需要に対して,安定したエネルギー供給を確保していくことが重要である。

世界のエネルギー需給は,今後も短期的には安定的に推移する可能性が大きいが,アジア地域を中心とする開発途上国におけるエネルギー需要の大幅な増大,エネルギー供給の中東地域への依存度の高まりなどから,中長期的には世界の需給はひっ迫する可能性がある。そのため,長期的な視点に立ってエネルギー研究開発を進めていく必要がある。また,地球環境の保全とエネルギーの利用を含めた人間活動をいかに両立させていくかが重要な課題となってきている。

エネルギーの研究開発については,安全性の確保を大前提とした原子力の開発利用,自然エネルギーの研究開発を推進するなどエネルギー源の多様化や,社会システム全体におけるエネルギーの供給・利用の効率化,化石エネルギーの利用に伴い排出される二酸化炭素の固定化等による環境負荷の低減,全地球的かつ長期的な視点に立った取組及び協力が求められている。

第1-1-9図 アジアのエネルギー需要見通し

(食料問題)

世界の食料需給は,国連食糧農業機関(FAO)による予測では,2010年までの穀物需給全体は均衡している( 第1-1-10図・表 )が,開発途上国の食料不足が深刻化し,先進国からの輸入が増加し続けることから,中長期的には不安定な局面が現れることが懸念される。

人ロー人当たりの供給熱量は,開発途上国全体では,現在の世界平均並みになると予測されている( 第1-1-11表 )。栄養不足人口については,東アジアでは経済発展に伴って,現在の2億5,800万人から7,700万人まで大幅に減るが,サハラ以南アフリカでは1億7,500万人が2億9,600万人と増え,世界全体では7億8,100万人が6億3,700万人へ改善されていくと見込まれている( 第1-1-12図 )。

現行の技術では,耕地面積の拡大には限界があり,単位面積当たりの収量の増加に関しては,科学技術の発展がどこまで貢献するかに掛かっている。食料生産を持続可能な形で確保しつつ,さらに増産へと展開していく研究開発が求められている。

第1-1-10図・表 世界の穀物需給の実績と予測

第1-1-11表 人ロー人当たりの供給熱量の実績と予測(単位:Kcal)

第1-1-12図 開発途上国における栄養不足人口の推移と予測

(エイズ)

エイズは,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)を病原とする感染症で,性行為や薬物使用により爆発的に広がっている。

世界では,1995年(平成7年)12月現在で既に129万人以上の患者が報告され,報告されていない患者を含めると総数は600万人に及ぶとされている。また,HIVに感染している者は2,000万人に達すると推計され,2000年には3,000〜4,000万人に急増すると予想されている。

我が国では,平成7年12月末までに,患者が1,154人,感染者が3,524人と報告され,年々増加する傾向にある。

HIVは,血液,精液等を介して感染するので,予防措置を十分に行っていれば,感染する可能性は極めて低い。十分な普及啓発が求められているゆえんである。しかしながら,HIVは,感染力は弱いものの一旦感染すると変化が速く,また,エイズ発症までの潜伏期間が長い。HIVは,免疫の司令塔の役割を負っているヘルパーT細胞と呼ばれる細胞に付着し,細胞の内部に侵入する。細胞内では,ウイルスの殻を脱ぎ捨て遺伝情報を担っているRNAが表れ,DNAに転写されて細胞のDNAに組み込まれ,情報として保存される。この組み込まれたDNAが何かの機会に増殖を始め,完全なHIVへと展開し,取りついたヘルパーT細胞を破壊あるいは融合して,,免疫機能を破壊する。その結果,健常な免疫能力では現れない様々な免疫不全の症状,すなわちエイズの発症に至るのである。

エイズについては,現在のところ,HIVの遺伝情報の変化が速いことや,生体の反応の複雑さのため,有効なワクチンが得られておらず,また,根本的な治療法もない。このため,さまざまな研究開発が進められている。

(地球規模の問題に対する新たな取組)

以上のような地球規模の問題に対処するには,これまでにとられてきた各般の取組の積み重ねのみならず,さらに新たな総合的な取組が重要であるという認識が高まってきている。地上における人類の生存を長期にわたって確保するとの観点から,それぞれの問題を独立に考えるのではなく,様々な問題の全体を俯瞰(ふかん)してその本質が明らかになるように整理し直し,均衡のとれた取組を通じて対応していこうというのである。これまでに構築されてきた科学技術の各領域を越えて,領域横断的(trans-discip1inary)な取組として安全や環境ということを考える動きである。科学技術会議国際問題懇談会をはじめ,斯界(しかい)の大家が様々な場面でこのような取組に着手してきており,今後の展開が期待される。


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