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第1部   人間性豊かな生活環境に向けて
第2章  社会・生活と科学技術
2  生活の場における変化
(1)  食生活


我が国の食品素材の消費の変遷をみると,戦後まず,穀類を中心に食の量的確保が進められ,これを追って野菜,果実,乳製品等副食関係材料が伸びてきた。また,この過程の中で主食である米の摂取比率が落ちて,副食が過半を占めるようになる等,食生活における材料構成も大きく変化してきている。

これらの変化を支えたのが,食料生産技術の進歩であり,まず,主食である米についてみれば保温折衷苗代等育苗技術の改善,2-4-D,BHC,パラチオン(後二者は昭和40年代中頃で禁止)等の農薬の発達によって生産量が伸び,また,動力脱穀機,動力耕耘機等の農業機械の進展もみて,大きく生産性の向上が図られ,金南風等の多収品種の普及もあって昭和30年代までには一応量的には自給体制を確立した。

その後,昭和40年代後半からは,コシヒカリ,ササニシキ等の良質,良食味,安定多収品種の普及が始まり,量より質への変換が進められた。一方,最近では,ハイブリッド品種等による多収を目指した研究開発も進展している。

この過程の中で,特に農薬については,パラチオン等の毒性の高い薬剤からより毒性の低いスミチオン(MEP)等へと移行するとともに,さらには,より選択性の高い農薬を目指して,昆虫成長制御剤や生物農薬等の開発が指向される等消費者や生産者の安全への配慮も強化された。また,乾燥機,バインダー,田植機,自脱型コンバイン,大規模育苗施設等の農作業体系改善のための技術が進み,昭和25年330kg→40年403Kg→50年450kg→59年479kgというように10アール当たり平年収量は年々増加し,同時に,昭和25年207時間→40年141時間→50年82時間→59年57時間というように10アール当たり投下労働時間は大きく低減して,農業従事者の労働負担は大きく改善されている( 第1-2-13図 )。

また,野菜,果実についても,施肥,病害虫防除技術の向上,ハウス裁培等による周年供給化,果樹矯化等による労働負荷の減少,外国種との交配等による品種改良の進展等によって収量,品質ともに改善が進み,多種多様な野菜,果実の安定的供給基盤が固められてきている。

また,近時では細胞融合等の先端技術を導入してトマトとバレイショの体細胞雑種(いわゆるポマト),カラタチとオレンジの体細胞雑種(いわゆるオレタチ)が作出される等品種改良手法の開発も進みつつあり,あるいは,一本で一万個実を結ぶトマトのように作物の秘められた生命力を従来以上に大きく引き出せるような技術等もみられはじめている。

第1-2-13図 水稲の技術の開発普及と生産性向上の推移

野菜については,中国,西欧等の新しい野菜の種類の導入等によってさらに供給品目の多様化が図られている。また,施設栽培では,温度,湿度,炭酸ガス濃度等のいくつかの環境要因を高度に制御する方式が普及しつつあるほか,水耕栽培等の養液栽培によるトマト,みつば等の栽培も実用化されている。さらに,温度,湿度,炭酸ガス濃度等に加えて光をもコントロールする工場的生産方式(いわゆる野菜工場)における生産も試験,試行されており,この分野の環境制御技術は,今後,施設園芸の栽培技術の発展に大きく寄与していくものとみられる。

さらに,畜産についてもセンポク(チモシー,昭和44年),ワセホマレ(青刈りとうもろこし,昭和53年),ナツカゼ(ギニアグラス,昭和60年)等の高収量の新品種の開発等により単収が向上するとともに,通年サイレージ給与体系,コーンハーベスターやロールベーラー等の機械化作業体系の導入によって自給飼料の省力生産が着実に進展し,また,乳用牛の育種改良や飼養管理技術の改善等によって1頭当たり産乳量も昭和35年4.1t→45年4.4t→55年5.Ot→59年5.4tと着実に向上している( 第1-2-14図 )。特に,近年においては,牛の受精卵移植,受精卵の分割,性判別,体外受精等の技術の開発・実用化が進展しており,畜産の分野においても高度技術を駆使した育種改良のさらに一層の進展が期待されている。

こうした農畜産技術の進展によって,現在,多種多様の,また,高品質の食品材料を消費者に供給することが可能となり,国民生活の豊かさを拡大してきている。

他方,一般的に我が国の農産物価格を諸外国と比較してみれば,全体的にみて,施設型の農産物においては,価格差は比較的小さいものの,米,小麦,大豆等の土地利用型の農産物においては土地資源の制約等から経営規模の零細性というハンディを負っており,価格差は大きなものとなっている。このため,今後とも,生産性の向上を図り,内外価格差の縮小に努めていく上で必要となる新技術の開発や新たな技術体系の確立がより一層重要になっている。また,食料の生産と供給に当たっては,安全と衛生の確保が不可欠であり,低残留性農薬の開発,食品保存技術の高度化等この面での技術開発の促進や技術の利用面における安全と衛生の確保等も依然として重要である。

第1-2-14図 経産牛1頭当たり産乳量及び労働時間の推移

こうした生産技術の進歩とほぼリンクする形で,消費生活も大きく変化してきている。

まず,昭和20年代には,穀類を中心とした食品構成であったが,昭和30年代からは,穀類,いも類の消費が漸減し,かわって,動物性食品,野菜等のウェイトが高まり,さらに,昭和41年頃からは調味嗜好品の消費が,昭和46年頃からは果実類の消費が大きく伸び,食卓は豊かになるというように時代とともに食品構成もよりバランスのとれたものに近づいてきている( 第1-2-15図 )。

第1-2-15図 国民1人当たり食品群別摂取量の推移

また,単に,素材構成的な豊かさだけでなく,昭和40年代のコールドチェーン技術の導入によって生鮮食料品のままで入手できるようになる等,消費者が入手できる素材の品質が良くなり,あるいは,昭和40年代後半からハンバーグ等の半加工製品技術の普及が進み,調理負荷の軽減も進んでいる。

また,昭和30年代後半から,インスタント化技術の導入によるインスタントラーメン,インスタントコーヒー等,昭和40年代後半から,凍結乾燥技術の導入によるカップ食品等の各種インスタント製品や100%果汁飲料,ヨーグルト食品,健康飲料等の素材特性を活かした飲料の開発普及が次々と進み,それぞれ食生活への定着化が進行している。

こうした食生活の向上によって,戦後国民の体位の向上が進み,また,体型のスマート化も進んできた。

しかし,こうした食料の多様化,多彩化の進展に対して,消費者の食品を選択する力が十分には追いつけず,食生活に対する科学的知識の不足や好みにまかせた偏食等により,過糖,過コレステロール等の過栄養素の問題,肥満の問題,循環器系疾患,糖尿病等の成人病の拡がりやこれら疾病の若年化の進展といったマイナス面の問題も生じている。

この場合,例えば,人間が生きていく上で必要な栄養素として糖質の摂取は不可欠であるが,他方では普通に食生活を送っているつもりでいながら糖質含有量の高い食品,飲料を取り過ぎ,血中の過糖状態を定常状態にもどす際に出されるホルモン等によって情緒不安定等の状態が起こされるのではないかというように,現代では,まだ,萌芽的な動きではあるが,食後の生理的側面にまで踏み込んだ問題指摘も行われるようになってきている。

このように,より適切な食生活のためには,飲食料摂取の生理,心理への影響メカニズムにまで踏み込んだ配慮が必要になりつつあるが,これらに対する研究は今なお不足し,不分明のものが多い。また,性別,年齢別,身長別,生活活動強度別の適正な栄養摂取のあり方の基準は策定されているが,今後さらに,個人の特性に応じ,利用しやすいものとするための検討が望まれる。このため,これまでの豊富な食品の供給力の向上だけでなく,これからは,人の生理,心理にも踏み込んだ栄養の摂取と消費のメカニズムを解明し,また,身体,精神両面にわたって健常性を確保維持していくための科学的知識の開拓と普及がより重要化してくるものとみられる。

一方,近時,外で働く女性の増加,家事の軽減に対する欲求等によって洗濯の外注化,衣料の保管やリース,便利屋のような家事作業の代行等家事労働の外部化の進展とほぼ軌を一にして,食品産業,弁当産業,外食産業等が拡大し,中間食品製造,完成食品の保存供給等の技術も進展している。

第1-2-16図 加工食品に対する主婦のニーズ

こうした,加工食品に対する主婦のニーズは,食品素材に対する特性である保存力等と並んで調理の手軽さやこれまで調理によって出されてきたおいしさを求める( 第1-2-16図 )等自らの作業を単純化してその機能部分を素材に求める傾向が強くなってきており,このような面からの加工食品技術の高度化も必要になってきている。

しかし,これまでのところ料理する側における食品の組み合わせの可能性を少なくする方向で多彩さを拡大しているものも多く,一見豊かさを増大しているようにみえるものの,加工食品の普及等は,他方では調理能力等食事作りの主体者としての食文化の形成能力の画一化や低下傾向も促している。前述の「1980年代経済社会の展望と指針」に示されているような文化的価値等が重視され,自主的,個性的,創造的,健康的な暮らしを実現していくためには,今後は単に食品素材の拡大だけでなく例えば,ビタミン等の栄養素の損耗を抑えるというように食成分の質を落とさず,または食成分の質をいいものに変化させていくための煮焼等の調理過程や成型仕上げ過程の向上,あるいは,これまでにすでに実用化等が進んでいるグルタミン酸(コンブ),イノシン酸(かつおぶし),グアニル酸(しいたけ)等に加えて新しいうま味素材の開発や現在のつけ味から浸透味への変換のための粒子制御技術,あわせ調味技術等の調味過程の向上,さらには味覚(辛味,渋味等),風味(香り等),おいしさ(雰囲気,食環境,生体条件等),衛生等に関する科学的知識を総合した食文化形成技術の一層の拡充,向上が必要とみられる。

その際,伝統的手法の科学的解明やこれを基にした新手法の開発あるいはこれらの普及利用法の開発等を行って,精神的,文化的にも豊かな食生活に向けて方法論にも豊かなストックを築いていくことが重要化してきているといえよう。


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