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第1部  柔軟性のある研究体制への指向
第2章  多様化する要請への対応
第1節  多様な要請にこたえる研究開発
3  研究開発の進め方


これまで研究開発の要請に対応した技術的問題点やそれを解決するためのシーズの内容などについて見てきたが,それらの技術的シーズを育成する段階である開発研究は,シーズを入手するのと同様に様々な困難を伴う問題である。ここでは,気流炉によるセメント焼成技術,合成ペニシリンの化学的製造法,並びに既述の多獲性赤身魚のたん白利用技術及びイオン交換膜法食塩電解技術の4例について具体的な開発研究過程を調べるとともに事例調査の結果について検討することとする。

また,これまで見てきた研究開発全体を通して,これからの研究開発における課題を考えてみたい。


(1) 事例研究

(気流炉によるセメント焼成技術)

セメントを製造するには,石灰石,粘土,鉄滓を原料として調合し,微粉砕して成分の均一化をはかったのち,浮遊式予熱器により,予熱及び仮焼の一部を行う。これら一部仮焼した原料は,回転窯に供給され,ここで1,450°Cに焼かれて,黒緑色粒状の小さな塊(セメントクリンカー)になり,クーラーで急冷される。このセメントクリンカーに凝結時間を調節するための石こうを加えて,微粉砕するとセメントが出来上がる。

このような製造工程の中で量産性を向上するための障害となっていたのは,回転窯の大きさである。回転窯は円筒状の窯であるが,その内側に耐火レンガを張り付けて使用するので,直径が6m位を超えるとレンガの脱落防止がむずかしくなり,運転状態の維持管理の効率が落ちてしまう。またエネルギー使用量の低減や環境保全に関連した窒素酸化物(NOx)の発生量の低減などが課題となっていた。

装置メーカーであるA社は,外国より技術導入した従来の焼成システムを販売すると同時に,上記の問題を解決できるような新しいシステムの研究開発を進めていた。そして,昭和39年頃より行っていたセメントの熱反応の見直しにより従来のシステムでは排ガス余熱で行われていた原料の予熱と仮焼(脱炭酸反応)を別の方法でより積極的に行えば,回転窯の熱負荷を軽減させ回転窯の大型化を伴わずに焼成能力が向上できることを見い出した。また,石灰石の化学反応である脱炭酸反応は約900°Cの温度があればよく,回転窯の中で行われるセメント生成反応に必要な1,450°Cよりも相当低い。

したがって,これまで回転窯で行われてきた脱炭酸反応とセメント生成反応とを分離し,セメント生成反応部分で生じた排ガスにクーラーからの回収熱風を混合し,脱炭酸反応部分で更に燃料を供給して低温燃焼させれば,窒素酸化物の発生量も抑えられるという利点も見い出された。

昭和40年6月,A社によって原料の脱炭酸反応の80%以上を行う仮焼炉として,気流炉を用いるという特許が出願された。A社はこの技術を43年に熱量コントロールの比較的容易なアルミナ焼成炉に応用し,実用規模の装置をアルミニウム製造会社に納入し,実用規模の装置製作に自信をつけていた。しかしながら,セメントの焼成には,機器に粉末原料が付着し,原料の流れが止まる事態などが予想されるため,熱・空気量制御に対するセメントメーカーの技術的協力が不可欠であった。このため以前から取引関係にあったB社に共同研究を持ちかけた。この時点でB社はエネルギー多消費型の焼成炉を多く使用していたため量産化と省エネルギー化の両方を満足できる気流炉によるセメント焼成技術に興味を持ち,A社と共同研究を行うことを決定した。

昭和46年4月,A社とB社による共同研究が開始され,B社の工場内の旧様式炉は気流炉を持つ新しい様式に改造された。この共同研究のそれぞれの社の分担は,A社が装置の製作やその性能の確認などのハード面,B社が原料の供給,焼成品の品質判定,実験機の運転などのソフト面を主として受け持つことになっていた。この共同研究は47年7月に完成したが,開発中に予熱器の閉塞などの新たな問題が発生した。これらの問題点の解決にはB社内に蓄積されていた経験的なノウハウなどが有効に利用されたが,更にB社のノウハウにより精密な熱・空気量制御システムも付加され,従来のシステムに比べて省エネルギーのシステムが完成された。 第1-2-8図 にシステムの構成を示すが,これまで回転窯で消費されていた燃料の一部が気流炉で燃やされるため,回転窯の熱負荷が軽減されて,内部の耐火レンガの寿命が2倍程度伸びた。また,回転窯で行われていた仮焼の大部分が気流炉において行われることになったため,回転窯では,主としてセメント生成反応を行えばよいので,同一の回転窯で焼成能力を2倍以上にすることが可能となった。これらの熱反応を従来の焼成工程と比較すると, 第1-2-9図 のようになる。したがって,これらの成果をまとめると,気流炉を設置した新システムは,従来のシステムに比較して,焼成能力が2〜2.5倍増,省エネルギーが2〜3%,窒素酸化物発生量が500PPMから150PPM程度に減少,及び耐火レンガの寿命向上による長期連続運転が可能となるなど,新システムが有効に作動していることがわかる。

研究開発を終了した後,このシステムの改良余地について,両者は共同で研究を続け,気流炉の高性能化による更に一層の省エネルギー化について,システムの改良を行っている。

この共同研究開発に関しては,A,B両社のそれぞれの分野での十分な技術蓄積がうまくかみ合ったことが成功の最大の要因と考えられるが,ユーザーであるB社のトップが新技術の必要性を十分理解して共同研究の実施を決定したことが,開発成功の原動力となったとも考えられる。

第1-2-8図 気流炉によるセメント焼成システム

第1-2-9図 セメント焼成技術別の工程比較

(合成ペニシリンの化学的製造法)

ペニシリンは,1929年にフレミングによって発見され,人の急性細菌感染症に実用化された最初の抗生物質である。元来ペニシリンは,ペニシリウム属やアスペルギルス属に属する種々のカビが産生する多種の物質の混合物でありペニシリンF,GあるいはK等の数種類のものが分離されている。

ペニシリンを初めとする抗生物質が重要性を増してきたのは,ペニシリンの研究開発と並んで進展してきた他の抗生物質,すなわち,ストレプトマイシン,クロラムフエニコール,オウレオマイシンあるいはテラマイシン等が続々発見され有用性が認められてからのことである。以後,抗菌剤として抗生物質が主流を占めるに至り,次々と新しい抗生物質の発見がなされてきた。これらの中にあって,ペニシリンは,当初,肺炎や化膿症等の感染症に対し,劇的な効果を収めたが,酸性において極めて不安定なため酸性の強い胃中にあっては,ほとんど不活化されてしまい,経口投与に適さず筋肉注射等によらなければならなかった。また,ペニシリンを投与したとき,一部の患者でペニシリン・アレルギーを起こすことが知られ,ひどい場合にはショック死する事態に至ることが知られるようになった。更に,ペニシリンが広範に使用されるようになると次第にペニシリン耐性菌が出現し始め,ペニシリンの効果が期待できない場合もみられるようになってきた。

このため,さらに新しいペニシリンの開発が求められ,カビの培地にぺ二シリン産生の前駆物質を添加する方法等により天然には見られない新しいペニシリンを得る,すなわち生合成の途が見い出された。更に,ペニシリンの効力の中心を成す骨格である6-アミノペニシラン酸(6-APA)が発見されるにおよんで従来の天然ペニシリンとは全く異なる新種のペニシリンの生産が生合成法゛とは別に期待されるに至った。つまり,この6-APAに他の種々の化合物を人為的に結合させることにより新しい構造をもつペニシリンをつくり出すことが可能となったのである。これがいわゆる合成ペニシリンである。

最初にこの6-APAの工業的生産に着手したのは,イギリスのA社であった。これは,天然ペニシリンから細菌由来の酵素を用いて6-APAをつくり出す方法であった。1960年A社はこの6-APAを中間原料として抗菌スペクトルが広く,また経口投与にも適するアンピシリンを開発し,ペニシリンに新しい光を当てることに成功した。合成ペニシリン開発のメリットは,天然ペニシリンにはない性質,つまり広い抗菌スペクトルを持つこと,経口投与に適すること,さらには天然ペニシリン耐性菌にも有効であることなどである。

しかしながら,.A社が6-APAの製造特許を有することにより,6-A PAから誘導される合成ペニシリンの製造は,大きな制約を受けねばならなかった。ところが,1968年オランダのB社により化学的に天然ペニシリンから6-APAを合成する方法が開発されたことにより,新しい合成法の可能性が期待された。化学合成法によれば,異種たん白をほとんど含まずさらに6-APAの純度が高く再精製の必要がなく,また,生産規模の拡大によるコストの低減が可能になるなど多くのメリットがある。

同じ頃,我が国においても大阪大学産業科学研究所において,6-APAめ化学的合成法の研究開発が進められ,1969年上記オランダのB社とは異なる合成法の開発に成功した。この化学的製造法の確立により合成ペニシリンの国内での工業的生産が確立され,アンピシリンの国内工業化が可能となった。国内におけるこの方法による工業化は国内のC社が担当し,1971年にはパイロット・プラントにおける生産を開始している。

この研究開発の経過をふり返ってみると,本法の開発以前のオランダのB社の6-APAの化学的製造法は,発酵法で得られる天然ペニシリンのカルボキシル基を,アルキル-シリル塩化物を用いて一時的に保護した後イミノエーテル法で酸アミド結合を切断して6-APAを製造するものである。

これに刺激されて,多くの反応試薬により実験を繰り返した後,三価のリン,特に三塩化リンでカルボキシル基を一時的に保護する6-APAの新しい化学的製造法が1969年に確立された。

本法の工業化のための装置の研究開発は,民間製薬会社が同研究所の指導のもとに化学装置メーカーと協力して行った。天然ペニシリンのカルボキシル基を三塩化リンで一時的に保護した後,酸アミド結合の切断には反応性の高い五塩化リンを用いるため,-40°C以下の低温で反応を行う必要があった。そのため,反応液の温度を上限-40°Cに保たねばならず,冷媒としてのメタノールを-70〜-80°Cに冷却しなければならなかった。

当時この種の冷凍機は,化学工業界はもちろん他の分野にもほとんど需要がなく特殊な用途に限られていたため,パイロット・プラント建設の時点から小・中規模の二段式の冷凍機の開発を始める必要があり,また従来の材質では低温脆性のため特殊な材質を使用するなど工業化段階では時間を要したがこれらの難関を克服して6-APAの工業的製造が可能になった。

6-APAの製造技術は,経口投与可能なアンピシリンの製造コストの低減への寄与のみならず,セファレキシンの工業的製造にも役立っているとともに,アンピシリンからの誘導になるピペラシリンの製造にも応用されている。 第1-2-10図 にペニシリン類の構造の相関性を示しその発展の一端を表わした。

本件の開発では,外国技術にその先例があるとはいえ,先ず大学において6-APA合成のため保護剤等の基礎研究を行って,合成ペニシリンの我が国独自の手法による工業化への途を開いた。

製薬メーカーが工業化するにあたって,大学,化学装置メーカーの協力によって多くの技術的困難を乗越えて実現された点及び多くのシーズの発見とその育成方法,同様プロセスの他製品製造への適用に今後の同種の技術開発に示唆が与えられよう。

第1-2-10図 ペニシリン類の構造比較

(多獲性赤身魚のたん白利用技術-2)

多獲性赤身魚であるイワシ類,サバ類と多獲性白身魚であるスケトウダラとは魚肉特性上大きな相違があることはすでに述べた。多獲性赤身魚の高度利用を図るには鮮度保持,食品化利用部分の増加,すなわち低利用部分の利用向上,無公害廃棄方法の確立など,多分野にわたる技術を同時に確立しなくてはならない。このため農林水産省では水産庁東海区水産研究所(東水研)を中心として,大学,公立研究機関,関連組合・協会,民間企業など16機関によって, 第1-2-6表 に示すとおり基礎研究から開発研究に至る組織的な共同研究を昭和52年度から進めている。

第1-2-6表 多獲性赤身魚の高度利用技術開発(昭和52年度計画)


昭和53年までに多くの技術分野で開発に成功し,一部成果が新しい食品として利用されるようになっている。このうち,ねり製品に利用される冷凍資料:水産庁「52年度多獲性赤身魚の高度利用技術開発研究成果の概要」すり身化技術についてみてみると,その技術的ポイントは,第1に肉のpHを調整してたん白変性を防止し,水溶性たん白質の除去を容易にするため,従来の水さらしに入る前にアルカリ性塩類溶液さらしを行うことが重要で,このさらし法の導入によって,製品のゲル強度が著しく上昇することが解明されたこと,第2に食塩とともにリン酸を加えて練った「らい潰(かい)肉」を成型し,約5°Cで一晩または30°C湯浴中で1時間放置する「坐り(ゲル形成)」を行ったのち加熱してカマボコのゲル強度を高める処理工程の確立,第3に鮮度低下が速く死後のたん白変性が速い赤身魚の迅速な魚体処理を図るため,自動調理機が開発され,また,採肉の段階で品質との兼合いから血合肉と脂肪をどの程度まで除去しなければならないかが研究され,高水圧方式による採肉機が開発されたことである。これらの技術的ポイントの解決のために,前二者においては,共同研究を進めている大学の基礎研究である「ゲル化特性及びその変化」がシーズとなっており,大学,国・公立研究機関及び関連協会の連携によって応用・開発研究が推進された。後者においては,内外に技術的シーズがなかったため,担当機関によりすり身化技術と並行して開発が進められた。

多獲性赤身魚を原料とするカマボコの製法の概略を示すと, 第1-2-11図 のとおりである。

第1-2-11図 赤身魚を原料とするカマボコの製法

多獲性赤身魚のたん白質利用の一層の高度化のためには,すでに述べた1)赤身魚のすり身化技術とあわせて,更に,2)原料魚からフィレーにする際出る頭,骨,内臓等約40%の非可食部分を飼餌(じ)料のミールとする技術,3)脂質量の最も多い内臓と皮下脂肪部の脂質や血合肉等落し身から出る約25%廃棄物から魚油の回収,4)赤身魚はさらし排水の汚染度(化学的酸素要求量)がスケトウダラに比べ5〜20倍も高いため,環境保全上排水処理技術の確立,併せて,排水中に多量に含まれる水溶性たん白質の回収利用技術の確立が必要であり,鋭意研究が進められている。

このように,本技術は多獲性赤身魚の利用という我が国独自のニーズに対し,海外へのシーズの期待も考えられず,国が推進役となり,国立研究機関が研究の中心となって大学,公立試験研究機関,関連組合・協会,冷蔵・加工・機器メーカーまで多くの機関が目的基礎研究,応用研究,開発実用化への適用とそれぞれ役割分担を定め進められている。現在なお研究開発途中とはいえ,その成果の一部はすでに利用されており,今後増々厳しくなると予想される外国200海里水域内での漁獲を考慮し,原料事情の変動に対応できる幅広い技術を確立し,未利用・低利用資源の有効利用を図るとともに,大量処理による省力技術の開発,環境保全など多様化するニーズにこたえる技術として多方面から注目されている。

(イオン交換膜法食塩電解技術―2)

すでに述べたとおり,イオン交換膜法食塩電解技術の完成にはイオン交換膜と電解条件の開発が必要であった。この開発には二つの化学会社がそれぞれの技術的蓄積を生かして独自に成功し,十分な運転実績を有している。

イオン交換膜の利用については,昭和25年頃から海水を濃縮して食塩を製造することを目的として研究が行われていた。このイオン交換膜法電気透析技術はその後,国内製塩工場のイオン交換膜法への全面転換等の成果をあげた。次いでイオン交換膜を食塩の電解に使用し,か性ソーダ及び塩素を製造しようという研究が行われたが,食塩電解用のイオン交換膜としては,次の条件を満たすことが必要であり,当時のイオン交換膜は,炭化水素系のものであり,これらの条件を満足していなかったため工業化につながる研究とはならなかった。

食塩電解用イオン交換膜の具備すべき条件

1) 耐塩素性及び耐アルカリ性を有し,化学的に安定であること。
2) 寸法安定性が高く,機械的強度が強いこと。
3) 陽イオン選択透過性が良好であること。
4) 電気抵抗が小さいこと。

その後,アメリカにおいて,宇宙船の燃料電池用の隔膜にパーフロロスルホン酸によるイオン交換膜が開発され,このイオン交換膜は,炭素―水素結合がすべて炭素―ふっ素結合になっており,耐塩素性にも優れていることがわかり,イオン交換膜を食塩電解に使用する可能性が示唆された。

食塩電解技術に関しては,既述のように隔膜法及び水銀法といった工業的にも確立された生産技術があったため,イオン交換膜による食塩電解技術の研究は,一部の会社を除き,本格的には取り組まれてはいなかった。

昭和48年に至り,いわゆる「第3水俣病問題」が起こり,水銀法から隔膜法への転換が決定されたことを契機にイオン交換膜法の研究が各社で進められた。

昭和52年10月,通商産業省のイオン交換膜法技術評価専門委員会は,それまでのイオン交換膜法電解技術の開発状況を調査し,2社(A社及びB社)の開発が進んでいるという結論を得ている。以下,この2社の研究開発及び技術の特徴をみてみることとする。

A社は,化学繊維部門を有する総合化学メーカーであり,高純度のか性ソーダを自社内で必要とするため,イオン交換膜法の技術を確立する必要があった。また,A社は,前述のイオン交換膜法電気透析技術及びそれを発展させた重金属の回収,ナイロン原料であるアジポニトリル製造へのイオン交換膜の利用技術等の技術基盤があった。このため,A社は昭和40年代に入って,イオン交換膜法の研究を,イオン交換膜及び電解槽の構造を中心に行ってきたが,この当時は,イオン交換膜は炭化水素系のものであり耐久性に乏しく,電解槽も三室法で電極間距離が長く,実用化は困難であった。しかしながら隔膜法への転換の問題が起こり,パーフロロスルホン酸をイオン交換膜として使用することにより開発は促進され,昭和50年に世界初の商業規模のイオン交換膜法食塩電解設備を建設した。しかしながら,か性ソーダ高濃度時におけるイオン交換膜の電流効率,OH- イオンの拡散性等,イオン交換膜の機能に関する問題があった。このため,A社は,パーフロロスルホン酸に替わりパーフロロカルボン酸をイオン交換膜として製造,利用すること及びか性ソーダの濃縮工程の省エネルギー化を図ることにより,昭和51年に開発を完成した。

一方,B社は,ハロゲン化合物の総合メーカーであり,食塩電解技術,イオン交換膜法電気透析技術及びふっ素系化合物製造技術の蓄積があった。B社もパーフロロカルボン酸をイオン交換膜として用いることをA社と独立に開発し,イオン交換膜法電解技術の開発に成功し,昭和51年に実用電解槽の運転を開始したが,B社の場合はパーフロロカルボン酸を自社内で原料段階から製造している。また,B社は,水銀法からの転換の容易な構造の電解槽を開発している。

イオン交換膜法技術は,化学工業のみならずあらゆる産業の基礎原料の一つであるか性ソーダ・塩素を,環境保全の要請に対応しつつ,エネルギー原単位,製品品質を悪化させることなく製造することが出来る国産の大型技術の一つであり,海外にも技術輸出が行われている。このような大型技術が生まれた背景としては,製法転換という社会経済からの大きなインパクトに対して,短期間に対応できるだけの技術的蓄積がA,B両社のそれぞれに育っていたことが挙げられよう。


(2) 事例調査

前項の事例調査で見たように,シーズの所在の多くが自社内であることから,開発に移行するための研究も大部分の企業が自社内で行っているが,開発段階になると,前述の事例研究の例でもわかるように,外部との共同研究などが増加している。この傾向は, 第1-2-12図 の事例調査の結果からもはっきりと読み取れる。

同図に示すように開発段階においては「社内開発」が51%と多いが,残りは,共同開発,又は社内開発と委託・共同開発の組合せであり,社外の研究開発能力を活用している企業が相当あることがわかる。

この中で委託開発部分について,その内容を見てみると,委託側の研究開発能力を部分的に利用する形態となっており,薬品の効果や安全性の確認試験のための委託が過半数を占めている。したがって,委託先の大部分は,回・公立研究機関や大学が占めている。

また,共同開発の相手先への能力的期待は, 第1-2-7表 のように,1)ユーザーとしてのソフトウエアやシステム化などの研究開発能力,2)研究開発における部分的専門分野の研究開発能力,3)部分的な装置などの製造・加工技術能力,4)効果や安全性などの実用性をは握する研究能力,5)基礎研究能力の五つの形態にまとめられる。

共同開発の相手先を組織別比率で見ると, 第1-2-13図 のようになるが,この中には,1件の開発で2以上の組織と共同研究を行っているものも含まれている。また,「その他の国内組織」とはこの場合,公社,公団を指している。同図から「異分野の他企業」との共同研究が圧倒的に多く,大学,国・公立研究機関とのものは比較的少ないことがわかる。「同分野の他企業」が比較的多いのは,他企業の製造・加工技術能力や実用性は握研究能力を有効に活用しているものが多いからである。

第1-2-12図 各研究段階における社内研究と社外研究の比率

第1-2-7表 共同開発の内容と主な相手先

第1-2-13図 共同開発の相手先別割合

第1-2-14図 開発技術の改良余地

最後に,研究開発が終了した後の問題を事例調査の結果からみると,実用化された後の製品や製法などについて,9割近くの事例で現時点での技術的改良余地があるとしており,その内容は 第1-2-14図 のとおりである。このように,成功をおさめた開発技術でさえ,改良の必要性があると考えられており,「性能向上」や「応用分野の拡大」に強い関心が示されている。


(3) 研究開発の課題

これまで見てきた事例研究及び事例調査の結果から主な特徴をまとめると次のようになる。

1) 研究開発の要請を項目別にみると,その出現割合と要請の強さの順位は一致しないものがあり,出現割合に比べて要請が強いものには「省資源」,反対に要請が弱いものには「量産化」や「便利性・快適性」がある。
2) 技術開発開始時点における技術的シーズの所在については,約8割が自前のシーズを利用したり,独力でシーズ研究を行っている。
3) 技術開発開始時点における社外シーズの導入先は,国内異分野の他企業が最も多く,情報の媒体は類似品や類似技術が多い。
4) 開発段階においては,共同開発などが約5割を占めており,共同開発の相手先は異分野の他企業が圧倒的に多い。
5) 研究開発終了後に,約9割の事例について開発技術の改良余地があるとしており,その主な内容は性能の向上や応用分野の拡大である。

これらの事項を参考にしながら,研究開発を進める上での課題について考えてみる。

第1-2-15図 は,事例調査におけるシーズ研究開始時点から開発段階の研究へ移行するまでの基礎的段階の研究期間,開発段階の研究期間及び全研究実施期間の期間別件数の累積比率を同一グラフ上に描いたものである。同図からわかるように,対象課題の50%が基礎的段階の研究を終えているのは,研究開始から約3.5年後であるのに対して,開発段階の研究では約2.5年後であり,90%が研究を終えているのは,それぞれ10.5年後と5.5年後になる。このように基礎段階の研究は,開発段階の研究に比べ研究期間が長いのが特徴である。全研究実施期間について見ると,7年間で50%が,10年間で75%が研究を終了しているが,長期間にわたる研究の大部分は,基礎的段階の研究に時間が費やされている。

第1-2-15図 研究期間別の件数累積比率

ここで,研究成果を得るのに時間を要する基礎研究について,民間企業がどのように考えているかを,科学技術庁が実施した「民間企業の研究活動に関する調査」によりみると,第1章第3節 第1-1-23図 に示したように画期的な技術革新は,当分の間,期待できないと考えており,その理由として第1-2-16図に示すように,「基礎科学の研究成果による技術開発のシーズが少なくなっているため」が最も多い。すなわち,民間企業は,新製品,新製法を生み出すのに基礎研究の役割が大きいと考えている。このように基礎研究は成果を得るまでに時間がかかるが,新製品,新製法を生み出すのに大きな役割を担っている。

第1-2-16図 新技術,新製品に画期的なものが 少なくなっている理由

一般的に,多様なニーズへの速やかな対応には,複数の幅広い分野の技術的シーズが必要であり,そのシーズの発掘と育成(研究開発)を早期に成功させることが重要であると言われている。第1-2-15図より開発段階においては,短期間に研究を終了しているものが多いが,基礎的段階の研究期間は,より長い傾向にあることが明らかとなった。全研究開発期間をより短期間にするために,基礎的段階の研究期間を短縮することが特に有効である。

このためには,シーズ発掘に関係する科学技術情報の収集が重要となる。

このように,多様なニーズに対応して画期的な新製品や新製法を生み出すには,シーズ形成に深く関係する基礎分野の研究の充実と成果の蓄積が必要であるとともに,様々な形態の科学技術情報を体系的に収集・分析することが重要になってくる。

事例調査の対象企業に対して,研究開発が予定通り進んだ理由と研究開発をこれからも実施していく上での改善点を求めたところ,以下のような類似した回答が得られた。

研究開発を終了して,当初の研究開発計画が予定通り進んだものについて,その要因をまとめると,1)プロジェクトチームなど,研究開発体制が的確であった(21件),2)計画,目標を設定してそれを実行した(13件),3)社内に技術の蓄積があった(13件),4)ニーズのは握と対応が的確であった(12件),5)共同研究が成功した(9件)などになる。これらは第1-2-8表に示す研究開発を進める上での改善点を求めたものに対する回答と共通する部分が多い。また,同表の「その他」には,独自の技術開発の重要性や商品開発における蓄積技術の機敏な活用などを強調するものが含まれている。

これらをまとめると,今後予想されるニーズの一層の多様化に対応して新しい製品や製法を生み出すには,1)基礎分野の研究の充実,2)広範な科学技術情報の収集・分析,3)研究開発における広範な連携,4)研究開発の計画や目標の設定とそれを実行する研究開発体制の整備・確立などが重要となるであろう。

第1-2-8表 研究開発を進める上での改善点


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