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第1部   我が国科学技術の国際化に向けて
  序章 我が国の科学技術の概観
  [我が国科学技術の史的展開]
  〈昭和50年代以降〉


この時代は,従来の自主技術開発路線を踏まえながらも,技術的見通しがあり研究開発の後段にあって成功確率の高い技術開発だけでなく,基礎的な段階から技術シーズを生み出す創造的研究の重視に科学技術政策のポイントが移っていく時代であり,これが,現在につながってきている。また,昭和40年代後半に起こった石油危機を契機に,昭和50年代前半には,エネルギー危機への対応が大きな政策課題であった。

ここで昭和50年度の我が国の研究費をみると,研究費総額約2.62兆円,対国民所得比2.11%であり,先にも述べたように単純比較はむずかしいが,各国の統計をベースに比較すると,研究費総額の面ではフランス,イギリスを追い越し,数字の上からもトップクラスの仲間入りを果たしたことがわかる。

科学技術政策面での対応を振り返ると,まず昭和52年に,石油危機をはじめとする国際環境激変への対応力の強化と医療,福祉等の生活の質の面にも配慮した政策展開の必要性を指摘した科学技術会議の第6号答申が出されたが,この頃の時代背景を受けて,代替エネルギー開発等の重視の色彩が強いものとなっている。

これが,時代が進むにつれ,我が国の科学技術水準の向上等を背景に,海外に学ぶ時代から自らが道を切り開いていく時代に移りつつあるとの認識が高まり,基礎的研究の重視が強く政策面であらわれるようになった。昭和56年や昭和58年の白書では創造性豊かな自主技術開発の重要性がテーマとして取り上げられた。昭和59年には,1)創造性豊かな科学技術の振興,2)人間及び社会との調和ある科学技術の発展,3)国際性を重視した科学技術の展開を今後の基本政策とする科学技術会議の第11号答申が出され,この中で21世紀に向けて新しい文化と文明の基礎になる科学技術の総合的発展を目指した今後10年間における科学技術政策の基本が示された。また,この答申は,昭和61年に閣議決定された「科学技術政策大綱」のバックボーンになるものであった。

産業技術の面からこの時代を見てみるとまず鉄鋼,自動車,家庭用電気製品等の分野で世界のトップクラスに達したのをはじめ,今日ではハイテク分野を中心に,我が国の高い技術力が世界の技術発展に多大の貢献をなしうるまでに至っている。

このような経緯を経て,今日,我が国の科学技術には,世界のトップランナーの一員として大きな期待が寄せられていると同時に,日本の優れた産業技術に基づく輸出の急増は,世界中で様々な摩擦を引き起こしてきている。このような対外関係の緊張化傾向の中で,現在の我が国には,科学技術面で国力にふさわしい責務と役割の自覚に基づく対応が求められている。


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