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第1部   重要性を増す政府の研究活動
第1章  政府の研究活動の役割
3  中・長期的視点に立った研究開発の推進


(基礎研究等の推進)

前項までは,国民生活分野と産業分野における我々に身近な開発成果例を基に政府の役割を概観してきた。しかしながら,政府の研究開発成果が直ちに企業化,あるいは普及につながることは,自ら事業を経営している政府関係機関や,作物の育種等民間企業が関与しない分野を除くと極めて少なく,鉱工業分野においても,国立試験研究機関で行う開発研究は,一般に実験室規模で行う実験・試作などまでであり,その成果が製品化され,あるいは新技術として確立されるまでには,特許実施などの形で民間企業に成果が移転された後も,更に多くの研究開発を必要とする場合が多い。

つまり,政府の研究費の支出を全体で見ると,その中心となっているのは,直ちに実用に結び付かない中・長期的視野に立った各分野の基礎研究及び応用研究と言える。そして,その成果は主として,各試験研究機関の刊行物,学会誌,専門誌などにおいて公表される研究論文等として広く流通され,各分野において活用されている。

第1-1-9図 は,任意にいくつかの学会を選び,年に1回ないし2回開かれる大会において,研究発表を行った学会員の中に国の研究者がどの程度の割合を占めているかをみたものである。学会における発表は,従来の理論上の新たな知見,あるいは新たな知見を基にした新理論などの発表を行い,これを研究者相互で意見交換を行う場と言える。この場合,研究の最終成果ばかりでなく,研究の中間報告も含まれているが,同図に示すように,研究発表者は,国の研究者の割合が大きく,国の資金により広範な分野にわたる研究成果の蓄積が図られていることがうかがえる。

第1-1-9図 学会の研究発表者に占める国の研究者の割合

新たな技術進歩は,このような基礎研究等の蓄積の中から芽生えてくるため,これらの研究の推進は,非常に重要である。しかし,一般に,研究の性格が基礎的であればある程,開発に直ちに結び付く確実性は小さいこと,その成果は国内はもとより,国外にも雑誌等を通じ極めて短期間に移転することなどの理由から,営利を目的とする民間企業の活動になじまない部分が多い。このため,現在まではもちろん,今後においても,この分野における国の役割は,極めて大きいと言える。

(新領域の開拓)

各分野における基礎的な研究とともに,長期的な将来の具体的な応用を目的として進められている研究開発がある。

これには,エネルギー資源の乏しい我が国において特に重要とされる原子力開発,人間の新たな活動領域を開く宇宙開発,海洋開発,今後の技術革新の鍵を握ると言われ,生物の営む生命現象全般の総合的解明とその応用を図るライフサイエンスなどがある。このうち,海洋開発,ライフサイエンスは,我が国においては,1970年代に新たな総合的科学技術分野として積極的な推進が始ったものであるが,原子力開発は1950年代末から,宇宙開発は1960年代半ばから本格的な研究開発が始まっており,現在までに多くの成果があげられ,実用化段階に足を踏み入れ,あるいはその見通しを得ているものもある。

我が国の原子力開発利用についてみると,戦後,先進諸国に著しい遅れをとっていたが,昭和29年度以来,原子力基本法等の下で平和利用の目的に限って急ピッチで進められてきた。この結果,発電用原子炉については,技術導入を基盤としながらも,その安全性,信頼性の一層の向上が図られ,我が国に定着化しつつある。また,我が国独自の技術により新型転換炉,高速増殖炉の開発が進められている。更に,核燃料サイクルの確立を図るため,ウラン濃縮技術,再処理技術,放射性廃棄物の処理,処分技術等の研究開発が進められているほか,放射線が人体に及ぼす障害防止,環境放射線等安全性に関する研究,21世紀における夢のエネルギーと言われる核融合に関する研究開発等各分野にわたって確実な進展がみられる。

このうち,現在,発電用原子炉の主流となっている軽水炉は,燃料として濃縮ウランを使用しているが,その供給は,現在のところ,アメリカに依存している。ここでは,濃縮ウランの今後の安定供給を確保するために極めて重要なウラン濃縮技術の開発について述べてみる。

軽水炉の燃料となる濃縮ウランは,ウラン鉱石を製錬した天然ウラン中に0.7%含まれているウラン235を濃縮し,その割合を3%程度に高めたものである。

濃縮技術としては,ガス拡散法,遠心分離法などがあり,我が国においては,当初,ガス拡散法及び遠心分離法を研究対象として並行的に濃縮技術の自主開発が進められたが,原子力委員会における研究評価で,アメリカ,ソ連などで実用化されているガス拡散法は,大規模の設備,大量の電力を要するため,我が国にとっては経済性等において問題があるのに対し,遠心分離法は,技術的可能性,経済性から我が国に適した濃縮技術であると評価された。

遠心分離法によるウラン濃縮過程は, 第1-1-10図 に示すように,天然ウランを気体で取り扱えるよう六フッ化ウランに転換させ,これをガス化させて遠心分離機の回転する円筒の中に入れると,重いウラン238を含んだ六フッ化ウランは遠心力によって円筒側に,また,軽いウラン235を含んだものは円筒の中心部へと分離されることを応用したものである。しかし,効率的に分離するためには,円筒を超高速で回転させなければならず,また,これに耐え得る円筒を実現するためには,高度の材質や円形の正確さ等非常に困難な条件を満足させなければならない。更に,一台の遠心分離機で濃縮できる量も,濃縮される割合もほんのわずかなものであるため,数多くの遠心分離機を組み合わせ,繰り返し濃縮する装置(カスケード)を作る必要がある。このカスケードから出る低濃縮ウランガスを捕集することにより,濃縮ウランが得られる。実用規模では,信頼性の高い数万ないし数十万台の遠心分離機が必要となる。

第1-1-10図 遠心分離法によるウラン濃縮過程

このように,高度の技術力を必要とする遠心分離法によるウラン濃縮技術の研究開発は,我が国においては,昭和33年に理化学研究所が海外文献等を基にした遠心分離機1号機の試作研究から始まり,同研究所において基礎的研究が進められた。この研究は,38年に,動力炉・核燃料開発事業団(当時は原子燃料公社)に受け継がれ,回転性能,分離性能について試験研究が行われた。こうした研究の進展により,原子力委員会は,44年にウラン濃縮技術開発を原子力特定総合研究に指定した。そして,動力炉・核燃料開発事業団内部に企業,学界から学験経験者の参加を求めて専門委員会が組織され,また,機器の製作には複数の企業の競争原理が導入された。このような多数の研究能力の結集の下に,濃縮試験,長期耐久試験,高性能機の開発,システム試験,六フッ化ウランの製造及び分離精製技術の開発など本格的な研究開発が3年間にわたり行われた。

この結果,遠心分離機は格段の進歩を示し,分離性能,消費電力及び機体重量等飛躍的に改善され,遠心分離法によるウラン濃縮の実用化の目標が立ち,昭和47年からはパイロットプラントの運転までの研究開発をナショナルプロジェクトとして取り上げることが決った。そして,遠心分離機の標準化,量産化技術の開発,高性能機の開発,遠心分離機180台(48年)あるいは250台(49年)より成るカスケード試験の実施,地震や事故に対する安全性評価,濃縮プラントの経済性の解析などの研究開発が進められた。

原子力委員会は,昭和51年,これらの研究開発成果について,1)遠心分離機の分離性能はヨーロッパの水準に匹敵するものであり,パイロットプラント用遠心機として十分使用し得る,2)カスケード試験において,ウラン濃縮プラントシステム確立のための諸データが得られている,3)寿命試験については,今後,更に運転経験を積む必要があるが,研究開発の進展等からみると所期の長寿命が期待されると評価した。

このような成果の評価とパイロットプラント計画,国際競争力の見通しが検討された上で,昭和52年8月には,岡山県人形峠においてパイロットプラントの建設が始まり,ウラン濃縮技術の実用化へ向けて一層強力に研究開発が進められている。

一方,宇宙空間を利用することにより,科学研究,通信,放送,気象観測,海洋観測を初めとする幅広い分野の進歩を図り,我々の生活の向上や産業経済の発展に貢献している宇宙開発についても,我が国は,欧米先進国に遅れて出発し,まず,大学における研究から始まり,順次実利用分野の研究開発を推進してきた。そして,昭和43年,宇宙開発委員会が設置され,国として統一ある方針の下に,総合的かつ計画的に遂行する体制が確立されてからは,急速に発展し,国産ロケット,国産衛星等による宇宙天文学,上層大気物理等の科学研究や電離層及び気象の観測,通信及び放送の実験等の分野で多くの成果をあげつつある。

宇宙開発は,人工衛星及びその打上げ用ロケットの開発,打上げや追跡管制などのための地上施設,設備の整備というハードウェアの面と,ロケットの打上げや追跡管制,人工衛星の姿勢制御などを行うソフトウェアの面がシステムとして円滑に働かないと所期の目的が達成されないという極めて高度な技術の集合を必要とする。ここでは,我が国の宇宙開発活動の技術的成果のうち,ソフトウェアの技術である静止衛星打上げ技術の確立について紹介してみよう。

静止衛星打上げ技術とは,赤道上空約3万6千Kmの宇宙空間に人工衛星を打ち上げ,地球を回る衛星の周期と地球の自転周期とを同一にするための技術である。この場合,地球上から見れば,あたかも人工衛星が宇宙空間の一点に静止しているように見えることになる。

人工衛星を静止させるためには, 第1-1-11図 のとおり,まず人工衛星を長楕円の移行軌道(トランスファー軌道)に打ち上げた後,トランスファー軌道上の最遠点(アポジ点)において衛星に搭載したアポジモーダを点火して円軌道(ドリフト軌道)に移し,微調整をしながら所定の位置で地球の自転と合わせて周回するように制御していく。このためには,単に衛星の状態をは握するだけでなく,刻々と変わる地球や太陽,月の位置関係も考慮に入れ,短時間に多量のデータを処理し,的確に衛星を制御していく追跡管制プログラムの作成と,その運用の十分な習熟が絶対の条件となる。

我が国の場合は,国内の追跡管制局のみを用いているため,衛星の制御可能時間が少なく,衛星から送られてくる多量のデータを短時間で処理するち密な計算プログラムの開発が不可欠であった。このため,昭和47年度から5年間にわたり,人工衛星の機器の能力に合わせた計画プログラムの開発を行い,52年2月23日に,種子島宇宙センターからN-Iロケット3号機により打ち上げた技術試験衛星II型「きく2号」において最初の実験を行った。

「きく2号」は,打上げ後約25分でトランスファー軌道に投入され,3回の姿勢変更が行われた後,2月26日,アポジモータを点火してトランスファー軌道からドリフト軌道に投入された。その後,3月5日,最終の軌道制御を行い,東経130°の静止位置に達し,我が国初の静止衛星となった。

第1-1-11図静止衛星までの過程

静止衛星打上げ技術は,その後も静止気象衛星「ひまわり」,実験用中容量静止通信衛星「さくら」,実験用中型放送衛星「ゆり」の打上げに適用され,更に,実験用静止通信衛星(ECS)の打上げや海洋観測衛星1号(M OS-1)の太陽同期軌道への打上げに応用されることとなっている。

ウラン濃縮技術の開発主体であり,ほかに高速増殖炉,新型転換炉等の研究開発を行っている動力炉・核燃料開発事業団や実利用分野の宇宙開発を行っている宇宙開発事業団は,これらの研究開発などを行うため設立された特殊法人で,その運営費のほとんどを政府資金によっている。このように,民間,大学等の研究人材をも弾力的に結集し,効率的に研究開発を推進させる目的で設立されている特殊法人,認可法人としては,このほか,日本原子力研究所,理化学研究所,日本原子力船開発事業団,海洋科学技術センターなどがあり,これらの機関が行っている研究開発も政府の重要な役割の一つである。

以上述べたように,政府は,保健・医療,交通,通信など国民生活の質的向上や社会経済活動の基盤となる分野の研究開発,市場機構の下で行われる民間企業の研究活動を先導し,あるいは補完する研究開発,また,食糧の安定供給を図る農林水産分野の研究開発,あらゆる分野の研究開発発展の基本となる基礎的な研究,更に,原子力開発,宇宙開発,海洋開発のような新しい領域を切り開く研究開発を推進している。もちろん,例示した分野は,政府の研究活動分野の全てではなく,このほか,環境保全,防災,安全等の分野についても,政府は,積極的に研究活動を推進している。

このような多分野にわたって,政府は,国立試験研究機関,政府関係機関の研究開発を推進するとともに,宇宙開発事業団,日本原子力研究所などの特殊法人研究機関において,政府からの出資金及び補助金により,また,民間企業に対しても委託又は助成によって,政策目的に沿った研究開発を推進している。更に,国立大学などにおいても,政府資金により基礎科学の研究を推進している。

特に,政府の研究活動の利点としては,基礎的分野の能力の高い政府機関と開発,企業化能力の高い民間等のいくつかの組織や分野の能力を結集して困難な課題を解決して行くことが可能であることが挙げられる。


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