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第1部   いま,世界の中で
第1章  転換期の世界における科学技術政策
第3節  科学技術をめぐる我が国の課題
2.  我が国の課題



(1) 企業の技術革新能力をめぐる課題

(企業の研究開発力の低下のきざし)

我が国の民間企業の研究開発力を米国及び欧州の企業と比較した場合の評価を科学技術庁の「民間企業研究活動調査」によりみると,全産業の見方を平均した結果では日米ほぼ同等,欧州との比較では我が国やや優位とする結果が得られている( 第1-1-12図 )。これをさらに研究開発投資額が大きい主要業種別にみると,日米比較では,鉄鋼業が日本優位に,医薬品工業,化学工業(医薬品除く),通信・電子・電気計測器工業が米国優位となっている。また,欧州との比較では,日本優位の業種が多く,医薬品工業が欧州優位となっている。

しかしながら,3年前の同様の調査結果と比較すると,全般的に米国及び欧州の評価の向上が見られ,なかでも,通信・電子・電気計測器,精密機械,自動車において米国の評価の向上が顕著である。

(アジアとの競合を懸念する我が国の企業)

米国,欧州及びアジア諸国の企業の技術力(製造・生産能力,研究開発能力を含めた総合的な能力)と自社の技術力の比較を「民間企業研究活動調査」によりみると,欧米との関係では,米国の方が優れているとした企業の割合は37.0%,競争相手となっているとした企業が44.4%であり,欧州の企業が優れているとした企業の割合は23.6%,競争相手となっているとした企業が55.6%であった( 第1-1-13表 )。また,アジアNIEsとの比較では,現在競争相手となっているとした企業が20.0%,今後(3〜5年位で)競争相手となってくる国があるとした企業が55.9%であり,アジアNIEsの技術面での追い上げに対する我が国の企業の危機感が現れているといえよう。さらに,今後(3〜5年位で)競争相手となってくる国があるとした企業が,中国については35.0%,ASEAN諸国については29.7%となっており,これらの国からの追い上げも注目される。

第1-1-12図 企業の研究開発力の日米・日欧比較

第1-1-13表 外国企業の技術力に対する評価

将来の我が国とアジアとの関係について民間企業は,我が国からアジア諸国への企業の進出・技術移転がさらに進み,同時に国内では高付加価値製品の開発生産へと移行し,我が国とアジア諸国との分業・棲み分けが進むとの見方が39.1%を占めているものの,国内での高付加価値製品の開発生産への移行がスムーズには進まず,競合する分野が多くなるとみる企業が49.8%を占めており,新たな活路を見いだせずアジア諸国の企業の追い上げに苦しむ我が国の企業の姿が明らかになっている( 第1-1-14表 )。

第1-1-14表 我が国とアジアとの関係

さらに,生産の海外移転とこれに伴う国内の研究開発への悪影響の懸念については,研究開発能力の低下を懸念している企業が28.1%おり,急速な円高により景気が低迷していた1987年度における同様の調査の8.8%に比較し増大傾向を示していることが注目される( 第1-1-15図 )。

これは,我が国の民間企業の海外生産が急速に拡大している時代背景を踏まえ,海外における生産と国内における研究開発の役割分担,その連携のあり方について従来以上に真剣に考えるべき時がきていることを示唆しているといえる。

第1-1-15図 生産拠点の海外進出と研究開発能力

(弱いソフト部門)

また,我が国においてはいわゆるハードに比較してソフトが弱いとされ,付加価値の中でソフトの重要性が高まりつつある現状を踏まえて,我が国のソフト部門の充実が重要であるといわれている。

科学技術庁科学技術政策研究所がとりまとめた調査「外国技術導入の動向分析(1992年度)」によれば,外国技術導入のうち,ソフトウエアの導入が近年大きな割合を占めており,1992年度の導入件数の約5割を占めており,また,10年前の約10倍とここ10年間で著しく増大している( 第1-1-16図 )。ソフトウェアの導入については,同調査も指摘しているように,ソフトハウスや商社が大量に導入している例があるなど,他の技術導入とは異なる特殊な導入形態のものが見受けられることなどもあるが,米国のソフトウェアの水準が我が国に比較して高いことを示唆していると考えることができる。

第1-1-16図 技術導入件数の推移

また,科学技術庁が1994年5月に産学官の研究者1,480人(回答者950人)に対し実施した委託調査「先端科学技術研究者に対する調査」(以下,「先端科学技術研究者調査」という。)を用い,情報・電子系科学技術分野における研究水準の日米比較をみると,同分野を専門とする研究者の回答では,応用分野ではデジタル画像技術について米国の評価が高く,また,基礎研究分野においては,超分散型並列処理の研究,音声,画像からの意味情報の抽出の研究において米国の評価が高いが,これらの分野においてはいわゆる機械のハードもさることながら,これらを効率的に動かすソフトも重要であり,これらの評価は米国のソフトの水準の高さを裏付けるものと考えることができる( 第1-1-17図 )。

第1-1-17図 情報・電子系科学技術分野における日米研究水準比較

ソフト関連の人材配置について,科学技術庁科学技術政策研究所が日米の代表的大学の工学部卒業生を対象として行った調査によりみると,調査の対象となった卒業生が,コンピュータソフトの作成に従事している比率は,日本の卒業生では3.5%であるのに対し,米国の卒業生では11.3%と多くなっている。これから,米国の優秀な科学技術系人材がソフト部門にかなり関与している様子がうかがわれる( 第1‐1-18表 )。

我が国のソフトの弱さの原因については,投入人員の差異に加え,そもそも,我が国においては需要者の要請に応じ,その目的に即して作成されるカスタムソフトが主流で,汎用のパッケージソフトの需要が大きくなかったことも指摘されているが,我が国は入手したアイデアを基に物や技術を完成する能力は高いものの,基礎的なアーキテクチャーの構築能力は弱いと考えられており,このような我が国の一般的な研究能力の差異が我が国のソフトの弱さの遠因となっているとも考えられ,これらの点について今後の改善が求められるといえよう( 第1-1-19表 )。

第1-1-18表 日米の工学部卒業生のコンピュータソフト作成への関与

第1-1-19表 研究運営に関する日米比較

(企業の研究開発に対する姿勢)

我が国の民間企業は,米国の研究開発力が従来に比べて向上しており,また,アジア諸国の企業には既に我が国と競争し,あるいは近く我が国と競争することとなるものが存在することを感じている。これらの状況のなかで我が国の企業は,その企業戦略として,消費者ニーズにあった製品の開発とともに,研究開発による独自の高付加価値製品の創出を重視している( 第1-1-20図 )。

また,応用,開発研究の重要性が増加しているとの企業の認識も明らかになっている。他方,基礎研究については,その重要性が減少したとする企業が,増加したとする企業よりも多くなっている( 第2部第1章 参照)。

しかしながら,高付加価値製品の開発生産への移行はスムーズには進まないとも企業は認識しており,研究開発重視の姿勢を真に高付加価値製品の創出に結び付けていく努力が求められる。

第1-1-20図 民間企業が重要視している企業戦略

第1-1-21図 民間企業の研究開発体制の重点

また,このように重要性の高い研究開発に関して,研究開発体制の重点として自社のみで研究開発を行うとする企業は減少傾向であり,異業種他社,海外の企業等との共同研究開発の重視の傾向が顕著にみられる( 第1-1-21図 )。なお,大学及び国立試験研究機関との共同研究開発に関してはほば横ばいとなっているが,これは,企業の研究開発戦略が製品開発の強化を重視していることに加え,企業がこれらの機関に対しては,共同研究開発の相手として期待することもさることながら,むしろ,基礎的,先導的研究の実施や人材養成等をより大きく期待しているとみるべきであろう。

このような共同研究開発指向の要因に関し,科学技術庁科学技術政策研究所が研究開発費の大きい企業約150社を対象としてまとめた「日本企業にみる戦略的研究開発マネジメント」によれば,自社の研究開発力の補完,あるいは研究開発費の効率的な活用が主たる要因となっているとみられる( 第1-1-22表 )。

第1-1-22表 企業の研究開発コンソーシアム(研究組合)に 関する意識

このような共同研究への期待の高まりの中で,有効な共同研究開発の推進を図っていくことも企業の今後の課題であるといえる。

(低迷する企業の研究開発投資)

このような研究開発に対する姿勢の見られる我が国の民間企業ではあるが,その研究開発投資は,長引く景気低迷の影響から,低迷している。総務庁統計局「科学技術研究調査報告」においては,1992年度の民間企業の使用研究費の実績が同調査開始(1959年度)以来初めて,前年度比1,9%減と前年度を割り込んでいる。

また,科学技術庁の「民間企業研究活動調査」によれば,1993年度も前年度比4.2%減とさらに前年度を割り込んでおり,1994年度の計画値も,その後の経済情勢により変更される可能性はあるものの,前年度比で横ばい(前年度0.5%減)となっている( 第2部第1章 参照)。

(企業の国への期待)

このように厳しい状況のなかで,今後の民間企業研究開発に関連する国の施策への期待を「民間企業研究活動調査」からみると,「大学や国立試験研究機関等における基礎的,先導的な研究を積極的に推進すること」(49.4%),「大学等における科学技術人材の育成を強化すること」(39.5%),「宇宙開発,エネルギー研究開発等,長期的視点を有し,開発リスクの大きい研究開発に国が積極的に取り組むこと」(36.5%),「地球環境,人口,食料等地球規模の問題解決のための研究開発に国が積極的に取り組むこと」(35.8%),「研究開発に対する税制面での優遇策を充実させること」(31.6%)の順に期待が大きいことが示されている。他方,「企業の行う研究開発に対する補助金を充実させること」は14.4%となっている( 第1-1-23表 )。

第1-1-23表 民間企業の国への期待

ここで,民間企業の研究開発における政府資金の役割について考えることとし,民間企業の使用する研究開発費の政府負担の割合をみる。我が国の場合その割合は,ここ20年を通じ2〜3%程度であり,我が国の製造業がその国際競争力を向上させてきた時期を含めて企業の研究開発はほとんど全て企業が負担してきたといえる。他方,米国の企業の使用する研究開発費に占める政府負担の割合の推移をみると,1971年の40%を越える値からほぼ一貫して低下してきているものの,最近でも25%程度である。米国において,政府研究開発における軍民転換の進展及び両用技術の重視の傾向のなかで,政府の資金負担による民間の研究開発が今後どのような効果をもたらすこととなるか注目に値する( 第1-1-24図 )。

第1-1-24図 民間企業が行う研究開発の政府による資金負担割合の推移

このように,我が国の民間企業は,その戦略として研究開発による独自の高付加価値製品の創出を重視しつつ,国に対しては,直接的な助成というよりも,国本来の役割と考えられる基礎的,先導的研究の推進,人材の養成,地球環境問題や宇宙開発,エネルギー研究開発等への取り組み等を期待していることが明らかとなっている。


(2) 基礎研究及び科学技術系人材をめぐる課題

(着実に伸びている科学技術論文シェアと一層の努力が求められる基礎研究)

科学技術庁科学技術政策研究所がSCIENCE CITATION INDEX(SCI)のデータベースを用いてまとめた資料によれば,世界の主要先進国の研究者が発表した科学技術論文の件数のシェアについて,1981年以後の年次推移を調査している。これによれば,SCIが英語圏に偏ったデータベースではあるという点に留意する必要はあるものの,米国は一貫して3分の1以上と圧倒的なシェアを占めている。他方,我が国は,着実にシェアを増加させており,1981年には世界で第5位であったものが,1986年にはソ連(当時)を,1988年には西ドイツを,1992年にはイギリスを抜いて,米国に次いで世界第2位となっており,我が国の世界への量的な面での貢献度は着実に向上しているとみることができる( 第1-1-25図 )。

第1-1-25図 科学技術論文の発表件数の国別シェアの推移

次いで,我が国の基礎研究の水準を,科学技術庁科学技術政策研究所とドイツのフラウンホーファ一応用研究促進協会技術革新研究所がとりまとめた「日独科学技術予測比較報告書」(1994年4月)を活用してみる。同報告においては,技術予測課題を技術革新の「(原理・現象の)解明(ELUCIDATION)」,「開発(DEVELOPMENT)」,「実用化(PRACTICAL USE)」,「普及(WIDESPREAD USE)」の各段階に分類し,また,各々の国の研究開発水準について専門家の認識を調査している。同報告においては,我が国の専門家を対象とした調査において,我が国が優れているとした者(優れている,やや優れているとした者の合計)の割合は「解明」で12%,「開発」で19%,「実用化」で32%,「普及」で45%であった。

他方,ドイツの専門家を対象とした調査において,日本が優れているとした者の割合は「解明」で10%,「開発」で21%,「実用化」で23%,「普及」で24%であった。このように,基礎的段階における研究の我が国に対する評価は,我が国の専門家,ドイツの専門家を通じて依然として低いものとなっている。

また,代表的な基礎的,先導的科学技術分野であるライフサイエンス,情報・電子,物質・材料の3分野の基礎研究レベルの日米,日欧比較を「先端科学技術研究者調査」によりみる。

分野全般をみるとライフサイエンスにおいては米国が圧倒的に優位であり,情報・電子,物質・材料の順で我が国の評価が向上するが,全体では米国を優位とする者が多い。また,欧州との比較では,全般に日欧同等とする者が多く,情報・電子では我が国優位とする者も多い( 第1-1-26図 )。

第1-1-26図 基礎研究水準の日米・日欧比較

次いで,我が国の基礎研究の水準をヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)の長期フェローシップの助成対象者の受け入れ国からみることとする。生体機能の解明を目指した基礎研究を国際的な枠組みの下に推進する同プログラムにおいては,長期フェローシップ事業(国外で研究を行うための旅費,滞在費等の助成)を行っている。同事業においては,公募に基づく各国からの応募者を審査し,助成対象者を決定しているが,1993年度に決定された助成対象者について,その受け入れ研究機関の日米欧3極間の地域分布をみると,米・加が79名と最も多くを受け入れ,ついで欧州は23名であるのに対し,我が国は1名となっている。受け入れ研究者数は,使用言語や生活環境の相違,受け入れ機関側の外国人受け入れ体制の不備等も影響するが,受け入れ国の研究水準が大きく影響していると考えられ,この観点からヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムが助成の対象としている分野においては,我が国には海外の優秀な若手研究者を誘引する魅力ある基礎研究がいまだ少ないことを示したものといえよう ( 第1-1-27図 )。

これらのことから,我が国の科学技術論文の発表件数は着実に増加しているものの,その基礎研究水準の評価は米国に比較して必ずしも高いとはいえない面があり,今後とも,基礎研究推進のため一層の努力が求められている。

(基礎研究のための資金及び人材の充実)

研究開発の問題点について,前述の「日独科学技術予測比較報告書」が日本とドイツを比較し分析している。

技術課題の実現にあたっての問題点については,技術自体の困難さが最も多く (日本68.2%,ドイツ48.8%),次いで,既存技術を代替するにあたってのコスト要因(日本35.3%,ドイツ33.4%)が指摘されている。また,資金については日本28.8%,ドイツ11.1%,人材の養成・確保については日本11.0%,ドイツ1.3%となっている。

第1-1-27図 HFSP長期フェローシップの助成対象者

さらに,技術課題の技術革新の各段階において資金が問題点となっている度合いをみると,我が国においては,「解明」において資金が問題点であるとする者が約40%と最も高く,開発,実用化,普及の順に低くなっている。他方,ドイツにおいては,段階ごとの顕著な相違はみられない。また,人材の養成・確保が各段階において問題点となっている度合いをみると,我が国においては「解明」の段階において人材の養成・確保が問題点であるとする者が約34%と最も高く,開発,実用化,普及の順に低くなっている。他方,ドイツにおいては,そもそも人材を問題点とする指摘は少なく,また,段階ごとの顕著な相違はみられていない。

また,科学技術庁科学技術政策研究所及び米国シラキュース大学が,日米の政府研究機関の比較を目的として,日米の政府研究機関に対するアンケート調査の結果をもとにとりまとめた調査「日本における政府研究機関(The Japanese Government Laboratory System)」によると,研究開発にあたっての最も問題となる点をいくつかの選択肢を与えそのうちの一つのみを日米の政府研究機関に選ばせているが,その結果,「十分に訓練された科学者及び技術者の不足」を挙げた機関が日本52%,米国10%,「不十分な政府のR&D資金」が日本25%,米国が52%,さらに「支援者の不足」を挙げた機関が日本19%と,基礎研究の実施を主要な任務としている我が国の政府研究機関においては,科学技術系人材の不足が研究開発遂行の問題となる点として最も強く意識されていることが分かる。

さらに,「先端科学技術研究者調査」において,研究開発を効率的に推進し,成果を向上させるために有効な条件や制度に関して質問している( 第1-1-28表 )。

大学に所属する研究者については,研究費の増額を67.4%が,研究補助者の数の増加を43.2%が,研究設備の拡充を42.9%が,研究者の数の増加を30.0%が有効と指摘している。また,国公立試験研究機関に所属する研究者については,研究者の数の増加を47.5%が,研究費の増額を46.2%が,研究補助者の数の増加を32.6%が有効と指摘しており,国公立試験研究機関において研究者の不足が強く認識されていることが分かる。他方,民間に所属する研究者については,共同研究など他機関との協力を45.9%が,所属組織内の人材の流動性を42.9%の研究者が有効としており,これらに対する民間研究者の期待の高さがうかがわれる。



これらから,基礎研究の主たる担い手である大学及び国公立試験研究機関に着目すると,大学においては研究資金の増額が,国公立試験研究機関においては研究者の数の増加が特に望まれていることが分かる。

(特許重視の我が国の科学技術活動)

ユネスコ(UNESCO)の報告書「WORLD SCIENCE REPORT1993」では,各国・各地域の科学技術論文の発表件数を英文のデ‐タベースにより,特許の活動を欧州及び米国における出願・登録状況でみることとし,これを各国の国内総生産を指標とした経済活動の規模と対比している( 第1-1-29(1)表 )( 第1-1-29(2)図 )。我が国の特許活動は,欧州,米国においてその経済力に比較しても非常に活発といえる。欧州の諸国が欧州特許において,米国が米国特許において経済力に比較して活発な活動を繰り広げることは,当然予想されるが,我が国が,欧州,米国の双方において非常に活発な特許活動を繰り広げていることは注目に値する。他方,科学技術論文では,前述のとおり,科学技術論文の発表件数及びその世界に占める割合は着実に増加しているものの,他の主要先進国・地域と比較すると,ユネスコの調査が英語圏に偏ったデ一タベースを用いたものである点に留意する必要があるが,我が国はその経済力に比較して活発な発表を行っているとは必ずしもいえない面もあり,欧米における我が国の活発な特許活動との対比において,我が国の科学技術活動が,経済活動に直接結び付く特許を重視している傾向が顕著に現れているとみることができる。

第1-1-29(1)表 世界の主要国・地域の国内総生産との対比における論文発表及び特許件数(1991年)

第1-1-29(2)図 世界の主要国・地域の総生産との対比における論文発表及び特許件数(1991年)

これは,我が国の研究開発投資構造が,民間企業を中心とした民間の研究開発投資の比率が高く,これに比較して公的部門の研究開発投資が低い現状によるものと考えられる( 第1-1-30表 )。

(科学技術系人材の確保)

第1-1-30表 主要国における研究開発投資の政府負担割合

今後,我が国がより一層科学技術の進展を図っていくためには,これまでにも増して,我が国最大の資源ともいうべき科学技術系人材の確保に努めていくことが求められる。我が国における科学技術系人材の需給については,今後とも需要が増加していくことが見込まれる一方,少子化や高齢化の進展に伴って生産年齢人口は減少に転じるとの予測がなされ,また,若者の科学技術離れの傾向が指摘されるなど,必ずしも楽観的とはいえない状況にある。この問題に関しては,昨年の科学技術白書でも取り上げたところであり,また,科学技術会議においても検討され,1994年6月には中間報告がとりまとめられている。

人を育んでいくためには,長い時間と多大な労力を要することから,将来の科学技術を展望し,これを担うにふさわしい人材の確保のための方策を講じるとともに,これら人材がその能力を最大限に発揮できるよう望ましい環境を整えていくことが喫緊の課題となっているといえよう。

特に,多くの科学技術者を抱える我が国の民間企業におけるこれらの者の処遇は,企業の研究開発への期待が高まっている今日特に重要である。企業における研究者等の自然科学系従事者の処遇に関しては,管理職にならなくとも,専門的能力のみで管理職と同様の処遇で昇進していけるような制度の整備が進みつつある。「民間企業研究活動調査」(1993年度)によれば,76.4%の企業がこのような制度を設けているか,あるいは,今後の設置を計画している旨回答している( 第1-1-31表 )。

しかしながら,18.1%の企業が制度が有効に機能していないとも判断しており,また,制度は設けているものの,会社の最高役員に相当するまでの処遇が可能となっている企業はいまだ非常に少ない現状となっている( 第1-1-32表 )。今後,処遇の充実を図り,制度が有効に機能するように留意するとともに,極めて優秀な科学技術者に対しては,経営首脳と遜色ない水準の処遇を可能とするよう努力が求められているといえよう。


(3) 国際的な対応をめぐる課題
第1-1-31表 科学技術者の企業における処遇(その1)

第1-1-32表 科学技術者の企業における処遇(その2)

東西対立が解消し,経済のグローバル化が進展し,さらに,環境問題などの地球規模の諸問題の重要性が高まるという状況のもとで,多数国間の協調と協力の必要性がますます重要となっている。科学技術分野でも,地球規模の諸問題への対応,新たな課題への先進国間の協力,開発途上国,旧ソ連,中・東欧諸国への協力,国際的な協調の推進が課題となっている。他方,安全保障という共通の利害が薄れた冷戦終結後の時代において,先進国間の摩擦の増大を懸念する向きもある。

このような状況の中で,我が国の民間企業は今後の国際社会の中で科学技術に関連して国が果たすべき役割として,先進国との関係,途上国との関係の両者ともに,知的所有権制度の国際調和や規格・標準の統一が重要であるとし,さらに先進国との関係では制度,規制の国際調和を,途上国との関係では人材育成への協力を重要であるとしている( 第1-1-33表 )。

第1-1-33表 民間企業の国への期待(国際対応)

また,先端科学技術研究者は,今後の国際社会の中で我が国が果たすべき役割としては,「国内基礎研究の充実による知的財産の蓄積」(54.5%),「環境,・人口・食糧等,地球規模の問題解決のための研究開発」(41.6%),「国際共同研究の推進」(34.4%),「途上国との研究者・技術者の交流の増加」(31.3%)を特に重要としている( 第1-1-34表 )。

我が国としては,このような国内の期待を背景とし,世界の中における我が国の地位をも踏まえ,この冷戦終結後の世界において,科学技術政策や科学技術に関する諸制度の国際的調和,国際共同研究の推進,開発途上国との協力,地球規模の諸問題への対応等に対し,従来以上に積極的に取り組むことが求められている。

(先進国間の科学技術政策の調和)

第1-1-34表 研究者が考える今後の国際社会の中で我が国が果たすべき役割

冷戦終結後の世界においては,欧米主要先進国は国防研究開発費を抑制するとともに,経済成長,競争力及び雇用確保の観点から,民生部門における研究開発を強化しつつあり,なかでも民間の研究開発への支援を強化してきている。この民間の研究開発への支援は,競争前段階(pre-competitive),基盤技術(generic technology)あるいはその他の表現であっても,各国・地域においてその意味する内容が異なってくる可能性があり,その結果として民間部門に対する支援の性格や程度も異なったものとなる可能性がある。このような各国間の言葉の理解の相違,制度の相違,さらにはその運用の相違は,ひいては,科学技術活動における望ましい政府と民間の役割分担のあり方の理解の相違にまで及ぶ可能性がある。

安全保障という共通の利害が薄れた冷戦終結後の時代において,このような分野における理解の相違は,摩擦の顕在化につながる可能性があるが,このような科学技術分野における摩擦防止には,各国の施策に対する相互理解の促進が重要であり,また,各国間の科学技術政策における協調と,共通の理解のもとに合意されたルールに基づいた協力と競争が望まれる。

先進国間の科学技術政策の国際協調に関しては,OECDの科学技術政策委員会(CSTP)等において,加盟国間の意見交換,情報の交流,統計資料の作成,共同研究等が行われており,また,ほぼ5年間隔で,科学技術担当閣僚による会議が開催されている。無用の摩擦を回避するためのOECDの場等における先進国間の政策対話と政策協調の重要性に鑑み,OECDの科学技術政策委員会では既にイノベーション・技術政策作業部会を設置し,イノベーションシステムの相互理解,国際技術協カプロジェクトのあり方等について検討している( 第1-1-35表 )。

第1-1-35表 OECD科学技術政策委員会イノベーション・技術政策ワーキンググループについて

また,サミット国,EU及びロシアの首脳の科学技術顧問,科学技術担当閣僚等をメンバーとしたカーネギーグループ会合(政府首脳科学顧問会合)が開催されている。同会合は科学技術の諸問題に関し意見交換を行い,その結果を各国首脳に報告し,サミット等に反映させることを目的とし,これまで7回開催され,最近では1994年6月に我が国の箱根で開催されている。さらに,サミット国の研究会議の代表者をメンバーに,科学技術に関する諸問題を自由に議論する会合として,先進7ヵ国研究会議代表者会議が過去13回開催されており,最近では,1994年5月に我が国の関西文化学術研究都市において開催されている。

我が国の民間企業は今後の国際社会の中で科学技術に関連して国が果たすべき役割として,知的所有権制度の国際調和や規格・標準統一や,制度,規制の国際調和を重要であるとしているが,知的所有権保護の国際的調和については,世界知的所有権機関(WIPO),GATT等の多国間の場,日米欧3極の場,さらには2国間の場等で,国際的な調和のための努力がなされている。

これら科学技術政策や科学技術に関連する諸制度における国際的な調和を目指し,経済及び科学技術において大きな地位を占める我が国の努力が重要になっているといえる。このため,国際経済体制やその他の国際的枠組みの尊重,OECD等における協調等が望まれており,我が国はその協調の枠組み構築を含めて主体的な対応が求められているといえよう。

(先進国間の国際協力への取り組み)

基礎研究については,その成果が人類全体の共有財産となることに鑑み,広く内外の協力を得て促進すべきである。特に,異なる文化や思考様式を有する者の間の国際共同研究は,国際的な相互理解を促進するとともに,知的触発をもたらすことが期待され,摩擦の増加が懸念される冷戦終結後の世界においても,積極的に推進すべきである。

また,このような国際共同研究を実りあるものとするためには,我が国の研究者が共同研究に対し十分な寄与をすることが重要であり,若手研究者の海外における研究機会の拡充等も含め,共同研究において活躍できる我が国研究者の養成に努めていくことが重要である。

また,,研究開発を進めるために必要な施設・設備が大規模化又は複合化したり,広範な研究者・技術者による取組が必要になるなどにより,一国のみでは対応が困難であり,先進国間の協力によることが不可欠な大規模プロジェクトは,一般にメガサイエンスと呼ばれている。財政事情の逼迫,基礎科学における国威発揚の重要性の薄れ等から,基礎研究分野を中心とするメガサイエンスにおいては,従来以上に国際協力の必要性が増大している。このため,メガサイエンスの早い段階からの意見交換,情報交換を行うとともに,その国際協力のあり方についての共通の認識を得ることを目的として,OECDの科学技術政策委員会の下に,1992年からメガサイエンス・フォーラムが開催されてきた。本フォーラムの成果及び近年の国際情勢の変化を踏まえつつ,科学者の発意から国際的な政策的・政治的決定にいたるメガサイエンスを進めていく過程において,国際協力の協議のメカニズムのあり方等を中心として分析・検討し,メガサイエンスにおける国際協力について我が国としての基本的考え方を整理していくことが必要である( 第1-1-36表 )。

また,米国におけるSSCの中止決定や宇宙ステーションの計画変更等,これまでの米国の大型プロジェクトへの対応が安定性を欠くとの批判があったが,米国において,行政府が議会と協力して長期的,安定的なプロジェクトの推進を目指していこうとする兆しもみられている。

第1-1-36表 メガサイエンスフォーラム開催状況

メガサイエンスをはじめとする大型プロジェクトに関しては,米国の主導的な役割にかげりがみえ始め,我が国に対する各国の期待が高まっているといえる。このような状況において,我が国は,単に求められたから協力するという受動的な姿勢ではなく,我が国としての明確な理念に基づく主体的,積極的な対応が求められており,我が国が提唱したヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムやIMS(知的生産システム)計画の経験をも参考にしながら,我が国が新たな理念を提起し,必要に応じ構想段階からの他国の参画を求めつつ,国際共同プロジェクトを推進していくことが重要である。

さらに,技術開発プロジェクトに関する協力については,欧米先進諸国が科学技術政策において競争力重視の姿勢をみせているなかで,ナショナリズムや地域主義に陥る危険を回避するために有効な手段と考えられ,知的所有権に関するルールの国際的な調和,協力にあたっての基本的原則に関する各国共通の理解の醸成など,その推進のための環境整備が求められている。

また,我が国の民間企業では,その研究開発体制の重点として,主として,自社の研究開発力を補完するため,異業種他社との共同研究開発とともに,海外の企業等との共同研究開発を重視していこうとする傾向がみられている。このような海外との研究開発協力を企業は,科学技術に関する緊張関係を緩和するための対応としても重視しており,民間企業においては既に国際的な協力,協調のための意識が相当高まっているとみられ,今後とも,この方向に沿った具体的な努力が期待される( 第1-1-37表 )。

(途上国特にアジアとの協力)

第1-1-37表 科学技術に関する国際緊張関係への民間企業の対応策

アジア諸国では,海外からの資本及び技術の導入によりその経済発展を図るとともに,導入技術を自らのものとして消化し,さらには,自前の技術力の向上を図ろうとしている。これらの動きを踏まえ,我が国とアジア諸国の安定と繁栄を考えると,我が国としては,企業においてアジア諸国の企業との競合を懸念する声があるが,我が国国内における技術革新を進め,アジア諸国と競合しない高付加価値の製品や消費者のニーズを先取りした製品等を提供する方向での一層の努力が求められているといえよう。

アジアをはじめとする開発途上国が科学技術の恩恵に浴し,社会経済の発展を図っていくためには,科学技術の成果を吸収し,自国の発展に役立てるための基盤の整備が重要であり,なかでも,科学技術を活用することの出来る人材の養成が急務である。

我が国の民間企業も今後の国際社会の中で科学技術に関連して国が果たすべき役割として,途上国との関係では人材育成への協力を重要であるとしている。また,先端科学技術研究者は,今後の国際社会の中で我が国が果たすべき役割としては,「途上国との研究者・技術者の交流の増加」を重要としている。

多くの人口を抱え,成長の可能性が高く,我が国に地理的に近いアジアの繁栄への貢献は我が国にとり極めて重要である。このため,各国が自前の研究開発能力の向上を指向していることを踏まえ,アジアの一員として我が国が積極的に協力を進めることが重要である。アジア各国の自前の技術力の基本となるものは人材であり,その養成についても我が国が果たすべき役割は大きいと考えられる。

アジアにおいては,地域における科学技術協力の枠組みとして,アジア科学協力連合(ASCA)が存在している。ASCAは,アジア地域の科学技術政策,研究開発計画等についての情報交換,共通関心領域の明確化,域内各国間の科学技術協カプロジェクトの推進方策の検討等を行い,域内諸国間の科学技術協力の推進強化を図ることを目的としている。この目的達成のため,1970年の第1回会合以来12回の本会議の開催や,各種のセミナーを開催しており,我が国はこれまでセミナーの実施等で積極的にその活動を支援してきているが,アジア地域の発展が期待され,科学技術が今後ますます重要な役割を占めると期待される状況のなかで,ASCAの活動により積極的に関与していくことが重要である。

また,多様な発展段階にある多くの国がこの地域に存在することから,我が国が科学技術協力を行うにあたっては,相手国の求めるものを慎重に見極めていくことが重要である。

他方,我が国の企業等がアジアを初めとする開発途上国等に進出し,科学技術の成果を移転し,産業活動に活用する場合,我が国における研究開発の成果である知的所有権については,GATTの合意により,これまで必ずしも十分でない面もあった途上国における保護が図られることとなった。

しかしながら,今後,我が国が国内で実施した研究開発の成果をもって海外で生産活動を行うこととなれば,我が国から海外に移転される成果が現地でどのように評価され,さらにその対価をいかに受け取るかは,国内の研究開発投資の回収の観点からも重要となってくると考えられる。この課題について,今後,関係各国の共通の認識が必要となると考えられるが,このための関係国の間の議論の機運を醸成していくことも,海外からの技術を基礎として経済的に成長した我が国に課せられた役割として重要となろう。

(旧ソ連,中・東欧への対応)

世界の安定のために,旧ソ連,中・東欧諸国が国際社会の一員として,経済改革を進め,市場経済の下に安定的に発展していくことが重要である。旧ソ連,中・東欧諸国の経済改革にあたっては,科学的進歩及び技術革新能力が不可欠の部分であるべきであり,これら諸国の科学・研究基盤,特に人的資源を守ることの重要性が,1992年に開催されたOECD科学技術大臣会合において強調されている。さらに,科学者・技術者の訓練,各国内部の科学技術システムの強化,技術移転プロセスの重視,軍需産業の転換が重要な領域として指摘されており,なかでも,これら諸国の研究者に対する研究の機会の提供が重要とされている。我が国としても,今後,各国の発展において科学技術の果たす役割に着目し,先進諸外国と協調しながら支援していくことが重要となっている。

(地球規模の諸問題への対応)

世界の経済社会の発展と並行して生じてきた地球規模の諸問題を我々は避けて通ることは出来なくなっている。冷戦の終結は,地球温暖化,オゾン層の破壊等の地球環境問題,人口爆発,エネルギー,食料問題等,地球規模の諸問題,あるいは人類の生存を脅かすエイズ等の問題について,世界の国々が協力して解決に努力する機運をもたらしている。これらの問題は,その影響が国境を越えて他の国に及び,また,その解決への取り組みも一国のみでは対応できず,国際協力によることが不可欠となる。また,これらの諸問題の解決には,各国が協調して総合的な対策を講じていくことが必要であるが,その解決に科学技術が果たす役割は大きい。

特に,近年,地球温暖化,オゾン層の破壊,砂漠化の急速な進行,熱帯林の減少,酸性雨などいわゆる地球環境問題が世界的に大きな関心事項となってきた。このような関心を背景として,1992年6月にブラジルで開催された「環境と開発に関する国連会議」(UNCED)には約180ヵ国というこれまでの会議にはみられなかった多数の国々が参加し,地球環境問題に関する具体的な取り組みについて活発な議論がなされた。

我が国の地球環境問題への対応については,1993年12月地球環境保全に関する関係閣僚会議が開催され,「『アジェンダ21』行動計画」が決定されている。この計画のなかでも示されているように,科学技術は重要な役割を果たしており,地球温暖化の予測に係る不確実性を低減させ,科学的知見を踏まえた適切な対策を講じるため,現象解明等に関する研究,温室効果ガスの観測並びに人工衛星等を用いた観測技術の開発等が行われている。また,温室効果ガスの排出抑制のためのより高度な新エネルギー技術や省エネルギー技術などの研究開発が行われている。

これらの努力に加え,地球環境問題の根本的な解決のためには,問題の一因となっている人口の増加やエネルギー問題に一層真剣に取り組むとともに,成長と環境保全の両立を図るための技術革新を進めていくことが重要であると考えられている。

この際,地球規模の諸問題の解決,あるいは悪影響の低減のための技術開発に関する取り組みについては,各個別領域において様々な取り組みが行われているが,地球規模問題を根本的に解決し,より豊かで希望に満ちた人類社会を形成していくためには,世界各国が協調,協力して地球全体の資源,環境,生態系のダイナミックな相互関係を把握しながら,科学技術面から総合的,国際的な取り組みを推進することも重要である。

これらの問題に対し,我が国としては,持てる科学技術力を最大限に活かしながら対策に積極的に取り組んでいくとともに,問題解決のための研究開発を精力的に行っていくことが必要である。


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