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第1部   21世紀の新たな技術の創出を目指して
第5章  欧米主要国の基礎的研究の動向
1.  欧州主要3国における基礎的研究の動向
(1)  歴史的背景


近世の始めから第二次世界大戦まで,欧州は世界の科学技術及びその工業への応用の中心であった。

天文学や数学の発展,19世紀以降における生物,物質,電磁気,光など自然に関する広範な探求,新しい医療技術,化学工業,金属工業,機械工業,電気機械工業等の発展など,近世に始まり現代まで発展し続けた科学技術の基礎は欧州によって築かれた。

この欧州を中心とする科学技術の世界は,第2次大戦後,圧倒的な経済力を持つ米国にその中心を移した。

現在盛んなコンピュータなどのエレクトロニクス産業,航空機産業,化学繊維産業など高度技術産業や原子力や宇宙などの巨大科学技術は米国で発展を見た。欧州は,こういう技術の分野だけでなく,科学の分野においても米国に席をゆずった。その理由の1つとしては,優秀な欧州の科学者が第2次大戦の前後に米国に移住したことも挙げられる。

戦後経済の停滞,インフレの進行などの状況下において,欧州主要3国は,科学技術の振興のため1950年代末から科学技術関係専門の省庁の設置など自国の体制を整備するとともに,欧州経済共同体(EEC)などに見られる欧州統合化への流れの中で,最先端分野の高エネルギー物理学の共同研究機関である欧州原子核研究センター(CERN),原子力分野の協力機関である欧州原子力共同体(EURATOM),更に宇宙の分野の共同研究開発機関である欧州宇宙研究機構(ESRO)及び欧州ロケット開発機構(ELDO)(現在の欧州宇宙機関(ESA)は,両機構を統合して発足)等の設立など科学技術分野での欧州域内の協力を進めてきた。

我が国が高度成長を果たした1960年代においては,科学技術が経済成長に果たす役割の認識が高まり欧州においても大学の拡充とともに科学技術振興が積極的に進められた。しかし,このような努力にもかかわらず科学技術に占める欧州の位置は回復できなかった。より良い研究条件を求めて生じた欧州から米国への頭脳流出,巨大な科学技術力を持つ米国企業の欧州市場への進出は,欧州内に危機意識を呼び起こし,欧州と米国の技術格差を取り上げた経済協力開発機構(OECD)の報告書が1968年に出された。

この報告書によれば,米国の研究費は約211億ドルに達し,これは欧州主要3国を合わせた研究費52億ドルの約4倍(1964年)であり,また,米国の研究者数は約70万人であり,同じく3国合計約36万人の約2倍(1964年)であるという圧倒的優位にあった。特に産業分野に投ぜられた研究費は,米国の6%であり,その他の分野では米国の32%に過ぎず,また,産業分野における資格をもつ人材の数では米国の59%,その他の分野では83%となっており,欧州における技術革新進展に困難があることが指摘されている。


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