ここからサイトの主なメニューです
前(節)へ  次(節)へ
第1部  柔軟性のある研究体制への指向
第2章  多様化する要請への対応
第1節  多様な要請にこたえる研究開発
2  新しい技術とそのシーズ


前項で述べた技術的問題点の解決は,それぞれなんらかの科学技術的な蓄積から導かれる。すなわち,技術的問題点の解決には,なんらかの科学技術的シーズが必要であり,このシーズが育成され,役に立つことになる。ここでいう科学技術的シーズとは,技術的問題点の解決の源となった科学技術的知識や経験などである。例えば,真空管の代替品として,小型で省電力の素子を開発するのが課題であるならば,1948年にアメリカでゲルマニウム半導体結晶による増幅作用が発見されたことが,小型省電力素子であるトランジスタ開発のシーズとなるであろう。また,トランジスタラジオの開発が課題であって,音声などの低い周波数を増幅するトランジスタが既に開発されているとすれば,放送周波数などの高い周波数を増幅することができる成長型トランジスタの開発がシーズの一つになるのであろう。

ここでは,複数の技術的問題とそれを解決するための技術的シーズについて,自動車排出ガス低減技術とチョッパ制御電車を具体的事例として,63件の事例調査の結果も含めて見てみよう。


(1) 事例研究

(自動車排出ガス低減技術)

自動車排出ガス低減技術開発にあたっては,排出ガス中の有害ガスの排出量,動力性能,燃料経済性等に関する多様な要請に同時に対処する必要がある。 (第1章第1節2(2)参照) 自動車排出ガス処理装置の実用化に必要な基本条件は,

○信頼性及び耐久性
○保守・サービス性
○製品の廉価
○燃料経済性
〇運転性能
〇二次公害の防止

などである。

これら条件を満足するような排出ガスの処理方法としては,第1-2-4図に示されるようにエンジンの形状の改良,燃焼の制御等によるエンジン本体からの有害ガスの発生防止,エンジンの排気口から排出した有害ガスの後処理及びその両者の組合せによる方法がある。我が国の自動車メーカーは第1-2-4図に示すような方法によって乗用車の53年度規制値を達成している。

第1-2-4図 排出ガス処理法の分類と我が国企業の対応

我が国の企業が行った技術開発は各社さまざまであり,このうちいくつかの例に触れてみよう。

有害ガスの発生防止については,成層燃焼方式と排気ガス再循環方式が開発された。成層燃焼方式は,エンジンシリンダの燃焼室の点火栓付近で点火可能な濃い混合気を形成し,他の部分を希薄な混合気にして層状に給気を行い,点火栓付近の混合気の燃焼火炎によって希薄な混合気をも燃焼させる方式で,部分負荷時に燃料を少なくし,燃費を下げる目的で古くから研究され,トーチ点火機関などの開発が行われていた。このトーチ点火機関の成層燃焼技術を基にして,排気ガスの有害3成分が最も減少する希薄・難燃焼の領域での安定燃焼を,世界に先がけて実用化したエンジンが開発された。

一方,排気ガス再循環方式は,排気ガスの一部を再度シリンダ内に導入し燃焼させて燃焼温度を下げるもので,排気ガス中のNOxを下げる目的で1966年頃アメリカで開発されている。また,燃焼特性の研究で,排気ガスの導入割合の増加につれ,NOxが減少しかつある条件では一定割合まで燃費が向上するものの,燃焼が不安定となって行く特性が究明された。この特性を利用して,NOxを大幅に減少させかつ燃費を向上させるために,不安定燃焼となった混合気を一つのシリンダに二つの点火栓を使用したり,吸気バルブ等で混合気に強い渦流を付与するなどの方式で急速燃焼させて安定燃焼を可能にしたエンジンが世界に先がけて国内で開発された。

有害ガスの後処理については,酸化触媒は自動車に使用されるまえから化学工業など多方面で使用されていたが,排気ガスの全温度領域で作用する低温活性及び耐熱性,振動等に耐える耐摩耗性などを満足する触媒はアメリカで実用化され,国内でも近年生産されるようになった。また,酸化・還元を同時に行いCO,HC,NOxを同時に減少させる三元触媒もアメリカなどで開発され,我が国企業もこれを導入使用している。

両者の組合せとしては,乗用車の重量別及び各社の蓄積された経験,技術力等により安全・耐久性等を考慮して数方式を組合せて現在使用されている。

自動車排出ガス低減技術は,国民生活に及ぼす影響の大きさ,緊急性から各社とも社運をかけて内外のあらゆる分野からの情報,自社の経験,技術を総合し,資金,人材を集中的に投入し,世界に先がけて,それぞれ独自の方法で対処した。この技術開発に要した費用は,昭和44年以降2,400億円以上にも達している。現在各社とも排出ガス規制に加え,今後省エネルギー化の要請が強まる社会情勢にかんがみて,エンジンの改良,触媒の改良等による一層の燃費の向上及びトラック等の排出ガス処理装置の性能の向上のための技術開発を進めている。

以上の技術開発は,昭和40年頃一酸化炭酸による大気汚染問題から基礎研究が始められ,また昭和42年国際的な産業間排気制御共同研究グループ(IIEC)が結成され,一部我が国企業が参加し,更に技術開発活動が活発化したのは昭和48年の窒素酸化物規制からである。

各社とも独自に技術的シーズを求め,自社技術,導入技術によりその育成に努めたが,国内企業との共同研究は触媒メーカーなど一部異業種との連携を除き多くない。

(チョッパ制御電車)

他の輸送機関に比べ,安全・迅速,省エネルギーの大量輸送機関である鉄道は,石炭から石油・電力へと動力源の転換を行い省エネルギー,環境保全に努めるとともに,旅客の快適性の改善のために台車,連結器の改良及び空調の改良を行ってきたが,近年,これらの必要性が一層強く要求されるようになった。

電車の速度制御は,従来から直流主電動機と抵抗器で行っているが,抵抗器による電力損失及びその発熱,抵抗の段階的切り替えに伴う加速の変動による乗客へのショック,及び抵抗の切換機構部分の複雑化による保守の増加等の問題があり,その改善の要請が強まっている。

これらの改善策としてチョッパ制御電車 (注1) が脚光を浴びるようになった。この特徴は,加速中にはエネルギーのむだな消費が少なく滑らかな加速が可能で,プレーキ作動時には運動エネルギーを電気エネルギーに変換し電源側にももどすこと(回生ブレーキ)により省エネルギー化が可能で,また電気回路の無接点化による車両保守の省力化が行われることである。

チョッパ制御は,ドイツで直流電動機の回転数の制御方法として1940年に発表されたのに始まり,米国電気メーカーによって1958年にサイリスタ (注2) が工業生産化され,これをチョッパ制御に使用するようになってから急速に進歩した。サイリスタチョッパ車両は1963年に蓄電池機関車が,次いで1965年に架空線式による直流電気機関車がドイツで試験された。

我が国では,地下鉄は,かって夏期の涼しい都市交通機関を売り物にしていたが,昭和40年項,すでに電車からの発生熱量の増加による地下構内での発熱量の増大,地下水位の低下などによる除熱能力の低下に悩み始めていた。車両冷房の採用は,その騒音,排熱の除去方法など問題が多く,帝都高速度交通営団(以下営団という)ではこの問題解決のため昭和40年から調査を始めていた。また,鉄道車両(部品)メーカーのA社とB社で昭和38年ごろから電気回路の無接点化による車両保守の省力化などのためにサイリスタを電車部品に応用する研究を始め,昭和40年にA社で直流電車用のサイリスタチョッパ制御装置を試作し,これを営団の車両に積み現車試験を架線電圧600V区間で実施して実用性を確かめた。昭和41年,A社,B社がそれぞれの試作装置により架線電圧1,500V区間で試験を行いモーターの制御等には成功をみたが,信号及び通信回路に誘導障害が起きることがわかった。その後,営団とA社,B社の3社が実用化に向け共同開発を行うことになり,営団が走行試験を担当し,A社,B社が装置等の改良及び開発を担当した。

昭和46年,世界に先がけて回生ブレーキ付チョッパ制御電車が実用化できたのは,ユーザーがチョッパ制御の特質を見極め,ユーザーとメーカーが一体となった研究開発の実施及び日本国有鉄道の技術協力によるものである。この間の技術開発課題についてみると1)チョッパ制御特性を十分に活かせるチョッパ回路の開発,2)高耐圧・高電流・高速オン・オフ性能を有するサイリスダ素子の開発,3)電流のオン・オフ制御から生ずる信号回路等への誘導障害を防止するチョッパ回路の開発,及び4)ブレーキ作動時に車両の運動エネルギーを電気エネルギーに変換し,停止間際まで電源側にもどせる回生プレーキの開発などがある。

その後も技術開発が進められ,-サイリスタの高性能化等による主回路の簡略化,高車速域への回生ブレーキの実用範囲拡大,及びチゴッパ制御電車の出現以前に建設された従来線に対する誘導障害対策の技術開発などが行われた。

地下鉄道のサイリスタチョッパ制御電車の投入実績は保有企業数で6企業に達し,昭和53年度の新造車両に占める割合は98%に達している。

このうち,営団の実績について見ると,アルミ製チョッパ制御電車と鋼製抵抗制御電車の主回路消費電力等の実績は 第1-2‐5表 のとおり鋼製抵抗制御電車と比べ終日平均で約44%の電力節減(電車全体では約39%)となっており,このうちチョッパ制御で約31%の電力節減を行ってぃる。また保守費の低減実績は,1か月検査時に16人から12人と25%減少した。

第1-2-5表 電力消費量実測値

本開発の成果は,昭和48年の石油危機後,その省エネルギーの有利さが一層見直されてきた。地下鉄道での利用のみならず地上鉄道においてもサイリスタチョッパ制御電車の使用が促進され,大手私鉄でみると投入実績は,保有会社数で10社に達し,昭和53年度の新造車両に占める割合は37%と増加してきた。

今後,更に技術の改良とエネルギー価格の上昇等により,地上鉄道での利用が促進されよう。

この技術は,海外において示されていたチョッパ制御とサイリスタの主要な技術的シーズの電車速度制御への適用可能性を,我が国で地下鉄道への実用化に注目し,ユーザー主導の下にメーカーとの協力によってその育成に努め,我が国の半導体技術,鉄道車両技術,信号・通信技術などの既に蓄積のある技術とあいまって実用化されたものである。


(注1)スイッチオン・オフ(電源の入・切)を高速・高ひん度に制御し,電流又は電圧を連続的に自由に制御する方法。


(注2)整流素子に制御を設けた無接点スイッチでオフ状態からオン状態への切替えを行うことができる半導体素子。


(2) 事例調査

前述の事例で見るとおり,我が国で集中的に技術開発が行われ,世界的にみて最先端レベルの技術を実用化した場合であっても,採用,育成した原理を根源までさかのぼると,トランジスタラジオの根源がアメリカでのトランジスタ増幅作用の発見にまでさかのぼることが可能であると同様に,根源の技術的シーズが海外に求められるものがある。

第1-2-5図 技術開発開始時点及び開発中に新たに必要となったシーズの所在

今回の事例調査は,トランジスタラジオの技術的シーズをトランジスタをラジオに適用するための技術をシーズ,すなわち成長型トランジスタの開発を一つの技術的シーズとする見方で行っており,各課題のシーズの所在についてまとめると以下のようになる。

第1-2-5図 は,技術開発開始時点及び開発中に新たに必要となったシーズがどのような状況にあったかを示したもので,技術開発開始時点においては,約6割のシーズが既に存在していたとしており,このうち8割(全体の58%)が社内技術として既に蓄積されていたことがわかる。このように社内技術として蓄積されていたものと,当該技術開発のために社内で研究を始めたものを合わせると,全体の81%にもなり,純粋に外部から導入したものは11%にすぎない。これらのシーズの所在で外部と全く関係しなかったもの,すなわち,「社内で研究を始めた」シーズと「社内技術として既に蓄積されていた」シーズの中で共同研究していたものを除いたものを合計すると78%となり,自前のシーズを利用したり,独力でシーズ研究を行った技術開発例が多い。

今回の調査においては,開発途中に新たになんらかの重要な技術的問題が発生した事例は,全課題の9割近くある。これらの問題を解決するためのシーズの所在を技術開発開始時点と比較すると,「シーズがなかった,又は捜せなかった」ものが増加しており,これを解決するために「社内で研究を始めた」が大きく増えている。

また,技術開発開始時点において,社外からシーズを導入した場合の相手先については, 第1-2-6 図に示すとおりであり,「国内異分野の他企業」が最も多く,次いで「国内同分野の他企業」,「海外企業」,「国内大学」の順となっている。次にその情報の媒体を見ると, 第1-2-7図 に示すとおり,「類似品,類似技術」が半数以上を占めており,その内容の多くは,市販品から情報を得たものである。「文書情報」の内容としては,論文,雑誌などであり,情報の専門機関の利用は皆無である。また,「外部研究者」のほとんどは国内他企業に属している。

第1-2-6図 社外シーズ導入の相手先

第1-2-7図 社外シーズ導入の情報媒体


前(節)へ  次(節)へ

ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ