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第1部   時代を拓く科学技術
  むすび

多くの国民が,その日を生きることが精一杯であった終戦直後の混乱から急速に立ち直り,1950年代後半から60年代には,世界でも驚異的な経済成長を遂げ,自由世界第2の経済大国となった我が国は,70年代に高度成長のひずみの顕在化や世界的な経済変動,エネルギー危機などの大きな困難に遭遇し,これへの対応を迫られることになった。

このような我が国の社会経済の変化に,科学技術も大きくかかわってきた。

こうして時代は1980年代へと進んだが70年代の大きな問題の大部分は,80年代へと持ち越され,その対応については,  一層の厳しさが要求されることになろう。また中高齢化社会への移行など,今後顕在化してくる問題もある。産業構造,就業構造の変化も予想されている。一方,大きな公共投資が想定され,我が国の社会・経済基盤の整備は一段と進むであろう。年平均5.5パーセント程度の成長が続けば我が国の経済は80年代に更にひとまわり規模が大きくなり,この面での世界に対する影響力も強くなる。このような80年代の社会経済の変化に科学技術もその対応が一段と強く要請されよう。

また,マイクロ・コンピュータに代表されるように,科学技術の進歩が80年代の社会経済に大きな影響を及ぼす可能性もあり,これらの相互作用には今まで以上に注意が払われる必要があろう。

いうまでもなく,我が国の社会経済の発展には,科学技術以外に,いくつかの大きな要因があった。しかし,これらの要因の多く,すなわち原燃料の輸入,産業の立地,労働力,内外の市場等については,比較的有利性が失われようとしており,物的資源の乏しい我が国が国民の生活水準を維持,向上させ,今後起って来る内外の諸問題を解決して行くためには,知的資源とも言える科学技術の果たすべき役割がますます大きくなってくることが予想される。今後我が国の進むべき道として,科学技術立国が主張されるのもこうした理由による。

これまでの我が国の技術の発展には,外国の先端を行くものを導入し,これを理解,適用,改良し,優秀な製品をつくり出して行くといったものが多かったのは,否めない事実である。無論このこと自体,大きな努力,優れた能力を要することであり,また,その成果,社会に対する貢献も決して小さなものではない。日本人の性格,才能,社会が技術を改良し,洗練させて行くのに大きな力を持っているといわれ,今後ともその重要性が弱まることはないであろう。最近は先進諸外国でも,このことは注目されており,日本に学ぶべきであるという声も出てきている。

しかし一方,自主技術への期待と要請は一段と大きくなっている。昭和33年の第1回「科学技術白書」が―外国依存から自主発展ヘ―のタイトルをかかげて以来20年以上にわたり,自主技術の確立はほぼ一貫して主張されてきた。国際競争力の強化,我が国独自の問題への対処,技術導入の困難化等主張の基本的な面は今も変っていない。この間,官民共に自主技術の強化への大きな努力を払ってきた。民間企業調査をみても分野により違いがあるが,1950年代を技術の導入の時期,60年代をその改良の時期,70年代を自主技術への移行の時期としてとらえているものが多い。こうした面からみて,80年代以降を今までの蓄積を基とした自主技術確立への時期と期待したい。

有史以来,あるいは今世紀に入ってからも,数々の技術革新が世界のいくつかの源泉地で生れ,各地に普及し,我々の社会や生活を大きく変えてきた。我が国は,その影響を最も多く受けた国の一つであろう。

80年代は,現在既に現れている科学技術の種(シーズ)の育成,開花が大きく進むことが予想されるが,同時にその次の時代を拓く新たな技術革新の誕生が世界的にまたれる時でもある。我が国にとっても,今後育成開花させて行く新しい種が必要である。

新しい種を生み出して行くことは,未知への挑戦であり,長い懐妊期間と大きな困難を伴うが,多くの分野で技術水準が先進諸外国にほぼ追いついた現在,我が国が独自の新しい技術を創り出していく必要性が高まっており,今後そのための一層の努力が要請される。

また,我が国の経済力,国民の生活水準が世界のトップレベルに近づいた現在,科学技術の面でも我が国が大きな役割を果たすことが,諸外国からも期待されている。

80年代の我が国は,従来から続けてきた技術向上努力を一層進めるとともに,これまで培った蓄積を基として世界における大きな技術革新の源泉地の一つとなることをも目指して進むべきであろう。


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