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第1部   人間性豊かな生活環境に向けて
第2章  社会・生活と科学技術
2  生活の場における変化
(4)  医療保健の領域


前にも触れたように,国民が科学技術の進歩を感じる局面として,医療保健技術がトップに挙げられているが,戦後,医療保健技術の発展には目覚ましいものがある。

まず,死因別死亡率の順位との関連でこれを振り返ってみると,明治時代から大正時代にかけては「肺炎及び気管支炎」が,昭和時代の前期には「胃腸炎」や「結核」が第1位を占めていた。これに対して,国民の栄養状態の改善,集団検診技術の開発と普及,抗生物質やワクチンの開発等によって,細菌感染による死亡は,昭和20年代に急速に低下した。これと交替する形で,これまで細菌性疾患の陰に隠れていた「脳血管疾患」が急速に浮上し,血圧降下剤をはじめとするこの分野の科学技術が進むと,次に控えていた「悪性新生物」による死亡が増え,昭和28年からは第2位,昭和56年からは第1位に浮上している( 第1-2-21図 )。

第1-2-21図 主な死因別死亡率(人口10万対)の推移

このため,現在,医療技術の研究の中では政府による対がん10か年総合戦略に基づくがん関連研究に大きな力が注がれるようになってきている。

このように,医療技術は,まず,伝染病等の外因性疾患の対策が進み,現在では悪性新生物対策や成人病対策というようにより内因的なものへと移行しつつ,次々と疾病の克服技術が進み,また,同時に新たな疾病が次々と顕在化することを繰り返している。この間,我が国の国民の平均寿命は伸び続けて,欧米の水準を超えるようになってきており,受療年齢階層の高齢化が進むとともに,これまでの外因性疾患に代わって,老化に伴う疾病,精神障害,アレルギー等の免疫異常,生活環境の変化によるストレスに伴う疾病等が大きく顕在化し始めている。

特に,精神障害については,我が国の戦後の発展とともに,次々と新しい生活空間を開き,同時にこの新しい生活空間でのストレスの影響を受けてきたともいえる昭和ヒトケタ世代を先頭に,年々受療率が拡大し,また,各種疾病の克服によって人口構成の高齢化を迎えた結果,老人性精神障害等が増え,80歳以上の高年齢層の受療率が大きく拡大していることが注目される( 第1-2-22図 )。

第1-2-22図 年齢別にみた精神障害受療率の推移

第1-2-23図 医療用具生産額(実質)の伸び

このため,これからは,がん,高齢化等と並んで脳・神経系,免疫系の技術開発がより重要化していくとみられる。また,こうした医療技術の進展に関連して,遺伝病に対する治療のあり方や余命の告知,安楽死問題を含む末期医療のあり方といった問題も大きな社会的検討課題になっていくとみられる。

こうした,医療の変化を技術の面からみるとまず,国民の眼にふれる医療技術の進歩として医療機器の発達が挙げられる( 第1-2-23図 )。

古くはレントゲン胸部撮影機の普及があり,昭和30年代後半からは,心電計,脳波計,X線テレビ等電子技術を導入した機器が導入され,昭和40年代前半からは,監視装置,生化学分析装置,胃診断X線テレビ等個々の作業過程の自動化が進んだ。昭和40年代後半には,救急情報システム,総合検診システム,自動化検査システム等いくつかの作業過程を連続させたシステムの開発が進んだ。昭和50年代前半ではX線CT,レーザーメス等エレクトロニクス,レーザー技術等の先端技術を導入した機器の開発や普及が進み,また,コンピュータの普及に伴って昭和50年代後半には病院システム全体の自動化が進みはじめている。ここで,それぞれの装置についてみると,光ファイバー技術を応用した胃カメラ,気管支ファイバースコープ,人体の水平断面断層像やX線撮影では識別できない体内組織をみるX線CT,NMR(核磁気共鳴)CT,脳の代謝機能や,刺激反応等の生化学的反応の画像化を図るポジトロンCTというように,目的や方法に即して検査診断技術の専門化,高度化が進んだ。また,レーザーメス等のレーザー応用技術も大きく進歩して眼,皮膚の治療はもちろん,胃,気管支等の内臓,さらには血管の中を通してレーザー手術が行われるようになっている。

このように,医療機器技術の面では,人の眼では不分明なものをより精緻に分析して,あるいは,人による思い込みや勘違いの防止を目指して,順次極めて高精度の診断技術が実現されてきており,今では無侵襲化,無拘束化,苦痛低減化等患者の肉体的精神的負担の軽減化を目指した装置開発が重視されるようになってきている。同時に,医療関係者に対しても,分析データの高信頼性化による医療の正確性の向上を促すとともに医療従事者の単純作業を軽減して,高度な判断業務や人と人との触れ合い等の人間性を重視した作業のウェイトの拡大に向けて作業内容をシフトしていくことを可能にしている。

また,心筋梗塞,脳卒中,事故等初期治療がその後の経過を左右し易い病気の患者に対して,集中治療管理室(ICU),冠状動脈疾患集中治療管理室(CCU),新生児集中治療管理室(NICU)等の病室技術も進み,それぞれ大きい効果をあげてきているが,他方では,生命維持装置の普及等によって,植物人間,安楽死問題等生命の尊厳と医療の関係のあり方が改めて問い直されるようになってきている。

さらには,近代医学は,人間の臓器の人工化と移植の面でもかなりの進展をみせており,初期にはコンタクトレンズ,人工歯等の人工器管,輸血,皮膚移植,角膜移植等の開発が行われ,昭和30年頃から人工心肺,ペースメーカー,人工血管等の人工臓器,腎,骨髄の移植が,昭和40〜50年代から人工腎臓,人工股関節等が実現され,現在では,補助心臓,人工血液等の人工臓器や心臓,肝臓,肺の移植について臨床研究が,完全人工心臓,内臓型人工肺等について基礎的研究が行われる等,脳,胃を除くほとんどの臓器で人工化が研究されている。また,その対象も心肺,腎臓等生命維持のためのものから,聴覚等人間がより良い生活をするためのものへの拡大もみている。

しかし,臓器移植の場合には,新鮮なものが必要であるところから脳死の判定がひとつの社会的問題となってきており,また,産婦人科領域における技術では体外受精,男女産み分け,出産代行等をも可能としてきており,人間が人間の誕生や存在にどこまで関与が許されるかといった宗教,倫理等との相克や相続,扶養等こうした事態を想定していない社会的諸制度との相克等社会問題として極めて大きな問題を提起するに至っている。

また,昭和50年代に入ってから特に進み始めている医療技術としては,病院システムの自動化が挙げられる。

当初,予約,会計等の事務部門で導入が始まったコンピュータは,検査,診断,入院生活等ほぼ医事作業全部門に導入されるようになっている。その結果,今では,受付でカルテが作成されて電子的に各部門に転送され,採取された血液,尿等は自動的に分析室に搬送され,また,その分析結果も直接,医師の眼前にディスプレーされて,医学知識のエキスパートシステムと合わせて診断に使うことができるようになりはじめている。また,医師から薬局部門に連絡された薬品は搬送ベルトで窓口に回付される等,患者は従来に比べて待ち時間が減り,カルテや指示書を持ってあちこちまわらなくともよくなる等その肉体的精神的負担が軽減しはじめている。

さらに,こうした医療システムは,単に,病院内のみならず,病歴ICカードの保持,家庭と病院を結んだ在宅診療システム等社会の中に広がりをもったシステムに発展しようとしはじめている。

他方,国民生活センターの「第15回国民生活動向調査結果報告書(昭和60年3月)」によれば,看護や付き添いのための人手さがしや家庭生活への影響と並んで治療費や差額ベッド等の経済的負担が医療への不満の上位を占める等こうした医療機器,人工臓器,病院システム等の新設備の増大は,全体的に医療コストを引き上げ,医療機関,患者双方にとって大きな負担となってきており,今後は,看護負担の軽減のための支援技術と並んで医用機器等の低コスト化の促進も重要な開発課題となってきている。


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