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第1部   人間性豊かな生活環境に向けて
第3章  今後の方向と課題
1  科学技術の現状と方向
(2)  現代科学技術の方向



1) 人間生活との接点にみる科学技術の新たな動き

こうした,科学技術の先端的領域の動きに対し,我が国の研究開発は,研究費総額7.2兆円中応用研究が1.8兆円,開発研究が4.3兆円と両方で86.4%(いずれも昭和59年度)を占めるというように,そのかなりの部分が経済社会的諸活動への応用を指向したものとなっている。こうした応用面の代表として,第2章でみた身のまわりの科学技術を中心にみると,今日の経済的繁栄をもたらした戦後からの技術の成熟化と新たな要素を取り入れて次の時代に向けて発展し始めた昭和50年代以降の流れに大きく区分できる。

まず,前者については,戦後,抗生物質等による健康の確保,肥料,農機等による食料確保,家電,合繊等による経済的豊かさの確保というように,技術は社会が必要とするものを数年のタイムラグで実現してきた。

このように,あるものが得られれば,次のものへというようにほぼ無限とも思われるほど次々と発展する人間の欲望が,技術の進歩を促してきたが,特に,戦後の経済発展の原動力であった国民生活における物質的豊かさの追求については,多くの人々が満足感を持つようになっており,物の豊かさよりも心の豊かさを追求する人の方が多くなってきている。そのため,これらの物質的豊かさを支えてきた戦後からの技術は,量的拡大の面では停滞期に入り,むしろその内容面の充実を図る方向で進むようになっている。

例えば,耐久消費材についてみると,昭和30年代から40年代にかけて登場した多くの耐久消費材が,普及の基本単位である家庭にほぼ行きわたり,これを支える技術の画期的変化は少なくなり,これらの代替需要や個人別需要に向けた機能,色彩や装飾等好みや感覚を重視した改良を中心とするものに移行した。

こうした動きは家電製品に限らず鉄鋼,石油化学等それまでの国家経済と国民所得の高度成長を支えてきた多くの分野でみられ,昭和40年代までに一応の国民の要求水準を達成し,技術は成熟化し,次の時代に向けての展望がみられぬまま昭和50年頃には,「不透明の時代」ともいわれる状態をつくり出していた。

こうした状態に突破口を開いたのが,単にものを確保するということから「いいもの」をあるいは「いい感じのもの」を求めるということへと変ってきたユーザーの要求内容の高度化にあわせた技術体系への転換である。人々のこうした欲求の変化にあわせて,近時急速に進歩してきた電子素子技術を背景に,生産機械,家電,自動車,医療・教育機器,防災安全システム等広汎な分野における情報・通信技術の応用が進み,また,分子レベル,原子レベル,素粒子レベルへと計測制御の稠密化を進めている物質材料系科学技術を背景に,新しい素材の開発や既存素材の精緻な加工法が実現され,人間の微妙な感性にも応えられるようなより練り上げられた技術に高度化が進むというように,昭和50年代の技術はユーザーとの結びつきをより深めることによって再び産業活動の活性化を促進してきた。

この場合,この昭和50年代からの技術は,ユーザーとの結びつきの内容において,それまでとはかなり様相を異にするものとなってきている。すなわち,これまでにも,科学技術は,人間の行う生産や生活における諸活動の手段としてユーザーとの結びつきが強かったが,どちらかといえば人間や生体の外の現象に学び,また,機能性や経済合理性に重点を置いて人間とは心理的に一歩距離を置いた形で進められるところが多かったのに対し,昭和50年代からは,人間や生体そのものに学び,また,科学技術そのものを人間により適合したものにし,人間の心理的なものも満足させる方向を指向する等人間とのより直接的な関わりを深める傾向が強くなっている。

もとより,こうした人間と科学技術との関係は複雑多様であり,また,人間や自然に対する理解そのものがまだまだ未熟である等こうした方面への進展には様々な問題を抱えており,一朝一夕には進められないところが多い。

しかし,1昭和50年代には,まず,メカトロニクス,FA化,OA化の進展等によって人間の活動は,肉体的作業が減ってより知的な作業のウェイトが高まり,人々が科学技術を人間の活動の活性化やその内容の豊かさを実現する手段として発展させていく基礎が作られたといえよう。また,精緻な加工技術等によって人間の感性にもアピールできる素材を開発し,あるいは人間の心理的負担を軽減するための病院システムを開発する等人々の感性や心理面での豊かさを実現していく基礎が作られてきているといえよう。

こうした技術の進展によって,これまでもっぱら機械,製品等のノードウェアを中心として発展してきた科学技術は,脳,免疫等の生体機能や知・情・意をはじめとする人間の持つ基本的機能に学び,あるいは,これらと結びつけられたソフトウェアの比重を高め,当初から人間と一体として開発しようとするものが増えはじめている。

ここで,特に,社会や国民生活に応用されていく場合の接点の科学技術について動きをみてみよう。これまで発展を遂げてきた物質,エネルギー等の基本的な財貨やサービスの生産と供給の技術は,これからの社会発展の基礎として依然として重要かつ不可欠であり,さらに質の向上,有用要素の創出や拡大に向けて発展していくとみられるが,これに加えて,まず第一にこれに知識的要素を加えていく方向での発展がさらに進むとみられる。

すでに,ワードプロセッサ(作文や修文処理),自動翻訳(外国語通訳)等人々の知的機能の一部を織り込んだ技術が実現,普及しはじめており,また,専門家の知識経験を濃縮したエキスパートシステムの開発や学習,推論も行って人間の知的機能を補完する人工知能の研究が進められている。さらに,エキスパートシステムや人工知能の技術は生活知識,芸術文化的知識の領域にも拡大されてホームコンピュータシステムや芸術家用のイメージプロセッサ等の発展が予想される等,単に工場,オフィスだけでなく,家庭,社会等広汎な領域にも応用されて,社会全体に知的要素のウェイトを高めた技術の普及が進んでいくものと予想される。

次に,ファッション等国民との接点の強い部門ではすでに昭和40年代後半から動きはじめているが,国際科学技術博覧会の開催準備期間とほぼ期を一にして深く静かに浸透しはじめたのが,これらにさらに人の感性や情感を重視する方向への発展である。

こうした動きは,例えば染織技術にみるように超精密加工等の微細な制御技術やコンピュータグラフィックス技術を導入して人の感性にもアピールできるようなきめ細かい感覚が出せるようになり,あるいは芸術家の描いたものをコンピュータを用いて直接染織工程に組み込むことができるようになって,天然物の単なる物的代替材としてではなく,感性的機能も付加された素材や製品が開発されるという形ですでに実現が始まり,多くの分野に拡がろうとしはじめている。また,音声合成,レーザー,ホログラム等の高度技術は,これまで芸術家が利用できなかった新たな表現手段を提供し,シンセサイザー,コンピュータグラフィックアート等として直接芸術的創作活動やテレビ映像等の製作に使用されはじめている。さらに,若年層によるテレビは見るものというよりは情感を出すための動く壁画としての使用が壁掛けテレビ等の新たな製品技術を産み,国際科学技術博覧会展示に使われ,あるいは花火大会等のイベントで活用が始まっている音と光の総合的利用等の感覚は,超指向性スピーカー等の音源,光源装置の開発や情感雰囲気も伝えられるテレビ電話の開発を促す等人間の求める情感そのものが新たな技術開発を促すというものも増えている。こうした動きは産業,社会,生活の様々な局面に応用され,社会全体に感性的要素を高めた技術の普及が進んでいくものとみられる。

さらに,今はまだそれほど進展をみていないが,例えば人間の生態や行動心理学的要素等を加味した建築物やインテリアの設計,楽しく快適に旅ができる輸送機器,楽しく快適に診療が受けられる病院検査診療技術,人の文化的満足感と生理的健康性を両立させた調理技術やスポーツ科学というように,科学技術は人間の心理,生態的要素を重視して,人々の精神的,文化的実在感を満足させうるようなものに再構築されていく,いわぱ「精神文化的側面の重視」もこれからひとつの大きな発展方向として期待されている。

このように,蒸気機関が社会を変えるというように,かつて人間の外から社会を変えた技術の多くが洗練され,今では,人々の好みや感覚に直接技術で応え,また,使う人の心が新たな技術を産むというように,現代の科学技術,特に国民生活に直結する局面での科学技術は極めて人間的なものとのつながりを深めた領域で大きく前進しはじめている。

第1-3-1図 科学技術における人間性,文化性への配慮の今後の動向


2) 企業活動における人間的要素重視の動き

ここで,こうした人間的要素に対する企業の意識をみてみよう。今後,5年程度の間に企業技術においてどのような要素への配慮の度合が高まるとみているかを整理したのが 第1-3-1図 であり,今後の重要性が増大するとみる企業が6割を超えているのが,感性・感覚的要素,消費者の嗜好的要素,環境条件的要素の3つである。なかでも配慮の度合が高まるとするものが最も多いのが感性・感覚的要素であり,繊維,油脂・塗料,ゴム製品,輸送用機械等の業種では80%を超え,食品,パルプ・紙,電気機械器具,通信・電子・電気計測器,自動車,精密機械等でも70%を超える等素材,加工組立を問わず多くの分野にまたがって,人間の感性的要素への配慮の重要性が高まるとみられており,全体でも63.6%を占める等いわば感性の時代とでもいうべき様相を示しはじめている。

これに,消費者の嗜好的要素が続き,農林水産業では100%,食品,繊維では80%以上,パルプ・紙,出版・印刷,油脂・塗料,プラスチック製品等で70%を超える等素材型業種においてその傾向が強いが,加工組立型業種でも通信・電子・電気計測器,自動車,運輸・通信・公益で70%を超える等ここでも多くの分野にわたって重視傾向がみられ,感性的要素についてはあまりなかった総合化学,医薬品,鉄鋼においても重視傾向が強いなど裾野はより広くなっている。

また,人間の活動の場,雰囲気をはじめとする環境条件的要素については,建設等で89%と最も高く,非鉄金属,電気機械器具,輸送用機械,運輸・通信・公益等で70%を超えているが,前2者に比べ,建設等生活空間に関係する業種における比率が高くなっている。これらに対して,生理的・肉体的要素,知識・経験的要素,精神・心理・生態的要素の3つが4割台の水準にあるが,まず,生理的・肉体的要素については,化学物質や農薬の安全性等昭和40年代までにそれへの配慮が強化されて今ではある程度配慮重視の定着化が進み,また,知識・経験的要素についても昭和50年代のコンピュータ利用等の進展によりある程度定着化が進んでいるためとみられる。

これに対して,人間の精神,心理,生態への配慮については,ようやく様々な分野で問題が提起されるようになりはじめたところであり,これに対する知見もまだ十分には蓄積されていないところからこれから本格化していくのではないかとみられる。

業種的には医薬品,食品,通信・電子・電気計測器等で60%を超えているが,多くの業種でこれまでとあまり変わらないとみられている。

また,バイオエシックス等として問題が大きく取り上げられるようになってきた人生観・倫理観的要素については,医薬品84%,ゴム製品50%が突出しているものの約8割の業種でこれまでと変わりないとしている。

第1-3-2図 製造業における人文・社会科学研究者の推移

第1-3-3図 企業において科学技術に人間性,文化性の要素を取り入れる主体

しかし,こうした流れの中で,企業も理工系の技術者のみで技術の開発を進める時代から,人文科学,社会科学を含めたより総合的なアプローチを強化せざるをえない時代に移りつつあり,「科学技術研究調査報告」でみても研究者中の人文・社会科学系の人材の占める割合は年々拡大しつつある( 第1-3-2図 )。

また,民間動向調査によって,科学技術に人間性,文化性を取り入れる際の研究主体をみると,現在のところ人文・社会科学系の自社研究者が主体となるものは2%程度であり,自社研究者と外部専門家の組み合わせによって対処しているものが過半を占めている( 第1-3-3図 )。また,今までの経済学等マーケットリサーチ等につながる部門についてはこれまでと同じとするものが多いのに対し,特に芸術学部門,心理学・行動科学部門等の人文・社会系の人材の充実を図ろうとする企業がかなり多いことが注目される( 第1-3-4表 )。

第1-3-4表 人文社会系人材の増減予定

なお,こうした人文・社会学的要素への配慮の度が高まる理由は,「今後人間的要素の重要性が高くなる(31.4%)」「個性化のために人間的要素を加味していく必要がある(28.5%)」「人間的要素の重要性がすでに高くなっている(18.9%)」「新しい領域に進出する手段として役立つ(12.6%)」の順となっており,総じて人間性への積極的対応を図ろうとするものが重視され,「人間への影響のマイナス面が生じては困る(3.O%)」「社会的イメージ向上のための効果(5.6%)」等の消極的理由によるものは少ない。


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