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第1部   平成新時代における我が国科学技術の新たな展開
第1章  わが国科学技術の推移と新たな展開
2.  産業界の研究開発活動の推移と展開
(2)  すぐれたパフォーマンスと高度化への適応力


我が国企業のパフォーマンスの良さは,研究開発面でみると,市場性を強く意識して研究開発テーマを設定していること,その実現のために社内の関係部門と協調し情報を収集していること,及び新しい企業環境が出現したときに研究開発部門がその解決に向け柔軟に対応していることによるものと考えられる。最近の高付加価値志向と企業自体のリストラクチャリングに向けた研究開発面における精力的な努力,先端技術を中心に競争力を強化するという重点化戦略,及び技術シーズを自ら見いだそうとする基礎研究強化への取り組みは特筆されるものである。このような企業姿勢により,すぐれたイノベーションがなされてきたと考えられる。


(市場性を強く意識した研究開発への取り組み)

我が国では企業で使用される研究費の大部分が自己負担であることにより,研究開発の目標として特に市場性が重視されていると考えられる。ここでは,研究開発と市場性の関連を念頭に置きながら,研究開発に多大な影響を及ぼすとみられる研究開発の方向に対する経営陣の方針と,研究開発テーマの設定の仕方を分析してみる。研究開発の進め方としては,市場性重視の考え方から「既存事業分野でのニーズ指向の研究開発」が最も重視され他を圧倒している (第1‐1‐26図) 。しかし,将来的には自らシーズを求めたり事業活動を拡充することが必要との見地から「シーズ探索等の基礎研究」,「異業種進出のための技術の研究開発」,「産・学・官の研究・情報交流」が今後重視される傾向にある。

第1‐1‐26図 研究開発の進め方として重視するもの

次に研究開発の重要な要素である研究開発テーマの設定方法について述べる。欧米では,研究者自身が研究開発テーマを設定し,テーマ設定に関して他部門との協調はあまりないと言われている。これに対して,我が国では「研究者自身の発想」,「開発部門からの要求,フィードバック」,「生産部門からの改善要求,提案」,「マーケティング部門からの顧客ニーズ」,「経営管理部門からの要求」など多方面から情報が収集され,これをもとにテーマが設定されている (第1‐1‐27図) 。このような中で比較的重視される度合が高いのは,マーケティング部門からの顧客ニーズ,研究者自身の発想及び開発部門からの要求であり,顧客ニーズを他部門から収集し,研究者自身の発想を加えて研究開発テーマを設定していると考えられる。我が国の研究開発は生産技術の向上,いわゆるプロセス・イノベーションに重点がおかれてきたとされるが,ここにみられるように既に研究開発め中心が製品開発,すなわちプロダクト・イノベーションに移ってきている。

我が国企業では市場性を重視し,社内関係部門が協調して情報を収集し,研究開発することにより,市場に合った新製品を生み出し,新たな市場を創造したり市場を拡大する努力をしてきた。このような活動により,我が国の産業は非常にすぐれた経済的パフォーマンスを発揮してきたといえよう。

第1‐1‐27図 研究開発テーマのニーズ発生元


(高付加価値化と先端技術による対応)

昭和60年秋からの円高により製品の価格競争力が低下した我が国の企業は,製品の高付加価値化を強め,また非価格競争力のある製品づくりをめざす傾向にある。例えば,カラーテレビの実質生産単価(生産単価を国内卸売物価指数で除したもの)を調べると,60年まではほぼ一定であるが61年以降急上昇に転じている。これは,製品の高付加価値化が61年以降急激に進んだことを示している。その他の耐久消費財においても,60年から62年を境にして急激に高付加価値化が進展している。

経営方針として「既存事業分野での高付加価値化」を重視する企業が非常に多いことは先に述べたとおり  (第1‐1‐5図) であるが,高付加価値化を達成する手段として重要な役割を果たしているのが研究開発であると考えられる。特に先端技術を軸として高付加価値化に取り組む企業が多くなってきている。カラーテレビでは,大型化,高画質化,高音質化などにより,高付加価値化を達成したが,これはディジタル技術やIC技術など先端技術によるところが大きい。

第1‐1‐28図 先端技術の研究開発に対する方針

我が国企業の先端技術への関心は非常に高く,先端技術の研究開発を実施していないと答えたのは過去5年間で16.3%,今後5年間で8.6%と少ない (第1‐1‐28図) 。先端技術の研究開発を実施する目的としては「先端技術を組み入れた製品を開発するため推進」及び「従来ないような革新的製品を生みだすため推進」が重視されるようになっており,ここでも我が国企業がプロダクト・イノベーションの努力を進めていることがうかがえる。

業種別では,電気機械工業,機械工業などの加工組立型産業において「先端技術を組み入れた製品を開発するため推進」の比率が他業種に比べ特に高い。「基礎・基盤技術力確保のため推進」と回答したのは特に医薬品工業,自動車工業で多い。「先端技術事業分野に参入するため推進」としているのは,総合化学・化学繊維工業,石油製品・石炭製品工業,ゴム製品工業などであるが,いずれも将来のほうが比率が低くなっており,先端技術事業分野への参入は一段落したものと思われる。

全般的に先端技術組み入れ製品の開発による高付加価値化や,革新的製品の開発による非価格競争力を目的として,我が国の企業は先端技術の研究開発を積極的に行っていることがうかがえる。


(業種転換を支える研究開発)

我が国の企業は成長性を維持するため,事業の多角化,異業種への進出に向けて内部の業態を積極的に変化させつつある。公正取引委員会の調査によると,製造業主要企業の売上高非本業比率(売上高に占める他業種製品の売上高の比率)は,全業種平均で昭和54年度に13.3%であったものが,59年度15.5%,61年度19.8%と上昇傾向にあり,事業分野の多角化が進んでいると言える。同様に研究費の非本業比率(研究費に占める他業種製品の研究開発を目的とした研究費の比率)をみると,57年度の15.4%から62年度には19.0%に上昇し,研究開発の多角化も売上の多角化同様進んでいると言える。第 1‐1‐29図 第1‐1‐30図 は主要な業種について,それぞれ売上高と研究費の本業比率(100%から非本業比率を引いたもの)と他業種参入比率(当該業種の製品分野における売上高あるいは研究費に占める他業種企業の売上高あるいは研究費の比率)をみたものである。横軸は本業比率であり,100%に近いほど本業に専念し多角化していないと言える。一方縦軸は他業種参入比率で,その業種の製品分野にどれだけ他業種から参入してきているがを表しており,100%に近いほど他業種からの参入が多い。

これらを3つのグループに分けてその特徴を分析する。まず,第1グループを研究開発に積極的に取り組んでいる化学工業,電気機械工業,輸送用機械工業とする。第2グループを素材型産業の繊維工業,窯業・土石製品工業,鉄鋼業とする。第3グループを加工組立型産業の一般機械工業,精密機械工業とする。

第1‐1‐29図 売上高からみた業種転換(昭和61年度)

第1‐1‐30図 研究開発からみた業種転換(昭和62年度)

研究開発に積極的に取り組んでいる第1グループをみると,本業比率は売上高,研究費ともに高く,他業種参入比率は売上高,研究費ともに比較的小さい。本業比率は研究費が売上高よりやや高く,研究開発により本業の競争力をますます強化しようとしていると考えられる。一方,他業種参入比率をみると,化学工業とその他の2業種では若干異なる。化学工業が売上高の他業種参入比率が研究費より高いのに対して,他の2業種は反対に研究費の比率が高い。これは,化学工業がすでに他業種から参入済みであるのに対して,電気機械工業,輸送用機械工業は他の業種が現在研究開発中であり,今後参入が増加することを表しているものと考えられる。

第2の素材型産業については,本業比率と他業種参入比率は売上高,研究費ともに比較的低いが,本業比率は研究費が売上高より低くなっている。これは,現在はまだ事業が本業主体であるが,今後業種の転換を他業種の研究開発を通じて図っているものと推定される。

第3の加工組立型産業を見てみると,一般機械工業は他業種参入比率が非常に高く,また本業比率も比較的高い。売上高と研究費を比較してみると,研究費は売上高より本業比率,他業種参入比率が低くなっている。これは,一般機械工業の製品内容が変化し,他業種の技術が一般機械工業の製品分野に必要になってきていることによるものと考えられる。精密機械工業は一般機械工業と反対の傾向を示し,本業の技術をもとにして他業種製品を売り上げており,非常に高い業種の転換を図っているものとみられる。

以上みてきたように,我が国の企業の事業展開にはいろいろなパターンがあるが,研究開発による業種の転換も大きな流れになっている。


(研究開発の集中化)

研究費の製品分野別シェアをみると,通信・電子・電気計測器が昭和62年度で26,1%を占め,さらに近年この分野のみが著しい伸びを示している。その他の製品分野はほぼ横這い,ないしは低落傾向にあり,エレクトロニクス分野への研究投資の集中化が進んでいるものと考えられる。また,電気機械工業の研究開発投資は将来においても活発化する見込みであり,製品分野別にみて研究開発の方向がさらに集中する可能性がある。

研究開発の内容についても各社が類似の課題に取り組む傾向がある。先端科学技術研究者に対する調査によれば,「近年各社似た課題に取り組む傾向が強まっている」が36.3%,「この傾向はあるが近年あまり変化がない」が46.9%となっており,合わせると約8割強の研究者が各社似た課題に取り組む傾向が続いているとしている。これに対して「各社独自の課題に取り組んでいる」との回答は,わずかに2.0%であった。

このような研究開発の集中化は,市場での競争激化を招き,海外との貿易摩擦を引き起こし,また重点化されていない分野の技術力が弱体化するといったマイナスの結果をもたらす可能性がある。しかし,このような集中化により技術開発競争が活性化し,優れた製品が市場にでていくというプラス面は特に経済的にみれば大きいと考えられる。さらには市場での相乗効果も加わり,一社で開発するより市場が拡大され,経済面で多大な寄与をしているものと思われる。


(基礎研究への取り組み)

我が国企業は高付加価値化をめざし,技術の高度化を研究開発を通じて図っていることはすでに述べたが,これらの実現のため基礎研究から取り組む動きが活発化してきている。企業で使用する研究費に占める基礎研究の比率は近年上昇傾向にあり,基礎研究が重視されつつあることをうかがわせる (第1‐1‐31図) 。また,民間動向調査によると,今後「長期的,基礎的テーマに力を注ぎ,当面の収益率(研究開発費とそれにより得られる収益の比率)が低下するが止むを得ない」とする企業が過半数を占め,「短期的な,収益性が高いテーマを厳選する」企業は減る傾向にある (第1‐1‐32図)

第1‐1‐31図 産業界における基礎研究への取組推移

第1‐1‐32図 研究開発テーマ選定と収益率の関係

科学技術政策研究所の調査においても,長期的に取り組むための体制を整備するため,基礎研究の組織を従来の研究開発組織とは別に設ける企業が増えている。しかし,現在実施されている基礎研究は,目的を明確に定め,事業に関連する科学的知識の獲得をめざしたり,長期的な研究開発基盤を確保するためのものが大部分であり,科学的新知見の発見といった意味での基礎研究はまだほとんど行われていないのが実情であるとしている。

第1‐1‐33図 産業界における本格的基礎研究への取組について

一方,最近の産業界の研究設備,人材,資金力に注目して,本格的な基礎(科学)研究にも産業界が取り組んでいくことが期待されるようになっている (第1‐1‐33図) 。欧米においては,有力企業が本格的な基礎研究の担い手となっているケースも少なくない。我が国の企業でも,自社の事業と関係する分野で,全研究開発費の1%以内という範囲内で本格的な基礎研究に取り組む企業も出てきている。本格的な基礎研究には長期にわたる取り組みが必要であり,またりスクも高い。今後,産業界に本格的な基礎研究を期待するには,こうした動きを助長し,経済情勢の変動によらず安定して取り組めるような環境作りが必要と思われる。


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