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第1部   若者と科学技術
第2章  若者の科学技術離れ傾向の背景
第1節  生活の中で“見え"にくくなった科学技術
  (科学技術の日常化と使いやすさの追求)


1980年代以降,半導体素子の高集積化,低コスト化等が進展した結果,高度な情報処理機能を有するハイテク製品(パソコン,ワープロ,ファクシミリ,多機能付き電話機,テレビゲーム機等)が家庭に豊富に供給されるようになった。

最先端の科学技術の成果がこのような形で日常の身近な生活に普及し,目立たない形で浸透してきた結果,もはや科学技術は,驚きや感動の対象となる特別の存在ではなく,ごく普通のもの,あって当たり前のものになった観がある。

その結果,若者は,これらの製品を単に便利な道具として見るのみで,その内部構造,作動原理,製造プロセスといったものに関する科学技術の知識が若者の興味,好奇心を喚起する力は,いかにそれが最先端の高度な科学技術を駆使したものであったとしても,極めて乏しくなったとみられる。

加えて,このようなハイテク製品は,様々な工夫によって科学技術に関する特別な予備知識がなくても使いやすいように設計されており,外から見ただけでは,その内部構造や作動原理を知ることができず,また,知る必要も全くないものが多い。また,かつては普通に行われていた時計や電気製品の分解修理も最近ではあまり見かけなくなり,故障すると修理されることなく,そのまま使い捨てされる,あるいは修理されるにしても,ひとかたまりの部品ユニットをまるごと新品部品ユニットとカセット方式で交換するだけとなる傾向が強くなってきており,こういったことからも,工業製品の内部構造や作動原理について触れる機会は乏しくなっている。

このような事情の結果,ハイテク製品がまさに“科学技術"の成果であることを若者が実感することは難しくなっており,まして,このような製品に関して,なぜ,どのようにして作動するのか,どのような方法で作ったのか,どのような人が作ったのか,どのような創意工夫があったのかといったことについて,若者が疑問を感じ,思いを馳せる機会は,ますます少なくなってきており,このようなことが,結果として,若者の目からみて,科学技術を“見え"にくいものとしている一つの要因となっているとみられる。

科学技術に関する特別な予備知識がなくとも,誰でもが科学技術発展の恩恵を享受できるようにしよう,少しでも使いやすい製品を低コストで豊富に供給しようとすることは,これまでの技術開発の一つの大きな目標であり,夢であったと言えよう。この目標に向かって多くの技術者がまい進した結果が今日の若者の科学技術離れの傾向に結び付いているとすれば,皮肉なことと言わざるを得ない。

(科学技術の高度化,専門化)

近年における科学技術の急速な発展の結果,日常生活に普及している工業製品は,高度の科学技術が駆使されたものとなっており,専門家以外の者にとっては,その内部構造,作動原理,製造プロセスなどはとても理解できそうもないものとなってしまっている。このため,このような事項は,専門家でない国民にとっては,そのイメージすらわかない,遠い世界のものになってしまっていると考えられる。

科学の体系に含まれる基礎的な原理,法則などに関する知識は学校教育の場で提供されるが,日常生活において身近に接する最先端の工業製品について,その内部構造,作動原理,製造プロセスなどに関する知識をわかりやすい形で提供する場はほとんどない。製品を開発し,製造している側は,作り出した製品について,機能,デザイン,ブランドといった製品の表層に関する情報をアピールしてきたが,製品の内部構造,作動原理,製造プロセスといった情報を消費者などにわかりやすい形で伝えてこなかったとみられる。

このようなことも,若者が身近な製品の内部構造,作動原理,製造プロセスなどに対する好奇心を抱く機会を乏しくし,さらに,そのような好奇心を通して研究の現場,製造の現場などの存在を意識する機会を乏しくしていると考えられる。

このような事情の結果,国民と研究の現場,製造の現場を結び付けているものは,そこで生み出された製品の表層的な機能のみとなり,その背後にある科学技術の知識,さらには,それを生み出している科学者や技術者という生身の人間の活動は,国民にとって極めて存在感の乏しいものとなっているおそれがある。

(科学技術活動の大組織化)

近年における科学技術の高度化,複雑化の結果として,科学技術活動は個人的な営みというよりは大規模組織による分業化された活動という性格がますます強くなってきている。このため,画期的な新製品の開発も大規模組織によって分業的に行われることが普通となっており,その業績を特定の人物と結び付けて語ることは極めて難しくなっている。このため,科学技術活動の中で直ちに我々の生活に影響を及ぼし,関心の集まる新製品の開発といった話題も,それを実現した者としては,企業などの組織が表に出るのみで,その背後にある個々の科学者や技術者という生身の人間の活動については話題になりにくいという傾向がますます顕著になってきているとみられる。

加えて,科学技術活動の現場も,製造の現場が町中の小規模工場から,一般国民の目からは見えにくい郊外の大規模工場へと移っているように,物理的にも,暮らしの場と科学技術活動の場の間の距離は離れる方向にあり,直接,科学技術活動に携わっていない一般国民の目からは,科学技術活動の現場は,ますます“見え"にくいものとなる傾向にあるとみられる。

さらに,科学者,技術者については,一般的な印象として,他の人とのコミュニケーションを行うことがあまり得意ではなく,社会に対する情報発信力が弱い傾向があるとの指摘もなされている。これを裏付けるものとして,将来,科学者,技術者になる可能性が比較的高いとみられる理学部,工学部志願者には,他の分野の学部志願者に比べて,「人との付き合い」や「文章の読み書き」といったコミュニケーションに関する事項について消極的な傾向にあることを示す調査結果が得られている (第1-2-3図) 。このように,科学者,技術者の側の社会に対する情報発信力が弱い傾向にあることも,社会に貢献している科学技術活動の実際の様子について,国民が知ることはもちろん,想像することすら難しくしているおそれがある。

このようなことも,若者の目からみて研究の現場,製造の現場,さらには,そこで働く科学者や技術者の姿を“見え”にくいものとしていると考えられる。

(物質的豊かさに対する満足感の広がり)

近年の科学技術の発展等により我が国の経済規模が拡大し,国民生活の物質的な豊かさが達成された。ここでは,まず,このことを若者がどのように受けとめているかについて分析する。

総務庁青少年対策本部が若者(調査年の4月1日を基準として15歳から23歳までの者)を対象として行った「青少年の連帯感などに関する調査」によると,日本が世界に誇れるものとして,「国民生活が豊かである」と回答した者の比率は,1970年では8.2%であったが,1990年には36.3%に達し,最も多い回答となった (第1-2-4図) 。また,今の自分の生活に満足しているか否かについては,「満足である」または「まあ満足である」と回答した者の比率は,67.1%(1970年)から82.8%(1990年)へと増加傾向にあるのに対し,「不満である」または「やや不満である」と回答した者の比率は,32.5%(1970年)から16.9%(1990年)へと減少傾向にある (第1-2-5図)

第1-2-3図 進学志望学部別にみたコミュニケーションに関する自己イメージ

これらのことから,若者は我が国の国民生活の豊かさを世界に対し誇りに思うとともに,得られた今の自分の生活に満足していることがわかる。

第1-2-4図 日本が世界に誇れるものに関する若者の意識

第1-2-5図 生活の満足度に関する若者の意識

若者が「心の豊かさ」と「物の豊かさ」のどちらを重視するかを総理府「国民生活に関する世論調査」によってみると,20歳代前半及び20歳代後半の若者のうち「心の豊かさ」を重視する者の比率は1980年代初め以降増加傾向にある一方,「物の豊かさ」を重視する者の比率は減少傾向にある。これは所得水準の向上を背景とした耐久消費財の普及率の上昇といったことにみられるように,物質面での欲求はかなりの程度充足されたため,次の段階として,精神面あるいは心理面でのより豊かな生活を求める欲求が高まってきていることを反映しているものと考えられる (第1-2-6図)

このように,国民生活の物質的な豊かさが達成された結果,近年,若者の意識は,ゆとり,潤い,快適さといった精神的あるいは心理的な豊かさを求めるものに変質してきていると言えよう。

物質的により豊かな生活を願い,科学技術の一層の発展を期待する気持ちは,以前は我が国の若者の普通の意識であったとみられるが,物質的豊かさに対する満足感が若者の間に広まった結果,このような意識は今の若者には引き継がれていないようにみえる。

第1-2-6図 「心の豊かさ」と「物の豊かさ」に関する若者の意識の推移

こういった意識変化の兆候は,次に示す調査の結果からも読み取ることができる。総理府広報室「科学技術と社会に関する世論調査」及び科学技術庁科学技術政策研究所「日・米・欧における科学技術に対する社会意識に関する比較調査」によると,20歳代の回答者のうち科学技術の発展について「プラス面の方が多い」と回答した者の比率は,53.9%(1987年)であったが,50.2%(1990年),36.2%(1991年)と減少している一方で,「マイナス面の方が多い」と回答した者の比率は,9.3%(1987年),6.3%(1990年),9.2%(1991年)とばらつきがある。これに対して,「両方同じくらいである」と回答した者の比率は,33.O%(1987年),38.1%(1990年),54.6%(1991年)と増加している (第1-2-7図) 。年齢層別にみると,20歳代は,他の年齢層に比べて,「プラス面の方が多い」と回答した者の比率が低く,「両方同じくらいである」と回答した者の比率が高いという傾向にある (第1-2-8図)。     

第1-2-7図 科学技術の発達はプラスかマイナスか

第1-2-8図 科学技術の発達はプラスかマイナスか(年齢層別)

また,文部省国立教育研究所「理数調査報告書」及び「小・中・高等学校における理科学習と科学的態度の質的変容についての継続的調査研究」によると,「自然科学(数学や科学)は日常生活の問題を解決するのに役立つ」,「数学や科学をよく身につければ一層生活が豊かになる」と思う生徒の比率は,小学5年生では,それぞれ73.8%,58.8%であったが,高校3年生では,それぞれ46.5%,31.8%と減少しており,10歳代の若者の科学技術の日常生活への貢献に対する意識は年齢が上がるに従って次第に希薄となっていくことがわかる (第1-2-9図)。

これらのことは,科学技術が,若者にとって,その発展や知識の習得は日常生活の問題を解決し,生活を豊かにするといった期待をかける特別の存在ではなくなりつつあることを示していると理解できる。

二度にわたる石油危機に苦しんだ1970年代を経て,1980年代に入ると,我が国は世界有数の経済大国となった。その結果,若者の間では,日本は豊かな国であるとの認識が高まり,生活に対する不満は低下していった。このことから,身近な生活において科学技術の発展が不十分であるための不便を若者が実感を持って感じるような機会は,1980年代以降極めて乏しくなり,科学技術を通して豊かになろう,生活上の不便を解消していこうとする意識が低下しているとみられる。

第1-2-9図 科学技術の日常生活への貢献に対する認識

このような状況の下で,若者は,科学技術発展の必要性を切実に感じ,それに積極的に関わっていこうとするよりは,むしろ現在の科学技術レベルを所与のものとして受け入れ,その成果が便利なものであれば使うし,そうでなければ使わないといった受け身的対応に終始することが普通になっているとみられる。

このような若者にとっては,実社会における科学者,技術者の活動も,自分の生活とは関わりのない印象の薄い存在となり,関心を持つ対象ではなくなってきていると考えられる。


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