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第1部   21世紀の新たな技術の創出を目指して
第5章  欧米主要国の基礎的研究の動向
2.  米国における基礎的研究の動向
(2)  スプートニク・ショック


米国の研究開発における政府の役割は,1957年,ソ連によるスプートニク1号の打上げ,いわゆるスプートニク・ショックにより一層高められた。アイゼンハワー大統領は,大統領科学諮問委員会を設置するとともに,国立航空諮問委員会(NACA)を改組して航空宇宙局(NASA)を設置するなど宇宙開発を中心として政府の科学技術への取組みは急速に拡大した。これに伴い,基礎的研究に対する政府投資も急増し,福祉・教育省(厚生省の前身)及びNSFの基礎研究予算は2年で倍になっている。この結果,政府の研究開発予算に占める基礎研究の割合も1958年の約6%から,65年には12.6%へと増加した。

政府の基礎的研究投資は,1960年代中頃まで増加し続けたが,この結果,基礎的研究の実施機関としての大学の地位が向上し,1960年頃には大学における基礎的研究は,大学運用政府研究機関分を除いても産業界を抜いて首位となった。これ以降,国の全基礎研究費の約7割を政府が負担し,約5割を大学が使用するという構想がほぼできあがった。

1950年代は,ベル研究所におけるトランジスタの発明に触発され,基礎的研究の成果が持つ潜在的な商業性に対する産業界の期待が高まった時代でもある。産業界も企業のニーズに直接結びつかない基礎的研究のための研究所を設立した。しかし,このうちいくつかは,1960年代に入り閉鎖され,また,企業のニーズに合わせたより短期的研究に比重を移している。


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