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第1部   重要性を増す政府の研究活動
第1章  政府の研究活動の役割
1  国民生活の質的向上


戦後,一挙に花が開いた技術革新を原動力とする社会経済の発展は,国民総生産において我が国を自由世界第2位に押し上げ,また,国民生活をも一変させている。まず,生活の基盤の程度を示す1人当たり国民所得は,昭和45年度を基準として実質化してみると,40年度34万円,45年度57万9千円,51年度72万1千円と実質年平均7.1%の伸びで増大している。このような国民所得の向上と科学技術の進歩により,国民生活は,家庭電化製品などの便利な生活用品,多種多様の加工食品や衣料用品が安価に手に入り,物的な充足度が高められていった。一方,健康の維持・増進,生活環境の整備等の国民生活の質的な面については,向上している面と遅れている面が共存している状況にあり,今後,解決すべき課題も多いが,ここでは,国民生活の質的向上に果たす政府の研究活動の役割をみるため,保健・医療,交通,通信分野を取り上げてみる。

(保健・医療)

我が国の保健・医療水準は,これを示す一つの指標である平均寿命でみると,30年前の昭和22年は,戦前の人生わずか50年と言われたとおり,男50年,女54年にすぎなかったものが,52年では男73年,女78年と,世界の最長寿国の一つに加わるという著しい向上を示している。保健・医療水準の向上には,生活水準の向上,国民全般の衛生思想の普及,更に,上下水道の整備,防疫体制の整備等の衛生行政の着実な進展の寄与も大きいが,特に科学技術の貢献を見すごすことはできない。すなわち,戦後の基礎科学の進歩を背景にした各種化学療法剤や抗生物質の開発,各種ワクチンの開発,診断・治療技術の進歩等は,まさに画期的とも言えるほどめざましいものであった。

このような,保健・医療水準の向上に貢献した科学技術の進歩に,政府はどのような役割を担っていたかを,伝染病を予防するワクチンの開発を例に取って述べてみる。

第1-1-1図 ワクチンの開発,普及による伝染病の減少

第1-1-1図 は,法により届出が義務付けられている伝染病のうち,症状の重い,あるいは致命率の高い急性伝染病である急性灰白髄炎(ポリオ)と日本脳炎の患者発生数とこれらの伝染病に対するワクチンの供給量の推移を示したものである。同図に見るとおり,いずれも,かっては主に小児を中心として毎年1,000人以上の患者の発生をみていたが,ワクチンの開発,普及により患者の発生は激減し,小児まひをおこすポリオの患者発生数は,42年以降30人以下となり,51年にはゼロとなった。また,発病すると致命率が高く,死を免れても精神障害等の重い後遺症をみる日本脳炎の患者発生数は,49年以降30人以下となり,51年は7人にすぎなかった。

ポリオと日本脳炎は,ウイルスによる伝染病であるが,現在,ウイルスに直接効果のある治療薬が無いため,これらウイルス性伝染病の有力な予防対策は,人の持つ抵抗力を活用するワクチンの開発,普及にかかっている。しかしながら,ワクチンの開発に当たっては,本来,毒力のある病原体を人に害のないように殺し,あるいは毒力のないように変異(弱毒化)させ,かつ,人の抵抗力(免疫)を発現させるという条件を満たす必要があり,また,当然のことながらワクチンによる副作用,副反応の防止という安全性に対する深い配慮が要求される。このような理由から,ワクチンの実用化に至るまでには,多大の経費と長期間にわたる組織的な研究開発努力が必要となる。このため,国が積極的に研究開発を推進してきた。具体的には,国立試験研究機関,国立大学を初め,民間非営利研究機関,公・私立大学に対し政府資金を支出し,広範囲にわたる基礎科学研究の充実を図り,開発研究においては,これら基礎科学研究の成果と社会からの要請を結びつけるため,行政機関,国立試験研究機関が主体となり,各機関の研究者の連携を促し,政府資金によりワクチンの開発・改良を推進してきた。

国の研究開発成果として近年実用化された,新しい,あるいは改良されたワクチンとしては,日本脳炎ワクチン,ポリオワクチンのほかに,麻しん(はしか)ワクチン,インフルエンザワクチン,風しんワクチン,痘そうワクチンが挙げられ,国民の健康の維持に寄与している。また,水痘ワクチン,肝炎ワクチン,おたふくかぜワクチンなどについては,現在,開発が進められている。

保健・医療は,国民生活に直接かかわっている分野であるため,伝染病の予防に関する研究開発以外でも,成人病,精神衛生,難病など,現在,問題となっている具体的な課題の克服,,種々の臨床技術の開発,新しい医療福祉技術の開発,食品の安全性の確保に関する研究など,政府は,研究活動の組織化などの手段を使いながら,国立試験研究機関,国立病院などにおいて研究開発を進めている。このほか,国立大学などにおいても,政府資金により,この分野の重要課題の解決に役立つ基礎研究を推進している。

(交通)

我が国の輸送部門は,経済の高度成長時に著しく増強され,経済活動と国民生活活動の活発化に大きく寄与している。これを輸送量の変化でみると,昭和35年に対し,51年は,国内貨物輸送は2.7倍(単位トンキロ),国内旅客輸送は同じく2.9倍(同人キロ)に拡大している。もちろん,輸送活動の拡大は,輸送媒体や輸送システムの発達とこれを支えた要請がかみ合わさったものであり,たとえば,国民生活をみても,技術進歩を基盤とする経済発展が1人当たり国民所得の向上のみならず,労働生産性の向上等による労働時間の短縮や週休の増加をもたらし,相対的に余暇時間を増大させたことなどが輸送活動の活発化を促進させたと言える。このような輸送力の増強に際し,科学技術は,自動車,列車,船舶等の改良,輸送関連施設の近代化,輸送システムの整備等により,輸送の高速化,大量化,安全化,公害防止,経済性向上などの面で著しい貢献をした。

このうち,公共の福祉の増進を目的として国が大部分の事業を経営している鉄道や,道路,港湾施設,空港施設等の公共事業によって整備された輸送関連施設,あるいは新幹線の列車集中制御システム,航法管制システム等の輸送システムの面では,国が中心となって研究開発を進めてきた。

第1-1-2図 は,航法管制システムの一つであるドプラ効果を利用した超短波全方向無線標識施設(D-VOR)による航空機の航空路誘導の模式図である。

空の旅は,国民に身近なものとなっているが,これに伴い,空の交通についても高速化,大型化,過密化が進んでおり,航空機を目的地まで安全かつ経済的に飛行させる技術も,かつての天体観測や陸地の目視などによる天文航法や地文航法から,電波を利用して昼夜の別なく,天候に左右されず正確

第1-1-2図 超短波全方向無線標識施設による航空機の誘導(模式図)

に飛行できる電子航法へと進歩してきた。このうち,一定の航空路を飛ぶ航空機に対する方向誘導システムは,同図に示すように,空港,航空路に,超短波を発信し,飛行方向を誘導する無線標識施設をいくつか設置し,航空機は発信された超短波を機上設備で受信し,計器の示す方向誘導範囲内の航空路を通って飛行すると,正確に空港に到着できるようになっている。この施設は,現在,距離測定用施設(DME)と組み合わされ,航空機が飛行位置を直ちに決定できるシステムとして使用されている。最近の国立試験研究機関の成果として,この施設内の装置の著しい改良が挙げられる。すなわち,航空路等に設置されている超短波全方向無線標識施設では,反射波等の影響で生ずるコース誤差を減少させるため,誘導電波を発信するアンテナを回転させ,その際に生じるドプラ効果を利用した発信機をほとんどが使用している。アンテナの回転は,アンテナそのものを回転させるのではなく,円周上にアンテナを固定し,分配器を使って高周波電力を切換給電することにより回転アンテナを得ている。しかし,従来からの分配器は,機械式であったため,回転軸の磨耗や切換特性の経時的な変化は避け難く,約1万時間ごとに分解検査を必要としていた。このような装置の信頼性と性能に対する課題は,国立試験研究機関(運輸省電子航法研究所)において,昭和48年度から4年間にわたる分配器の電子省化を目標とする研究開発により解決され,平均故障時間間隔は,従来の機械式に比べると電子式分配器を使用した装置では約2.4倍に延長された。そして,現在,全国58か所の超短波全方向無線標識施設のうち,34か所に電子式分配器を使用した装置が設置されており,空の安全の確保に大きな貢献を果たしている。

鉄道輸送については,政府関係機関である日本国有鉄道(国鉄)が営業の一環として高速性,快適性,安全性を求めて研究開発を行っており,その代

第1-1-3図 振子電車による時間の短縮


注)昭和48年7月以前に運行していた特急気動車の所要時間,従来の特急電車(181系)による理論値及び48年7月以後に運行している振子電車(特急)の所要資料:日本国有鉄道資料

表的な成果例としては,新幹線の建設が世界的に有名である。一方,在来線についても,電化,軌道改良,新性能車両の開発などにより高速性,快適性,安全性が著しく向上している。このうち,我が国のように山がちで,曲線区間の多い鉄道に適した高速車両の開発成果としては,振子電車が挙げられる。

振子電車は,曲線区間の速度向上と,曲線走行時の超過遠心力による乗心地の悪さを解消することを目標として,国鉄において,昭和43年から6年間にわたる研究開発が行われた。曲線区間における高速性と安全性の向上のためには,車両の軽量化と低重心化を図ることにより,また,曲線走行時に快適な乗心地を得るためには,曲線に入ると遠心力を利用して自然に車体を内側に傾斜させる自然振子機構を組み入れることにより問題を解決した。この新性能の車両は,一般に,振子電車と言われており,48年7月に中央本線,篠ノ井線の名古屋―長野間の特急「しなの」に初めて使用され, 第1-1-3図 に示すように,従来の特急気動車の運行時間を35分短縮している。

(通信)

通信の分野においても,科学技術の進歩が国民生活に与えた影響は大きく,現在では,テレビ,ラジオ,電話などによる国内各地の情報流通のみならず,海外における国際会議やスポーツ試合が衛星中継により即時に家庭のテレビに写し出され,最新の情報や新鮮な興奮を我々に与えるとともに,我が国の国際化を促進させる一助ともなっている。また,列車や航空機の座席予約,銀行等の自動振込,自動現金化などが簡単に行えるのは,電子計算機と窓口などにある端末機器を通信回線で結ぶデータ通信システムの開発,普及によるものである。

このような通信分野における研究開発についてみると,輸送分野と同じように,システムに関する研究開発や,これに関係した機器のうち,民間独自による技術開発が期待しにくい技術先端的な機器に関する研究開発などについては,政府機関,政府関係機関である日本電信電話公社(電電公社),あるいは政府資金により研究開発を行っている宇宙開発事業団(特殊法人)な 第1-1-4図 ダイヤル市外電話回線数,ダイヤル化率及び需要充足率の向上どが積極的に行っている。

第1-1-4図は,ダイヤル市外電話回線の増加と市外通話のダイヤル化率

及び電話の設置需要に対する充足率の向上をみたものである。電話は,迅速に用件を伝える手段として国民生活に欠かせないものとなっているが,これには,自動電話交換機の開発,一本の回線で沢山の通話を同時に送れる多重通信方式の開発,機器の固体電子化,プラスチックケーブルの開発などの一連の研究開発の成果が大いに寄与している。

これらの成果のうち,電話の全国自動即時化(ダイヤル化)に必要な近距離回線の経済的な増設に大きく貢献したものとして,多重通信方式の一つであるパルス符号変調方式の開発(PCM-24方式)が挙げられる。このPCM-24方式は,電電公社が開発したもので,その基礎研究は昭和25年から,全国自動即時化の強い要請にこたえた本格的な研究開発は34年から始まり,商用試験に至ったのは40年という長期間の研究開発努力の成果であった。

PCM-24方式は,原理的には,音声などの連続した波の変化を一定の時間間隔ごとに瞬間的に読み取り,符号化してパルス列として送信し,受信側では,パルス列から元の音声波形を再現していくという方式(ディジタル方式)である。この場合,一定の時間間隔内に複数の音声波形を時間をずらして次々と読み取り,符号化することができるので,一本の回線で複数の通話を多重化して同時に伝送することが可能となる。この方式の長所としては,音声波形そのものを多重伝送する周波数分割多重化方式(アナログ方式)に比べると,雑音やひずみの影響を受けにくく,高品質の音声が伝送されるこ3と,送受信装置が安価にできること,既設の電話ケーブルを使用して回線増設ができることなどが挙げられ,現在もこの方式の改良,普及が進んでいる。

このような研究開発成果と,事業主体でもある電電公社の番号計画,課金制度などの制度面の整備とが結び付き, 第1-1-4図 に示すように,電話設置の需要に速やかにこたえられるようになり,また,全国的にダイヤル市外.通話が可能となり,国民生活を便利なものにしている。


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