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第1部   戦後50年の科学技術
第3章  人間的豊かさのための科学技術へ
第3節  生活・社会への科学技術の貢献


戦後の我が国は,経済的豊かさが生活の豊かさに通じるとの観点から,経済的豊かさを追求し,大きく成長してきたといえる。

しかし,物的な豊かさはもたらされたものの,高齢化社会への対応,資源・エネルギーの制約,地球環境問題,安全・防災対策等,将来への不透明感が存在しており,心から豊かさを感じるには必ずしも十分な状況にあるとはいえないと考えられる。このため,これらの不透明感を減少させ,豊かさを実感するための方策を講じ,安心して暮らせる潤いある社会を構築していくことが必要であり,そのための科学技術の役割が従来以上に重要となっていると考えられる。

国民からの新たな要請に応え,これからの社会的な課題や生活に密着した課題に対応していくため,生活者の立場を重視しながら,健康の維持・増進,生活環境の向上,社会経済基盤の整備,防災や安全の確保等の面で,科学技術を駆使していくことが必要である。

第3節では,このような認識を踏まえ,豊かさが感じられるための科学技術のあり方についてみていくこととする。

(豊かさへの科学技術の貢献に対する期待)

経済的には豊かになったが,豊かさが必ずしも生活において実感されていないとの声に応えて,今後は,豊かさが生活において実感されるために科学技術が従来以上の貢献を行うべき時代であると考えられる。

今後の科学技術に対する国民の期待は,経済発展,効率向上,利便性向上もさることながら,地球環境問題の解決,エネルギー・資源の節約,安全性の向上,福祉の充実等に対する期待が大きくなっている。

また,科学技術庁科学技術政策研究所の行った「科学技術が人間・社会に及ぼす影響に関する調査」(1994年3月)では,科学技術が重要な役割を果たす場面として,「家庭」,「産業」,「社会」に3分し,それぞれの場面において今後科学技術が果たす役割はどのくらい重要であると考えるかに関する一般の人の意識を調査しているが,その回答では,保健・医療,環境保全・安全性向上,資源・エネルギー等の「社会」における科学技術の役割に対する期待が高いことが示されている (第1-3-8図)

さらに,同調査では,技術予測の課題及び専門家による実現予想時期を示し,早く実現して欲しい重要な技術を調査している。調査対象となった一般の人の意識では,医療・健康,防災・安全,地球環境関係のテーマを,早く実現して欲しい,また,非常に重要と考える者が多くなっている。専門家による技術の実現予測時期が,回答に影響を与えている可能性に留意する必要があるが,「がんになるのを防ぐ薬ができる」,「エイズを治すことができるようになる」,「M7以上の地震の発生を数日前程度に予測できるようになる」,「CO2 排出抑制」,「火山噴火予知」,「老人性痴呆の治療」など,保健・医療や災害防止等の社会的な面での科学技術への貢献を期待する一般の意識をこの調査結果が示していると考えることができる (第1-3-9表)

第1-3-8図 科学技術が重要な役割を果たす場面

第1-3-9表 科学技術への期待(早く実現して欲しい重要な技術)

(生産を重視したこれまでの技術)

豊かさが実惑できない理由のひとつとして,生産技術の面では世界的な水準に達している我が国の技術が,生活面,社会面においてこれまで必ずしも十分には貢献してこなかったととらえられていることがあげられる。

科学技術庁の「民間企業の研究活動に関する調査報告」(1990年度)において,調査対象の民間企業の技術が豊かな生活を実現するために十分なレベルにあるかとの質問では,「かなり不十分である」と答えた企業が11.0%,「やや不十分である」が58.4%であり,両者合わせると7割近くの企業が不十分としている。他方,「十分である」とする企業は約4分の1にとどまっている。

さらに,「かなり不十分である」,「やや不十分である」と回答した企業に対し,その理由を尋ねているが,「専門の研究者が少ながったため」と答えた企業が42.7%,「既存の路線で問題がなかったため」が22.6%,「ニーズが弱かったため」が15.9%,「技術開発が困難であったため」が14.2%となっている。専門の研究者が少ないことも企業の研究開発意欲をある程度反映したものと考えられ,「既存の路線で問題がなかったため」との答と合わせ,従来の路線で企業としては,特段の問題を感じていなかったことの表れと考えられる (第1-3-10図)。

第1-3-10図 豊かな国民生活と民間企業の技術

(技術と社会システム)

科学技術庁が産学官の研究者に対して行った調査「先端科学技術研究者に対する調査」(以下「先端科学技術研究者調査」という。1990年度)によると,我が国は,良質の工業製品の生産技術では世界最高水準にあるのに対し,快適な居住空間,地下空間利用,計画的都市づくり等の生活インフラの整備のため,蓄積された技術が十分に活用されていないといわれていることに対し,調査に回答した先端科学技術研究者の51.7%が「全くそう思う」,44.O%が「ある程度そう思う」と答えており,両者を合わせると95.7%の者が,生産技術の生活インフラへの貢献が不十分であると考えている。

生産技術の生活インフラへの貢献が不十分である理由として,先端科学技術研究者では「公共投資が不十分であり,技術の利用が少ないため」と答えた者が56.2%と非常に多くなっている (第1-3-11図)。

また,民間企業では,その約3分の2が,優れた技術が開発されても,社会システム(規制・経済性等)が障害となって技術の利用が進まない場合があると考えている (第1-3-12図) 。このように,生活の豊かさをもたらす分野では,社会システムが技術の利用を進めていく上での大きな要因として民間企業に認識されていることが伺える。

なお,経済性に関しては,消費者・需要者のニーズが明確な形でまとまらなかったため,民間が積極的に取り組むには困難が大きかった面があるとも考えられる。

第1-3-11図 生産技術の生活インフラへの貢献の不十分さの原因

第1-3-12図 技術と社会システム

また,大量生産重視,効率・利便性重視の科学技術体系が推進され,物的には充足されても,ともすれば規格化,画一化になじみにくく,大量生産,大量消費になじみにくい生活・社会系の科学技術が立ち遅れた面があるとも考えられる。さらに,大量生産される製品においては品質に厳しい消費者への対応から,生産部門において,製品の品質向上,信頼性向上への努力により大きな成果を挙げたものの,生活・社会に関連した分野では,このような生産者と消費者・需要者との相互作用が十分には形成されなかった面もあると考えられる。また,開発するための資金の確保やその負担のあり方,開発に関与する技術者の意欲の問題等も存在すると考えられる。

(総合性の重視)

科学技術が個別化,細分化され,専門化し,制度化された科学技術者の集団が,その細分化された分野で,個々の技術をそれぞれ独自に発展させて来た面が大きい。製品やサービスが個々の便利さを追求するあまり,人間としての豊かさを総合的に考える視点が欠けてきたことも,物質的に豊かになった時代において豊かさを感じられない原因の一つと考えられる。従って,人間の全体像を把握し,人間としての豊かさは何であるかを常に考えることを基本とした研究開発の推進,その成果の活用が必要となる。

病気は患者の苦しみとしてではなく,人体を構成する臓器の不具合としてその修復を目指すなど,近代の科学技術は要素還元主義をとってきている。要素還元主義に立つ科学技術の問題点は,要素に還元できないものを見落とし,また,要素に分けて考えること自体が,自然を総合的にとらえる際に大きな見落としを生ずる可能性があることである。これに対応するため,問題を総合的にとらえ理解する総合的な科学が必要となっている。このため,個別化,細分化された科学技術の総合化のための努力が必要であり,自然科学と人文・社会科学との連携強化,境界領域の研究開発などを含めた,幅広い分野を糾合した取り組みが必要である。

先端科学技術研究者調査(1990年度)によっても,生活関連科学技術の研究開発促進のための方策として,「社会的・制度的な面での科学技術受け入れの促進」(50.3%)と並び,「人文・社会科学分野の研究者との共同研究」(43.9%)を重視する割合が大きい (第1-3-13図) 。これらを踏まえ,科学技術を社会の豊かさのために役立てていくには,社会的,制度的な面での科学技術の受け入れを促進するための条件を整備するとともに,個別化,細分化された科学技術の総合化のための努力が必要である。

第1-3-13図 生活関連科学技術の研究開発の促進方策

また,これまで,科学技術者の中では圧倒的に男性が多く,研究開発,科学技術の成果の社会への適応においても男性が大きな役割を果たしてきた。このため,女性を含めた国民全体の視点が研究開発をはじめとする科学技術の現場に適切に反映されていなかった面があると考えられる。国民全体の約半数が女性であることに鑑み,科学技術分野への一層の女性の進出を促し,また,その進出を支援することが課題となっているが,なかでも,生活に豊かさをもたらす科学技術の分野における女性の進出は,生活者,需要者としての視点を研究開発等に反映させる点で,極めて重要な役割を果たすことも期待される。

(生活者の重視と多様なニーズへの対応)

我が国においては,人口構成の高齢化への対応,女性の活躍の場の拡大,身体障害者等への支援,多様な価値観に対応しうる幅広い選択肢の提供等の社会的な課題に対応し,生活面の豊かさを確保していくことが従来以上に重要となる。このため,生活・社会面での科学技術の貢献が従来以上に重要となると考えられ,まず,生活者のニーズを重視した取り組みが必要であると考えられる。

このため,技術を使う人間を中心とし,人間が技術に合わせるのではなく,技術を人間に合わせる視点が重要となる。特に,技術とこれを実際に利用する者とのインタフェースが生活・社会系の科学技術においては極めて重要である。過剰な機能は排除し,基本的な機能のみを持つことが使いやすさにつながる場合がある。また,人間の機能を補助し,代替する機器の場合においては,内部ではハイテクを駆使しつつも,利用者や周囲の人に技術を意識させないインタフェースを持つことが望ましい場合もあろう。このように,実際に使う人の使い易さ,使いごこちに十分配慮したインタフェースを持たせることが重要である。

さらに,人間を中心に据えた技術のためのきめ細かな科学技術活動を積極的に展開していくにあたっては,多様なニーズを吸い上げて,対応する仕組みが必要である。また,ニーズを具体的な製品やサービスとして概念化するための構想力とこれを支えるための技術力が必要である。この際,問題に個々に対応するのではなく,総合的視点が重要である。

さらに,きめ細かなニーズに対応する場合,需要の規模自体がそれほど大きくない場合が多いと考えられ,この場合,研究開発の推進にあたっては,その効率性を考えると,規格化,標準化の推進,共同開発の推進,既存技術の活用等が重要となると考えられる。

(生活・社会のための科学技術の推進における政府の役割)

生活・社会分野において,政府は,自らが需要者となる面と規制あるいは規制緩和により新たな需要を創出する役割がある。新しい技術が社会に有効に活用され,国民の豊かさに結び付くよう,生活・社会分野における公共投資において新しい技術を積極的に取り込んでいくことが望まれる。また,適切な規制の実施,規格・基準等の設定が重要であり,安全性,適格性等に十分留意しつつも,必要以上に技術の可能性を制限しない規制のあり方が望まれる。

生活・社会の充実のための科学技術を推進するにあたっては,まず,生活・社会のニーズを的確に把握し,ニーズの実現に必要とされる研究開発をより一層推進することが重要である。

生活・社会のニーズは特定が困難であり,民間企業がニーズの把握に自ら積極的に努力することは必ずしも期待できない場合がある。また,需要者からみて誰がその機器やサービスの提供者となるかは必ずしも明確ではない場合が多いと考えられる。従って,このような場合には,近年急速に進展した情報技術も活用しつつ,需要者のニーズを集約し,これに対応して必要とされる機器・サービスを明らかにし,これらを提供しうる開発者の側に伝えるといった,両者の仲介役としての役割が公的部門に期待される。さらに,生活・社会関連の研究開発にあたっては,民間の創意や活力,技術的能力に期待する部分が大きいが,民間では負いがたいリスク等も存在することから,このリスク等を軽減し,民間のこの分野べの積極的関与を促進していくことが必要であり,この面で政府の果たすべき役割は重要である。また,基礎的,基盤的技術の開発,多くの科学技術分野を糾合した取り組みの強化等においても政府の果たすべき役割が大きいと考えられる。科学技術振興調整費の生活・社会基盤研究制度は,このような観点からの政府の取り組みの例である。


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