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福井副大臣、谷川副大臣、丹羽政務官、義家政務官合同会見録(平成24年12月27日)

平成24年12月27日(木曜日)
教育、スポーツ、その他

キーワード

四人の自己紹介、教育との関わり、いじめ対策、教員の研修、オリンピック招致

福井副大臣、谷川副大臣、丹羽政務官、義家政務官合同会見映像版

平成24年12月27日(木曜日)に行われた、福井副大臣、谷川副大臣、丹羽政務官、義家政務官合同会見の映像です。

福井副大臣、谷川副大臣、丹羽政務官、義家政務官合同会見(平成24年12月27日)(※「YouTube」文部科学省動画チャンネルへリンク)

福井副大臣、谷川副大臣、丹羽政務官、義家政務官合同会見テキスト版

福井副大臣)
 副大臣を拝命いたしました、福井照と申します。選挙区は高知県第一選挙区です。先ほど皇居で、いわば辞令を頂く時に、車が一番最初で、控室に行ったら、安倍総理大臣が一人だけぽつんといらっしゃいまして、20メートルぐらいつかつかと行って握手をしようと思ったら、機先を制せられまして、「教育再生は安倍内閣の目玉中の目玉だから、頑張ってちょうだいね」と、こうおっしゃったので、正に一言でいうとそういう感じだと思います。私の方は、科学技術・学術とスポーツ担当ということでございますので、昨日、大臣の会見でもおっしゃったかもしれませんけれども、3点ございます。科学技術イノベーション推進を目的に国づくりに取り組むために、内閣府特命担当大臣に協力して、科学技術基盤を根本から徹底強化するということ。これが一つ。それから、原子力損害賠償紛争審査会による和解仲裁など、東京電力福島原子力発電所事故による損害の迅速な賠償が講じられるよう、引き続き関係大臣と協力して対応するということ。それから、スポーツ庁の創設も含めて、スポーツ立国を実現するための諸政策を推進するとともに、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの実現に取り組むということで、まず大臣と同じ目的意識をもって、大臣の命で、そして今日一緒に座っている3人の先生方と共に日本のために頑張らせていただきたいというふうに思います。以上です。

谷川副大臣)
 長崎3区の谷川弥一です。同じく今日、文科省の副大臣を拝命しました。内容は教育と文化ですが、安倍内閣の基本的な考え方、順番を私なりに整理すると、人に迷惑を掛けんように一生懸命生きていこうよという国民であってほしいし、はしたないとか恥ずかしいとか、そういう古き時代のわびさびを中心とする日本文化を守ってほしいし、そういう意味できちっと心を整理して、そして国防もできるだけ自力で、かなわぬならば日米安保条約を基盤にしながら、人間らしい生き方をできる国になりたい。特に私の持論ですが、人類の歴史というのは大きな流れで見ると貧乏からの脱出と自由の獲得の歴史でありまして、その点から言うと私は日本は素晴しい国だと思っております。世界でも指折りの素晴らしい国だと思っております。そういう意味では、本当に教育、文化の中で調整をして、やっぱり財政再建をきちんとやらないと私らは若い人たちに対して申し訳ない世代だと思っております。自分が出して国に対しての部分と、貰う分との差額が、60歳以上は4,000万円プラス、20歳未満はマイナス8,300万円という数字もあるんでして、こういう世の中を放置しておっては、本当にこれは大変なことだという思いもあるし、そういう意味で、安倍内閣は、教育再生を基本に据えたというのは正に時期を得た正しい選択であると思い、それを担えるということに喜びを感じるくらい頑張らないといかんと、そういうふうに思っております。個別具体的に言うと、何としても、いわば占領政策第1条に消えたけれど、一時期、最初の頃「日本文化を破壊せよ」というのがあった。徹底的にして日本文化を破壊せよとあった。第1条には経済は破壊して食うや食わずにしておけと、それがあったんです。それが変わったのは朝鮮動乱からであって、元々それが占領施策の基本であったわけですから、そういうことで私は教育の再生というのはものすごく大事だと思っています。そして、くどいですけど、最終的に経済を再生させて、社会保障の基盤をきちっとして、そして僕はもう71歳だから間に合わんけど、なるたけ、若い人たちに迷惑の掛からんような、一日も早く取り戻すべきだと。その根幹になるのが、教育の再生だと思っているんです。以上です。

義家政務官)
 神奈川第16区選出衆議院議員の義家弘介です。私からは責任、これをまず明確に提示をさせていただきたいと思っております。6年余り前から、当時は下村大臣は官房副長官でございました。そして私は官邸に設置された教育再生会議の担当室室長として、教育基本法、そしてそれに基づく以下の法律の改正作業をずっと行ってまいりました。今、大津のいじめ事件等でも明らかであるように、責任とは一体どこにあるのかというのは非常に曖昧であります。教育行政のトップである教育委員会の教育委員にあるのか、あるいは実質、事務方のトップで全てを掌握している教育長にあるのか、あるいは現場の担任にあるのか、校長にあるのか、親にあるのか、あらゆる場所が責任の押し付けあいをしながら、本来責任を持って守らなければならない、子どもたちの命さえ隠ぺいの対象になってしまっていると、この現状について我々はしっかり法律と向き合った上で、責任体制を確立してまいりたいということを、ずっと一貫して言ってまいりました。そして今回の選挙の政権公約にもそれを掲げたわけです。私自身もそれを掲げるからには、自らも当事者になると、その思いで参議院議員から衆議院議員にくら替えし、当事者として有権者に訴え続けて、今こうして記者会見に臨んでおります。具体的には、地方教育行政法、今のままで大丈夫なのか、我々は大丈夫ではないという認識を持ちながら、政権公約にも掲げたところであります。あるいは、学校教育法、教科書検定の問題にしても、あるいは主幹教諭が広がっていかない問題にしても、あるいは教育長の報告が滞っている問題にしても、この学校教育法の責任というものを、もう一度考え直すべきではないか。それから義務教育小学校の政治的中立を確保するための臨時措置法、昭和20年代にできた法律ですが、その後、適用の目を見ないまま放置されている。こういった法令で、子どもたちの政治的中立をどう担保していくのかという見直し。あるいは教育公務員特例法。今回の選挙でも私の下に現場の教師から、勤務時間中に職員室で組合から選挙のことについて言われたという情報が入っています。本来、教育公務員特例法にのっとれば、国家公務員と同様の禁止、制限があるわけですから、これをいったいどういうふうに取り組んでいくのか。これまでの民主党政権下における自民党の議論の中で明らかにしたこと。これは問題点をどのように子どもたちに即した、そして頑張っている先生が誇りを持てる教育公務員をつくっていくかという問題。あるいは教員免許の問題。更に言えば、教科書無償措置法と地方教育行政法との兼ね合いの問題。沖縄の八重山では、非常に困った事態が生み出されて、子どもたちの教科書をめぐっての大人たちの対立、あるいは法律から逸脱した部分が、子どもたちを巻き込んでいると。まず教育の目的とするところは何なのか、そして公教育の最終的責任は誰が負うのか、下村大臣の御指導の下、そして副大臣の先生方の御指導の下、私自身、教育とスポーツを担当しながら汗をかいてまいりたいと思っております。

丹羽政務官)
 続きまして、愛知6区の丹羽秀樹でございます。私自身、大学の学生時代、教員を目指した思いがあります。実際に中学校の社会科の教育免許を取らせていただいて、この教育というものを、当時の現場と、そしてまた今の状況を見比べて、これから安倍内閣の下で福井先生、谷川先生、また義家先生と一緒になって、下村大臣を支えながら教育の再生に取り組んでいきたいという思いでございます。命を大切にする教育、これが私が心の中に思っている大切な課題、テーマの一つです。そして、科学技術・学術、文化の担当でございますが、科学技術が学術に投資するということは、これは必ず将来的には文化につながるものであるというふうな思いで、これからしっかりと政務の方を担当させていただきたいと思います。以上です。

記者)
 これまでの議員活動の中でも、議員活動以外でも結構なんですけれども、文科行政との関わり、義家さんはちょっとだぶりになりますけれども、お願いしたいんです。一人ずつお願いしたいんですけれども。

福井副大臣)
 福井照でございます。2000年初当選で、直後に自民党の中に教育の根本目的を考える会という勉強会をつくって、一年かけてレポートを書きました。それが最初で最後です。その結論は、いろいろな国の大使館に御相談して、それぞれの国の教育の根本目的は一体何か聞いたら、面白いことが分かったんです。ドイツは近代史を勉強すること、なぜドイツがヒットラーを生んだのかということを勉強すること、これが教育の根本目的である。アメリカはキャラクターを磨くこと。要するに個性、個人主義というのが非常に明らかになっている。そしてオランダは、世界中どこに行っても生き抜いていけるような能力を身につけることという、それぞれの国にもっといろいろインタビューしたんですけれども、そこで日本人、日本の教育の根本目的とは何かということで、日本人の村落共同体の中で、教育の根本目的というのは当時、OECDがknowledge and skills for lifeというレポートを出して、その知識とスキル、人生のため、生き抜くためのknowledge and skillsを、教育の根本目的にしたことを横目に見つつ、だけど日本人は村落共同体なんだから、その社会の中に身をどう修めるか。修身ですね、身をどう修めるということをいわば身につけるということ。そして、自分とは何かということを知ることができる能力を身につけるというのが、レポート出したのは2001年ですけども、それがその生かされないまま今に至っているわけですけれど、しかしそれが私の心情でございますので、是非その心情をこの行政の中でどうやって生かせるか、大臣の御指導の下、考えていきたいなっていうことが一つ。それから同じようなことなんですけど、昭和22年にGHQが日本をして廃止せしめたものが三つありまして、一つは内務省、一つは財閥、そして三つ目が一番大事なのですが、町内会です。つまり、アメリカは日本のガバナンスの神髄というか本質をよく分かっていて、町内会、隣、向こう三軒両隣という、この15、16人、20人の集まりが、天皇陛下をトップとする日本のガバナンスの、都道府県があって、市町村があって、町内会があって、一人一人がいるという、その最後、一人一人と国家とのインターフェイスのところが町内会ということで、これを潰せば日本が潰れると、先ほどの谷川先生と同じコンテクストですけれども、それを分かって、それでGHQは昭和22年に日本をして、町内会を廃止せしめたわけです。その後、アメリカ流のコミュニティ活動とか、いろいろ市民活動とかありますけれど、しかし、その町内会のいいところというのは失われたままになっているということで、先ほど申し上げた、社会の中の自分自身、一人一人というのをどう修めていくかという時に、一方、そのガバナンスの方からも、攻めていかないといけないので、これはもう行政の世界ですから、文部科学省としてもやるべきことがあるということです。今後、どれだけの期間この省でお世話になるか分かりませんけれども、任期中に何とか行政の中に位置付けるという目的を果たしていければ最高だなというふうに思っております。

谷川副大臣)
 直接携わったというのはないですね、部会に出てどんどん。ただ、加藤先生たちと中国に行った時、向こうの外務大臣という人たちとかいろいろな人たちが出てきて、そこでこちらは10人だったんですけれど、お互い腹蔵なく何を言っても怒らんといって話し合うという時に、いろいろなことを言わせてもらいました。私が言ったのは、軍事力の拡大をやめてくださいよと。もう豊かになってきたら、幾ら強い軍事力を持っていたって役に立たなくなるんだから、あんなそんなにしない方がいいんじゃないですかとか、そんなことまで言ったんですけれど、やはり「むっ」とした顔をしていましたよ、そんなこと言ったらね。ただ、最後に向こうから聞かれたことは、あなたたちは何でアメリカの後ばかりついて回るのかと、それで日本人としてプライドを持てるのかとかいうような話をされて、どういう主張をすべきだと思っているのかといった時に、これなんて言おうかなと、これはやっぱり待つべきだと思って私が黙っていたら、加藤紘一先生が、日本の伝統文化を押し下げて付き合っていくんだということを言っていましたけど、私はそういう政治家が余計自民党の中で増えてほしいとそういうことずっと言い続けているんです。例えば、農林水産省の中に小規模を「こきぼ」という習慣があったんです。私は訂正させました。何回も何回も言ってね。どうしても「こきぼ」にするんだったら「ながきぼ」と言えと、「だいきぼ」と言うな、「おおきぼ」と言えと、それなら話は分かるよと言って、そういうふうにぐちゃぐちゃになっていますね、霞が関の中、日本の文化、言葉がね。一丁目一番地という言葉を使うでしょう。平気で使うでしょう。何でそんな言葉を使う。どうして最重要課題でなければいけない。横文字の氾濫もあるし、文化というものをもう1回真剣に見直していきたいです。例えば「花をのみ待つらむ人に山里の雪間の草の春を見せばや」という歌、それから「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮」というのがあるんです。これらはわびさびを表す歌なんです。そういう心をせっかく持っているのに、そんな文化が日常生活の中で消えてしまっている。そういうことをもう一遍取り戻して、さっきの話に戻るんだけど、日本の文化を中心にした世界との付き合いができればいいなと思っています。
 そういう運動、万葉集を広げようとか、盛んにやっているんですけれども、もう一つは、日本の政治家に今一番欠けているのは宗教心です。天を恐れる心。そういうのを是非持ってほしいという、そういうことを言っている。もう一つは、哲学です。私が言う哲学は簡単です。はしたないことをするな、恥ずかしい心を持てよ、礼儀を知れよと。あなたたちの中にこうしてほおづえをついている人がいるでしょう。これは礼儀に反するぞ、言うとくけど。やっぱりやせても枯れてもとりあえず国会の中来ているんだからね、やはりよくないと思うよ。そういうことを含めて、礼儀というけじめ、それからそういうことを僕は取り戻したいという運動をずっとしてきたし、今度もやっていこうと思っております。例えば床の間に睡蓮(すいれん)が一輪あって、また若しくは椿の花があって、できれば5万か8万の備前の壺であったら、わあ、いいなって、そういうのも僕は非常に大事だと思っています。文化のことだけ今言っているけどね。本当に言いたいのはね、自立するっていうことです、国民が。そうしないと民主主義が壊れます。権利だけ主張して、義務を果たそうという自立心がなかったら、本当に破綻します、どんな団体でも。そういうことを一所懸命言ってきたつもりです。ずっと。

義家政務官)
 私の方からかかわりについてですけれども、被教育者としても教育行政とは非常に密接に関わってまいりました。経歴等で私自身、明らかにしているように、私は高校から進路変更という処分をされ、北海道の全国から中退生、不登校生が集う学校に行ったと。そして勉強し直して、その学校に恩返しに教師として行った時に、ある疑問が私は芽生えました。昔の私は、ある意味自業自得、そんな思いの中で生きましたが、非常に真っ当で非常に正常な子たちが、わずか15歳で親元を離れて、公教育からドロップアウトして傷ついている様とずっと向き合い続けました。教育という名の森は一体どうなっているのか。なぜ彼らは放置され、あるいは助けてさえもらえなかったのか、そしてこの学力、果たして一体どういうアプローチがあったのか。様々な問題意識を持って、横浜市、日本最大の教育行政区である横浜市の教育委員として神奈川に戻りました。そして教育委員会制度の穴、あるいは無責任、あるいはできること、できないこと、教育委員、これについても身をもって体験いたしました。その先で、同時並行ではありましたが、第1次安倍内閣における、内閣官房教育再生会議の担当室室長として、様々な法整備について議論してまいりました。そしてその後、参議院議員になった後は、ずっと参議院の文教科学委員会に属して、様々な質問もしてまいりましたし、また党務においては部会長を2回経験させていただいております。先ほど辞令が下りるまで、自民党文部科学部会長として文部科学政策に携わらせていただきました。そして教育再生本部事務局長としても、様々な議論を中心となって関わらせていただきました。学校の教師としての関わり、それから教育委員としての関わり、政府の教育行政の役割を担うものとしての関わり、国会議員としての教育行政との関わり等としての国会行政、教育行政との関わりについて、様々に体験してきたことをしっかりと生かしてまいりたいと思っております。

丹羽政務官)
 丹羽秀樹です。私は6歳の子どもと、生まれてふた月の子どもがいまして、この子どもがこれからまた来年、小学校に上がるっていう時を迎えていまして、その子どもたちがやっぱり学校で笑顔で過ごせるような教育環境があるのがいいなというのが、私が最近感じているところでございます。そのために何をしなければいけないのか、喫緊(きっきん)の課題は何なのか、そういったところをしっかり捉えながら、教育の再生に取り組みたいという思いがあります。そしてもう一つ、障がい者の教育です。障がい者の方々が本当に厳しい環境の中で、健常者と同じような教育を受けたいのに受けられない、そういうことをもう一度しっかり現場を振り返ってみて、私自身、地元にそういった障がい者の学習施設がございまして、そういったところの運動会とか、また文化祭とか足を運ばさせていただいている中で、本当にその子どもたちが笑顔で微笑みかけてくるといった姿を見ていますと、これは本当に今の教育再生をやらければいけないなと、そういう思いでこれからも頑張っていきたいと思っています。以上です。

記者)
 自民党の公約では、教育に関する公約が他党と比べても非常に多い。全部一気にとはいかないと思うんですけれど、学制改革とか土曜授業とかいろいろありますけれども、どういう優先順位で、特にこれからこの順番で進めていくというようなお考えがあればですね、教育担当、義家さんを中心にお聞きします。

義家政務官)
 まず手続としてはしっかりと踏んで進めていく、これは非常に重要であろうと思っています。例えば高校無償化について、中教審に諮問せずに国会を通すことがありましたけれども、やはり、一つ一つ手続を踏んで、正々堂々と進めていくことが問われるんだと思っております。その意味では学制の改革に対しては中央教育審議会に早急に諮問すると、あらゆることをまた改めて、教育委員会制度についても、独善的な改革を目指していくのではなく、しっかりと与党としての問題を下村大臣の下で定義した上で中教審に諮問していく。あるいは他党からの政権公約の中にある教育委員会の在りよう、見直し案等々、どのような考えなのかということも、これも国会審議と並行しながら明らかにした上で進めていくということです。そしてすぐできることと、それから中期的にやることと、長期的にやること、これはやはり冷静に分ける必要があろうと。今すぐできることについては、これは様々出されている文部科学省令の再検証であろうと思っています。いろんな省令がありますけれども、しかしその省令が非常に時代遅れになってしまってはいないか、あるいはもう少し踏み込んできちっと具体的になすべきではないか等々の、省令の見直しは下村大臣の下で、すぐにでもいろんな何種類がの省令があって、どのようなところが問題があると考えられるのか、そうではないのかということの議論は、もう今日からでも進められる事項であろうと思います。それから法改正を伴うもの、これは当然国会内の議論になりますから、その国会内の議論になる前の手続、しっかりとした民主的手続は踏んでいくべきであろうと思っています。そしてトータルとして物事を考えねばならないと思います。例えば、いじめの問題だけ特化して議論すること、これは実は教育委員会の問題であったり、家庭教育支援の問題であったり、あるいは学校教育の全般の問題であったり、様々な問題が絡んでくるわけですから、ここはトータルとして、チームとして、下村大臣の下、副大臣・政務官がそれぞれの問題意識を共有しながら、優先順位というよりも、とにかく今まず第一にやらないといけないこと、当然のことですが、子どもたちの命が失われたにも関わらず具体的な方針さえ出せない、今の教育現場の状況なわけですね。具体的な例を言えば、文部科学省の生徒への教育委員会のアンケートについて、いじめという定義があるわけですけれども、昔から言われているいじめと、明らかに犯罪に抵触するものが一つの項目に分けられていて、いじめという調査がされているというわけですね。つまり従来型のいじめとそうではないものをはっきりと文科省自体が分けて子どもたちに教育現場にここは許されないんだということを示すこと。これも省内ですぐにできることであろうと思います。そして、いじめ防止のための法律については、これは各党が政権公約の中に出していますので、しっかりと、起こった時にどのような対応をする責任があるのか、子どもたちの命を守る責任があるのかっていうことを進めていった先で、各関係法令を国会でしっかりと審議できる環境を整えてまいりたいと思っています。

谷川副大臣)
 私は経営者なので、経営のような発想で考えるんだけど、徹底的にいじめの実態をまず把握したいね。札幌方式と、この間から自民党部会で言っているんだけど、この方式でやったらほぼ完ぺきにできますよ。これを今から中で話し合って、なるべく早くやる。そして三つに分ける。学校の担任の先生が解決できる、それからこれは手に負えない、学校全体でやらなければいけない、これもまだなかなか自民党中で賛同を得ていませんがやっぱり怒られない、見つからない、というのがあるんです。心理的にね。ですから、いじめをしたら必ず見つかるんだよ、そして怒られるんだよという理論をきちっと生徒に理解してもらう。そのためにはですね、怖い人が学校にいないと駄目ですよ。だから学校の先生の中に、武道家、一番いいのはボクシングと思っているんだけど、ボクシング、空手、剣道、柔道、それからプロレスも入るのかな。そういう先生がおって、この先生怖いよっていう人がやっぱおった方がいいよ。いなかったら警察のOBを入れて、学校に幾らかの金を出して雇って、いじめたらどっかで怒られるんだっていう形をとらないと減らんと思うよ。理屈はともあれ、ああだこうだ人権侵害だ、それならいじめられて死んでいいのかってことになるでしょ。優先順位だよ、だから。どっちを優先してやるのかという、そういうことはなりふり構わずやるべきだと思うね。今から説得に入りますよ僕は、関係者を。それから長期的にはですね、何回も先ほどから言っているように、やはり自立しないと42万円の月給で、96万円の生活はできません。そんなことしていたら家庭は破綻するんです。家庭が破綻するけど、国家は破綻しないなんて成り立たないよ。国家が破綻するよ、いずれ、こんなことしていたら。そうするとね、子どもが困るんだよ。本当に。若い順序で困るんですよ。明日死ぬ人はどうもなりません。明日死ぬんだから。明日死ぬ人困らないよ、しかし明日生まれてくる人はどうするの。ということを真剣に考えたら、なりふり構わず財政再建すべきですよ。そういうことを阻んでいるのが、今、私が楽ならそれでいいっていうのが、まん延しているんだから日本の社会は。そういうことをですね、マスコミの力を借りないとどうにもならんけど、みんなで力を合わせてね、やっぱり人の事案になるのは恥ずかしいよ、自分から取り戻そうと、そういうことがここ一番大きな狙いにあるね。根本は、やはり宗教心なんですよ。日本人が一番宗教心がないんじゃないの、世界の中で。私が言う宗教心というのは、自分が信じる道を1週間に1回、教会に行くか、お寺にいくか、また若しくはその他どこかに行って頭を下げる訓練というのは必要だと思うんだけどね、僕はね。そういうことまで考えている。仏教にお釈迦様の遺言でね、ワヤダンマーサンカーラ、アッパマーデーナサンパーデータというのがある。生あるものは必ず滅すると、だから滅する瞬間、瞬間にね、全力を投入していけと、こういうのがびしっと日本人の心の中にあったら、相当自立できる人が出てくるよ。だらっとしているからさ、あれをよこせこれをよこせ、これはいやだよって言ってくるんじゃないのと、短期と長期と分けて極端な話をしましたけど、そういうことを僕は考えています。

記者)
 教育担当のお二人にお聞きしたいんですけれども、学制改革もしますけど、なぜその学制改革が必要で、どういう形でするというか、6・3・3制というのを変えていくのが望ましいのか、お考えを。

義家政務官)
 この問題も、トータルパッケージで考えねばならない問題であります。例えば、英語の授業が現在小学校で導入されていますけれども、教わる先生によって英語の選任は公立ではいるところもあれば、全くいないところもありますけれども、教わる先生によって、中一の時点でギャップが当然生まれていくということです。つまり、小学校5・6年生が、教科担任制、教科担任を促進していく方向性をしっかり議論すべきではないのかというのが、まず一つとしてあります。例えば、小学校の先生で、私は体育で、数学・算数を教えるのが苦手なんだ、あるいは私は社会だから理科を教えるのが苦手なんだと、出会う先生によって学力の基礎の部分に開きが出てくると。だとしたら、小学校5、6年生は、教科担当を進めていくという議論も必要ではないかと。教科担当になった場合、初等教育ではなくて中等教育、あるいは半分中等教育になるのではないか。あるいは今、小中一貫教育でやっているから、6・3・3・4制の見直しなんだと言いますが、例えば中学の先生がフルで中学のコマを持った上で小学校でも教えるとなると、持ち授業時間数パンクするわけですよね。だから具体的にどのような成長段階において、どのような指導を受けるか、これは子どもたちの側に立った受け皿の問題って必要になってくるであろうと思っています。それから、これも中長期的でトータルな問題ですが、現在、成人年齢の引下げの議論が進んでいます。18歳というのは高校3年生ですね。その高校3年生の中で、あるものは成人として、あるものはそうじゃない。今回の大津の事件も14歳という一つのラインによって、二人は問題になって、一人は家裁送致。こういう問題が今度起こってくる中で、果たして18歳年齢について、後期中等教育で縛っていくこと自体がいいのかどうかという議論も、こういうことも冷静に検討していかなければならない課題だと我々は考えておりますし、下村大臣ともそういう議論の下、この公約の中で6・3・3・4制の見直しを出した次第であります。例えばシミュレーションとしてこれまでもずっと議論してきたわけですが、4・4・4制という考え方もある。小学4年生までを初等教育で、小学校5年から中学2年まで中等教育で、中学2年から高校3年までを後期中等教育とするなどの案もこれまで議論されてきましたし、それにすれば高校入試の問題も全て抜本的に変わらざるを得ないという問題ですね。それからあるいは飛び級促進するために、後期中等教育を現在の高校2年生までにという案もある。あるいは幼児教育の無償化と絡めて、幼稚園・保育園の年長、つまりその年齢をどう教育に編入していくのかという議論もあります。これは具体的にシミュレーションした上で、現代の子どもたちを育てていくために、どのような制度が適切であるのか。そしてそれをするということは、当然ですけれど、教員免許の在りようも含めた教育制度全般に関わってくる問題でありますので、これはきちっと腰を据えて具体的に各論においての議論を進めていくという意味で、公約に出した次第です。

記者)
 中教審のへの諮問はいつ頃を。

義家政務官)
 これは下村大臣の判断でありますけれども、やはりこういう根幹の議論というのは、例えば政権が代わっても、きちんとした議論の筋道が立っているという、だから私は冒頭民主的にしっかりと進めていくべきという話をしましたが、例えば具体的な例を言いますと、民主党政権ができたときに、事業仕分によって、全国学力学習状況調査、これは4年間やって初めて学習の検証ができるものなんです。小学校で受けた子が、今度、中学校で受けて、悉皆(しっかい)調査でやったとき学力がどうだったかのかはっきり分かったんですね。しかし3年間でやめてしまって抽出にしてしまった。事業仕分で57億から39億に減額すると。あるいは理科支援、これも理科の実験、あるいは理科をどう小学校で伸ばしていくか、中学校で伸ばしていくかということについても、24.5億円が、8.4億円になってしまった。あるいは、心のノート、道徳教育についてとにかく徳育を充実させていこうといったものを、配布を中止してウェブに掲載に変えてしまうとか。あるいは伝統文化の子ども教室も事業仕分によって廃止してしまうというような判断をするだとか。あるいは科学技術振興に対する知的クラスタの創成事業等ですけれども、これも大幅に削減して現場はパニックと。つまり、教育の根幹に関わるものについては、しっかりとした継続性をもって国民に開かれた形で議論していく必要があろうと私自身は思っています。政権が代わるたびに制度が変わっていくというような教育の在り方はやはり間違いであろうと思っていますので、開かれた議論を早急に、国民に対して、中教審の議論で、中教審に委ねて、こういう答申が出ましたと見せていくのではなくて、やはり文部科学省の側も国民に開いた形で議論し、発信していく責務があろうと言うふうに思っています。その意味では、皆様にも是非、その国民的議論を巻き起こすという意味では協力していただいて、しっかりと国民の思いを吸い上げる、偏ったものではなくて、しっかりと吸い上げて進めていく協力を願えればというふうに思います。

記者)
 自民党の公約の中に、青少年健全育成というので、この点には今、条例が恐らく長野県を除いてありまして、特に、猥褻(わいせつ)図画等の判断に対する制度、それぞれ中身が盛られた条例がありますけれども、これは地方ではそういった行政とかそういうことを含めているんでしょうか。

義家政務官)
 これはトータルの問題でありまして、各条例で定められていますが、その条例がまちまちなんですね。物差しがまちまち。例えば、今、おっしゃったように長野県はないわけですね。一方で猥褻(わいせつ)図画の問題だけではなく、例えば入れ墨を入れるか入れないかについての条例の項目があるかないかとかですね、あるいはあらゆる項目についての物差しがバラバラなんですね。つまり例えば関東だけでいったら、東京と横浜、神奈川はみんな行ったり来たりするわけです。しかし条例によって、神奈川に行ったら大丈夫で東京に行ったら問題になるというような差がたくさん出ている。そして地方のニーズを踏まえて、私自身も議論の中心にいましたけれども、一定の細かい場所までとにかく一つ一つというのではなくて、やはり一定の物差しを共有していきましょうよと、子どもたちのために、というような形で議論してきたものですけれど、これもまた政権が変わるたびにころころ方針が変わっていくようでは困りますので、しっかりと開かれた議論の中で、本当に子どもたちにそれが必要ではないのか、あるいは必要なのか、その問題、具体的に起きている事象も含めて議論してまいりたいなと思っています。

記者)
 具体的に、中教審の流れをつくろうと思ってやっておられる、法律も。

義家政務官)
 例えば、これはスタートの段階でその法律が本当に必要かどうかというところの根拠を我々がしっかり共有した上で、判断をしていくべきものだと。

記者)
 義家さんが言っておられたんですけれども、自民党の公約の中で教師インターンシップ制というものを謳(うた)われていて、それと今、中教審で議論されている修士レベルの教員養成ということで、どういうふうに整備されていくのか。

義家政務官)
 これは、いついつ考えなければいけないところですけども、現在、指導力不足認定をされている教師たちのほとんどが、20年以上のベテランなんですよね。これがまず現実なんです。若くて教師が未熟だから、確かに未熟な面もありますけれども、一方で非常に頑張って情熱を持っていらっしゃる先生もたくさんいるわけですね。問題は大学院を出ていれば良い教師になるというちょっとおかしな幻想ですね。私は現実に教員ですけれども、教師の教師は生徒だと思います。現実に現場に出て、生徒たちとの出会いや激突や失敗や感動の中で教師として成長していくべきものだと思っています。その上で、この公約についての問題を言いますが、例えば私の教員免許は東京都の教育委員会が出しています。しかし私は、東京都で教師をしないわけですね。つまり、免許の発行権者とその教育公務員の採用権者が違うわけですね。なぜこんな人を教師にしたんだといっても、免許出したのは申請する大学のあった場所であって、採用した側の責任、これもすり替わっているわけですね。我々の議論してきたことは、まず学部を出た後は、準免許証として教育現場でしっかりと責任を果たしてもらおうと。そしてその教師が、しっかりとしていると判断できる場合は、校長及び教育長がしっかりと本免許証を出していくと、こういうプロセスを踏むべきではないかと思っています。例えば、教育実習を1年間にすると、修士レベルにしてという議論もありますが、これも非常に無責任なんです。なぜかというと、その教育実習生の責任は誰が負うのかっていうことなんですね。学籍は大学にあるわけです。じゃあその教師が1年間の教育実習中に大きな問題を起こした時の責任は、送り出している大学にあるのか、あるいは受け入れている教育委員会の側にあるのか、それとも教師本人の問題にあるのかということが、全部すり替わっちゃうんですね。私が横浜時代に横浜教師塾というものをつくりました。これは1年かけて教育現場で研修して、即戦力になる教員を育てようとつくったものですけれども、その場合は、その教師塾の塾生に問題があった場合は、塾長である私の責任、つまり教育委員会の責任という形になるわけですね。明確な責任体制の確立、この上で当然議論しなければならない重要な問題であろうというふうに思っております。

記者)
 スポーツ担当のお二人に伺いたいんですが、2020年のオリンピック招致について、招致活動を今後どのように続けていこうと思っていらっしゃるのか、加えてですね、来年IOC総会が開かれますけれども、そこで安倍総理、そして公人の方々に出席を要請されたとあります。あと五輪招致に関連しまして、国立競技場改修についてどのように考えていらっしゃるか、お聞かせください。

福井副大臣)
 今、御質問の具体の計画については、今日お答えする材料をまだ有しておりませんので、後日また必要に応じてお答えさせていただきたいと思います、いずれにしても、一番国威発揚だったり、国の根幹が知育・体育、特に体育の一番のオリンピックですから、これは一所懸命、下村大臣の下で一致協力して、国全体で東京都と協力して頑張っていきたいと思います。

義家政務官)
 若干の補足ですが、2020年のオリンピック・パラリンピックの東京招致に関しては、着実につなげていく必要があろうというふうに思っております。また、国際親善、スポーツ振興等に大きな意義があり、そしてさらには東日本大震災からの復興、これを義援金を含めて世界中の方たちから支援があったわけですけれども、しっかりと世界に発信してくという意味でも、オリンピック・パラリンピックの招致が決定されるために我々としては全力を尽くしてまいりたいと思っています。それから先ほど出ましたが競技場の問題ですね。これは既に建築が50年以上経過している施設であります。こういう老朽化の進んでいるもの、これは学校の老朽化対策も補正予算で考えていくことと同様なわけですけれども、しっかりとした老朽化対策をしていくということは、進めていかなければならない重要なものであろうというふうに思っております。

(了)

お問合せ先

大臣官房総務課広報室

-- 登録:平成24年12月 --