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第1部   若者と科学技術
第2章  若者の科学技術離れ傾向の背景
第2節  若者の気質に合わなくなった科学技術活動のイメージ


前節で分析したように,若者の「科学技術に対する能動的関心」低下は,生活の中で「科学技術のブラックボックス化」とでも呼ぶべき現象が起きていることが一つの大きな要因となってもたらされたと考えられる。1980年代末の好景気時において理工系の大学学部卒業者・

大学院修士課程修了者の製造業への就職比率の低下などがみられた背景には,若者の「科学技術に対する能動的関心」低下という底流があったとみられるが,そのほか,科学技術活動のイメージの一部が最近の若者の気質に合わなくなったことも考えられよう。

科学技術関係の職業は,未来を築く誇るべき職業であり,また,知的好奇心を追求することができる創造性豊かな職業であるという側面を持っている。このことは,研究者の意識からも裏付けられている。

「先端科学技術研究者調査」によると,研究者の大部分は,自分の研究は「実社会に貢献する」(93.4%),また「自分の研究はおもしろい」(93.2%)と思い,身近な若者から科学者や技術者になることについて相談された場合,82.8%の者が勧めるとしている。また,勧めると回答した研究者の95.8%が「やりがいのあること」をその理由に挙げている (第1-2-10図)

このように実際に科学技術活動にあたっている科学者や技術者は,自分の仕事を「やりがいのあるおもしろい仕事」として誇りを持って職務にあたっているといえる。これも科学技術関係の職業が真に創造的な職業であるということによっているのであろう。

しかし,科学技術活動については,このような創造的な職業としての魅力的なイメージのほかに,最近の若者の気質に合わなくなったイメージも併せ持っている。

第1-2-10図 科学者,技術者の意識

以下,科学技術活動のイメージのうち,最近の若者の気質に合わなくなった部分について分析する。

(若者の気質の変化)

(財)日本生産性本部及び(社)日本経済青年協議会が新入社員を対象として行った「『働くことの意識』調査」により男子新入社員の働く目的についてみる。同調査によると,1972年には「自分の能力をためす生き方をしたい」と回答した者の比率が最も多く,次いで「楽しい生活をしたい」,「経済的に豊かな生活を送りたい」の順であり,1977年についてもやや差が縮まりつつも1972年と同様の傾向を示している。しかし,1982年には「経済的に豊かな生活を送りたい」が増加するとともに「楽しい生活をしたい」,「自分の能力をためす生き方をしたい」が減少し,3者がほぼ同水準となった。1987年には「楽しい生活をしたい」が増加し,最も多くなり,次に「経済的に豊かな生活を送りたい」が多くなった。これに対して「自分の能力をためす生き方をしたい」は減少し,この回答を選択した者の比率は3者の中で最も低くなった。1992年についてもやや差が縮まりつつも1987年と同様の傾向を示している (第1-2-11図)

次に,総務庁青少年対策本部「青少年の連帯感などに関する調査」により15歳から23歳までの若者が,どんな職場で働きたいと考えているかをみる。これによると,1990年には「自分の才能が生かせる職場」(62.7%)と回答した者の比率が最も多く,次に「気持ちのよい人が多い職場」(56.5%),「収入が多い職場」(51.4%)と続く。1970年と1990年とを比較してみると,「収入が多い職場」(36.2%→51.4%),「休暇がとれ,残業が少ない職場」(16.6%→37.9%)となっており,実利面を重視する傾向が強まっている (第1-2-12図)

第1-2-11図 男子新入社員の働く目的の推移

第1-2-12図 若者が希望する職場

第1-2-13図 新入社員の苦労に対する意識の推移

また,「『働くことの意識』調査」によると,若いうちは自ら進んで苦労するくらいの気持ちがなくてはならないと考えているかどうかという質問に対して,「進んで苦労すべきだ」と回答した者の比率は1969年の61%から1992年には40%に減少している。このように,若いうちに苦労することはよいこととする従来の価値観は失われる方向にあることがうかがわれる (第1-2-13図)。

以上に示したとおり,最近の若者は,「楽しく,経済的に豊かな生活」,「収入が多く,拘束時間が少ない職場」を志向し,「若いうちの苦労」をいとうという,実利重視・苦労忌避の傾向が強まっているということができる。

(理工系の大学生活のイメージ)

科学技術庁科学技術政策研究所の調査により高校3年生が理系の大学生活について抱いているイメージをみると,理系の大学生活が勉強に忙しいと思っている生徒の生徒全体に占める比率は87.0%である一方,文系の大学生活が勉強に忙しいと思っている生徒の比率は15.7%となっている。また,大学生活が将来性がある,就職に有利,真面目,変化に豊んでいる,かっこいいと思っている生徒の生徒全体に占める比率は,理系については,それぞれ75.3%,71.9%,67.5%,56.5%,37.5%である一方,文系については,それぞれ25.2%,24.3%,14.5%,36.2%,24.2%となっている。このように,高校生は,理系の大学生活について,勉強に忙しいというイメージを抱いている傾向がうかがわれる。

(科学技術関係の職業のイメージ)

科学者,技術者といった科学技術関係の職業は現在の若者から他の職業と比べて実利的なイメージに乏しいと思われているとみられている。この点について高校生の抱いている職業イメージをみる。

科学技術庁科学技術政策研究所の調査では,理系の職業として「大手自動車メーカの設計エンジニア」と「科学や技術に関する研究者」の二つを,文系の職業として「大手の銀行マン」を挙げ,それぞれについて高校生が抱いている職業イメージを,「明るい―暗い」などの対立概念により得点化した平均点で比較している。これによると,文系の職業の「大手の銀行マン」は「非創造的な」,「変化がなく」といった仕事の内容の面ではマイナスイメージが持たれているとみられるが,「給料」,「安定性」といった実利的な面ではプラスイメージが持たれているとうかがえる。一方,理系の職業である「大手自動車メーカの設計エンジニア」と「科学や技術に関する研究者」は,「創造的な」,「変化に富んだ」といった仕事の内容の面ではプラスイメージが持たれているとみられるが,「給料」,「安定性」といった実利的な面でのイメージでは「大手の銀行マン」に及ばず,特にその傾向は「科学や技術に関する研究者」の方に顕著に表れているとおしはかることができる (第1-2-14図)。

第1-2-14図 高校生の職業についてのイメージ

このように,科学技術関係の職業は若者から銀行員等の他の職業に比べ実利的なイメージに乏しいと思われているといえるが,こうしたイメージが給与面の実態を反映したものであるか否かをみる。労働省「賃金構造基本統計調査」により,1,000人以上の規模の企業に働く大卒男子労働者について,1991年6月分の所定内給与(注)の全産業平均を100とした場合の各産業の所定内給与の水準を比較すると,製造業は20〜24歳の年齢層から50〜54歳の年齢層まで全産業平均を上回ることがないのに対し,金融・保険業は20〜24歳の年齢層では95.8と全産業平均を下回るものの,その後25〜29歳の年齢層から50〜54歳の年齢層までは105〜118と全産業平均を大きく上回っていることがわかる (第1-2-15図)。

注)月間きまって支給する現金給与額のうち,超過労働給与以外のものをいう。

第1-2-15図 男子労働者の産業別の所定内給与の水準(全産業平均=100)

給与面でのこのような実態は研究者や技術者の意識にも表れている。「先端科学技術研究者調査」によると,研究者の過半数である56.8%の者は,科学者や技術者の仕事が社会から正当な評価を受けていないと感じており,正当な評価を受けていると感じている者は29.4%に過ぎない (第1-2-16図)。 そして,正当な評価を受けていないと感じている者のうち81.7%が,そのように感じている理由として「処遇が悪いこと」を挙げている (第1-2-17図)

このような科学者や技術者の意識が若者に伝わって,科学技術関係の職業イメージを低下させている可能性も考えることができよう。

第1-2-16図 科学者や技術者の仕事の社会的評価

第1-2-17図 科学者や技術者が正当な・評価を受けていないと感じる理由

前述のとおり,現代の若者は「休暇がとれ,残業が少ない職場」を志向する傾向が強まっている。そこで,労働省「毎月勤労統計調査年報」により製造業と他の産業の労働時間を比較してみると,500人以上の規模の事業所に働く男子常用労働者の月間総実労働時間の1992年年平均は,製造業で171.O時間となっており,鉱業の190.7時間,建設業の174.6時間に次いで長くなっている。調査を行った産業のうち最も短いのは,金融・保険業で155.9時間となっており,製造業の月間総労働時間は金融・保険業に比べて15.1時間長くなっている (第1-2-18図)。

第1-2-18図 男子労働者の産業別の月間総実労働時間数

以上のように,科学技術関係の典型的な職業である研究者や技術者については,そこに至るまでの苦労が多いわりには実利面では報われないというイメージがあるようにみえる。このようなことに加えて,科学技術発展の結果として,科学技術の成果が社会に普及・浸透し,科学技術に関する知識,才能が狭い意味の科学技術活動の範囲を超えた幅広い業種で有用になってきたことから,1980年代末に金融・保険業といった実利面で良いイメージを持っている業種でも科学技術系人材の採用を大幅に拡大したことなどの複数の要因が直接間接に若者の進路選択に影響を及ぼしたことが考えられる。このため,科学技術系人材確保の見地からは,科学技術関係の職業の処遇・勤務環境の改善についても,検討が加えられることが期待されよう。


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