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第1部  柔軟性のある研究体制への指向
第1章  我が国の研究活動の特徴
第1節  最近の技術開発の特徴
2  技術開発の流れの方向の変化


前項でみたとおり,昭和40年代以降の技術開発活動が,社会経済から複数の要請に同時にこたえることを目標に行われている例が多いという傾向を示した。

それでは,このような傾向は,たんに研究開発計画の目標数が従来より増加しただけであろうか。ここではこのような最近の特徴の技術的意味について検討することとする。


(1) 大量生産技術からの転換

我が国の高度経済成長を支えた要因として,質の高い豊富な労働力とともに,多くの技術革新が挙げられる。戦後,海外から導入された多くの新技術は,最新鋭の機械,設備等として生産性を高め,新製品を生み出し,更に,高度経済成長に伴う需要の拡大,輸出の振興等により,ごれらの機械,設備等は大規模化し,均質で良質な製品を量産してきた。

このような代表例の一つとして,鉄鋼の生産技術が挙げられよう。

鉄鋼は,世界的にみて原料が豊富なことと,銅,アルミニウムなどの非鉄材料に比較し強さに優れていることなどから,古くから広く使用されてきた。近代の鉄鋼技術は,原料炭からコークスを製造し,高炉中でコークスによって鉄鉱石から炭素含量の多い銑鉄を製造し,これを転炉に移し,炭素含量の少ない鋼に精錬し,これに圧延等の加工工程を連続させた銑鋼一貫作業工程が一般的な製法となっている。我が国は,鉄鉱石,原料炭などの主原料のほとんどを輸入に頼るという,原料面では本来不利な条件にあったが,高品位の原料鉱石を長期に安定的に入手できるよう努力したことから,良質で均質な鉄鋼の大量生産技術を確立し,鉄鋼に対する需要の拡大,最新鋭設備の建設,操業により大きな発展を続けた。 第1-1-2図 は銑鉄を生産する高炉に関する技術指標のうち,一般に高炉の生産性を表す出銑比(高炉内容積1m3 当たり1日の出銑量)と,原料炭及び重油の消費指標であるコークス比と燃料比の推移を示したものである。

原料のほとんどを海外に依存する我が国にとって,原料炭消費量の節約による銑鉄コストの低減は研究開発の主要目標の一つであり,このため,高炉の高温送風技術,重油の多量吹込技術などの開発が行われてきた。

この結果,同図に見られるように,コークス比は昭和40年の507kgから53年には15%減の429kg,重油を加算した燃料比では40年の541kgから53年には15%減の461kgとなった。

一方,高炉の生産性を示す出銑比は,昭和40年代前半は高炉の大型化,原料の整粒,焼結比の増加,高圧操業の採用など多くの技術開発の成果により急速に向上した。しかしながら,昭和48年の出銑比2.04を境に,需要の低下から大型高炉による低出銑比操業に転じ,これに伴いコークス比及び燃料比も増加ないしは横ばい傾向を示すこととなった。昭和50年代に入っても,出銑比の低下は続いているが,コークス比及び燃料比は技術開発等により再び低下傾向を示している。

エネルギーの消費量としては少ないが,高炉における電力比(高炉で銑鉄1トンの生産に要する消費量)は,高炉の稼動率の低下及び電気集じん器など環境対策用設備の設置などにより,昭和40年の20KWhから昭和53年には39KWhと増加している。

このような例にみられるように,安価な資源・エネルギーの供給を前提とする高度成長経済から,資源・エネルギーの制約下における安定成長経済への移行という技術外の要因により,技術開発の方向も従来のより良質な製品を量産化するための大規模施設・設備を指向する大量生産技術の開発から,既存の大規模施設・設備を利用し,更に高度で良質な製品を低操業度で,しかも環境保全などに留意しながら省資源・省エネルギー,歩留まりの向上などによりコストの低減を追求する新しい型の生産効率技術の開発が要請されているといえる。

第1-1-2図 高炉の燃料比,コークス比及び出銑比の推移


(2) 二律背反的な要請への対応

近年の技術開発の特徴として,従来の技術が社会経済に対し負の影響を及ぼしており,この改善のために新たな技術開発が要請されている例の増加が挙げられる。この要請に対応し解決した例として自動車の排出ガス低減技術についてみよう。

我が国の自動車生産は,自動車の持つ機動性,迅速性,快適性などの便利さから経済成長に伴い,急速に拡大したが,その普及と都市への人口集中とが重なり,昭和30年代末から排気ガスによる大気汚染(負の影響)が社会問題の一つとなってきた。乗用車の排出ガス規制は, 第1-1-3図 に示すように41年以降強化され,同図で示すように規制対象は,一酸化炭素(CO),炭化水素(HC)及び窒素酸化物(NOx)の3物質であった。乗用車のエンジンは,一般に,燃料としてガソリン又は液化石油ガスを使用し,これらの燃料を気化器あるいは噴射装置で気化し,空気と混合のうえエンジン内で燃焼させ動力を得ている。炭化水素の混合物である燃料は,燃焼により大部分二酸化炭素と水になるが,微量の一酸化炭素,炭化水素を生成する。また,空気中には燃焼に必要な酸素が約2割,残りの約8割が窒素であるため,燃焼時の高温でこの窒素が酸素と反応して窒素酸化物が生成される。排気ガス中のこれら3物質の濃度は,燃焼時の空気と燃料の重量比(空燃比)等に密接な関係がある。

第1-1-4図 は,ガソリンエンジンの排出ガス低減技術開発が行われる以前のエンジンの空燃比(空気/ガソリン)と排気ガス濃度,エンジン出力及び燃料消費率の関係を例示したものである。

同図に示すとおり,空燃比の増大とともに(空燃比17附近まで)排気ガス中の一酸化炭素と炭化水素の濃度は低下し,燃料消費率(単位出力・単位時間当たりの燃料消費量)も同様の傾向がある。一方,空燃比を16附近より低下させると,窒素酸化物の濃度は低下し,エンジン出力も高くなるが,一酸化炭素と炭化水素濃度は増大し,燃料消費率も大きくなる。大きい空燃比(16以上)では,排気ガス中のこれら3物質の濃度は低下するが,更に空燃比が大きくなると炭化水素濃度が増大しはじめるとともに燃料消費率の増大,エンジン出力の低下あるいは運転性能の悪化がおこりやすくなる。このほか,燃焼温度も排気ガス濃度に関係し,燃焼温度を上げると炭化水素濃度は低下するが,窒素酸化物濃度は増大する傾向がある。このように,エンジン出力,燃料消費率及び各排気ガス成分濃度の関係には,二律背反的な性質も認められる。

第1-1-5図は ,小型乗用車のうち車種の比較的多い排気量クラスの動力性能の推移を示したものである。

エンジン出力当たり車両重量は,運転性能に大きな影響を与えるが,同図に示すとおり,昭和40年代の前半において,エンジン排気量当たりの最高出力の上昇と車両重量の低下により急激に低下した。しかし,50年度の排出ガス規制強化に伴い,エンジン出力が低下したが,その後,技術の進歩により,52年以降動力性能は上向いている。

このような傾向は,燃料経済性の推移にもみられ, 第1-1-6図 に示すように,排出ガスの規制が大幅に強化された昭和50年度には,燃料経済性の低下が一般的であった。

このように,排気ガス中の有害ガスの排出量抑制,動力性能及び燃料経済性には,技術的にみて二律背反的な要素が含まれていたことがわかる。しかし,その後は,排出ガス規制が一層強化されているにもかかわらず,技術の開発努力及び進歩により年々燃料経済性の向上がみられる。

以上の事例にみられるように,技術開発に当たって,従来よりその目標数が増加しただけではなく,鉄鋼の生産技術の例のように,技術開発の目標が量産化から環境保全,低操業下の省エネルギーへと重点が移ったり,また,自動車の排出ガス低減技術の例のように排出ガス中の有害ガスの排出量を抑制し,かつ,動力性能,燃料経済性の向上も図るというかっては技術的には二律背反的な面も有すると考えられていた要請もあるなど,技術開発の目標は質的にも変化してきている。

第1-1-3図 乗用車の排出ガス規制の推移

第1-1-4図 空燃比と排気ガス濃度,エンジン出力及び燃料消費率との関係

第1-1-5図 小型乗用車の動力性能の推移

第1-1-6図 乗用車の燃料経済性の推移


(3) テクノロジー・アセスメント

以上述べてきたように,社会経済からの科学技術に対する要請がますます多様化するに伴い,科学技術が社会経済にもたらす正及び負の影響,特に社会経済に対する悪影響を事前に予測し,広範かつ総合的な立場に立ってその評価を行ういわゆるテクノロジー・アセスメントの考え方が近年重視されてきており,取り入れられている。

現在までにテクノロジー・アセスメントを実施した企業は, 第1-1-7図 に示すように4分の1程度であるが,実施の動機をみると, 第1-1-8図 のように「公害及び自然環境の破壊防止に役立てたいから」が約7割で,技術の負の影響に対する配慮が圧倒的に多い。これは前述の技術目標が質的に変化し,昭和49年〜53年の5年間に「環境保全」の割合が大幅に伸びたこととも符合している。次いで,動機の第2位は,「製品などの安全性を向上させたいから」が約4割,「企業の総合的戦略の参考にしたいから」が同じく約4割等と,民間企業がテクノロジー・アセスメントをかなり積極的に活用していこうとしていることがわかる。

また,テクノロジー・アセスメントの今後については,第1-1-7図に示すように,4割以上の企業が今後実施する予定と答えており,テクノロジー・アセスメントを実施する民間企業は増加するものと予想される。

科学技術が社会経済からの多様な要請にこたえていかなければならないとき,テクノロジー・アセスメントを実施する企業が増加する傾向は好ましいものといえよう。

第1-1-7図 テクノロジー・アセスメントの実施状況

第1-1-8図 テクノロジー・アセスメント(TA)を始めた動機


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