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第1部   重要性を増す政府の研究活動
第3章  重要性を増す政府の研究活動
第2節  政府の研究活動の展開
2  国民生活の質的向上


物質的生活の向上よりも,環境水準,医療水準の向上等生活の質の向上を求める声は,我が国ばかりでなく,欧米諸国においても高まっている。このような期待にこたえるため,近年,この分野の研究開発は,欧米諸国でも活発化しているが,研究開発の性格上,市場機構により行動する民間企業になじまないものが多いため,政府が中心となって推進しているものが多い。すなわち,アメリカでは,1970年代,保健及び環境関係の研究開発費の伸びは著しいものがあり,また,西ドイツでは,労働環境の改善,保健の改善などについて中期研究開発計画を策定し,推進を図っている。一方,フランスでも,第7次経済計画の研究開発に関する最優先実行計画に,生活条件と生活環境の改善を掲げ,精神衛生,脳機能に関する研究,小児・乳児発育に関する研究,医薬品に関する研究などを優先的に実施している。

我が国においては,昭和52年5月,内閣総理大臣の諮問機関である科学技術会議は,「長期的展望に立った総合的科学技術政策の基本について」に対して答申したが,この答申において推進すべき重要科学技術領域として,「環境,安全問題の解決など望ましい生活環境の整備に資する科学技術の領域」と,「国民の健康の維持,増進に資する科学技術の領域」を取り上げ,それぞれの領域で推進すべき分野,課題を示した。現在,国民生活の質的向上に係る研究開発は,この答申に基づき,関係省庁で推進されているが, 第1-3-15図 は,同答申に示された研究開発課題を整理したものである。

この図に見るように,我が国における国民生活の質的向上に係る研究開発課題は,多くの分野にまたがり,その数も極めて多い。そして,これらの課題の大部分は,政府が中心となって推進すべきものであると考えると,政府がこの分野の研究開発で果たす役割は大きいと言えよう。以下,この分野の研究開発の推進において,政府は,どのような活動を行っているか,また,今後の課題は何かについて検討することとするが,この分野の研究開発課題は,課題により科学技術水準,研究開発実施機関等が異なり,これに伴い,研究開発推進における政府の役割も変わってくる。したがって, 第1-3-5図 に示された国民が進歩を期待している分野,すなわち,がんなど難病の予防・治療,地震・台風などの災害防止,公害対策,交通・通信技術の開発,義手の開発など身体障害者対策の諸分野から,研究開発課題例として,がん研究,地震予知,環境の保全,磁気浮上式鉄道の開発及び動力補装具の開発を取り上げ,それぞれについて社会経済の要請に対する科学技術の状況,政府の研究開発状況を検討し,これらの検討結果から,この分野における政府の研究活動に対する課題を探ることとする。

第1-3-15図 国民生活の質的向上に関する研究開発課題


(1) がん研究

(科学技術の状況)

我が国において,がんは30歳から60歳までの年代で死亡順位第1位を占めており(昭和52年),がんの治療,予防に対する国民の要請は大きい。

こうした要請に対して,がん研究の現状は,発生機序等未知の分野が多く,完全な治療法,予防法を確立する段階に達していない。がん研究は,医学,生物学,更にその関連科学にわたる学際的研究であり,しかも基礎分野から一歩一歩煮詰めていかなければならないものであるので,直ちに成果が期待できるものではない。しかし,近年,がん研究は,幅広い学際的研究によって,発がん物質の研究を初めとして,ウイルス,がん細胞,抗がん剤,がんの早期診断技術等個々の研究においては,めざましい成果があがっており,着実に進展している。

(政府の活動と今後の課題)

我が国のがん研究は,文部省のがん特別研究費補助金によるものと厚生省のがん研究助成金によるものとに大別されるが, 第1-3-16図 に示すとおり,それぞれの予算額は,年々増加している。

文部省の推進するがん特別研究費補助金は,基礎的な研究を重点として病理,細胞,発がん,ウイルス,生化学,免疫,制がんの学問領域に分かれており,重要で基礎的な研究に計画性を持たせた計画研究と自由応募研究とから成っている。研究の実施に当たっては,学問領域相互の連絡調整を図るため,各学問領域の代表者から成る総括班が設けられている。

第1-3-16図 がん研究助成費等の推移

厚生省のがん研究助成金は,臨床的な研究,厚生省の施策に必要な研究に重点を置き,毎年度設定される要望課題に対して公募する総合研究及び計画研究と,国立がんセンター総長の決定による指定研究がある。総合研究及び計画研究については,学識経験者から成る運営委員会に対し,各研究の班長から報告が行われ,研究成果の評価が行われている。

こうした国内の研究の推進とともに,日米がん協力計画及び日米医学協力計画による日米協力も活発に行われている。

このように,がん研究については,基礎的分野を中心とする政府の助成策により積極的に推進されている。この結果,個々の研究では,優れた成果が出ており,我が国の研究水準は,世界的にみてもかなり高いと言われているが,まだ国民の期待にこたえ,完全に治ゆできる科学技術の水準に達していないと言える。この科学技術の水準を高めるのが当面の課題である。


(2) 地震予知

(科学技術の状況)

我が国は,最近においても,伊豆大島近海地震,宮城県沖地震等の地震による被害は後を絶たず,正確な地震予知に対する国民の要請は大きい。

地震を予知するためには,地震の前兆現象を捕らえることが必要であり,このため,測地測量,地殻変動連続観測,地震観測,地磁気観測,地下水観測など様々な観測と研究を行い,これによって得られたデータに基づき,総合的判断をする必要がある。現在のところ,地震についての知識も増大し,各種の前兆現象を統一的に解釈するための理論も発表されているが,理論と実際を照合する機会が少ないこと,地殻内部の地震発生箇所から直接データが取り難いことなどの理由から,地震発生の時期,場所,規模について定量的に予知できる段階に至っていない。

しかし,地震に関する研究については,我が国は,諸外国と比べて活発であり,優れた成果もあげられている。また,地震予知のための各種観測網も近年強化されており,こうした観測研究の進展に伴い,地震予知については,基礎的段階から実用化について見通しができる段階に達していると言われている。

(政府の活動と今後の課題)

我が国における地震予知に関する観測研究は,多くの機関がそれぞれの特色を生かして行っている。すなわち,測地測量については建設省国土地理院,大・中・小地震及び海底地震観測については気象庁,太平洋沿岸海域における各種測量については海上保安庁,深井戸による微小地震などの観測については科学技術庁国立防災科学技術センター,地殻活構造,地下水及び地震波速度の調査研究については通商産業省工業技術院地質調査所がそれぞれ中心となって分担しているほか,微小地震観測,極微小地震観測,地殻変動観測などの観測研究については,国立大学が中心となって推進している。地震予知については,このように多くの機関によって観測研究が行われているため,各機関の密接な連携の下に推進することが極めて重要である。

このため, 第1-3-2表 に示すような体制により総合的推進が図られている。このような体制の下で,地震予知連絡会が定めた観測強化地域(関東南部,東海),特定観測地域(北海道東部など8か所)を中心に観測施設を整備するとともに,観測設備についても精度の向上,自動化,システム化等を図り,この結果,総合的判断に必要な観測データは,飛躍的に増加した。

第1-3-2表 地震予知体制の現状

特に,東海地域については,地震予知推進本部の決定に基づき,密度の高い観測網を整備し,地震計,体積歪計,傾斜計,検潮,地下水等の観測データをテレメータにより気象庁に集め,データの常時監視を行うとともに,各種データに急激な変動があった場合,大地震発生との関連性を緊急に判定するために,専門家で構成される東海地域判定会を地震予知連絡会の中に設けるなどの体制がとられた。この結果,東海地域におけるマグニチュード8クラスの地震については,予知の可能性が出てきた。

このように地震予知については,観測研究の体制が整備され,実用化を目指して着々と進展しており,こうした進展の下に,昭和53年6月,大規模地震対策特別措置法が制定された。また,53年7月,測地学審議会から「第四次地震予知計画」(昭和54年度〜58年度)が建議されたが,この計画においては,

1) 我が国全域にわたり,大地震が発生する恐れのある地域を探り出す長期的予知に有効な観測研究を拡充・強化すること,
2) これらの観測研究によって何らかの異常現象が検出された地域(観測強化地域など)について,直前に前兆現象を捕らえる短期的予知に有効な観測研究を集中的に実施すること,
3) 地震発生機構解明のための基礎研究を更に推進すること,
4) 観測データを収集し,常時監視する体制を充実し,予知情報を出すための判定組織を強化するなど予知体制を整備すること

を四つの柱とし,それぞれについて具体的計画が定められている。

このように,我が国の地震予知は,着実に実用化の道を歩んでおり,その予算の推移を見ると, 第1-3-17図 のとおり,社会的要請を背景に著しく伸びているが,今後,多くの関係機関の力を結集して,更に強力にその推進を図ることが課題となっている。

第1-3-17図 地震予知関連予算の推移


(3) 環境の保全

(科学技術の状況)

環境保全に関する研究開発は,

1) 各種の環境汚染因子の計測技術及び環境の状態を監視するための監視技術の開発,
2) 環境中で起こる様々な現象や環境中における汚染因子の挙動の解明,
3) これら汚染因子が人間や動植物等に及ぼす影響の解明,
4) 汚染因子の環境への放出を最少限にするための公害防止技術の開発

などに大別される。

近年,硫黄酸化物,一酸化炭素等による大気汚染,重金属等による水質汚濁などについては改善されているが,これは,これらの研究開発のうち,4)の公害防止技術開発の進展によるところが大きい。窒素酸化物の排出量の減少など残された問題はあるが,公害防止技術の水準はかなり上がっていると言える。また,1)の汚染因子の計測技術及び環境監視技術についても,計測機器等の需要の拡大とともに,かなり水準は向上している。これに対し,2)の環境現象の解明及び汚染因子の挙動解明や3)の汚染因子の人間や動植物に及ぼす影響の解明は,長期間にわたって多くの成果の積み重ねを必要とするものであって,現在,満足する段階にあると言えず,今後,本格的研究活動が期待されるものである。

(政府の活動と今後の課題)

我が国の環境保全に関する研究活動は,総理府統計局「科学技術研究調査報告」によれば,民間企業がこの分野の研究費の8割強を使用しており,研究開発の中心的担い手となっている。

これに対し,政府は,規制基準の強化等により民間企業の研究開発に対して刺激を与え,促進する役割を果たしてきた。すなわち,昭和40年代前半,大気汚染,水質汚濁等の各種公害の規制基準を強化したことにより,民間企業は,この基準達成を至上目標として,公害防止技術開発を中心に積極的な研究開発を進めた。更に,政府は,規制基準の強化のほか,研究開発の助成,公害設備投資に対する税制上の優遇措置等により民間企業の研究活動の促進を図るとともに,自らも基礎的・共通的な分野,中小企業を対象とする分野等について研究開発を行った。総じて,公害防止技術の開発における政府の役割としては,経済協力開発機構(OECD)の環境政策レビューにおいて「政策選択が技術を制約」したと評されているように,規制基準強化による民間研究活動促進の効果が大きかったと言える。

環境保全に関する研究開発のうち,環境現象の解明及び汚染因子の解明,あるいは汚染因子の人間や動植物に及ぼす影響の解明のための研究開発は,環境基準や各種規制基準を設定する上で基礎となるものであり,また,環境の保全すべてにわたる基盤となるものであるので,政府が中心となって推進すべきものである。これらの分野の研究については,政府は,従来から,光化学スモッグ発生機構の解明,生態系における物質循環及び汚染物質の浄化機構の解明,有機水銀,カドミウム等の重金属の人の健康への影響,各種汚染因子の測定方法の開発等多くの課題に取り組んでおり, 第1-3-18図 に見るとおり,これらの分野の研究費の環境保全関係経費に占める予算比率も次第に高くなっている。また,昭和49年設立された環境庁国立公害研究所の活動も漸次本格化しつつある。したがって,これらの分野の研究は,これからが本格的展開のときであると言えよう。公害防止技術も大型プロジェクトで実施した電気自動車,あるいは現在実施中の高温還元ガス利用による直接製鉄技術等のように,より高度のものを求めて研究開発を行うことが重要である。このように,今後,環境保全に関する研究開発において政府の果たす役割は大きくなっていると言えよう。

第1-3-18図 環境保全に関する試験研究費の技術分野別比率の推移


(4) 磁気浮上式鉄道

(科学技術の状況)

輸送機関に対する高速化の要求は不断のものであり,また,最近では,騒音,振動等の少ない低公害輸送機関が強く求められており,鉄道もこの例外ではない。我が国の場合は,鉄道は都市間大量輸送や大都市通勤通学輸送のため今後とも重要であり,その高速化,低公害化の要求にこたえるものとして研究開発が進められているのが磁気浮上式鉄道である。

磁気浮上式鉄道は,時速300〜350kmが限界と言われる現在の車輪・レール方式に対し,車体を磁気の反発力又は吸引力によりわずかに浮上させ,リニアモーターで推進する方式のもので,超電導電磁誘導反発式と常電導磁気吸引式が開発の中心となっており,我が国のほか,西ドイツ,アメリカ,カナダ,イギリス,ソ連,フランス等多くの国で研究開発が進められている。

磁気浮上式鉄道は,土木,電気,機械など,さまざまの分野の技術を基に構成されたいくつかのシステムにより成る総合システム技術であり,これまで蓄積された鉄道固有の技術の応用ばかりでなく,新しい技術開発が必要であり,特に,超電導電磁誘導反発式では,超電導技術,極低温技術等の最先端の技術開発が不可欠である。また,新技術の導入に伴う安全性の確認のほか,高速輸送機関としての安全管理等についても研究を進める必要がある。我が国においては,超電導電磁誘導反発式について開発している日本国有鉄道(以下「国鉄」と言う。)の例でみると,昭和37年以来,基礎理論や理論解析を進め,更に各種装置,機器の開発を行い,低速域で実験した結果を基に,高速域で個々のシステムやそれを構成している各装置,機器の機能,性能,更にシステム全体としての総合機能,性能を確認するため,宮崎実験線において実験が行われている段階にある。今後,実験線の実験及びこれと並行して行われている研究開発の成果を踏まえ,本格的鉄道システム建設へ進むことになろう。常電導磁気吸引式については,運輸省の近郊通勤通学輸送のための低公害鉄道の開発,日本航空株式会社(特殊会社)の研究開発があり,全体として我が国のこの分野の技術水準は,世界的水準にあると言えよう。

(政府の活動及び今後の課題)

磁気浮上式鉄道については,政府関係では,前述のように運輸省が推進している近郊通勤通学輸送を目的とするものと,国鉄が研究開発を行っている中長距離都市間輸送を目的とするものがある。

運輸省の低公害鉄道の開発は,昭和49年度から(社)日本鉄道車両工業会に委託して進められており,小型モデル車両による基礎的浮上,推進実験を経て,モデルシステムとして採用する車両の重量,支持案内制御方式等の性能,仕様について技術的検討を行っている。

国鉄については,前述したとおり,昭和37年から研究開発を進め,52年7月から宮崎実験線で実験を行っており,53年7月には,長さ13m,重量10トンの実験車(ML-500)を使い,時速337kmの走行に成功し,更に,最終目標である時速500kmを目指して実験を行うこととしている。

このように,政府は,この分野の研究開発を着々進め,国際的にも高い技術水準に達している。また,磁気浮上式鉄道は,エネルギー効率の面,騒音・振動あるいは大気汚染という公害防止の面で優れた点を持つと言われており,今後,実用化のためには,その研究開発の一層の推進を図る必要がある。そして,この分野における研究開発成果の需要者が,国であることを考えると,将来の輸送需要動向を踏まえた効率の良い輸送システムとして何を選択するかという政府の判断がこの分野の研究開発の推進速度に大きな影響を持つことになろう。


(5) 動力補装具

(科学技術の状況)

動力補装具は,身体障害者の身体的,社会的ハンディキャップを取り除き,その社会復帰を可能とするものであり,優れた機能を有する動力補装具に対する需要は極めて大きい。

動力補装具の機能としては,身体障害者が正常な人と同程度の生活機能を発揮できることが最終目標であり,現在,身体障害者の肩,足等の残存筋力,歯声,音声,筋電位等の活用できる機能を生体信号とし,この信号により,義手,義足等を制御するシステムの確立を目指して研究開発が進められているが,最終目標とする技術水準には未だ達していない。

この分野の研究開発は,医学,工学,更に,心理学,社会学など各分野の能力の結集を必要とし,総合的推進が必要であり,政府が中心となって,大学,国・公立試験研究機関,民間企業等の協力により進める必要がある。

(政府の活動及び今後の課題)

この分野における公的研究機関としては,厚生省国立身体障害センター,労働福祉事業団労災義肢センター,都立補装具研究所などがあり,通商産業省工業技術院機械技術研究所においても動力補装具の研究が行われている。

また,大学においてもこの分野の研究が行われている。更に,近年,大学,国・公立試験研究機関,民間企業等の力を結集したプロジェクトが進められている。

電動式全腕義手(肩義手)については,昭和43年度から厚生省の特別研究及び科学技術庁の特別研究促進調整費による総合研究により,義手本体が開発されている。更に,50年度以降,これまでの成果を受け,マイクロコンピュータを利用することにより生体の複雑で微妙な動作に適合した制御システムの開発が科学技術庁の特別研究促進調整費により進められている。

また,新技術開発事業団は,肘と手首の間で腕を失った身体障害者が,日常生活に必要な動作,大工仕事,車の運転等ができる軽量,簡素な電子義手の開発を昭和50年度から委託開発により進めていたが,この程開発に成功している。

更に,通商産業省は,昭和51年度から発足させた医療福祉機器技術開発制度により,口,唇,肩,あご,足,指等の機能が一つでも残っていれば操縦できるモジュール型電動車椅子の開発を技術研究組合に委託して進めている。

このように,近年,政府が中心となって推進する動力補装具の研究開発は,活発化しており,いくつか優れた成果もあがっている。

しかし,身体と一体化して機能する動力補装具に対する身体障害者の要望は大きい。この要望にこたえるためには,関連分野の研究者や技術者の能力を結集して研究開発を進める必要がある。厚生省がリハビリテーションの中枢的機関として昭和50年度から設立準備を進めていた国立リハビリテーションセンターが,54年度から開所の運びとなるが,これにより,この分野の研究開発が促進されることが期待される。

この分野においても,政府は,研究開発を推進する役割とともに,需要者の側に立って研究開発を刺激する役割を担っている。すなわち,動力補装具については,政府は,1)身体障害者の要請にこたえる供給体制を強化するため,研究開発を推進する役割を担っているとともに,2)需要者である身体障害者の大部分に公費で動力補装具を支給していることから,いわば需要者側の立場に立って,品質,価格等への影響力を通し,研究開発に刺激を与える役割も担っている。したがって,政府は,今後,この分野の研究開発の促進のため,こうした役割を十分果たす必要がある。

以上,五つの研究開発課題を例に取り,国民生活の質的向上に係る政府の研究活動をみてきた。

第1-3-3表 国民生活関係課題の実現時期等


これらの研究開発課題は,いずれも国民の期待が大きいものであるが,その成果が実用に供されるには,なお研究開発の推進が必要である。

第1一3-3表 は,科学技術庁計画局が行った「技術予測調査(昭和52年1月)」における技術課題例から,上述の五つの研究開発課題と密接に関連があるものを選び,その実現時期をみたものであるが,各課題例とも1990年代ないし2,000年代となっており,いずれも実現までかなりの期間を必要とすると考えられる。そして,技術課題例ごとの専門家のコメント例をみると,各課題実現のために何が問題点かが分かる。

がんの制圧に関する技術課題では,科学技術面における問題点にコメントが集中しており,また,地震予知に関連する技術課題では,今後30年間に課題が実現することについて,否定的見解,あるいは,科学技術面で努力が必要であるという見解がかなりの数に上っている。また,複合汚染に関する科学的根拠に基づく環境基準の設定については,科学技術面での困難性を指摘するものが多く,社会的要請に対応して,政治的,行政的に決まるとの見通しを述べるものがかなりある。更に,磁気浮上式鉄道等の高速鉄道については,技術的問題点よりも,実用化し,普及する際の問題点をあげているものが多い。一方,動力補装具では,神経系の損傷等について技術的に対応できないものであるとの指摘のほか,技術を受け入れる都市の改造,経済的問題点についてコメントされている。

これらのコメントと,五つの研究開発課題についてのこれまでの検討結果とを重ね合わせると,国民生活の質的向上に係る分野の課題ごとの研究開発推進における政府の役割が明確になる。

第1は,がん研究,地震予知のように,当面,研究開発を推進し,科学技術水準を上げることが重要であるものである。がんの治ゆ,的確なる地震予知に対する国民の要請は大きいが,現在,要請に対応できる科学技術水準に達しておらず,プロジェクトとして推進するより,基礎的研究の積み重ね,その成果を交流し,その水準を高めていくことが必要である。したがって,こうした分野においては,政府は,研究活動の着実な推進を図ることが主たる役割である。これとともに,現在の水準で達成された成果を活用した診断・治療体制,予知体制を整備し,国民生活に貢献していくことも重要である。

また,環境中における汚染因子の挙動,汚染因子が人間や動植物に及ぼす影響等の解明については,これから本格的研究が行われようとする分野であり,社会的要請にこたえられる科学技術水準に達するよう,政府による研究開発の推進が必要である。

第2は,研究開発成果の需要者としての役割が大きいものである。磁気浮上式鉄道の例のように,政府が推進しているもので技術開発力の水準もかなり高いが,その成果の需要者が政府である分野がある。この場合,国のプロジュクトとして推進するためには,技術開発成果の需要者である政府が,将来の輸送需要に対応する交通システムとして何を選択するかが大きな影響力を持つ。この意味で研究活動に及ぼす政府の役割としては,需要者としての役割が重要である。このことは,民間企業が推進している研究開発であって,その成果の需要者が政府であるものについても同様のことが言えよう。

第3は,研究開発推進の役割とともに,研究成果の活用,普及が重要なものである。動力補装具の例のように,社会的需要は大きいが,これを満たす技術開発力が民間企業にない場合はプロジェクトにより,また,プロジェクトを作成できる科学技術水準に達していないものについてはその水準の向上を図ることにより,研究開発を推進するという政府の役割は大きい。更に,この分野では,研究開発の成果が広く活用され,普及するための諸施策の展開が重要であり,こうした施策が有効に行われることにより,技術開発が促進される。したがって,この後者の役割も重要である。

国民生活の質的向上に係る研究開発課題は, 第1-3-15図 に示されるように数多くあるが,市場機構の下では,民間企業が中心となって研究開発を行い難いものが多いため,その推進に当たって政府の果たす役割は大きい。

健康で,安全で,快適な生活を求める国民の要請は,極めて強いものがある。今後,政府は,国民の要請を的確には握し,これに対応する研究開発課題の特質に応じ,技術革新の良き推進者として研究開発の推進を図ることが必要である。


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