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第1部   若者と科学技術
第3章  科学技術がより身近に感じられる社会を目指して
第1節  科学者,技術者に触れる機会の拡大


第2章第1節における分析の視点に立てば,生活の中で「科学技術のブラックボックス化」とも呼ぶべき現象が進行し,科学技術の知識,あるいは科学者,技術者の活動,すなわち,科学技術を身近に感じる機会が少なくなってきたことが,最近の若者の科学技術離れの傾向をもたらした大きな底流を形成している可能性が考えられる。

若者を含めた国民が科学技術を身近なものとして感じるという点において,最近最も強く国民の印象に残っているものは,米国のスペースシャトル内で宇宙実験に取り組む宇宙飛行士毛利衛氏の活躍の姿であろう。

宇宙開発事業団の毛利衛氏は,日本人宇宙飛行士として初めて,米国のスペースシャトルに搭乗し,1992年9月12日から8日間にわたって,高度約300kmの地球周回軌道上を飛行しながら,我が国初の本格的な宇宙実験(第一次材料実験「ふわっと’92」)を行った。

この宇宙実験「ふわっと’92」においては,スペースシャトル「エンデバー」号の貨物室に積み込まれたスペースラブ(宇宙実験室)に我が国が開発した実験装置を搭載し,無重力という宇宙空間の特性を利用して,地上では実現し難い)純度や均質度の高い材料を創製すること等を目指した材料実験やライフサイエンス実験が実施された。このほか,この宇宙実験は,我が国の将来における有人宇宙飛行のための技術の習得といった意味合いもあるなど,我が国の科学技術にとって重要な意義を有するものであった。さらに,日本人宇宙飛行士が宇宙飛行に参加し,スペースシャトルの搭乗科学技術者として初めて宇宙実験に携わったことも画期的な出来事であったことから,国民の関心は一層高まり,大きく報道されたことは記憶に新しい。

同氏がスペースシャトル内で宇宙実験に取り組む姿を新聞の写真,テレビの映像等を通して国民が見ることができたことは,科学技術に対する夢を国民と分かち合うという意味で,極めて大きな効果があったと見られる。また,同氏は,この実験の合間をぬって,軌道上から地上の小学生に対して直接語りかけ,紙飛行機やリンゴを使って無重力の世界を紹介する実験を行うなどにより宇宙空間という特殊な環境についてクイズ形式の授業を行った。この試みは「宇宙授業」として大きな反響を呼んだ。

このほか,軌道上の同氏が地上の報道関係者からのインタビューを受けて,宇宙に出た感想,宇宙から見た地球の印象等について直接語る機会が設けられたことなどにより,国民は,現実に進行中の科学技術プロジェクトの現場にあたかもいっしょに参加したかのように感じ,宇宙から青い地球を眺める感動を共に覚えることができた。

これらのことから,今回の宇宙実験は,科学技術を,最先端の研究の現場とそこで研究に取り組む生身の人間の姿という説得力のある形で紹介することによって,若者を含めた国民の多くに科学技術を身近に感じてもらうことに成功した例であると解釈できよう。

この事例は,若者を含めた国民が科学技術を身近なものとして感じられるようにするためには,科学者や技術者が活躍している現場を直接あるいは間接に体験したり,そこで活躍している科学者や技術者の生身の人間としての姿に触れたりできる機会を国民に提供することが極めて有効であることをうかがわせるものであり,今後一層の努力が期待される分野のひとつの例となり得るものであると考えられる。

国民に科学者や技術者の人間的な側面に触れる機会を提供する方法としては,例えば研究所,工場といった科学技術活動の現場を一般の市民が訪問できる機会の拡大,研究者や技術者の講演会等への講師としての派遣など,様々な方法が考えられよう。

以下,国民が科学者や技術者に触れる機会を拡大する上で大きく貢献することが期待でき,今後重要な検討課題となると考えられる事項について例示的に紹介する。なお,それぞれのアプローチの具体的可能性については,今後,関係者の間で様々な角度から検討が加えられていくことが期待される。

(科学技術活動の場を国民が訪れやすくする努力)

実際に様々な科学技術活動が行われている場,すなわち,研究の現場や製造の現場を国民に訪れてもらうための試みについては,科学技術週間などの機会に各研究機関の施設の一般公開といった形で幅広く行われている。1993年の科学技術週間に際して実施された研究施設等の一般公開では,筑波研究学園都市44機関だけで延べ約3万8千人もの国民が参加している。

また,民間においては,さらに進んだ試みとして,多くの人が科学技術に親近感を持つようになることを一つの狙いとし,専門家ではない一般の市民が訪れ,研究者と交流することを前提とした研究施設を建設する例が現れている。この施設は,研究の現場を一般の市民に公開することにより,研究者の活動を実感してもらう,人間としての魅力に触れてもらうといったことを目的の一つとしており,展示施設などを構想段階から研究施設の設計に組み込んでいるなど,従来の研究施設にはみられないユニークな考え方を具現化したものとなっている。

科学技術活動の典型的な場の一つである工場においても,敷地内に整備された庭園を設け,一般の市民に開放するなどにより,一般の人々に工場をより身近に感じてもらうとともに,従業員にとってもより快適な職場環境の実現を目指す動きがみられるようになっている。

科学技術活動の場を一般の国民が訪問しやすくすることは,管理上の問題もあり,また,そこで勤務する科学者や技術者にとって新たな負担となることもあり得るので,施設運営の側にとっては容易なことではないと考えられる。しかし,それでも,科学者や技術者の活動を国民に身近に感じてもらうことの重要性を認識し,上述のような例を参考としつつ,様々な工夫によって,専門家ではない一般の国民も気軽に訪問できるように,また,訪問したくなるように配慮された研究あるいは製造の現場が増えていくこともあり得る方途の一つと考えられよう。

(科学者や技術者が国民に語りかける努力)

科学者や技術者が,自らの活動の重要性,面白さ,あるいは社会への貢献などに関する考えを,一般の国民に向けて積極的に伝えることも,国民が科学者や技術者の人間的な側面に触れる機会を拡大し,科学者や技術者の活動を,より身近なものとして感じられるようになる上で大きく貢献する可能性があると考えられよう。

「先端科学技術研究者調査」によると,研究者のほとんど全員(97.0%)が我が国の科学技術を現在以上に進歩させる必要があると考えており,その理由として,必要があると回答した者の大半(72.4%)が「科学技術の進歩が停止すると,地球環境問題・人口爆発・エネルギー問題等により人類の生存が危ぶまれる。」を挙げている (第1-3-1図)。

このように,科学者や技術者の多くは,人類の将来に危機感を持ち,科学技術をさらに発展させる必要性を切実に感じている。科学者,技術者がこのような気持ちを率直に社会に向かって訴え,国民の共感を得るように努めていくことは,若者を含めた国民が科学技術について考える契機となるばかりでなく,科学者や技術者の活動をより身近に感じられるようになる上でも大きな効果が期待される。

また,同調査によると,研究者のほとんどが,自分の行っている研究を「おもしろい研究」(93.2%)であり,かつ,「実社会に貢献するもの」(93.4%)であると思っている (第1-3-2図)。

科学者や技術者がこのような自らの活動に伴う「おもしろさ」,あるいは「実社会に貢献できた」といった喜びや感動を社会に,とりわけ若者に的確に伝えることは,若者の「科学技術に対する能動的関心」を高める上で大きく貢献すると期待される。

同調査によると,自分の研究のおもしろさは一般の人々にもわかってもらえるはずと考えている研究者,自分の研究が実社会に貢献することは一般の人々にもわかってもらえるはずと考えている研究者の比率は,それぞれ54.4%,65.7%である。しかし,これらの研究者のうち,自分の研究のおもしろさについては35.6%の研究者が,自分の研究の実社会への貢献については36.0%の研究者が一般の人々にわかってもらうための努力をすべきと思いつつも,実際には時間不足等の理由でそのような活動をできないでいる。結果として,実際に自分の研究のおもしろさ,自分の研究の実社会への貢献に関して,一般の人々にもわかってもらうように話をする,原稿を書く等の努力をしている研究者の比率は,それぞれ,29.2%,32.7%にすぎない。

このような現状をみると,科学者や技術者が自らの活動に伴う喜びや感動を国民に伝える努力については,まだ,拡大の余地が多く残されていると考えられる。

第1-3-1図 科学技術の進歩が必要な理由

第1-3-2図 自分の研究に対する科学者,技術者の意識 (1)自分の研究はおもしろいか

このため,科学技術関係諸機関においては,このような科学者や技術者の活動の重要性を理解し,一般向けの執筆や講演の機会の提供等により,この種の活動を積極的に奨励し,支援するなど十分配慮することもあり得る方途の一つと考えられよう。

(実際に進行中の科学技術プロジェクトの活用)

上述のとおり,1992年9月の宇宙実験「ふわっと’92」に際して,スペースシャトル内で同実験に取り組む宇宙飛行士毛利衛氏の活躍の姿が国民に紹介されたことは,国民が科学技術を身近に感じられるようにする上で大きな効果があったと考えられる。この例は,実際に進行中の科学技術プロジェクトの現場とそれに取り組む生身の人間の姿という本物だけが持ち得る強い説得力や印象を物語るものである。若者を含めた国民が日常生活の中において科学技術を身近に感じられるようにしていくためには,このような本物だけが持ち得る力を十分に活用して,機会あるごとに,科学者,技術者の活躍の様子を生き生きとした形で国民に伝えていくことが効果的と考えられる。

このため,今後,科学技術プロジェクトの推進に当たる機関としては,プロジェクト実施の過程においても,節目節目のチャンスを活かすことによって,プロジェクトに参加した者が感じる喜びや感動を国民もいっしょに感じることができるようにするため,例えば,科学技術プロジェクトにおいて一定の目標が達成された機会に,一般の人々が日頃見られない研究の現場やプロジェクトに貢献した科学者,技術者の姿を国民に紹介するといったことなど,できる限りの工夫をすることが考えられよう。このような努力を通して,国民が科学技術を身近に感じるのみならず,若者も将来は是非自分もこのようなプロジェクトに参加したいと思うようになる可能性が大きく広がることが考えられよう。

(科学者,技術者に焦点を当てた歴史・記録の作成)

国民が科学者や技術者の実際の姿に触れる機会を拡大するための方法としては,間接的ではあるが,科学技術発展の歴史や個々の画期的な発明,発見等の事例を,それに貢献した個々の科学者や技術者の人間的な側面に焦点を当てた歴史・記録としてまとめ,発表あるいは刊行するといったことも効果があると考えられよう。

特に,近年において日常の生活に普及・浸透するようになったハイテク製品については,身近で使用されでいるわりには,開発に携わった人々のことは,ほとんど知られていない。このような製品の開発の過程について,上述のような記録をまとめて発表することは,その製品が身近なものであればある程,国民の関心を集め,効果が上がると考えられる。

今後,科学者,技術者の活躍に焦点を当てた多数の良質な歴史・記録が社会に普及することになれば,若者を含めた多くの国民が,科学者や技術者の活動をさらに身近に感じられるようになろう。

(報道機関を通した情報発信の際の配慮)

科学技術に関し,国民が日常的に受け取る情報の相当部分は,報道機関を通して伝達される。科学技術庁科学技術政策研究所「日・米・欧における科学技術に対する社会意識に関する比較調査」によると,毎日の生活で科学技術に関する情報を「テレビのニュース」から得ている者は国民の82.0%,「新聞の記事」から得ている者は同59.6%となっている (第1-3-3図)

このように,科学技術に関する情報を伝達する上で,報道機関は極めて大きな役割を果たしている。報道機関では,難しくなりがちな科学技術関係の話題をわかりやすく伝えるための様々な配慮がなされている。例えば,科学技術関連記事の執筆に当たっては,難しすぎる表現,専門用語の羅列を避ける,わかりやすい写真,図案,グラフ,たとえ等を用いる,社会や生活との関係について説明する,世界における日本の位置付けを明らかにする等の点に配慮がなされており,読者の理解の向上に役立っている。

このような報道機関側の努力に加えて,科学技術関係機関の側が,情報の発信,発表に当たって,日頃から十分な配慮をすることは,国民が科学者や技術者の活動をより身近に感じることに大きく貢献すると期待される。このような配慮としては,専門用語を避ける,避けられない場合にはわかりやすい解説を付ける,発明,発見等については,科学上あるいは実用上の意義,当該分野における世界の動向とその中における日本の位置付けといった背景情報を付すといったわかりやすくするための配慮に加えて,成果を上げた科学者や技術者について,例えば,写真を提供する,本人の気持ちを本人の言葉で語ってもらうなどの形で併せて紹介するといったことが考えられる。

このような点に配慮することによって,発見に伴う新鮮な驚きや発明の社会における意義をわかりやすく伝えられるようになるのみならず,研究に従事した研究者の感動や夢などをより効果的に,生き生きとした形で社会に伝えられるようになると考えられる。

科学技術に関する情報を発信する側におけるこのような努力の積み重ねは,国民が科学者や技術者の活動をより一層身近に感じられるようにする上で大きく貢献するものと期待される。

第1-3-3図 科学技術の情報源


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