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第3部   政府の施策
第2章  政府機関などにおける研究活動の推進
6.  多分野の協力による研究開発の推進
(6)  ライフサイエンスの振興



(1) 我が国におけるライフサイエンスの振興

ライフサイエンスは,種々の生物が営む生命理象の複雑かつ精緻なメカニズムを解明し,その研究成果を,保健医療,環境保全,農業生産,工業生産等の諸分野において,人間生活に係わる諸問題の解決に役立てようとするものであり,大きな技術発展の可能性をもたらすものとして期待されている。

我が国においては,昭和46年4月,科学技術会議が,諮問第5号「1970年代における総合的科学技術政策の基本について」に対する答申において,ライフサイエンス振興の重要性を指摘して以来,国としてライフサイエンスを積極的に推進することとなった。その後,科学技術会議は,昭和47年5月にライフサイエンス懇談会を設け,さらに昭和48年7月には,同懇談会を改組してライフサイエンス部会を設置し,ライフサイエンス推進方策の基本についての審議を進めることとなった。同部会は,ライフサイエンスに関する長期的,かつ,総合的な研究目標,目標達成に必要な研究活動の充実強化などについて審議を行い,昭和49年12月には中間報告をまとめた。科学技術会議は,その後もライフサイエンス部会において審議を重ね,昭和52年5月の6号答申(諮問第6号「長期的展望に立った総合的科学技術政策の基本について」に対する答申)においてライフサイエンス推進の重要性を改めて指摘し,さらに,昭和54年8月の8号答申(諮問第8号「遺伝子組換え研究の推進方策の基本について」に対する答申)においては,国全体の組換えDNA研究を対象として,安全確保のための基本的要件を定めた「組換えDNA実験指針」を提示するとともに,研究の推進方策についての提言を行った。

さらに,昭和55年8月,科学技術会議は,それまでのライフサイエンス部会における総合的な検討を基に「ライフサイエンスの推進に関する意見」を取りまとめ,ライフサイエンス全般にわたる重要な研究目標及びそれらを達成するための研究活動の推進方策の大綱について提言を行った。同意見では,ライフサイエンスに関する重要な研究目標として9分野にわたって32の課題( 第3-2-18表 参照)を示すとともに,目標達成のための研究活動の推進方策として,ライフサイエンス推進体制の強化,研究支援の充実,人材の養成・確保及び国際協力の推進を挙げている。

第3-2-18表 ライフサイエンスに関する重要な研究目標


また,科学技術会議は,内閣総理大臣の指示に基づき,これらの答申等を基礎として,がんに関する内外の研究開発状況,先導的科学技術の動向,近年のがん制圧に対する強い国民的要請を考慮して,がん研究推進方策の基本について総合的な検討を行い,昭和58年7月報告書「がん研究推進の基本方策に関する意見」を取りまとめた。

さらに,科学技術会議は,今後のライフサイエンスの本格的発展のためには,基礎的な段階から的確かつ総合的に研究開発を進めていく必要があるところから,昭和59年4月諮問第10号に対する答申として「ライフサイエンスにおける先導的・基盤的技術の研究開発基本計画」を明らかにした。本答申においては,組換えDNA技術等の生物の遺伝情報系操作技術に焦点を当てた31の研究開発目標( 第3-2-19表 )及びその推進方策が提示され,政府はこの答申の内容を昭和59年8月,内閣総理大臣による基本計画として定め,その総合的推進を図っている。なお,これらは,国全体の科学技術政策の基本的方向づけを行う科学技術会議の諮問第11号に対する答申「新たな情勢変化に対応し,長期的展望に立った科学技術振興の総合的基本方策について」(昭和59年11月)においても新たな発展が期待される基礎的・先導的科学技術の1つとして位置づけられ,その研究開発の重点的な推進を図るべきものとされている。

このような科学技術会議の提示する基本方針を尊重しつつ,関係省庁においては,ライフサイエンスの振興に関し,各種の施策が講じられている。

第3-2-19表 当面重点を置くべき研究開発の領域と目標


ライフサイエンスの分野については,「ライフサイエンスの推進に関する意見」においても指摘されているように,基礎研究の一層の推進を図る必要がある。大学等においては,科学研究費補助金等の制度を活用して,毎年多数の学術基礎研究が実施されており,我が国における当該分野の研究の推進に大きな役割を果たしている。また,科学技術振興調整費においては,従来から「機能性蛋白質の解析・修飾・模擬技術の開発に関する研究」,「実験動物の開発等に関する研究」,「生体膜機能の解析・利用技術の開発に関する研究」,「高齢化社会に対応する科学技術の開発に関する研究」等のライフサイエンス関係の研究プロジェクトが重点的に推進されてきているが,更に昭和59年度からは,新たに「がん研究を支える共通基盤技術の開発に関する研究」,「脳機能及び脳機能関連技術に関する調査」等の研究・調査プロジェクトが開始された。

がん研究については,昭和58年6月に,がん対策関係閣僚会議で決定された「対がん10か年総合戦略」に基づき,政府が一体となって,がんの本態解明を図り,その成果を予防,診断,治療に反映させることとしている。

また,各省庁においてもライフサイエンスに関する幅広い研究が積極的に推進されている。

科学技術庁においては,理化学研究所において, 「ライフサイエンスの推進に関する意見」等の中で特に重要な分野に指摘された「老化制御指標の設定に関する研究」,「バイオリアクターの研究」,「循環系及び代謝系人工臓器に関する研究」,「思考機能をもつ知能機械の研究」,「生物活性物質の探索・開発とそのシステムに関する研究」,「新微生物利用技術の開発」の6つのテーマについて,それぞれ我が国有数の研究者の参加・協力を得てプロジェクト研究の推進に努めている。また,研究支援の面においても,ライフサイエンスの研究材料として重要な役割を果たす各種微生物の系統保存,実験生物に関する特性データの作成等を行う実験生物情報システムの開発,実験動物の開発等の支援業務を実施している。

新技術開発事業団においては,創造科学技術推進制度を活用して,バイオホロニクス,生物情報伝達及び昭和59年度から新たに加わった特殊環境微生物の研究を実施するとともに,組換えDNAによるB型肝炎ワクチンの製造技術等のライフサイエンス関係新技術について企業化のための委託開発を実施しており,また,放射線医学総合研究所等においても重粒子線の医学利用等のライフサイエンス研究が進められている。

文部省においては,学術の振興を図る見地から科学研究費補助金等の制度により関連の研究の積極的な推進を図っており,毎年多数の学術基礎研究が実施されている。昭和59年度は,「がん特別研究」及び「環境科学特別研究」等の特別研究,「多細胞体制の形成機構」,「組換えDNAの発現と生体機能」,「生体電気信号の発生機構」等の特定研究,一般研究等において,数千件の研究課題が採択され,実施されている。厚生省においては,科学試験研究費補助金等の制度により,主として保健医療の向上を目指した研究分野におけるライフサイエンス関連の研究が推進されている。農林水産省においては,農林水産業・食品産業等の生産性の飛躍的向上,食料の安定供給等の確保を図る観点から,「細胞融合・核移植による新生物資源の開発」等の国による先行的,基盤的な研究開発を強化するほか,「食品産業におけるバイオリアクターシステムの開発」等,民間等の活力をも活用しつつ,バイオテクノロジー先端開発研究等が推進されている。通商産業省においても,医療福祉機器技術研究開発制度,次世代産業基盤技術研究開発制度等を活用して「バイオリアクターの研究開発」,「細胞大量培養技術の研究開発」,「先進医用複合材料設計・加工技術に関する研究」等のライフサイエンス関連の技術開発が推進されている。

各省庁の試験研究機関において進められているライフサイエンスの研究課題等を例示すると 第3-2-20表 のようになる。

第3-2-20表 各省庁関係試験研究機関における主なライフサイエンス関連特別研究等の課題名(昭和59年度に実施したもの)



(2) 組換えDNA研究の推進

ライフサイエンスの分野で最近特に注目されている組換えDNA研究は,生物の遺伝子の構造や働きなどを明らかにする基礎生物学的な研究はもとより,がんその他の疾病の原因の解明,インシュリン,インターフェロン等の希少医薬品の量産,化学工業や発酵工業に用いられる有用微生物の開発,さらには農作物や家畜の育種などの応用研究に至るまで広範な分野において人類の福祉に大きく貢献するものと期待されている。

この分野の研究の推進に当たっては,基礎的な研究が重要であり,大学をはじめとする各種試験研究機関や関係省庁において活発な基礎研究活動が続けられている。

科学技術庁では,組換えDNA研究の推進をライフサイエンス振興の重要な柱としており,科学技術振興調整費の活用により「DNAの抽出・解析・合成技術の開発に関する研究」,「組換えDNA技術の安全性に関する総合研究」等の研究プロジェクト等を進めるとともに,理化学研究所のプロジェクト研究「新微生物利用技術の開発」の一環として組換えDNA技術についての研究開発を推進している。また,組換えDNA技術の安全性確認のための研究,組換えDNA技術を利用する先導的基盤的研究を行い,我が国全体の組換えDNA研究の水準を高めることを目的として,理化学研究所において最高度の物理的封じ込め機能を有する施設・設備を備えた総合的な遺伝子組換え研究施設の整備を進め,組換えDNA研究の推進を図っているところである。

文部省においては,学術の振興を図る見地から,科学研究費補助金による特定研究のテーマとして,「組換えDNAの発現と生体機能」を設け,組織的な研究をする一方,東京大学をはじめ,国立大学に順次遺伝子実験施設を整備するなど,積極的に,この分野における基礎的な研究の推進に取り組んでいる。

通商産業省においても,将来の先端産業技術の確立を目指す見地から,次世代産業基盤技術研究開発制度により,微生物等の機能を工業的に利用する新しい技術等のいわゆるバイオテクノロジーの研究開発を推進しており,その一つの柱として,「組換えDNA利用技術」の研究開発が進められている。

また,「微生物の遺伝生化学的育種に関する研究」等の研究開発を微生物工業技術研究所を始めとする試験研究機関において推進している。

農林水産省においても,組換えDNA技術が農林水産業や食品産業における生産性の向上等に大きく貢献するものと期待されていることから,昭和58年度に農業生物資源研究所を新設する等,この分野の研究推進体制の整備を図るとともに,関係試験研究機関において,  「農業生物における遺伝子発現機構の解明」等の研究プロジェクトにおいて,組換えDNA研究の積極的な推進が図られている。

また,厚生省においても,組換えDNA技術が,がんの発生メカニズムの解明等の基礎医学の発展や希少医薬品の大量生産技術の開発等を通じて保健医療の向上に大きく資するものであることから,管下の試験研究機関等において,その研究開発の積極的な推進を図っているところである。

以上のような国による積極的な研究開発の推進に加えて,最近では,民間においても製薬,食品,化学品等の業界を中心に,組換えDNA研究に積極的に取り組んでいる。

なお,組換えDNA研究は,生物に新しい性質をもたせるという側面もあるので,その実施に当たっては慎重に行うことが必要である。このため科学技術会議では昭和52年5月,諮問第6号「長期的展望に立った総合的科学技術政策の基本について」に対する答申において,組換えDNA研究については,安全を確保するための指針が必要であることを指摘した。また,昭和53年11月,文部省学術審議会がこの分野における研究者の自主的意見を十分に取り入れ,組換えDNA実験の安全性を保証するための指針案を作成した。

これに基づき,文部省は,昭和54年3月31日に指針を告示し,大学等におけるこの種の研究の着実な進展を図っている。

さらに,国・公立試験研究機関,民間試験研究機関を含む国全体としての指針については,科学技術会議において広く日本学術会議その他の各種の機関,団体等の意見を聴取し,大学等も含め,検討が進められた結果,昭和54年8月,諮問第8号「遺伝子組換え研究の推進方策の基本について」に対する答申において,国全体の組換えDNA研究を対象として安全確保のための指針を提示した。この指針は,国としての整合性を重んじ,文部省告示に十分配慮したものとなっている。内閣総理大臣は,この答申を受けて,昭和54年8月,組換えDNA実験指針を決定した。

この指針は,安全を確保し,国民の理解を得て組換えDNA研究を実施していくための基本的なルールとも言うべきものであるが,組換えDNA研究の円滑な推進を図るためには,知見の増大などに伴って,適宜,より適切なものに改訂していくことが望まれている。このため,本指針については,学術審議会における検討も踏まえつつ策定後も科学技術会議ライフサイエンス部会において改訂のための審議が引き続き行われており,その結果を踏まえて,昭和58年度末までに5回にわたって改訂を実施してきたところである。

我が国としては,前述の総合的な遺伝子組換え研究施設等における研究成果を活用し,科学的知見の増大,研究上の必要性,社会的ニーズの変化等に応じて指針の見直しを行っていくこととしている。


(3) がん研究の推進

がんは,我が国総死亡の24%を占める最大の死因である。しかも,がんによる死亡は,社会的にも家庭的にも重要な位置にある働きざかりの年齢層から高年齢層にかけての死亡順位が第1位であるため,その社会的影響が大きく,また家族の悲惨さも量り知れないものがあり,今やがん対策は国の総力を挙げて取り組むべき緊要の課題である。

がんの本態の研究については,近年,組換えDNA技術,DNA塩基配列決定法等の分子生物学的手法を用いて,がん細胞の特異的形質発現機構等を遺伝子レベルで解明する研究が著しく進展しているほか,単クローン抗体によりがん細胞に特異的な成分を認識するといった方途も開けつつあり,分子レベルにおける解明が着々と進んでいる。

また,がんの診断・治療技術の進歩により,いくつかの種類のがんは,かなり早期に発見されるようになり,外科療法,化学療法,放射線療法等の各種の治療法を駆使することにより,相当程度制圧されるようになった。今後,がん研究の総合的な推進を一層図ることにより,がん制圧のためのいくつかの突破口が見い出されるものと期待されている。

こうした状況を踏まえ,昭和58年6月,がん対策関係閣僚会議において「対がん10カ年総合戦略」が決定され,昭和59年から関係省庁において具体的ながん対策推進のための施策が進められている。また,昭和58年7月科学技術会議において「がん研究推進の基本方策に関する意見」が取りまとめられ,関係省庁においては,がん本態の分子レベルでの解明とその成果の予防,診断及び治療への応用に関する研究並びに先導的科学技術の応用によるがんの予防,診断及び治療に関する研究等の幅広い研究開発がこの基本方策を尊重しつつ積極的に進められている。


(4) ライフサイエンスの進歩と人間の尊厳

近年のライフサイエンスの著しい進歩は,人類の福祉に大きく貢献する一方で,人間の存在と尊厳にもかかわるような問題を提起するようになってきた。中曽根内閣総理大臣は,この問題の持つ意味の重要性を考え,昭和58年5月に米国ジョンズ・ポプキンス大学の特別講演及びウィリアムズバークで開催された主要国首脳会議(サミット)において,組換えDNA技術を始めとする最近のライフサイエンスの進歩が提起している諸問題を指摘するとともに,これらの問題について話し合うため,単に本件についての知識のみならず,広範かつ深遠な英知と将来に対する洞察力を併せもった各国の斯界の権威による会議の開催を提唱し,同サミットにおいて各国首脳の賛同を得た。

これを受けて,昭和59年3月,箱根において,国際交流基金の主催により「生命科学と人間の会議」が,サミット各国から自然科学者,哲学者,宗教学者等合計19名の斯界の権威の参集を得て開催された。この会議は,この問題を国際的に検討する会議としては,世界でも初めてのものであり,生命科学の現状と将来,社会にとっての意味,個人にとっての意味,国際協力といったテーマの下に参加者の持つ多様な観点からの討議が行われたが,意見の多様性を尊重し,結論を急ぐべきでないとの見地から,昭和60年にフランスで開催される第2回会議において引き続き討議を続けることとなった。


(5) 主要国におけるライフサイエンスの振興

ライフサイエンスの重要性については,世界的にも広く認識されており,特に,米国や西欧各国においては,積極的な振興方策がとられている。

米国では,ライフサイエンスの基礎から応用にわたって幅広い研究が行われており,その質も全般的に高く,研究者の層も我が国よりもはるかに厚い。保健医療の分野については,国立衛生院(NIH)が中心となって関連研究を推進しており,基礎的な研究については,国立科学財団(NSF)が特定分野に偏らないように均衡のとれた発展を図る方針で助成している。特に,組換えDNA技術関連分野においては,民間企業が盛んに研究に乗り出しており,ベンチャービジネスが輩出するなど活発な研究活動が展開されている。また,1984年1月,米国議会技術評価局(OTA)が,バイオテクノロジーの将来の産業化可能性について調査した報告書を提出するなどこの分野の研究推進については,米国でも関心が非常に高まっている状況にある。

西ドイツでは,研究技術省がバイオテクノロジー分野で5か年計画を策定し,組換えDNA技術,細胞培養技術,細胞融合技術,発酵技術,酵素利用技術等に重点を置いて研究開発の推進を図っているほか,民間企業や生物工学研究所,マックス・プランク研究協会等も積極的に研究開発を推進している。

また,フランスでは,この分野の研究を,「生命の科学」(science de vie)の名の下に,パストゥール研究所,パリ大学等の研究機関において,分子生物学から免疫学等に至る基礎的な研究を推進している。特に,組換えDNA技術をはじめとするライフサイエンスの先端技術分野は,フランスにおける科学技術政策上の最優先分野の一つとして取り上げられており,DNA関連の先端技術の基礎及び応用に関する共同研究を行う企業として,1980年,トランスジーン社が設立され,産業界のほか,大学等の研究機関の協力の下にこの分野の研究開発推進のための努力がなされている。さらに,1982年に研究工業省は,「フランスにおけるバイオテクノロジー研究開発」というレポートをまとめ,重点を置くべき研究,付随的対策及び動員計画についての基本方策を述べるとともに,その推進の重要性をうたった。

イギリスでは,伝統的に生物分野の科学研究が重んじられており,広範な基礎研究が着実に推進されている。最近は,遺伝子工学を中心とする先端技術分野における応用研究の推進が特に重視されており,1980年には,政府と民間企業との共同出資によりこの分野の応用研究を専門に行う企業としてセルテック社が設立されるなど,この分野の研究開発の積極的な推進が図られている。

このほか,欧州諸国においては,ライフサイエンス分野の研究開発に対する重要性の共通認識の下に,1977年には,欧州9か国及びイスラエル共同により西ドイツのハイデルベルクに欧州分子生物学研究所(EMBL)が設置されるなど,欧州諸国間の研究協力も活発に行われている。


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