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第1部   いま,世界の中で
第2章  主要国の科学技術政策動向(各国編)
第4節  旧ソ連,中・東欧諸国
1.  ロシア


旧ソ連体制の崩壊後,市場経済への移行という政治的,経済的改革の中で混迷が続くロシアでは,高インフレによる研究費の実質減少,研究人材の減少や海外流出など,科学技術をめぐる状況も厳しいものとなっている。以下では,主として1993年にOECDの科学技術政策委員会(CSTP)が実施したロシアの科学技術政策レビュー資料である「科学,技術及び技術革新政策ロシア:背景報告書」(以下,「背景報告書」という。)をもとに,ロシアの科学技術の近況を紹介する。

なお,背景報告書は,ロシアが提出した資料に基づいて作成されたものであるが,ロシアの科学技術体制の現状,旧ソ連時代からの統計手法の違い等を考慮すると,報告されている内容及びデータの解釈には注意を要すると考えられる。


(1) 研究開発資源

(研究費の実質減少)

研究費の総額は,1992年に1406億ルーブルに達し,1990年の131億ルーブルから10.7倍の増加を示してはいるが,加速するインフレ(総合小売価格指数が1991年に約90%,1992年に1,110%)の中で,実質的な研究費は大幅に減少した。また国内総生産の実質減少が続いている中で,研究費の対国内総生産比は1990年の2.03%から1991年には1.54%に減少し,さらに1992年には0.78%に減少しており,国内の経済活動全体の低迷以上に研究開発活動の低迷が著しい( 第1-20-露1表 , 第1-2-露2表 )。


脚注:1ルーブルは,1990年において260円,1991年において0.796円,1992年において0.306円,1993年において0.089円である。(IMF為替レート,ただし1990年は旧ソ連の公定レート)

(組織別,性格別の研究開発活動)

ロシアにおける研究開発活動の指標として,研究開発支出と研究活動により得られた利益の双方を含めた研究開発評価額が用いられている。この指標により,1990年から1992年のロシアの組織別の研究開発活動の割合をみてみる( 第1-2‐露3表 )。

ロシアの研究開発組織は,産業研究開発機関,産業企業,アカデミー,高等教育機関に分類されるが,研究開発活動の76.2%(1992年)を産業研究開発機関が実施している。産業研究開発機関は,政府,産業関連省庁等の研究機関であり,主として応用研究,開発研究を実施している。

第1-2‐露1表 ロシアの主要経済指標

第1-2‐露2表 ロシアの研究費

産業企業における研究開発(製造業企業の研究開発部門で行われている研究開発活動)は,ロシア全体の研究開発活動の5.2%(1992年)を占め,主として開発研究が実施されている。

アカデミーは政府から独立した研究機関であり,ロシア全体の研究開発活動の13.6%(1992年)を占め,主に基礎研究と応用研究を実施している。また,高等教育機関は主として教育を実施しているため,研究開発活動に占める比率が全体の5.1%と低い。

また同様に,ロシアの性格別の研究開発活動の割合を研究開発評価額に基づいてみてみると,基礎研究10.9%,応用研究29.6%,開発研究59.5%(いずれも1992年)となっており,開発研究の占める比率が最も高い( 第1-2‐露4表 )。

第1-2‐露3表 ロシアの研究活動の組織別構成比

第1-2‐露4表 ロシアの研究活動の性格別構成比

(研究者数の減少)

研究者数についてみると,1989年には111万6千人であったものが,1990年には99万3千人(対前年比11.0%減),1991年には87万9千人(対前年比11.5%減)と大きく減少し,全就業者数の対前年比の減少が1990年に1.0%,1991年に0.8%であるのに比較して著しい。1992年においても,研究人材(研究者及び技術者)が対前年比で8.7%減となっており,減少が続いている( 第1-2-露5表 )。

第1-2-露5表 ロシアの研究人材

第1-2-露6表 ロシアの科学及び科学関連サービス業の平均月給

技能者や支援スタッフを含む研究開発人材の海外流出は,1980年には140人であったものが,1989年には950人,1992年には2100人となっている。科学アカデミーが1993年3月に職員に対して行った調査によれば,1991年から1992年に508人の研究者(全科学アカデミー研究者の0.8%)が海外に移住した。移住者のうち,博士号候補者が55.9%,博士号所得者が16.2%を占め,また半数が40歳未満である。また,科学アカデミー研究者1701人が長期派遣や契約により海外で働いており,その81.5%が博士号レベル,60%が40歳未満である。

研究者を含む「科学及び科学関連サービス部門」の平均月給は,1991年までは,全体の平均を上回っていたものが,1992年にはロシア全体の平均月給の70.9%,1993年には64.8%となり,研究者への処遇は日常の基本的な生活費を支払うことも満足にできないような状態であるといわれている( 第1-2‐露6表 )。


(2) 科学技術行政体制及び予算

ロシアにおいては,科学技術政策省が,科学技術政策の中心的責任を負う機関として,1991年に設置された。同省は,科学技術に関する将来計画の策定,科学技術に関する優先課題とその実施計画の提案,国防予算を除く研究開発予算の配分,科学技術分野の国際協力の所管等を行うほか,国家科学技術計画の管理・調整も行うこととなっている。

アカデミーは,ロシアの基礎研究の中心的な担い手としてロシア全体の基礎研究の66.4%(1992年)を実施しており,国の科学技術政策の実施に重要な役割を果たす自治的な科学機関として位置付けられている。ロシアのアカデミーには,科学アカデミー,農業アカデミー医学アカデミー,教育アカデミーがあり,いずれも旧ソ連のアカデミーを基盤として設置された。

ロシアの政府による研究開発予算は,1991年には258.4億ルーブルであったものが,1992年には1779.5億ルーブル,1993年には12,328億ルーブルと額面では大きく増加したが,実質額では1992年は1991年の予算額の40%に過ぎないと推定されており,実質では大幅に減少したことになる( 第1-2‐露7表 )。

一方,国防研究開発予算は,1991年には124億ルーブルであったものが,1992年には757億ルーブル,1993年には2247億ルーブルと額面では大きく増加したが,1991年の価格に換算した場合の1992年の国防研究開発費は43億ルーブル以下と報告されており,実質額では約3分の1に減少したことになる( 第1-2‐露8表 )。ロシア政府による研究開発予算のうち,国防研究開発が占める割合は1993年に24.7%(推定値)となっており,依然高い比率を示しているが,旧ソ連時代の国防研究開発予算の割合が約70%であったことと比較すると,その比率が低下したことが分かる。

第1-2‐露7表 ロシアの政府による研究開発予算

第1-2‐露8表 ロシアの国防研究開発予算


(3) 連邦政府による科学技術政策

-科学技術政策の主要項目‐

旧ソ連時代は国家による強力なトップダウン方式による科学技術政策が実施され,国家目標に即し,特に航空宇宙研究,物理学,数学等の分野で国際的な成果を上げてきた。しかし,世界の主要な科学論文誌に発表された論文数のシェアの低下(第2部第4章参照),自然科学分野のノーベル賞受賞者が1978年の物理学賞を最後に全くいないことなどに示されるように,1980年代に入り伝統的に強力であった研究分野も世界の先端から遅れを取り始めた。また新技術の実用化を目指した研究活動が行われていないことなど,旧ソ連の研究開発の現状がそのままロシアに受け継がれたといわれている。

現在のロシアでは,政治的・経済的問題が最優先の課題となっているが,国家経済の再編成に科学技術を積極的に関与させる必要性は認識されており,科学技術政策の主要項目として,科学技術管理の民主化と中央集中の排除,知的所有権の法基盤の整備,優先的な研究課題への集中的・選択的支援,国防研究開発の民生転換への支援,外国からの研究開発投資の奨励,基礎研究開発の確保,科学技術系人材の社会的保護等が挙げられている。

‐国家科学技術計画‐

同計画は,経済再編成に有望な分野の基礎研究を実施し,これにより科学指向産業の発展を刺激することを目的とする計画であり,1993年2月の計画時の金額で総額919億ルーブル,38件のプロジェクトが実行に移されている。主要なプロジェクトとその予算額(いずれも1993年2月の計画時の金額)は,社会・経済利用のための宇宙船開発の390億ルーブル,民生航空技術開発の302億ルーブルの2プロジェクトが圧倒的に大きく,新素材の16億ルーブル,農業生産技術の13億ループル,高エネルギー物理学,高温超伝導,環境・省エネルギーの各12億ルーブルが続いている。

-産業研究開発‐

産業研究開発に対する国の施策としては,国際的に優位にあるとみられる航空宇宙機器・技術,新素材,バイオテクノロジー等の研究分野への研究資金の援助,ハイテク製品用の新技術開発をはじめとする優先課題への支援が挙げられている。基幹産業の国際市場参入を支援するための国の施策として,工業製品・技術を市場に出すための基盤整備(特許・ライセンス活動等),知的製品の対外取引の規制,科学技術センターやテクノパークの設置等による海外資本の導入が提案されている。

-知的所有権‐

1992年9月,それまでの発明者証に代わり,欧州特許庁(EPO)のモデルに基づいたロシア特許法が制定された。しかし,OECDの「科学,技術及び技術革新政策ロシア:評価報告書」によれば,罰則規定などによる強制力がなく,発明者の権利を守るには極めて効果が薄い内容であるとされている。

‐国防研究開発‐

研究開発予算全体が大幅な実質減となっている中で,国防研究開発予算の占める割合が低下したことからも示されるように,ロシアの国防研究開発は民生研究開発に比べ,さらに困難な状況にあるといえる。

このような状況において,国内的には,国防研究開発を民生へと転換し,技術革新を支援・振興することが産業技術政策の重要な要素として位置付けられている。民生転換の優先領域として,高速コンピュータ,ソフトウェア,コンピュータ通信用設備,通信技術,新材料,医療技術,バイオテクノロジー,食品加工技術,宇宙航空技術,エネルギー技術等が挙げられている。


(4) OECDによるロシアの科学技術に対する勧告

OECDの科学技術政策委員会は,ロシアの依頼により,ロシアの科学技術政策レビューを進めてきた。1993年9月,OECD加盟国代表者によるレビュー会合がモスクワで開催され,それまでのレビュー成果である背景報告書に基づいた議論が行われ,今後のロシアの科学技術政策に対する勧告が取りまとめられた。これらの内容は1994年2月に「科学,技術及び技術革新政策ロシア:評価報告書」(以下,「評価報告書」という。)として発表された。評価報告書によれば,勧告の主要な内容は以下の通りであり,ロシア連邦政府の行政組織の再編成,研究開発規模の適正化,国際協力,特許法制の改善,統計指標の改善等について言及されている。

1) 科学技術政策機関の再編成については,科学技術政策省を中心とした関連省庁(財政,産業,教育,国防など)の代表からなる政府の最高レベルの調整機構の設置するとともに,科学技術政策省の権限を必要に応じて強化する。
2) アカデミーは,ロシアの科学の「殿堂」としての地位を継続する。
3) 基礎科学基金も持続させ,その管理にはアカデミーだけでなく大学も加える。
4) 研究開発組織間の閉鎖性を改め,相互の交流促進を図る。
5) 研究開発規模が他の領域に比べ大き過ぎるので,研究開発投資を経済規模にあわせて縮小し,また国家予算に占める研究開発予算の比率を適正化し,研究者,技術者の数をさらに減らす。
6) 研究計画,研究者,研究所に対する公正な評価システムを確立する。
7) 技術革新の促進と保護のため,市場情報等の提供,特許法の改良や審査システムの確立,製品の質の向上が必要である。
8) 民生技術の開発と近代化のため,国防科学技術の公開を促進し,また遠距離通信を整備する。
9) 移行期におけるロシアの科学技術の国際化は不可欠であり,非課税措置による外国の研究開発資金の導入促進,博士候補者や若い教授への国際的支援,情報基盤整備,OECD諸国の企業からの請負の促進を行う。
10) 統計業務の改善が必要であり,科学技術指標をOECDの基準に達するための努力を今後も継続する。
11) 政府の科学技術予算を公開する。

(5) 国際科学技術センター(lSTC)

ロシアの科学技術をめぐる大きな課題は,旧ソ連の大量破壊兵器関連の科学者・技術者の国外流出の懸念の解消となっている。これに関連し,1994年3月より,旧ソ連の大量破壊兵器関連の科学者及び技術者の国外流出防止等を目的とした国際科学技術センター(ISTC)が,活動を開始している。

(設立に至る経緯)

1992年3月に日,米,EC,ロの四者は国際科学技術センター設立を宣言,1992年11月に四者は,「国際科学技術センターを設立する協定」に署名を行った。その後,協定発効のために必要なロシアの国内手続きが完了されず,そのためロシア側の提案に基づき,ロシア議会による批准の必要なく国際科学技術センターを発足させる「国際科学技術センターを設立する協定の暫定的適用に関する議定書」に四者が1993年12月に署名,1994年3月までに四者が同議定書を発効させるための国内手続きを完了し国際科学技術センターが設立された。

(設立目的等)

国際科学技術センターは,

1) 旧ソ連邦諸国の大量破壊兵器等に関連のある科学者及び技術者に対し,その活動を平和的活動に向け直す機会を与えること
2)これにより,国内的及び国際的な技術問題の解決に寄与し,市場経済への移行を強め,基礎的または応用的な研究及び技術開発(特に,環境保全,エネルギー生産,原子力安全の分野におけるもの)を支援し,旧ソ連諸国の科学者の国際的な科学社会への一層の統合を促進すること

を目的とし,モスクワに本部が設置され,旧ソ連諸国に所在する機関及び施設において実施される平和目的の研究プロジェクトに対し,計画の承認,資金提供及び監視を行うものである。

(設立後の状況)

1994年3月,第1回運営理事会が開催され,プロジェクトの選定等が行われた。

プロジェクトは,各国の専門家からなる科学諮問委員会で検討された後,理事会で審議・承認されることとなっている。

第1回の理事会では,23件の研究プロジェクトが承認され,総額1160万ドルの資金拠出が行われることになった。また同年6月に開催された第2回の理事会では,31件,資金拠出総額1840万ドルの研究プロジェクトが承認された。

各極の資金等提供状況としては,米国2500万ドル,EC2000万ECU(約2500万ドル),日本1700万ドルの資金提供,ロシアは必要な土地,建物及び便益の提供を表明している。

また,設立後,フィンランド,グルジア,スウェーデンの加入手続きが完了し,アルメニア,ベラルーシ,カナダ,カザフスタンが参加する見込みである。


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