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第1部   科学技術発展の回顧と新たな課題
第2章  社会開発分野における技術革新への期待
第1節  社会開発分野における科学技術の役割
2  課題例


以上の調査は,社会開発分野における科学技術の寄与について,おおまかに分野ごとの特徴をとらえることを目的としたものであり,このような結果から直ちに社会開発分野では科学技術の役割は小さく,科学技術面での努力が意味がないことにはならない。分野を細分化すると,科学技術の寄与がほとんどない課題が出る反面,科学技術の寄与が重要な課題を見いだすことができる。そこで,次のステップとして,問題解決への期待が大きく,かつ,科学技術の寄与が比較的大きい課題を幾つか摘出し,問題解決における科学技術の役割の位置付け,研究開発の現状などについて述べることとする。

なお,具体例は,科学技術の役割の大きさが問題の性質によって大きく異なることを説明するためのものであるので,この点に着目して次の四つの範ちゅうに応じ一例ずつ摘出した。

1) 全体として科学技術の役割が比較的大きいもの:地震予知
2) 限定された局面では科学技術の役割が比較的大きいもの:食品添加物
3) 限定された局面では科学技術の役割は比較的大きいが,この場合でも科学技術以外の政策に大きく左右されるもの:身体障害者のリハビリテーション
4) 全体として科学技術の役割は大きいものの,科学技術以外の政策に決定的に左右されるもの:新交通システム

したがって,数多い社会開発分野の科学技術課題(具体的には,科学技術会議「国民生活に密着した研究開発目標に関する意見」(昭和51年),産業技術審議会研究開発部会報告「社会開発関連技術の進め方について」(昭和50年)参照)の中から重要度を評価して選択したものではない。

第1-2-1図 社会開発分野での問題解決のための科学技術

第1-2-2図 社会開発分野の科学技術が立ち遅れた要因


(1) 地震予知

(地震予知と科学技術)

我が国は,世界でも有数の地震国であり,過去においても悲惨な災害をもたらしている地震の数は極めて多い。特に,都市化が急速に進み,構造物が大型化している現状の下で,地震災害を軽減することは,行政上重要な課題となっており,震災対策の推進と地震予知の実用化に対する社会的要請は,ますます強くなっている。地震の発生,すなわち地殻の破壊という突発的な自然現象を予測することは,作業仮説的な要素も多く,現在は未だ理論の確立を含めた基礎研究の段階にある。また,地震予報を実際に行うことになれば,予報に関連して予想される社会的問題を含めて多くの問題を解決しておかなければならない。

以下においては,地震の発生という自然現象を予測する意味での地震の予知について述べることとする。

(予知研究計画の現状)

我が国の地震予知計画は,文部省の測地学審議会において,関係各省庁機関における地震予知に関する研究,観測の業務について一括して建議としてとりまとめられ,これに沿って各省庁において各種の施策が講じられている。

第1次計画は,昭和40年度から実施され,ほぼ10年を目途に年次的に実現すべきものとされていたが,43年に起きた十勝沖地震などによる災害にかんがみ,44年度からは,地震予知の推進体制と予知に至るまでの戦略を新たに盛り込んだ第2次計画(44〜48年度)に引き継がれた。昭和49年度からは,第3次計画(49〜53年度)に入っており,関係各省庁においては,この計画の推進のため,施設・設備の充実,実施体制の強化に鋭意努めているところである。

以下において,地震予知研究関係予算,観測所などの設置状況,計画推進体制及び地震予知研究の現状について概観する。

(1)地震予知研究関係予算

地震予知研究関係予算は,昭和40年度以来,着実に増加してきている。特に第3次計画に入った昭和49年度は,15億5,267万円で,対前年度増加率は著しく高くなっている。昭和50年度予算額は,20億764万円(対前年度増加率29.3%)である (第1-2-3図) 。 

第1-2-3図 地震予知研究関係予算の推移

第1-2-3表 主な観測所などの設置状況(昭和51年7月現在)

(2)観測所などの設置状況

地殻変動観測所などの地震予知関係施設・設備は,地震予知計画に沿い着実に整備されてきている。主な観測所などの設置状況は,第1-2-3表のとおりである。

(3)計画推進体制

地震予知の研究・観測の主な分担関係をみると,測地・測量については建設省国土地理院,大・中・小地震の観測については気象庁,太平洋沿岸海域における各種測量については海上保安庁,深井戸による微小地震などの観測は科学技術庁国立防災科学技術センター,地殻活構造及び人工地震による地震波速度の調査研究については通商産業省工業技術院地質調査所がそれぞれ中心となって分担しているほか,微小地震観測,極微小地震観測,地殻変動連続観測,岩石破壊実験などの基礎研究については国立大学が中心となって分担している。

これら各機関における情報交換を行うとともにそれらの情報の総合的判断を行うため,学識経験者及び関係行政機関の職員30人以内で組織される地震予知連絡会が昭和44年に建設省国土地理院に設けられている。

また,地震予知に関する関係省庁相互の密接な連携と協力により,地震予知実用化のための研究を総合的・計画的かつ効率的に推進するため,地震予知研究推進連絡会議が昭和49年に総理府に設けられ活動している。

(4) 地震予知の研究の現状

地震予知計画の発足以来,各種観測施設が着々と整備されるとともに,観測設備についても精度の向上,自動化,システム化が図られつつあることによって急速に観測資料が豊富になり,また,この間に,地殻と上部マントルの知識は飛躍的に増大し,地震の本質についての理解も一層進んだ。現段階においては,地震予知の実現のためには観測網の整備と解決すべき多くの課題が残されているが,地震予知の実用化について見通しをたてることができるようになりつつある。

以下において,地震予知の方策及び研究の現状について概観する。

(ア)地震予知の方策

地震予知実用化のためには,各種の観測をなるべく高密度で行い,かつ,その結果をリアルタイムで処理することが必要であるが,日本のすべての地域についてこれを実現することは,極めて困難である。

地震予知計画では,3段階方式が考えられている。すなわち,過去において大地震の記録のある地域,活断層地域,地震多発地域,東京など社会的・経済的に重要な地域を特定観測地域とし,この地域については,特に平常から研究観測を強化することとしている。このうち,各種の観測により異常が発見された地域は,観測強化地域として観測が強化され,更に,異常現象が地震に関連するものと認められると,観測集中地域として各種の観測を集中して行うこととされている。現在,観測強化地域に指定されているのは,南関東地域と東海地域の2か所である。

(イ)研究の現状

地震を予知するためには,地震の前兆現象をとらえることが必要である。

このためには,測地測量,地震観測,地殻変動連続観測,地震波速度の観測,地磁気測量,地電流観測,重力測定,地下水の観測,地殻活構造の調査など様々な角度からの観測と研究の方法が考えられている。

我が国では,既に大正13年に,その前年に起こった関東大震災の経験から,地震の学理と震災予防に関する研究を行う国家的機関として東京帝国大学に地震研究所が附置され,世界に先き駆けて地震の研究が行われるようになり,世界的にも極めて高い評価を受けてきた。最近,アメリカ,ソ連,中国では,地震予知の成功例も伝えられている。しかし,我が国では,地震発生の多様性もあり,地震の前兆と思われる現象が種々観測されてきたものの,観測が一種類のものについてであったり,散発的であったりしたため,十分な成果をあげるに至らなかった。

地震の前兆の確認のためには,数種類の観測を基とした総合的判断が必要であり,近年,プレ・スリップ理論,ダイラタンシイ理論など,各種の前兆現象を統一的に解釈しようとする努力が盛んである。

研究の現状は,各種のデータを収集し,分析・研究して理論を構築する段階にあるといえるが,今後の地震予知研究を更に有効かつ充実したものとするため,昭和50年7月25日,測地学審議会は,「第3次地震予知計画の一部見直しについて」の建議において,基礎研究の重要性を強調し,海底地震観測,地震発生過程の理論及び観測,地震波速度の観測,地下水に関する地球化学的研究などの充実の必要性を指摘するとともに,首都圏など特定の地域の観測などを強化すべきことを指摘している。

(留意すべき点)

地震予知の実用化を推進するためには,前述の各研究・観測項目について,その体制の強化,研究費の充実に努めることはもちろんであるが,今後,特に下記の点に留意する必要がある。

(1)着実な取り組みをすること。

地震予知は,これまでに若干触れてきたように,

1) 地震は直接観測の不可能な地下に発生するものであり,地震の発生する場所における直接的なデータを得ることが極めて困難である。
2) ある地域内において予知を必要とするような規模の地震の起きる回数が少ないため,理論と実際を照合する機会が少ない。
3) 地震という破壊現象は,多くの不確定な要素に左右されるため,決定論的に予知することは難しい。
4) 地震予知研究は,総合的な研究領域であり,関係する各研究領域間の密接な連携が不可欠のものである。

などの理由から,難しいものである。

そこで,地震が発生したときは,将来におけるより確実な地震予知のために,その機会を逃さず,十分なデータがとれるように常に準備を怠らないことが重要である。地震予知というテーマは,一般の関心を呼びやすく,研究の充実が図られやすい反面,早急に成果が出ないと,急速に関心が薄れ,研究がスローダウンするおそれがあり,この点に留意して着実な取り組みをすることが不可欠である。

(2)遅れている研究分野を強化すること。

地下水の水位異常の測定とその地球化学的研究,地殻応力の測定,地磁気・地電流の測定などは,地震予知の手法としてその有効性が示唆されているにもかかわらず研究が遅れており,この分野については,研究者の養成を含めて早急に研究体制を整備強化する必要がある。

(3)各機関の有機的連携を一層強化すること。

現在,地震予知研究には,各国立大学及び各機関がそれぞれの分野に応じて携わっている。しかし,地震の予知は,各種の豊富なデータに基づく総合的判断によってはじめて確率の高いものとなるものであり,そのため,データのオンライン・リアルタイム処理技術の研究開発が重要であるとともに,これら各機関の有機的連携を一層強化する必要がある。

(4) 社会科学的検討を行うこと。

地震の発生がある程度の確率で予知できるようになったとしても,どのようにこれに適切に対応するかの問題がある。場合によっては,予知が社会的混乱を発生させるおそれもあり,地震予知の社会経済に与えるインパクトについての社会科学的な実証的研究が必要である。当面,地震発生のメカニズム及び地震予知の手法とその限界について国民の正しい理解を得ることが,地震に関する情報を冷静に受けとめさせるため非常に有用であると考えられる。


(2) 食品添加物

(食品添加物と科学技術)

食品添加物とは,食品の製造,加工又は保存に用いる着色料,着香料,調味料,保存料,強化剤などのことであり 注) ,具体的には,着色料として用いられるタール色素,着香料として用いられるケイ皮アルデヒド,バニリン,調味料として用いられるグルタミン酸ナトリウム,5-イノシン酸ナトリウム,保存料として用いられるプロピオン酸,ソルビン酸,強化剤として用いられるL-トリプトファン,ビタミン類のようなものである。

食品添加物には,カゼイン,D-キシローズ,大豆リン脂質,ビタミンA油,グアヤク脂などのように天然のものと,サッカリンナトリウム,過酸化水素,炭酸水素ナトリウム(重曹),バニリンなどのように化学的に合成したものとに大別できる。天然のものは,経験的に安全性が判明したものが使用されるが,化学的合成品は,人体への影響が解らないものが多く,無条件に使用されることは非常に危険であるので,厚生大臣が人の健康を損なうおそれがないものとして指定した食品添加物以外の使用が禁止されており,これらについて成分規格,使用基準などが定められている。また,天然品についても保健衛生上必要なものには,成分規格,使用基準などが定められている。

第1-2-4表 目的別食品添加物一覧


注)食品添加物の定義は,食品衛生法において「食品製造の過程において,又は食品の加工若しくは保存の目的で食品に添加,混和,浸潤その他の方法により使用するもの」と定められている。

食品添加物の用途は,第1-2-4表に示すとおり多面的であり,1)貯蔵,保存,品質維持を目指すもの(保存料,殺菌剤,酸化防止剤),2)品質強化を目指すもの(強化剤,乳化剤,糊料,被膜剤),3)嗜好性,食味効果を目指すもの(調味料,着色料,着香料),4)その他(チューインガム基礎剤,小麦粉改良剤)に分けることができる。

また,食品添加物は,次のような効用を持っている。

1) 食糧資源の有効利用(低価値食糧資源の高価値・高度利用化,食品の保存・貯蔵期間の長期化など)
2) 栄養強化(特殊栄養食品など)
3) 保健衛生面(食中毒事故の防止)

4) その他(即席食品による食生活の簡便化,食品製造工程の能率化など)食品添加物の安全規制問題は,第1-2-5表に示すとおり二つの側面に分解できる。一つは,食品添加物の指定とその削除並びに規格基準(使用・保存・製造基準及び成分規格)の設定である。他の一つは,それら規格基準をいかに守らせるかということである (第1-2-5表参照)

第1-2-5表 食品添加物の安全規制

前者は,個々の食品添加物について試験研究に基づく知見を基として行政的に決められるものであり,科学技術水準の高さが安全性の質を決定するものである。この意味で科学技術の果たす役割は極めて重要である。

後者は,各規格基準を遵守させるための取締行政であり,取締の効率化のための簡易で迅速な試験方法,分析方法など科学技術の寄与すべき分野もあるが,取締の中心は,科学技術以外の政策に大きく左右される分野といえよう。

なお,そのほか科学技術の役割が大きい分野として,食品添加物の使用以外の方法によって同様の目的を達成できる保存・貯蔵技術あるいは加工技術などの研究開発も重要である。

(試験研究の動向)

厚生省においては,昭和37年から指定済みの食品添加物の再検討が進められているが,45年度からは拡充強化され,慢性毒性試験のほかに,次世代に及ぼす影響試験,代謝など精密試験,49年度からは相乗毒性試験,51年度からはアレルギー試験などの各毒性試験が実施され,39年以来43品目(51年9月1日現在)の食品添加物が指定の削除を受けるなど漸次再評価の効果が現れ始めている。

第1-2-6表 最近における食品添加物に関連する研究活動(特別研究)

また,昭和49年度からは,保存料,殺菌剤,酸化防止剤,漂白剤などについて使用基準の再点検が始められている。

これらとは別に,国立衛生試験所においては,昭和45年度から50年度にかけて「食品に関する諸物質の安全性に関する研究」(特別研究)が実施され,食品添加物のみならず食品中の有害成分あるいは汚染に関する研究などが幅広く行なわれた( 第1-2-6表参照 ,50年度における経常研究テーマについては,付属資料参照)。また,農林省においては,直接,食品添加物の安全性に係るのではないが,昭和46年度から48年度にかけて「食品添加物の適正使用法に関する研究」が実施された。そのほか,諸試験研究機関,大学などにおいて各種の研究が行われている。

(留意すべき点)

食品添加物の安全性問題に対する科学技術の寄与を拡大するに際し留意すべき点は,食品添加物の安全性の特殊性である。

食品添加物は,理想的には,生体に無作用,無影響であるものが望ましい。しかし,実際には,すべての物質は何らかの生体作用を有している。食塩のように人体にとって必要不可欠であり,日常頻繁に摂取されているものについても致死量を求めることができるほどであり,生体について無作用,無影響であるものは現実には存在しないと言える。そこで行政的には,現在の科学技術水準で安全と考えられるものを採用している。実際,食品添加物の安全性を確認するための毒性試験の技術水準は年々向上しており,常に科学技術水準の向上に合わせて安全性の再検討を行うことが重要である。


(3) 身体障害者のリハビリテーション

(リハビリテーションと科学技術)

身体障害者のリハビリテーションとは,身体障害者の身体的・心理的・社会的・経済的ハンディキャップをできるだけ早く,かつ,十分に回復させて,社会復帰へ導くためのすべての措置のことである。身体障害者の社会復帰を促すためには,医学的リハビリテーション(手術,理学療法,作業療法,言語療法,日常動作訓練など医学的手段を用いて身体的機能障害の進行を可能な限り防止し,残存能力を向上させるためのもの)や社会的・職業的リハビリテーション(社会適応訓練,職業能力の回復・開発を目的とする職能訓練及び職業訓練など)のみならず,リハビリテーションを終えて社会活動に復帰する際に障害が存するために起こる経済上・生活上のハンディキャップを補うための援護措置(例えば,経済的援助,身体障害者の社会復帰のアフターケア体制の整備,身体障害者用住宅の提供,公共建築物・道路・交通機関を身体障害者にも支障なく利用できるような改造措置)が必要である。

このような観点から,関係各省において,第1-2-7表のような多面的施策が講じられている。

身体障害者の福祉全般の向上には,これら諸施策の政策的,財政的充実強化が第一に必要であり,その諸施策の動向によって大きく影響を受けることから,身体障害者福祉全般について科学技術の寄与が必ずしも大きいとはいえないであろう。しかしながら,身体障害者のリハビリテーションの中で,医学的リハビリテーションと義肢などの補装具の開発については,科学技術の役割が非常に大きい分野であるということができる。前者は医学そのものであり,後者も科学技術の飛躍的向上なしには身体障害者が満足できるものとはならない (第1-2-8表参照) 。もちろん,これらも単に科学技成術の果を得ただけでは実際面で身体障害者の 福祉に寄与することにはならない。前者について言えば,必要なときに必要な内容のリハビリテーションを受けることのできる医療サービス体制の確立が不可欠であるし,後者についても,供給体制の整備が不可欠である。この点を義肢を例にとって示すと,第1-2-4図のとおりであり,この図からいかに多面的な対策が必要かをうかがい知ることができる。

第1-2-7表 各府省が行っている主要な身体障害者福祉行政

第1-2-8表 現用義手の使用実態(上肢切断者456例のアンケート)

第1-2-4図 切断者の機能向上のための要望の関連樹木図


(研究開発の動向)

アメリカでは,第2次大戦後におびただしい数の戦争による身体障害者を急速に社会復帰させるために大がかりな研究プログラムが作られ,企業,大学の参加のもとに研究開発が行われ,急速に進歩したが,我が国においてはこれに比べて立ち遅れている。昭和45年に身体障害者福祉審議会は,「昭和41年の本審議会答申以後の諸情勢並びに今後の社会経済情勢の変動に対応する身体障害者福祉施策」に関する答申において,リハビリテーションの総合的研究開発の促進を指摘した。また,科学技術庁では,技術予測調査に取り上げた技術課題の具体的展開を促進する手法として「技術開発目標の体系化・計画化]を試みることとし,その具体例として,リハビリテーションに関する技術開発のうちの義肢を取り上げ,昭和47〜48年度に体系化・計画化の検討を行った。これらの動きを契機に研究開発に対する関心が高まり,近年予算も着実な伸びを示している (第1-2-5図)

最近における多数部門の協力を要する総合研究開発テーマの概要を示すと,次のとおりである。

○ 「動力補装具等の開発に関する総合研究」(昭和46〜48年度)

四肢の高位欠損者又は高度機能障害者のための動力補装具の研究開発及び身体装用によらない身体障害者の日常生活用補助装置の研究開発を行った。

○ 「マイクロコンピュータ制御による電動式全腕義手の開発に関する総合研究」(昭和50〜52年度)

上肢欠損者のためにマイクロコンピュータを利用して,生体の複雑かつデリケートな動作によく適応した多自由度動力義手の試作品の開発を行う。

○ 「新方式による小型人工腎臓装置の開発に関する総合研究」(昭和46〜48年度)

吸着やろ過を利用する新方式により,腎臓疾患者のための小型で取り扱いの簡便な,低廉化した新しい人工腎臓装置の試作品の開発を行った。

○ 「人工臓器の生体適合性に関する総合研究」(昭和49〜51年度)

人工腎臓,人工心肺,ペースメーカー,人工血管などの人工臓器の生体適合性を中心として,人工臓器の開発に伴う基礎的諸問題の解明を試み,人工臓器開発の評価基準設定のための必要な基礎的研究を行う。

○ 「神経組織の再成,機能修復に関する試験研究」(昭和48〜50年度)

脳脊髄傷害などの神経障害の治療技術の開発に資するため,神経機能促進物質などの作用機序や神経系の代償,再生,修復について研究を行った。

○ 「重症心身障害者等の介護者の腰痛に関する研究」(昭和50〜52年度)

重症心身障害者や寝たきり老人などの介護者の腰痛の防止及び治療指針策定の基礎資料を得るため,腰痛症の発生原因の究明,診断・治療法の研究や移送用機器の開発研究などを行う。

第1-2-5図 リハビリテーション分野の研究予算額の推移(特別研究促進調整費,特別研究分)

(技術発展の推進のため留意すべき点)

本分野の技術発展を推進するためには,研究費の拡大,研究者の確保,施設設備の充実,情報流通の促進など通常一般的にいわれる施策のほかに,分野としての特殊性に着目してきめの細かい対策を講ずることが不可欠である。この特殊性を補装具を例として述べると,次のとおりである。

(1)総合的科学技術分野であること。

補装具は身体障害者の肉体的欠陥を補うことを目的としたもので,医学と工学,更に心理学,社会学の総合領域である。工学分野でもその内容は第1-2-9表のとおり多くの分野にまたがっている。この種の研究開発の中心は医療機関であるが,医療機関では工学系研究者に対し将来を期待できる待遇や地位を考えてやることが難しいのが現実である。この点に十分留意して関連分野の研究者や技術者の能力を結集できる体制を考慮する必要がある。

この一つとして厚生省は,補装具の研究開発も含め身体障害者に対するリハビリテーションを図るため,医学,工学,心理学及び関連諸科学を総合一元的に包括する専門機関(国立リハビリテーションセンター〈仮称〉)の設置を進めており,総合一貫したリハビリテーションの実施とリハビリテーション技術の研究開発並びに専門技術者の養成などを行うこととしていることは注目されるところである。

第1-2-9表 リハビリテーション工学の構成一覧

(2)身体と一体的機具であること。

身体と一体的であるということは,個々人によってその要求は千差万別であり,また,使用感をできるだけ良いものとする必要があるということにつながる。前者の目的のためには,個々人に合った機具とするためのデータの蓄積及び測定技術の向上が不可欠であり,後者の目的のためには,十分なフィールドテストが不可欠である。日常の消費財についてもこのような要請はあるが,身体と一体的に使用される補装具については,この点の要請は桁違いに大きく,この点に対する配慮はどんなにしても十分過ぎることはないといえよう。

(3)技術向上に対する公的機関の考え方が決定的であること。

補装具に関する研究開発は,最終的には,補装具メーカーの手で物として製造されることによって利用できる状態となる。補装具に対する需要者は身体障害者であるが,その大部分が公費により給付されることを考えるとき,公的機関が補装具として給付する種目の範囲や価格の決定の考え方が技術向上に少なからぬ影響を与えることとなる。すなわち,補装具などで性能の高いものが開発された場合に,これが身体障害者の更生に不可欠のものであれば,積極的にこれを補装具の給付範囲に取り入れるなどにより技術開発を促進するような姿勢を取る必要があろう。

また,大学,医療機関で行われた研究開発を実用化するには,多額の実用化試験費を要し,リスクも大きい。補装具の分野は,多品種少量生産分野であり,取り扱い企業も第1-2-10表に示すとおり零細企業が多く,国の積極的援助なしには,研究機関におけるせっかくの成果も実際に生かすことができないおそれがある。

第1-2-10表 医療・リハビリテーション機器の製造業・販売業の企業規模(昭和49年1月現在)

このような中で通商産業省は,研究開発に伴う危険を国が負担することによって医療福祉機器の開発を推進しようとする「医療福祉機器技術委託開発制度」を昭和51年度から発足させた。具体的には,社会福祉政策の主たる実施官庁である厚生省と共管の鉱工業技術研究組合法に基づく研究組合に,モジュール型電動車椅子や点字複製装置,身体障害者用更生治療機器,携帯型人工腎臓装置などのリハビリテーション機器の開発を委託する方法をとっており,開発成果の普及面 )も含めて今後の動向が注目される。


注)通商産業省では,福祉関連機器の普及促進を目的として,福祉関連機器のリース事業に対する日本開発銀行の融資制度を昭和51年度より創設した。


(4) 新交通システム

(新交通システムと科学技術)

現在の陸上交通は,主として都市交通の面において,モータリゼーションの急速な進展,都市への人口の集中に伴う輸送需要の急激な増加などが相まって,路面交通の輻湊,公共交通機関のサービス水準の低下,交通事業の経営の悪化といった深刻な問題をかかえている。自動車は,人々の輸送に対する欲望をきめ細かく充足させる便利な交通手段で,今日の国民生活の中であまりにも大きな位置を占めるに至っているが,自動車の量がある地域において一定の限界量を超えると路面交通の渋滞により自らの特性を生かすことができなくなる上,排出ガスや騒音による公害を発生させ,他に重大な影響を与える。また,人間が自動車を完全に制御し得ないことから多くの交通事故が発生している。一方,鉄道は秩序だった輸送が可能であり,公害・事故の問題も比較的少ない点で優れているが,自動車のようにきめの細かいサービスには限界があり,また,輸送需要の増大によって混雑を招いている。バス及び路面電車はよりきめの細かいサービスを行うのに適しているが,交通混雑にまき込まれ,その機能を十分に発揮しているとは言えない。

このような都市交通の問題は,都市にかかわる現代の最も重要な課題の一つと言え,1)道路交通の混雑緩和,2)通勤輸送の改善,3)交通公害の防止などは都市住民の大きな願望となっており,現在,このような事情を背景に,大都市におけるサブ輸送機関,ニュータウンにおける輸送機関などとして内外で研究開発が進められている新交通システムが注目されている。しかし,これらの都市交通対策としては,鉄道,道路などに対する投資や交通規制の強化などのように科学技術の問題というよりは,政策の問題と言える面が非常に大きい。また,新交通システムの導入については,それが仮に,科学技術の面で完成されたものとなっても,交通需要,採算性などの観点から,当該都市(地域)において新交通システムが最適な交通機関であるかどうかの政策的な判断に大きく左右ざれるものであるという点を指摘しておかなければならない。

今日,新交通システムに関するアイデアは100種類以上にも及び,運行形態,軌道形式などから,1)連続輸送システム,2)軌道輸送システム,3)無軌道システム,4)複合輸送システムに分類される。

(第1-2-11表参照)



(研究開発の動向)

都市交通問題は,今日世界の各都市が共通して直面している問題であり,各国において,それぞれの立場から都市交通問題解決への努力が払われており,その一環として,新交通システムの研究開発が積極的に進められている。アメリカにおいては,大量公共輸送事業の振興のため「1964年都市大量輸送法」(1970年に「都市大量輸送援助法」に改正)に基づき財政援助がなされ,多くの研究開発及びデモンストレーションに関するプロジェクトを実施してきた。現在,アメリカにおいて既に運行されているものとしては,フロリダ州のタンパ空港,テキサス州のダラス・フォートワース空港,西バージニア州のモルガンタウンのような空港内や大学構内における中量軌道システムがあげられる。

我が国においては,昭和46年,運輸技術審議会が「新交通システムの技術評価及びその開発方策」に関する中間報告を行い,新交通システムの必要性,開発構想,評価,開発における国の役割の4点について述べ,新交通システムに関する問題について一応の整理を行った。また,運輸省では,昭和49年には,新交通システムの安全基準等検討委員会を設け,“中量軌道システムの安全等”について,50年には,新交通システムの設計基準検討委員会を設け,゛中量軌道システムの設計基準″について検討を行った。現在,既にデモンストレーションの段階あるいは実用化の段階にまで達している新交通システムが10機種程度に上っており,デマンド・バスのように,既に運行されているものもある。

以下,我が国における新交通システムの研究開発の状況を 第1-2-11表 の分類に従って述べる。

(1)連続輸送システム

連続輸送システムは,動く歩道又はエスカレータタイプのものを高速化したシステム若しくはそれにカプセルをのせた型式のシステムである。昭和48年度に(社)日本鉄道技術協会が(財)日本船舶振興会の補助金を受け,運輸省の指導により,メーカー2社の協力を得てカプセル型式の「ベルチカ」を試作し,実用化実験に成功している。「ベルチカ」は,無動力のカプセル(20人乗り)が,ベルトコンベア(定速運転部分)及びホイールコンベア(加減速部分と曲線部)によって搬送され,中央に設けた地上指令制御装置による総括制御で無人運転されるシステムである。本線では高・定速(24km/h)で,駅区間では低・定速(2.4km/h)で搬送される。一方,駅のプラットホームは動く歩道式で,これも2.4km/hの速度で同期運転されるため,乗客は相対速度差のない状態で乗降できる。

(2)軌道輸送システム

軌道輸送システムのうち中量軌道システムは,20〜60人乗りの乗合制車両がライン又はループ状の専用軌道をコンピュータ・コントロールで完全自動走行するシステムである (第1-2-6図参照)

第1-2-6図 中量軌道システムの概念図

アメリカのボーイング社との業務提携によって開発された「KRT」は,昭和50年,沖縄国際海洋博覧会における場内輸送施設として,小規模ではあるが実用運転を行った。同博覧会で運転された「KRT」は,定員23人で,電力を動力源とし,ゴムタイヤで専用軌道上を最小運転間隔30秒,平均時速35km/hで,コンピュータ・コントロールにより完全自動運転され,15台の運行車両数で毎時6,000人の輸送が可能であった。中量軌道システムには,このほかに,「KCV」,「NTS」,「パラトラン」,「MAT」,「VONA」,「FAST」,「ミニモノレール」が民間において開発されており,国においても,近年,各種の調査を行っている。

個別軌道システムは,  2〜6人乗りの個別用車両が方眼状のネットワーク専用軌道をコンピュータ・コントロールで完全自動走行するシステムである。(財)機械振興協会が(財)日本自転車振興会から機械工業振興資金の交付を受け,通商産業省の指導により,メーカー8社の協力を得て「CVS」の開発を昭和45年度から進め,48年には,通商産業省工業技術院機械技術研究所敷地内に実験設備を設け,51年6月まで総合運転実験を行った。また,50年には,沖縄国際海洋博覧会において,小規模ではあるが実用運転を行った。この「CVS」は定員6人で,電力を動力源とし,ゴムタイヤで専用軌道上をコンピュータ・コントロールにより完全自動運転を行った。

(3) 無軌道輸送システム

無軌道輸送システムのうち呼出しバス・システムは,乗客のデマンドに対応して運行するバス・システムで,昭和47年,大阪府能勢町にデマンド・バス・システムが過疎地域交通対策として我が国で初めて運転された。能勢町の場合のシステムは,客が電話によりコントロールセンターにデマンド内容(時間,位量,行先,人数)を告げ,オペレータが最適バスを検出し,デマンドに応じて無線機により運転士にその内容を指示することにより,運転士が指示された停留所に向かうというシステムである。

その後,具体的なシステムは異なるが,栃木県鬼怒川温泉,大阪府箕面市間谷,東京都目黒区自由丘〜世田谷区駒沢間で運転されている。

(4) 複合輸送システム

複合輸送システムは,ガイドウェイ上はコンピュータ・コントロールによる自動運転で走行し(中量軌道システム),一般道路上は運転手による手動走行が可能なシステムである。建設省は,昭和48年度から総合技術開発プロジェクトとしてデュアルモード・バス・システムの開発を進めてきた。この研究開発は,建設省土木研究所,(財)国土開発技術研究センター及びデュアルモード・バス・システム研究会を構成する民間企業各社が共同で進めているものである。これまでに,建設省土木研究所千葉支所構内において,誘導技術などの基礎実験を完了しており,50年度より,引き続き実用化のための総合実験を筑波研究学園都市内の土木研究所敷地において行っている。このデュアルモード・バス・システムの車両(定員40人)は,ガイドウェイトは地上よりの給電を,一般道路上は蓄電池を動力源とし,運転速度40km/h(ガイドウェイ上)で地上制御装置による指示速度追従方式で運転されるものである (第1-2-7図参照)

第1-2-7図 デュアルモード・バスの概念図

(技術発展の推進のため留意すべき点)

新交通システムは,前述のように,事業としての採算性などの経済性の問題,交通政策における位置づけの問題などがあり,科学技術以外の政策に大きく左右されるものであるが,科学技術の面においても,今後,解決を迫られている幾つかの課題があげられる。

(1)無人化などの研究開発の推進

現在,新交通システムの研究開発はできる限り自動車に近い交通サービスの提供,交通空間・交通施設の有効利用,環境保全,省力化などを主なねらいとして進められているが,それらの中で最も進んでいるのは,中量軌道システムの研究開発で,ある限られた範囲内のハード面については一応完成されたものと考えて差し支えない程度に達している。しかし,その実用化に当たっては経済性確保のための完全な無人化など,次に述べるような困難な問題があり,今後はこれらの点に留意して研究開発を推進する必要があろう。

環境保全については,大気汚染,騒音,振動は従来の交通システムに比べて大きな改善が期待できるが,日照権の侵害,景観阻害などは今後になお検討課題を残しており,サービス水準の向上については,フリークエントサービスの実施,地域内交通システムという観点からの他交通システムとの運行の調整,手軽な乗物とするための出改札方法の簡素化,デマンド運行を実施する場合の確実性などの多くの課題がある。

また,乗務員の乗務,駅務員の配置を省略した無人化は,最も困難な課題となっている。すなわち,無人化は従来の交通システムとは最も顕著な相違点であると同時に,新交通システムの意義を考えたとき,その経済性あるいは企業性の観点からどうしても達成しなければならない課題である。にもかかわらず,現在,かなりの程度に達している自動運転に関する技術開発成果の実用化については,事故,犯罪を含めたあらゆる異常事態への対応が可能であるか,乗客の持つ心理的な不安をどのように考えるべきかの点で容易に踏み切れないのが実状である。

昭和49年,運輸省では,新交通システムの安全基準等検討委員会において,中量軌道システムを対象として,“新交通システムの安全等”について検討を加え,無人化における異常時の対策については,乗客に対し多少協力を求めることができるとすれば,基本的には不可能ではないと判断しながら,個々のシステムの構成技術を見ると,改めてあらゆる危険事象を想定した十分な検討を加える必要があるとしている。

したがって,今後,新交通システムの実用化に踏み切れるだけの技術的可能性を与えるため,その適用路線の営業実態に即した想定できるすべての異常事態に対応可能な無人化のための研究開発が必要である。

(2)新交通システム導入に関する評価手法の確立

新交通システムの都市(地域)への導入に際しては,特に既成市街地の場合,沿道との景観の調和,日照権などの環境保全上の問題があること,施設のためのスペースを必要とすることなど,都市構造上からの制約もある。

したがって,新交通システム導入の計画に当たっては,無人化などの研究開発のような技術的側面のみならず,社会経済的な都市の目標及び総体的な都市の上位計画と関連させて検討する必要があり,社会的側面からの評価が重要である。評価の観点は,運営者のみならず,利用者,一般社会への影響を含めた総合的観点に立って行う必要があり,そのため,トータルシステムの計画,評価手法などソフトサイエンスの確立を強力に推進すべきである。


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