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第1部   世界の中で
第3章  重要研究開発の国際比較
第4節  ライフサイエンス


ライフサイエンスは,健康の保持増進と保健医療の向上,老化の機序の解明,食糧資源の確保等はもとより,生物諸機能の化学的・物理学的解明によるその工学的利用まで,幅広い応用を可能とするものであり,さらに,バイオマス利用等を通し,現下のエネルギー問題にも関連してくる。また,自然環境の保全,人口問題も本質的にはライフサイエンスのかかわるところである。これら人類が直面している諸問題の解決には,人文・社会科学を含む多角的な手法を用いる必要があるが,その問題の性格上,具体的な解決手段はライフサイエンスの推進に期待されるところが多い。

すなわち,ライフサイエンスは,人間尊重の立場に立ち,かつ,従来の個別の研究分野に必ずしもとらわれず,研究領域間相互の密接な協調により,生命の問題を最も総合的な立場で把えようとするもので,人類が世代を越えて生き続けるための一つの指針となり得る新しい科学技術ということもできる。

この中で生物及びその諸機能を有効に利用する技術(以下「生物機能利用技術」という。)例えば,酵素利用技術,組換えDNA技術 注) 等が産業界を始めとする各方面から注目され開発研究が鋭意進められている。


注)異種の生物由来のDNA(デオキシリボ核論:生物の遺伝子の本体である化学物質)を制限酵素(DNAの特定な部分に切れ目を入れる酵素)といわれる酵素を用いて切断し,組み合わせることによって新しいDNAの組み合わせをもつ細胞をつくるような技術をいう。

これら技術は,分子生物学を基礎として微生物,植物等の組織,細胞及び酵素等を製造システムやその工程に適用する技術等であり,今後,医療福祉の向上,食糧や飼料の生産,代替エネルギーの確保,廃棄物の処理,環境の保全等種々の方面で利用され,社会活動を自然と調和しつつ,円滑かつ効率的に行うために必要な科学技術の確立を図るうえで,ひとつの柱となるものである。

従来少量しか生産できずその確保が困難であったものも大量に生産できるなど,この分野の基盤的研究によって得られる知見により,従来,考えの及ばなかったほどすぐれた技術革新が生み出される可能性が大きいことから,欧米先進諸国においては民間企業も盛んにこの分野に進出している。

組換えDNA技術については,当初,その技術の研究開発・利用に関し,未知の技術に対する不安をも考慮のうえ,実験指針が世界各国で作られ,その研究の制約(実験実施場所,実験に用いることができる生物の種類等の制限)が行われたが,その後,この技術の研究がかなり進み,得られた新たな知見などに基づき適宜組換えDNA技術の安全性について検討が行われた結果,現在,欧米先進諸国においては,実験指針が大幅に緩和されてきている。

我が国の発酵技術は醸造工業,医薬品工業,食品工業の分野等に代表されるように世界に冠たる技術水準をほこっており,生物機能利用技術の推進の基盤は整っており,我が国のこの技術開発に関するポテンシャルも極めて高いと考えられる。

次に,生物機能利用技術についての米国,イギリス,フランスの現状を述べる。

米国:1976年,世界に先駆けて組換えDNA実験指針を策定し,その研究を本格的に開始するなど,組換えDNA技術の研究分野においては,常に他国をリードする研究が行われ,政府も積極的にその推進に努めている。特に大学の研究者と産業界とが密接に関連し合って,研究開発を進めるなど,この成果が実際に工業生産に応用きれる場合もでてきている。 また,実験指針の緩和もすばやく行われている。
イギリス:イギリスは米国に比べ遅れているとの認識から,国営企業公社と民間企業が合弁で会社を設立したり,政府が各種奨励策を出すなどその研究開発に努めている。 特に,産業育成に主導的立場をとる応用研究開発諮問委員会が1980年3月に出した「バイオテクノロジー(Biotechnology)」の報告書によると,今後10年間に生じる可能性のある主要な科学技術分野のひとつとして,この生物機能利用技術が新規産業での生産や既存産業の再起をはかりうる次世紀の世界経済の重要なかなめとなるものであるとし,この技術をイギリス産業界においても育てていく必要性を強調している。
フランス:フランス政府は1980年代の国際競争に打ちかっための先導技術のひとつとして,生物機能利用技術,特に発酵技術の開発の推進,酵素,微生物反応技術の推進や遺伝子工学の推進をあげ,国際競争において勝利を得るためには,この技術を応用した産業に助することが戦略上必要であるとしている。 このためパスツール研究所などの政府研究機関を始めとして国営企業,半国営企業が純民間企業と平行して,生物機能利用技術に関する研究開発を精力的に進めている。

以上のように,生物機能利用技術を応用した産業は今後ますます発展する見通しである。

次に,特にこの数年のうちに発展を遂げ,工業生産までの技術革新が行われた組換えDNA技術について更に詳しく述べる。

我が国における組換えDNA技術の研究開発では体制づくりがスタート時点で,既に欧米先進諸国に若干の遅れをとったが,現在鋭意研究が進められており,今後その成果が期待される。

先にも述べたように組換えDNA技術は,1970年代の初め米国スタンフォード大学のP.Berg教授とA.D.Kaiser教授らによって考え出された技術で,同大のS.N.Cohen教授らが制限酵素等を利用することによって確立されたものである。

その後,この組換えDNA技術の基礎研究が大学を中心に進められる一方,この研究の成果を産業の分野に広げようとの努力も併行して行われ,カルフォルニア大学のボイヤー教授らが限られた財源をもって小企業を創設し,この分野でのベンチャービジネス(研究・開発能力の集約的発揮を意図する新規企業をさすもので,小企業で出発するのが普通である)を進めた結果,この技術が基礎研究から短期間で応用技術を開花させるものと歓迎され,研究開発が予想どおりの好結果をもたらしたこともあって,脚光を浴びた。また,大企業もそのベンチャービジネスに出資したり,あるいは自らその研究を実施している。

このようにベンチャービジネスが脚光を浴び,国際競争が激しくなっている一方,このような組換えDNA技術の研究は,がんの原因究明等の広い範囲での革新的恩恵をもたらすことから,国際協力も盛んに進められている。

とりわけ,ヨーロッパ10か国の参加のもとに西ドイツのハイデルベルクに設置された欧州分子生物学研究所(EMBL:European Moleculer Biology Laboratory)では,各国からの優秀な研究者が集まって研究が進められており,その研究成果が期待されている。

これら組換えDNA技術を利用する産業において,この技術から作られた有用物質の製造方法等が特許でおさえられれば,1国の独占を許すことにもなりかねないので,今後,各国はこの技術の特許の獲得のために激しい競争を展開することが予想される。特に,米国では,1980年6月米最高裁判所がGE社により開発された新規微生物は特許の対象になるとし,ついで1980年12月スタンフォード大学から申請されていた組換えDNAの基本技術に関する特許も認められた。また我が国でも,特許庁が1979年11月に「微生物の発明に関する特許基準」を公表し,微生物それ自体の発明を特許の対象とすることを明らかにしている。

第1-3-12表 組換えDNA研究に関する各国の現状

組換えDNA研究に関する各国の現状については,1979年3月に我が国における組換えDNA技術の研究の円滑な実施に資するため,官民共同で欧米諸国の実情を調査した遺伝子組換え研究海外調査団の調べ等からみてみると, 第1-3-12表 のとおりである。組換えDNA技術のレベルについては,この各国の現状と潜在的技術能力を合わせて考えると,米国がトップで相当離れて日本,フランス,イギリス,西ドイツが集団となって続いているといえよう。

このような状況の中にあって,我が国のこの分野における取組みが他国より遅れれば遅れるほど,将来,この技術を基礎にした技術革新によって生まれる強大な国際競争力をもつことができず,醸造工業,医薬品工業,食品工業で培われてきた世界に冠たる我が国の微生物応用技術も光を失うことにもなりかねないことから,産・官・学がそれぞれの適切な役割分担の下に,総力を結集した研究開発のための努力が望まれる。


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