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第1部   人間性豊かな生活環境に向けて
第3章  今後の方向と課題
2  人間的な豊かさに向けた科学技術を推進するに当たっての諸課題
(2)  科学技術の適正な活用方策の確立


現在では,国民は主体的な選択や活動,生活における精神的なゆとり等を重視するようになってきており,こうした行動を可能としていくためには科学技術を人間にとってより良いものに使いこなしていくための知識や方法論の確立のような技術の利用条件の整備が重要になっている。

これまで,科学技術は新しいものが開発されてそれがそのまま円滑に人々に使われるようになったものが少なくないが,新しい技術の進歩が生活形態や就業構造に変化をもたらし,その定着化までにあつれきを生じたものも少なくなかった。

特に,商業主義が優先され,一方的に新技術の普及が行われたときには,使用者との間,社会的環境条件との間に歪みを生じた場合が少なくなかったし,人々は所持できる物等は増えたものの精神的豊かさを味わうことは出来ないことも多かった。

しかし,多くの場合,新技術は人間にあつれきを凌ぐだけの便益をもたらして,技術の使用を止めるというよりは,むしろ,技術とそれを使う人間との間で相互にフィードバックしあいながらお互い調和のとれた形に修正され,あるいは安全規制等それをチェックする機能とのバランスをとる形で定着化が進んできた。

こうした経験を重ねるにつれて,現在では新技術の開発段階からあらかじめ技術の評価が行われ,使用者とのフィードバックも比較的うまく行われるようになり,こうした形でのあつれきは少なくなってきた。

しかし,例えば,生命維持装置,人工受精,遺伝子治療等の医学の進歩によって,それまでは技術的にできなかったために社会がそれをないものとして考えてきたことも可能になり,人の生や死に対する考え方,人の尊厳に対する考え方等人間の考え方や社会制度に直接問いかけるものが登場し,これまでと異なるさらに一歩進んだ新たな問題を発生させてきている。


1) 技術の適用可否に関わる新たなコンセンサスの確立

こうした技術の代表的分野として,近時,特に問題視されるようになったのが,バイオエシックスの問題である。世論調査によって国民の関心度をみると,脳死,植物人間,臓器移植,人工臓器については過半数の人々が関心を持ち,出生前診断,遺伝子治療等も大きな関心を呼んでいる( 第1-3-6図 )。

こうした,医療技術を人間に対して実施する点についてみると生命維持装置については,「あまり不自然なことはせず,寿命のままにまかせた方がよい」とする者が60%と「最新の科学技術の成果を活用して延命のためにベストを尽くすべき」とする者32%の倍あり,また,臓器移植については,「臓器移植を受けてまで病気を治したくない」42%と「臓器移植を受けて病気を治したい」42%とほぼ意見が均衡し(ただし,脳死状態からの移植については「行うべきでない」46%が「行ってもよい」30%を上回っている。),さらには体外受精は反対55%,賛成29%というようにこうした新技術の適用にネガティブな意見が多いものや意見が大きくわかれているものが多い( 第1-3-7図 )。

第1-3-6図 医療面での関心の有無

こうした状況は,医療技術の先端的研究の場にも大きな影響を与え,研究者は常にこうした研究を行ってよいかどうか悩みながら研究を行い,あるいは研究そのものを放棄する場合も生じている。

また,研究や臨床実験を行う場合にあっても倫理委員会を設けるところが増え,昭和60年度末で国立大学医学部の62%,公私立大学医学部の30%がすでに委員会を設け,設置の予定又は設置検討に入っているものが国立大学の31%,公私立大学の59%と大学のほとんどがこうした委員会を設ける方向に動いており,またこの委員会には医学以外の有識者を入れ,医学側の独断に陥いらないよう慎重な配慮のもとにこれを進めるようになってきている。

第1-3-7図 最新の医療技術の人間に対する実施の是非

また,こうした新技術の適用について国民的に関心も高まり,昭和59年には,先進国首脳会議での提唱を受け,世界の有識者が箱根に集まって討議が行われ,あるいは科学技術会議,厚生省の懇談会をはじめ医師会,学会等様々な場所でこうした技術の開発や適用に関する問題点の検討が行われるようになってきている。

このように医療技術のような国民の生命,生き方そのものに大きな影響を与えるものについては,国民的に討論を深め,研究開発や適用現場においても慎重な配慮を深めていくべきことはもちろんのこと,さらに余命が判明した場合に本人に知らせるかどうかの基本をどこに置くか等,医術の適用場面全体について行動規範,倫理規範を確立していくことが重要な課題になってきているといえよう。


2) ゆとりと活力の増進に向けた科学技術の活用方策の確立

バイオエシックスのように新しい技術の適用の可否そのものが問題となるものと並んで,科学技術の使い方そのものについて考えていくべき問題もある。

これまでにみたように過栄養の問題,体力や体質低下の問題等普通に生活していても的確な科学的知識がないためにかえってマイナス的な問題を発生させる場合があり,あるいは近時の技術は,パソコン,ワードプロセッサ等にみられるように,これまで人間が行っていたノウハウを次々と取り込み,機能的にはますます使い易くなってきているが,これを使いたくても新しいものへの心理的抵抗感があって使えないという場合があり,また,電子レンジ等機能が多くなってかえってそれらを使いこなせない場合がある等,物も情報も豊かになってきているにもかかわらず,その利用に対する知識や方法が未熟で,せっかくいい技術があっても人間の活力やゆとりの向上に必ずしも貢献していないことが多い。

これらは,人々の日常生活における行動の問題として必ずしも科学技術面からの対応を要しないものも多いが,新しい科学技術を供給する側にあっても常にこうした面にも配慮して,人々がよりよい活動をしていくための環境を整備していくことが必要である。

このためには,まず,何よりも科学技術に関する知識や技術製品の使い方に対する正確かつ豊かな知識の普及を図っていくことが必要である。また,科学技術を供給する側にあっても,人の生理,心理,生態等に対する総合的な理解を深め,これと調和する形で,科学技術自体を人間生活のゆとりと活力を増進する方向でより使い易いものとしていくとともにこうした方向で人間にとってより良い使い方を開発し,科学技術の適正な活用方法の普及を図っていくことが重要になってきているといえよう。

なお,こうした新しい活用方策の確立への努力は,その成果がまた科学技術の中に取り込まれ,あるいは活用方法の側から科学技術に対する新たな要求が産み出されるというように単に科学技術を利用する側にとって重要であるばかりでなく,新しい科学技術を産み,育てる面でも重要であり,この意味で科学技術そのものに厚みをつけていく途であるといえよう。さらには,科学技術が人間との接点をさらに深めていくことを考えれば,職場や生活における様々な人間の活動知識やノウハウそのものも,こうした知識経験の蓄積の上に,21世紀に向けた新たな技術が発展するという意味で,重要性を増大させてきている。

例えば,研究現場においてもこれまで常に新鋭の計測加工機器を導入し,これを使いこなしてより高度のソフトウェアを産み出し,これをもとにさらに高度な装置や方法の開発に結びつけることによって技術や研究開発のレベルアップを支えてきた熟練技能者が,現代の若者のイメージによる回避,高価で高精度の装置の導入等によって減少傾向にあり,いずれは装置の限界が科学技術の進歩の限界を作り出すことも憂慮されはじめている。

また,家事技術の進歩等によって家事の画一化や外注化が進む中でこれまで歴史的な積み上げを持った生活技術のベテランはすでに高齢域に入り,今これを収集,分析しなければみすみす将来の発展の基礎となる貴重な知的資源を喪失してしまう恐れがあるものもある。

今後,科学技術の使い方を豊かにし,あるいはより豊かな科学技術を創っていくためには,こうした知識経験にも配慮していく必要があるが,このように今からでも早期にその収集分析を手懸けていくべきものも多く,その対策の充実が望まれている。


3) 悪用対策の確立

また,こうした新しい科学技術の活用方法を積極的に創造していくことと並んで,技術のマイナス的な使用への対策の面でも新たに考慮していくべき問題も増えている。近時,コンピュータ,通信技術等新たな技術の社会への普及に伴って,コンピュータ犯罪,プライバシー侵犯等新たな犯罪や悪用の問題を生じる場合も出てきている。

こうした事件のかなりの部分が,利用者の倫理意識に係るものであり,新しい技術を開拓し,供給する側では対応できず,一義的には一般行政における各種の規制,規準の充実,技術の利用に係る管理体制充実,教育広報活動等による技術の利用者や消費者の適正な知識の普及等によって社会全体の力によっておさえていくしかないものが多い。

しかしながら,技術を供給する側にあっても,これを座視しておくわけにはいかず,例えば,本人確認法,通信回線不正接続防止,アクセスモニタリングシステム等のアクセスコントロール技術の高度化や通信回線及びファイルの暗号化,データベース推論制御等によるデータ保護技術等技術の悪用や誤用を防ぐための技術を開発し,また,安全かつ適正な方法で行われるよう基準や方法を明確化して自律的なコントロールを促進する等こうした対策面での活動を充実させていく必要がある。


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