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第1部   いま,世界の中で
第2章  主要国の科学技術政策動向(各国編)
第1節  北米
1.  米国


米国においては,1993年1月に就任したクリントン大統領の下,科学技術への投資が米国の将来に対する投資であり,これが経済成長,雇用創出,生活の質の向上,安全保障に資するという認識に立ち,冷戦の終結と世界市場における厳しい競争を踏まえ,基礎的研究を重視しつつも,研究開発面における軍民転換と産業競争力の強化を念頭においた科学技術施策が展開さ,れている。以下では,その研究開発活動と科学技術政策の最近の動向をみていくこととする。


(1) 研究開発資源

(研究費)

‐研究費総額‐

米国の研究費総額は1993年度において1,608億ドルとなっている。その推移をみると,1970年代半ばから1980年代半ばにかけては,連邦政府及び非連邦政府双方の寄与により急速に増加した。なかでも1970年代半ばから1980年代初頭にかけては石油危機を契機としたエネルギー問題解決のための研究費が,1980年代前半には強い米国を目指すレーガン政権の下,国防関連の研究費が急増している。1980年代半ば以降は,財政赤字の拡大を受けて成立したグラム・ラドマン・ホリングス法(1985年財政収支均衡法)による連邦政府部門の予算制約や経済の低迷,,産業部門の研究開発投資の停滞,さらには,米ソ間の緊張緩和,ベルリンの壁の崩壊,ソ連の崩壊等安全保障面における国際情勢の変化に伴う国防関連の研究開発投資の抑制により,研究費の伸びが鈍化している( 第1-2-米1図 )。


脚注:1ドルは,1980年において227円,1985年において239円,1990年において145円,1991年において135円,1992年において127円,1993年において111円である。(IMF為替レート)

第1-2-米1図 米国の研究費の推移

研究費総額の対国内総生産比をみると,1992年度においては,米国が2.61%,日本が2.99%,ドイツが2.56%,フランスが2.42%,イギリスが2.12%となっており,米国は先進主要国の中ではほぼ中位となっている。米国の値の推移をみると,1980年代前半は増加傾向にあったが,1985年度をピークとしてその後は減少傾向に転じている( 第1-2-米2図 )。

‐研究費の組織別負担及び使用‐

米国の研究費をその負担組織別にみると,1993年度においては研究費総額のうち,産業が52.0%,連邦政府が42.3%,大学が3.7%,民営研究機関が2.0%をそれぞれ負担しており,主要先進国の中で,政府負担割合が高くなっている。

次に,研究費をその使用組織別にみると,1993年度においては研究費総額のうち,産業が68.2%(産業が管理する連邦政府出資研究開発センター(FFRDCs)を含めると69.9%),大学が12.8%(大学が管理する連邦政府出資研究開発センターを含めると16.1%),連邦政府が10.3%を使用しており,組織別使用割合は,他の先進主要各国と類似したものとなっている。


脚注:連邦政府出資研究開発センター(FFRDCs:FEDERALLY FUNDED RESEARCH AND DEVELOPMENT CENTERS)は,連邦政府の資金援助を受け,連邦政府機関以外の者(産業界,大学,民営研究機関)により運営される研究開発センターである。

第1-2-米2図 米国の研究費の対国内総生産比の推移

また,研究費の組織間の流れをみると,産業及び大学では,自らが負担する研究費のほとんどが各々の組織内において使用されているが,連邦政府が負担する研究費については,相当の割合が他の組織に流れている。具体的には,連邦政府が負担する研究費の45.6%が産業(産業が管理する連邦政府出資研究開発センターを含む。)へ,24.4%が連邦政府の自己研究費へ,16,8%が大学へ,7.8%が大学が管理する連邦政府出資研究開発センターヘ,5.4%が民営研究機関(民営研究機関が管理する連邦政府出資研究開発センターを含む。)へと流れており,主要先進国の中で,連邦政府が負担する研究開発費のうち産業部門に流れる研究費の割合が高くなっている。

さらに,研究費の組織別負担及び使用の推移をみると,負担については,長期的にみて,連邦政府の負担割合は漸減傾向,産業の負担割合は漸増傾向にあり,1970年代においては,連邦政府の負担割合が産業の負担割合を上回っていたが,1980年度にこれらの割合が逆転して以降,産業が最大の負担部門となっている( 第1-2-米3図 )。一方,使用については,1980年代半ば以降,産業は1985年の74.0%から1993年の69.9%と減少傾向,大学は1985年の8.5%がら1993年の12.8%と増加傾向,連邦政府は1985年の11.4%から1993年の10.3%と横ばい傾向にある。なお,米国科学審議会(NSB)の報告書「SCIENCE &ENGINEERING INDICATORS-1993」では,国防省(DOD)予算の削滅を産業の使用割合の減少について,主要な原因の一つとして挙げている( 第1-2-米4図 )。

第1-2-米3図 米国の研究費の組織別負担の推移

第1-2-米4図 米国の研究費の組織別使用割合の推移

‐性格別研究費‐

米国の研究費の性格別構成をみると,1993年度においては,基礎研究が16.3%,応用研究が24.7%,開発研究が59.0%の割合を占めている。また,基礎研究については,大学が51.6%(大学が管理する連邦政府出資研究開発センターを含めると62.5%)を使用,連邦政府が62.8%を負担しており,応用研究については,産業が66.7%を使用,産業,連邦政府がそれぞれ53,O%,39.0%を負担しており,開発研究については,産業が85.4%を使用,60.9%を負担している( 第1-2-米5図 )。

また,1980年代半ば以降について,研究費の性格別構成の推移をみると,1985年度から1993年度にかけて,基礎研究は12.5%から16.4%に増加,応用研究は22.2%から24.7%に増加,開発研究は65.3%から58.9%に減少している。

(研究人材)

米国の1989年における研究者数は94万9千人であり,“その約76%が産業,約18%が大学,約6%が連邦政府に属しており,主要先進国の中では,産業に属する者の比率が高く,大学に属する者の比率が低くなっている。

また,研究者数の推移については,1960年代後半以降減少傾向にあったが,1973年に51万5千人と底を打って以降増加傾向にあり,1989年には94万9千人となっている( 第1-2-米6図 )。しかし,米国科学審議会の報告書「SCIENCE&ENGINEERING INDICATORS‐1993」によれば,その伸び率は近年低下傾向にあり,特に産業部門における研究者については,1990年には73万人であったが,1992年においては68万4千人と大幅に減少したとされており,この減少を軍縮に伴い連邦政府との契約により実施される研究開発に従事する者の減少に伴うものであるとしている。

第1-2-米5図 米国の性格別研究費

第1-2-米6図 米国の研究者数の推移


(2) 科学技術行政体制

米国の大統領府には科学技術政策局(OSTP)が置かれている。同局は科学技術担当の大統領補佐官を局長としており,

1) 経済,安全保障,保健,外交,環境等の国家的に重要な事項に対する科学技術の見地からの大統領に対する助言
2) 連邦政府の科学技術政策に関する評価
3) 大統領,行政管理予算局(OMB),連邦各省庁への予算編成過程における助言
4) 連邦政府の研究開発プログラムについて大統領が指導性を発揮し,また,総合調整を行うに際しての支援

を行うことを任務としている。

クリントン大統領は,1993年11月,大統領令により,科学技術政策計画の策定過程における総合調整機能の強化等を図るため,自らを議長とする閣僚レベルの国家科学技術会議(NSTC)を,また,同会議の活動への民間部門の参加を促進し,科学技術政策に民間を含めた国全体のニーズを反映させるため,同会議に対する支援機関として,主として連邦政府部門以外の委員により構成される大統領科学技術諮問委員会(PCAST)を設置した( 第1-2-米7図 )。 また,クリントン政権になって新設された国家経済会議(NEC)には,科学技術政策と税制,貿易,規制,経済開発,その他の経済部門の政策との間の調整を行う機能が付与されている。

第1-2-米7図 国家科学技術会議(NSTC)の機構

また,科学技術に関する個々の計画の立案及び実施は,それぞれの所掌に応じて,国防省,厚生省(HHS),航空宇宙局(NASA),エネルギー省(DOE),国立科学財団等が担当している。また,大学における研究に対する連邦政府の資金的支援においては,厚生省の機関である国立衛生院(NIH)が大きな地位を占め,ついで国立科学財団及び国防省が重要な役割を果たしている( 第1-2-米8図 )。

第1-2-米8図 米国の連邦政府機関の大学研究への支援

なお,米国議会には,科学技術に関連する政策について客観的な評価を示すことにより議会を支援する機関として技術評価局(OTA)が設置されている。技術評価局は,上下両院それぞれ6議員と局長により構成される理事会により運営され,議会の各委員会が係わる高度に科学的,技術的な問題に関する分析,代替する政策の選択肢の提示等の活動を行っている。


(3) 科学技術関係予算

(科学技術関係予算の現状)

第1-2-米9表 米国連邦政府の研究開発予 算の機関別構成

米国の1994年度(1993年10月〜1994年9月)における科学技術関係予算は71,073百万ドル(施設費を除くと68,484百万ドル)である。その目的別構成(施設費を除く)をみると,国防関連が58.6%,保健関連が14.8%,民生用宇宙関連が9.4%となっている。他の先進主要国と比較して米国の国防関連の割合は高くなっている。また,保健関連及び民生用宇宙関連の割合が高いことも米国の特徴である。

次に1994年度における科学技術関係予算(施設費を除く)の連邦政府機関別の構成をみると,国防省51,9%,厚生省16.1%(うち,国立衛生院15.3%),航空宇宙局12.4%等となっている( 第1-2-米9表 )。

第1-2-米10図 米国連邦政府の研究開発予算の目的別構成の 推移

(科学技術関係予算の推移)

米国の科学技術関係予算は,1970年代半ばから1980年代半ばにかけて大幅に増加し,1975年の350億ドルが,1985年には1,140億ドルと3倍以上となった。この期間の前半には,石油危機を契機とするエネルギー関連の研究開発及び保健関連の研究開発を中心として民生関連の科学技術関係予算が増加した。1980年代前半には,強い米国を目指すレーガン政権の下,国防関連の科学技術関係予算が増加した。1980年代半ば以降には,科学技術関係予算,特に国防関連の科学技術関係予算の伸びが停滞したが,民生関連の科学技術関係予算のうち,エイズ関連研究をはじめとする保健関連の研究開発及び宇宙ステーション計画をはじめとする宇宙関連の研究開発に係るものについては高い伸びを示した( 第1-2-米10図 )。


(4) 米国の科学技術政策
1) クリントン政権発足前

(科学技術政策の背景)

冷戦期においては,米国連邦政府の科学技術政策は,国防,宇宙といった特定の目標を持った研究分野や基礎研究分野に主眼が置かれ,これらの研究からの民生技術の産業界への波及は,主にスピン・オフに頼ってきたとされている。

しかし,1980年代,特に1980年代半ば以降,米国産業の競争力が先進主要国と比較して相対的に低下してきているのではないかという懸念が政府及び民間において広まった。このような懸念に対し,政府においては,1985年には米国産業の競争力強化について大統領に対し勧告を行うことを目的として設置された大統領競争力委員会の報告(ヤング・レポート)が,1987年にはレーガン大統領の一般教書において競争カイニシアティブが,さらに,米国産業の競争力強化策について大統領及び議会に対し勧告を行うことを目的として1988年包括通商・競争力強化法に基づき設置された競争力政策委員会の報告が1992年にそれぞれ出された。また,民間においては,1987年及び1988年には競争力協議会報告が,1989年にはマサチューセッツエ科大学(MIT)産業生産性調査委員会報告(メード・イン・アメリカ)が出された。

(米国産業の競争力の変化)

ここでは,各種指標により,1980年代以降における米国産業の競争力の変化をみる。

まず,製造業製品及びそのうちのハイテク製品の貿易収支を1980年代以降についてみると,米国の製造業製品については一貫して赤字傾向が続いている一方,日本の製造業製品については一貫して黒字傾向が続いている。また,米国のハイテク製品については,一貫して収支の悪化傾向が続き,1980年代初頭は黒字傾向であったが,1984年に赤字となって以降赤字傾向が続いている。一方,日本のハイテク製品については一貫して黒字拡大傾向が続いている( 第1-2‐米11図 )。

ハイテク製品の世界市場占有率及び米国内市場占有率をみると,世界市場占有率については,米国は横ばい傾向,日本は増加傾向,EU加盟諸国は減少傾向にある( 第1-1-10図 参照)。

技術貿易収支をみると,米国の受取額は1980年代の一時期を除きー貫して増加傾向にある。また,その支払額は増加しているものの,受取額に比較して非常に少ない。この結果,黒字幅は,1980年代初頭から半ばにかけては一時縮小傾向にあったものの,1980年代半ば以降は拡大傾向にあり,米国は圧倒的な技術輸出国であるといえる。しかし,米国の受取額のOECD加盟主要7ケ国の受取額に占める割合については,1970年代以降ほぼ一貫して減少傾向にある( 第1-2‐米12図 )。

第1-2‐米11図 日米の製造業製品の貿易収支

第1-2‐米12図 主要7カ国の技術貿易受取・支払額に 占める米国の割合の推移

米国における国籍別特許取得比率をみると,米国の取得件数は横這い状況にあり,1980年の60.4%から減少し1988年には52.0%を経て,1992年の53.6%となっている。これに対し,外国,特に日本の比率は著しく増加し,1980年の11.5%から92年には22.5%となっている( 第1-2‐米13図 )。

主要先進国の経済成長に対する技術革新の貢献である全要素生産性(TFP)の伸び率をみると,米国は先進主要国を一貫して下回っており,米国においては技術進歩の経済成長への寄与が他国ほどみられなかったということができる( 第1-1-8表 参照)。

これらの指標は,1980年代において広まった米国産業の競争力が先進主要国と比較して低下傾向にあるのではないかという懸念をある程度裏付けるものと解することができる。

第1-2‐米13図 米国における国籍別特許取得比率

(科学技術政策)

米国連邦政府は,「強い米国」を目指すレーガン大統領の下では,戦略防衛構想(SDI)に象徴されるように,国防研究開発を強力に推進した。また,1980年代半ば以降には,グラム・ラドマン・ホリングス法による連邦政府部門の予算制約や国際情勢が変化したこと等により,国防関連の研究開発を縮小する一方,民生研究開発,特にエイズ関連研究をはじめとする保健関連の研究開発及び宇宙ステーション計画をはじめとする宇宙関連の研究開発にその重心を移した。

また,1980年代,特に1980年代半ば以降の米国産業競争力の低下に対する懸念の広まりに対応し,連邦政府から民間部門への技術移転や民間部門の研究開発活動の振興等を目的とする施策が積極的に展開された。

連邦政府から民間部門への技術移転を主な目的とする施策としては,1980年スチーブンソン・ワイドラー技術革新法,1986年連邦技術移転法,1988年包括通商・競争力強化法等の立法措置,大学に基盤を置き,政府,大学,産業界各部門の協力活動を行う工学技術センター(1985年〜)及び科学技術センター(1987年〜)等の国立科学財団による設置,商務省(DOC)の国立標準技術研究所(NIST)による先端技術計画(ATP)の開始等が挙げられる。また,民間部門の研究活動の振興を主な目的とする施策としては,1981年経済再建税法による試験研究費税額控除制度の創設等の税制優遇措置,1984年国家共同生産法による民間企業が行う共同研究に対する反トラスト法の適用緩和措置等が挙げられる。


2) クリントン政権の科学技術政策

(基本的認識)

「変革」を掲げて1993年1月に発足した民主党のクリントン政権は,2月17日こ包括的な経済政策に関する文書「米国変革のビジョン」を,2月22日こ包括的な技術政策に関する文書「米国経済成長のための技術:経済力強化のための新たな方向」を発表した。また,1993年11月には「米国経済成長のための技術:大統領進捗報告」を,さらに,1994年2月には「大統領経済報告」を発表した。

同政権は,これらの文書において,科学技術への投資は米国の将来への投資であり,経済成長,新規雇用の創出,新規産業の創出及び生活の質の向上に資するという認識を示した上で,冷戦の終結や米国産業が世界市場において厳しい競争にさらされている状況を踏まえ,連邦政府の科学技術プログラムを国防,宇宙といった目的指向型研究や基礎研究が占め,産業技術については主にこれらの研究からのスピン・オフに頼ってきた従来の対応を見直す必要があるとしている。

同政権は,政府は民間企業による技術革新を助け,米国の産業競争力を強化していく上で積極的な役割を果たしていくとしているが,政府の主要な役割は,民間企業にとって研究開発投資の見返りが得られる時期が遠い,あるいは見返りが得られるか否かが不明確といった分野において民間企業を補完することであるとしている。

さらに,同政権は,新技術の開発が高いリスクを伴い,また,技術の占有性の制約により投資企業以外の者が便益を享受する外部経済性が存在することから,,市場メカニズムのみに任せていたのでは研究開発投資が最適水準に比較して過小となるという「市場の失敗」を生ぜしめかねないとしている。

また,将来有望などの分野を支援するかの判断を,産業に代わり政府が行うことは,「政府の失敗」を生ぜしめかねないとし,政府は,真に重大な「市場の失敗」を正すことや,国家安全保障,教育,環境,効率的輸送システムといった公共財への投資計画を策定することを挙げている。そして,「政府の失敗」を回避するための方法として,官民共同研究開発においては,原則として,

(1)民間側に総所要経費の50%以上の資金負担を求めること
(2)官民共同研究の枠組みが,民間企業により主導,構築され,かつ企業側の投資と密接な調整が行わること
(3)政府支援を求めて競合する提案については,関連する科学,技術及び経済といった分野の専門家の評価を受けること
(4)広範な技術分野への投資により競争原理を働かせ,特定の技術,企業群に政府支援を集中させないこと

等が重要であるとしている。

このような基本的考え方に基づき,同政権は,

(1)雇用を創出し,環境を保護する経済成長
(2)より生産性が高く,国民のニーズをより敏速に叶える政府
(3) 基礎科学,数学,工学における世界的リーダーシップ

の3つを国家目標として提示し,さらに,米国の科学技術の進むべき新たな方向として,

(1)米国産業の競争力強化及び雇用の創出
(2)技術革新を活発化し新たな発想に投資が振り向けられるビジネス環境の創出
(3)政府全体としての技術マネージメントの調整
(4)業,連邦・州政府,労働者及び大学間における密接なパートナーシップ
(5)情報通信,フレキシブル・マニュファクチャリング,環境技術といった今日のビジネス及び経済成長にとって重要な技術の重視
(6)全ての技術の基盤となる基礎科学へのコミットメントの再確認

を挙げている。

特に,経済成長との関連において国防研究開発の方向転換が緊急の課題であるとし,連邦研究開発予算に占める民生関連の比率を,1993年度の41%から1998年度までには50%以上にする方針を示し,また,国防省の国防高等研究計画局(DARPA)を高等研究計画局(ARPA)とするとともに,同局の両用(dual-use)技術関連のプログラムを拡充する方針を示している。

さらに,技術の基盤として科学を重視する同政権は,1994年8月に「国家利益における科学」と題する報告書をとりまとめ,公表した。

この中で,科学を「尽きることない資源」と位置付け,科学への投資の重要性を強調している。同報告では科学に関する政策の主要な目標として,

(1)科学的知見の最先端でリーダーシップを維持すること
(2)基礎的研究と国家目標との連携を強化すること
(3)基礎的科学及び工学における投資と物的,人的及び財政的資源の有効活用を促進するパートナーシップの育成
(4)21世紀のための最も優れた科学技術者の育成
(5)全ての米国民の科学技術に関する理解力の向上

を掲げており,この目標に即した今後の米国政府の科学技術政策の具体的施策の方向性を示し,その方向に沿って,今後,国家科学技術会議を中心として政府が検討すべき課題を示している。

なお,この報告の中では,科学技術者の育成に関して国家科学技術会議が人材育成政策を策定する旨が,また,全ての米国民の科学技術に関する理解力の向上のために,研究者が教師と協力して研究の感動と発見を教室に持ち込むことの重要性や,研究者が一般人の科学への理解を促進するためにその研究を活用することの重要性等が述べられており,米国においても科学技術人材の育成に対して関心が高い,ことがうかがえる。

以上のような基本的認識に基づき,クリントン政権は科学技術施策を積極的に展開しているが,以下ではその主要な動きをみることとする。

(国家科学技術会議(NSTC)の創設)

1993年10月,ゴア副大統領を中心としたチームがとりまとめた行政改革方針「国家パーフォーマンス・レビュー」が発表され,その中で,連邦科学・工学・技術調整審議会(FCCSET:科学技術担当大統領補佐官を委員長とし,関係省庁の代表により構成)について,連邦政府の科学技術活動の総合調整等の機能を十分を果たしていないとして,連邦科学・工学・技術調整審議会を国家宇宙会議,国家重要材料会議と統合する形で再編し,より強い権限を持った国家科学技術会議を創設することが提唱された。これを受けて,1993年11月,クリントン大統領は,大統領令により,大統領を議長とし,副大統領,科学技術担当大統領補佐官,連邦関係各省庁の長官等により構成される閣僚レベルの国家科学技術会議を創設した。同会議は,

(1)科学技術政策の策定過程における総合調整を行うこと
(2)科学技術に関する政策決定及び計画を大統領の目標に合致させること
(3)連邦政府全体にわたる大統領の科学技術政策に関する課題の集約を支援すること
(4)連邦政府の政策及び計画の策定及び実施において科学技術が考慮されることを保障すること
(5)国際科学技術協力を推進すること

等を主な任務としており,連邦各省庁は同会議を通して科学技術政策について総合調整を行い,また,研究開発予算に関する情報を同会議に提供することとされている。さらに,同会議は,行政管理予算局長に対し国家目標を反映した研究開発予算について勧告を,また,連邦各省庁の研究開発予算についての助言を行うこととされている。

また,1993年11月,同会議の創設と併せて,大統領科学技術諮問会議(PACST)を再編する形で大統領科学技術諮問委員会(PCAST)が大統領令により創設された。同諮問会議は,科学技術担当大統領補佐官と大統領に任命された非連邦部門の委員18名により構成され,科学技術に関連する事項について,科学技術担当大統領補佐官を通して大統領に対し助言を行うとともに,国家科学技術会議に対しても助言を行うとされており,国家科学技術会議の活動への民間部門の参画促進が期待されている。

(国防研究開発の民生部門への転換)

冷戦の終結を受けて,クリントン政権は,政府研究開発における軍民転換を強く打ち出している。その基本的な方針に基づき,国防省の国防高等研究計画局は1993年3月に高等研究計画局,とされた。

また,軍民転換を促進する計画として,1993年3月,技術再投資計画(TRP)の開始を発表した。これについて同政権は,冷戦の終結により,国防関係の産業力,技術力及び労働力を競争力強化に資する方向に再投資することが可能となったとしている。1995年度予算教書においては,同計画に対して1993年度から1997年度までの5年間に30億ドルを投資することとしている。

技術再投資計画は,

(1)国防労働者の再訓練,雇用斡旋といった労働者への投資
(2)軍事基地閉鎖,国防契約の削減等の影響を受ける地域の再開発といった地域への投資
(3)国防関連企業の民生ハイテク技術への転換に対する支援,両用技術の開発促進といった技術への投資

という3本の柱から構成されている。

同計画は,米国の産業を強化し,最先端で廉価な軍事システムと最強の競争力を持つ民生製品の両方を供給しようとするものであり,民間企業,大学,州政府機関等の申請を選考し,連邦政府が資金を提供するというものであるが,非連邦政府機関に対しては,原則として,総所要経費の50%以上の資金拠出を求めている。

同計画の活動領域は,技術の開発,技術の普及,及び,製造技術教育・訓練という3つに領域にわたるが,予算で定められた以下の8つのプログラムの下に推進されている。

(1) 国防両用重要技術パートナーシップ
(2) 軍民統合パートナーシップ
(3) 地域技術提携支援プログラム
(4) 国防先端製造技術パートナーシップ
(5) 製造普及プログラム
(6) 国防両用支援普及プログラム
(7) 製造技術教育
(7) 製造専門家教育

同計画は,国防省の高等研究計画局を議長とし,商務省,エネルギー省,運輸省,国防省,航空宇宙局及び国立科学財団により構成される防衛技術転換委員会により運営されている。なお,1993年12月現在,同計画による支援の対象として162の個別の計画が選ばれており,その資金規模は,官民合わせて約10億ドル(うち連邦政府の負担額は約4億15百万ドル)に達している。

また,国防関係の研究開発体制の再編も課題となっており,冷戦時代に非常に大きな組織となってきた国防省やエネルギー省の研究開発機関の役割の見直しが現在行われている。

(基礎研究)

大統領が1993年2月に発表した技術政策において示された3つの国家目標の中に,「基礎科学,数学,工学における世界的リーダーシップ」が掲げられている。また,経済成長,保健医療の向上,その他多くの分野に便益をもたらす技術進歩は,科学,数学,工学における基礎研究に依存しているとの認識を示している。さらに,連邦政府は,第2次世界大戦以降基礎研究に相当の投資を行い,これが莫大な成果をもたらしたとし,今後とも,基礎研究を強力に支援し,継続の必要性があるプロジェクトに対する安定的な資金提供を確保するとしている。しかし,安定的な資金提供を行うためには,プロジェクトについて優先順位を明確に設定することが必要であるともしている。

そして,大学における研究に対する連邦政府の資金的支援において重要な役割を果たしている国立衛生院及び国立科学財団や,施設,人材といった面で高いポテンシャルを有している政府研究機関の果たす役割の重要性を指摘しており,また,重要研究分野として,宇宙科学・探査及び環境研究を挙げている。

なお,大統領が1993年11月に発表した文書「米国経済成長のための技術:大統領進捗レポート」においては,国立科学財団を例として取り上げ,同財団の1994年度の予算を前年度に比較して11%増加としたとしている。

さらに,1994年8月に公表した「国家利益における科学」においても,科学的知見の最先端において米国のリーダーシップを維持することや基礎的研究と国家目標との連携を強化することが重要である旨述べられている。

(メガ・プロジェクト)

米国は,宇宙ステーション計画,国際熱核融合実験炉(ITER)といった国際協力によるメガ・プロジェクトの推進にリーダーシップを発揮してきており,中止となったが,超伝導超大型加速器(SSC)のような巨大加速器計画を推進していた。

SSCは,原子核を構成する陽子の集団を互いに反対方向に光速近くまで加速して衝突させ,それにより起こる素粒子反応を観察することにより,物質の根源的な構成要素である素粒子の性質や相互作用等を解明し,宇宙の成り立ちまで探ることを目的とし,地下50mに埋設される円周約87kmのリング状のトンネル内に約1万個の超伝導磁石を配置,それを真空パイプでつなぐ大規模実験施設であり,ブッシュ政権時代からその建設が進められてきた。

1993年1月に発足したクリントン政権もSSC計画を支持し,1994会計年度の予算教書においても,同計画を盛り込んだ予算を提案した。

当時,議会において同計画に対して否定的な意見が少なからずあったことから,同政権は,1993年6月,同計画を盛り込んだ1994年度エネルギー・水資源歳出法案の議会審議にあたり,同計画は米国経済の健全化にとって重要な技術を振興し,米国内の何千という若い技術者や科学者に雇用と教育の機会を提供するものであり,同計画を中止することは,米国の基礎科学におけるリーダーシップの地位を損なうこととなるとし,同計画への支持を訴える書簡を議会に送った。しかし,議会において同計画への支持は得られず,議会は1993年10月,同計画の中止を決定し,撤退のための予算6億4千万ドルを含む法案を可決し,大統領もこれに署名したことにより同計画は正式に中止されることとなった。

また,日,米,欧,加の国際協力により進められてきた宇宙ステーション計画は,高度約4百kmの地球周回軌道に有人の宇宙ステーションを建設し,本格的な宇宙環境利用,有人宇宙活動の展開のための基盤を目指すものであり,レーガン政権時代から進められてきた。

クリントン政権は,1993年2月に発表した「米国変革へのビジョン」において,宇宙ステーション計画を継続するとともに投資効果を増すため,宇宙ステーション計画の設計見直しを指示した。1993年3月,航空宇宙局において見直しの検討が開始され,4月に発足した大統領の諮問委員会である「ブルーリボンパネル」において,設計見直しに関するいくつかのオプションについて国際パートナーを含めた評価が行われた。1993年6月,同委員会は大統領に対し最終報告を行い,大統領は,宇宙ステーションの開発,運用及び管理費用が当初指示した目標を超えてはいるが,計画の期間において推定180億ドルのコズトが節約されるとともに,大幅な設計変更のない「フリーダム」簡素型のオプションを選択した。

その後,この選択に基づき,日,米,欧,加の4極で共同作業が進められていたが,有人宇宙活動に豊富な経験を有するロシアの参加についても,政府間協議が進められ,1993年12月,ロシアが参加することとなった。1994年3月には,ロシアの参加を踏まえた宇宙ステーションの全体構成等に関する技術面での大枠が各宇宙機関間で合意された。この新しい宇宙ステーション計画については,その後の米国議会における予算審議においても支持が得られ,計画が着実に進められている。

SSC計画及び宇宙ステーション計画を巡る米国行政府及び議会の対応は,緊縮型財政下におけるメガサイエンス・プロジェクトについて,プロジェクトの所要経費と科学的知見の創出や経済的効果等の間の関係といった費用便益の評価等について,従来より厳しい要求がなされるようになったことを示していると考えられる。

なお,米国の科学政策に関する報告書「国家利益における科学」において,国家科学技術会議は,科学技術の大規模プロジェクトに関して,大統領科学技術諮問委員会の助言も得て,その支援のための長期的,多国間協定に関する政策を提言することとなっており,さらに,政権は大規模プロジェクトのための長期的な予算措置のための仕組みを議会とともに見い出すことが述べられており,今後の動向が注目される。

(全米情報基盤(NII))

1993年9月,ゴア副大統領は「全米情報基盤(NII)に関する行動アジェンダ」を発表した。全米情報基盤は,

(1)相互に連結され操作可能な数千の電気通信ネットワーク
(2)コンピュータ・システム,テレビ,ファクシミリ,その他の情報機器
(3)ソフトウェア,情報サービス,情報データベース
(4)これらのシステムを構築し,維持・操作する訓練を受けた人々

により構成され,将来,全ての米国国民が,必要な情報を,必要な時に,必要な場所で,適正な価格で入手することを可能とし,また,経済成長,産業競争力強化,雇用創出,国民生活の向上に資するものとされる。1994年2月の一般教書演説では,2000年までに全ての教室,図書館,病院をこの全米情報基盤で結び付けることが表明された。

クリントン政権は,全米情報基盤における官民の役割分担について,全米情報基盤を構築し,所有するのは民間部門であるが,政府は民間部門の努力の補完と適切なコストで全ての米国国民が利用できる情報社会基盤の整備において重要な役割を果たすとしており,具体的には,技術革新と新しい利用の促進等を挙げている。

技術革新と新しい利用の促進については,共同研究や,市場メカニズムが十分反映されない分野の技術開発の促進等により,全米情報基盤関連の研究や技術開発を政府が支援するとし,特に,教育,医療,製造業,政府サービスの提供等の分野における公共的な利用の開発が政府の研究・資金援助プログラムの対象であるとしている。そして,具体的には,

(1)高性能計算・通信(HPCC)計画の継続
(2)全米情報基盤パイロット・プロジェクトの遂行
(3)全米情報基盤利用プロジェクトのリスト作成

といった措置を挙げている。

このうち,全米情報基盤構想の下の研究開発プロジェクトとして位置付けられている高性能計算・通信計画は,

(1)より強力なコンピュータ
(2)より高速なコンピュータ・ネットワーク
(3)より高度なソフトウェア

の開発を目指すものであり,1991年高性能計算・通信法に基づき,1992年以来,関係10省庁と研究機関の協力により推進されており,その中で,航空,宇宙,ライフサイエンス,地球環境,材料設計等の分野において,コンピュータ・ネットワークのシステムとソフトを駆使した研究開発が行われている。

高性能計算・通信計画は,

(1)高性能計算システム
(2)国家研究・教育ネットワーク(NREN)
(3)先端ソフトウェア
(4)情報基盤技術と応用(IITA)
(5)基礎研究と人材教育

という5つのプログラムの下に推進されており,このうち,国家研究・教育ネットワークは,米国の数千の研究・教育機関の間の情報通信と協力関係を飛躍的に高めるため,国立科学財団が運営するNSFネットの整備を進める他,ギガビットレベルの情報通信基盤を開発・整備することを目的としたもので,NSFネットをバックボーン(基幹)として,エネルギー省,航空宇宙局,国防省高等研究計画局及び地域のネットワークが相互に接続され,運用されている。

なお,国家科学技術会議の設置に伴い,高性能計算・通信計画は,同会議の主導の下,科学技術政策局を中心として関係10省庁の協力により総合的・計画的に推進されることとなった。

(産業の競争力強化への取り組み)

‐共同研究開発協定(CRADAs)とコンソーシアム‐

クリントン政権は,競争は研究開発を促進するが,共同研究もまた研究とその成果の効果的な商業化を促進するとしている。そして,共同研究が初期段階の研究開発に限定されていれば,それが製品の価格決定等の反競争的行動をもたらす可能性は少ないとの認識を示している。

共同研究開発協定(CRADAs)は,上述の認識に基づき,連邦政府機関に蓄積された産業の競争力強化に資する科学技術に関する知見を産業界に提供するため,連邦政府機関と非連邦政府機関との間で取り交わされる協定である。同協定は,1986年連邦技術移転法の成立によりその締結件数を着実に伸ばしている。エネルギー省所管の30研究所は,1993年2月から11月の間に82%増に相当する271件の協定を新たに締結しており,また,商務省の国立標準技術研究所は,1993年2月から11月の間に110件の協定を新たに締結している。また,1995年度大統領予算教書においても1995年度には対前年度比16%の伸びに相当する約3,200件の協定の締結を提案している。

なお,共同研究開発協定は,国防研究開発機関の役割を民生に転換させていく手段としても活用されており,国防研究開発機関における予算の10〜20%を産業部門への技術移転に振り向けるという計画の下,国防省においては,650件以上の協定を締結し,産業部門との共同研究を進めている。

1993年9月,連邦政府といわゆるビッグスリー(ゼネラルモーターズ社,フォード社及びクライスラー社)は,連邦政府の研究に関する専門知識,先端設備とビッグスリーの技術や応用研究の能力を結び付けることにより,現在の3倍以上の高い燃費効率を有する新世代の自動車のための技術を開発し,競争力強化を図るという目的で,10年間にわたる研究開発協力(クリーン・カー・イニシアティブ)を約束した。

クリントン政権は,コンソーシアムは商業指向の研究開発を行うに適した主体であり,これに対する政府支援は市場ニ‐ズに沿ったものとなるとしている。

このような協力のイニシアティブの例としては,国防省高等研究計画局が支援する高解像度を有するディスプレーの製造に関するコンソーシアム(米国ディスプレーコンソーシアム),半導体製造技術に関するコンソーシアム(SEMATECH),航空宇宙局の衛星を利用した先端的な通信サービスの構想及び技術の評価に関するコンソーシアム等が挙げられる。

さらに,同政権は,新たな建設技術,インテリジェント制御及びセンサ技術,環境を意識した製造技術等の戦略的に重要な分野において,このような研究協力を促進するとしている。

さらに,最新の製造施設・設備費の上昇に伴い,複数企業による経費分担の必要性が高まっているとの認識の下,研究ジョイント・ベンチャーの反トラスト法適用緩和措置を盛り込んだ国家共同研究法の対象を,生産ジョイント・ベンチャーにも拡大する国家共同生産法を1993年6月に成立させ,これにより新たな製造技術と生産過程を整備する共同行為に対する制約を除去した。

‐先端技術計画(ATP)‐

商務省の国立標準技術研究所は,1990年以来,競争前段階(pre‐competitve)かつ基盤的generic)な技術の開発.と商業化を加速することにより経済成長と米国産業の競争力強化を促進する先端技術計画(ATP)を実施している。

同計画は,‐企業又は複数企業の共同の提案を技術面,産業面の2つの観点から評価・選考を行った上で共同研究開発協定を締結し,研究開発資金(研究開発資金総額の50%以下)を提供するものであるが,同計画はプロジェクトの立案から実施に至るまで,産業側が主導するという性格のものとされている。また,同計画の対象は,農業,バイオテクノロジー,マイクロエレクトロニクス,先端材料,情報通信等広範な分野にわたっている。

クリントン政権は,その技術政策において同計画の重要性を強調し,その予算については,1993年度の67.9百万ドルから1994年度には199.5百万ドルと増額させ,さらに,1997年度には750百万ドルに増額する意向を示している。

-製造普及パートナーシップ(MEP)‐

国立標準技術研究所の製造普及パートナーシップ(MEP ;1988年〜)は,米国製造業の競争力強化を目的とした計画であり,国立標準技術研究所は,小規模企業が地域や国が有する新しい製造技術にアクセスすることを助けるためのパートナーシップを構築し,調整する役割を担っている。

この製造普及パートナーシップは,製造技術センター,製造アウトリーチセンター,州技術普及計画,LINKS計画の4つから構成されている。なかでも,製造技術センターは,製造技術の供給源とそれを必要とする中小企業の工場の調査や技術訓練,新規製造設備導入に関する直接的支援,経営,資金等の面に関する他のプログラムとの仲介等を行うものであるが,クリントン政権はその重要性に鑑み,同センターを現在の7ヶ所から1997年までには100ヶ所に増設する意向を示している。

‐試験研究費税額控除制度‐

クリントン政権は,1993年2月に発表した「米国経済成長のための技術:経済力強化のための新たな方向」において,経済成長と技術開発を促進し,雇用を創出し,さらに競争力を強化するため,試験研究費税額控除制度の恒久化を提唱した。試験研究費税額控除制度は,民間企業の試験研究費が各企業毎に定められる「ベース金額」(納税者毎に定められる一定の割合( )に課税年に先立つ4年間の平均年収を乗じて得られる額。)を超えた場合に,その超えた額の20%を税額控除するものであり,民間企業における試験研究の振興を図るため,1981年経済再建税法に基づき,期限付きで創設され,以後,数度にわたり期限の更新がなされてきた。同制度は1981年から1992年までの間に,2百億ドルを超える資金を産業部門に提供するのと同等の役割を果たしたとされている。しかし,同制度は1992年6月末で期限切れとなって以降,失効した状態が続いていた。同制度恒久化の提案は,1993年8月に議会の上下両院協議会における協議を経て,1993年包括予算調整法案において,1995年6月末という期限付きながら認められることとなった。なお,同政権は1994年8月発表した報告書「国家利益における科学」においてもその恒久化を主張している。


注:一定の割合とは,1984年から1988年における研究開発支出の総収入に対する比率である。


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