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鈴木寛文部科学副大臣記者会見録(平成23年9月1日)

平成23年9月1日(木曜日)
教育、その他

鈴木寛文部科学副大臣記者会見映像版

平成23年9月1日(木曜日)に行われた、鈴木文部科学副大臣の定例記者会見の映像です。

平成23年9月1日鈴木寛文部科学副大臣記者会見(※「YouTube」文部科学省動画チャンネルへリンク)

鈴木寛文部科学副大臣記者会見テキスト版

副大臣)
 内閣が総辞職いたしましたので、今、職務遂行というステータスではありますけれども、副大臣としては最後の会見になろうかと思います。改めて、これまでの皆様方の御協力に感謝を申し上げたいと思います。
 この任期、1年前からのことで振り返りますと、やはり3月11日の震災、それに引き続く、この震災及び原子力発電へのモニタリングの対応、それから学校をはじめとする教育関係施設の除染、学校の再建、あるいは教育施設の復旧と心のケアと、なお課題は進行中でございますけれども、一次補正、二次補正、あるいはそれに先んじての加配と、置かれた環境下の中では、大勢の皆さんの御理解と御尽力をいただいて、全力を尽くすことはできたというふうに思ってはおりますが、最終週も宮城、岩手、福島に改めて私も行ってまいりましたけれども、これは最初から申し上げておりますが、やはりそれぞれの地域、地域、3県でも違いますし、あるいは県の中でもそれぞれの地域において、かなり課題、そして、それに対する対応策の中身というものは違っておりまして、やはりそれぞれにきめ細かい対応が必要だと、それからやはり関係者の認識というものが、見ている角度が少しずつ違いますから、やはり関係者間の情報共有、問題意識の共有と、そういうことが、より必要だなということを痛感をいたしております。
 文部科学省は、おかげさまで高校無償化に引き続き、本年度予算編成においては、35人以下学級に着手をすることができましたし、大学の基盤的経費の削減傾向を食い止め、そして増加に転ずるということ、あるいは科研費の大幅増、マニフェストにうたったこと、あるいはマニフェストで打ち出した方向性について、役所の皆さん、関係者の皆さん、そして何よりも現場の皆さんの強い強い御支持、典型は政策コンテストで、上位8項目はすべて文部科学省であったということに代表されるように、現場の皆さんの強い御支持のおかげで、おおむねオンスケジュールでマニフェストを実行をしてまいっております。これは、この大変厳しい財政状況下では、大変に有り難いことだなというふうに思っております。
 引き続き、政権交代の成果というものを、きちっと国民の皆様方に示していくことが、2年後に恐らくあるであろう解散、総選挙と、2年後に確実にある参議院選挙において、政権交代の成果として「コンクリートから人へ」を政権交代に掲げた、この民主党政権の中心的、中核的な事項になると思います。
 今年の予算編成においては、文部科学省が厚生労働省に次いで、事業官庁においては2番目の予算シェアということで、この旧政権下では、予算配分構造の変更というのは不可能に近かったわけなんですけれども、そのこともできたということであります。
 いよいよ、4年間という意味で申し上げると、この折り返し点を迎え、そして、野田新政権の下で、きちっとあと2年間、2回の予算編成等々をやる中で、この政権交代の実績ということを更に着実に実現をし、国民の皆さんにきちっと説明をし、と同時に、この復興というものを確実にやっていくと。この2つの課題に向かって、引き続き文部科学省が邁進をしていかなければならないと、このように感じているところでございます。
 私からは以上申し上げて、皆さんの御協力に御礼を申し上げたいと思います。どうもいろいろお世話になりました。

記者)
 今の副大臣のお話の中にも出てきたんですけれども、震災対応についてお伺いをしたいと思います。
 今おっしゃったように、教育施設の復興、それから心のケア、それから福島での放射線の除染対策というふうに、もう課題は数限りなく山積しております。その中で、副大臣が次に引き継ぐべき事項として、どういう点を重要視しておられるか、お聞かせください。

副大臣)
 今の三つの課題、いずれも一次補正、二次補正、そして三次補正も含めますと、予算は確保したと、おおむね思っております。
 例えば学校再建についても、場所が変わったにしても新しいところで校舎を建てる場合の校舎の建築費、あるいは校庭の造成費、これについては98.9パーセント補助をするという制度を立ち上げ、そのための十分な予算を確保しているわけであります。
 心のケアについても、少なくとも3県から出てきた教員加配要求については、青天井で応えるということを私は再三申し上げてまいりましたし、先週、先々週の3県への訪問でも、繰り返し担当者に申し上げてまいりました。
 除染についても、文教関係施設については既に山を越えておりますし、それから基金化をいたしておりますから、これはその都度その都度、予算要求をしてということじゃなくて、この基金を使って、どんどんやるべきことをやっていくと。来年度、予算要求においては除染方法の新しい研究開発、それから、その除染をできる専門人材の育成、こういう課題はあろうかと思いますが、これも三次補正、あるいは来年度要求でやっていくということですね。
 国の第一義的仕事であります予算の確保、あるいは制度の設計と、こういうことについては、できました。しかしながら、具体的に実際上、学校の再建をやるとか、心のケアをやるとか、あるいは除染をやるということになった場合に、物事は何でもそうですけれども、お金があるだけではできません。それをやる人材、あるいは物資、機器、機材、正にそのハードウエアとソフトウエアとヒューマンウエアと全部そろって、それを支えるお金があってと。
 これで、そのプロジェクトというのは成立するわけでありますが、学校再建については、これは石巻にも行きましていろいろ話を聞きましたけれども、それから陸前高田に行ったときにも話を聞きましたけれども、要するに、物理的に平地が少なく、かつ、その平地が相当津波によって被害に遭ったと。そうすると住民の皆さんの中には、特に子どもの命を預かる文教施設については、被災をしたところでの同じ場所での再建ということについて、相当な抵抗といいますか、心理的な懸念がある。それは当然だと思います。
 そうなりますと、当然、同程度の津波が来ても大丈夫な場所と、こういうことになるわけですが、物理的にそういう場所が、しかも「学校」というある一定規模以上の土地が、そもそもないと。じゃあ、その土地をどう造成するのかと。じゃあ、その際に学校というのは、特に小学校、中学校になりますと、基本的には一定時間以内の通学圏の中にあるということが前提になります。そうすると当然、住居の問題ということになって、まちづくりそのものと学校再建の、特にこの土地の確保、場所を決めるということが難しいわけでありまして、これは一義的には現場の市町村、設置者でもありますけれども、が決めることではありますけれども、しかし、その調整に対して、国がどういうふうなかかわりをしていったらいいのかということだと思います。
 私どもは、先般もそうでありましたけれども、この仲人というか中継ぎというか、いろいろな関係者のいろいろな議論の場であったり、それを実行上といいますか、半分プライベート、半分パブリックの鈴木寛として、両者の調整をするとか、そういうことはかなり実行上やってきましたが、これは何の権限に基づいて、どこまでやっていいのかということは、はっきり言うとグレーなわけですね。そこは私の人間関係でやってきておりますけれども、これをどう制度化するかというのは、少し議論が要るなと。
 これは別に私だけやっているわけじゃなくて、福島県出身の清水事務次官も、これも事務次官としてやっているのか、いや福島県出身としてやっているのか、いい意味でグレーでありますけれども、その事実上は、いろいろな町長さんや教育長さんが、そういうこれまでの御縁を頼って、結果として清水事務次官のところにいろんな情報が集まり、いろいろなコミュニケーションのファシリテーションというのができていると。これは、もちろん私どものレベルもさることながら、それぞれの担当も、割と固有名詞で、その地域、地域で有名になっている職員もおります。
 このことは、私は新しい文部官僚の在り方として、いいことだと思っています。文科省の何とか課長が地域に相当入り込んで、いろんな人の間を取り持って、いろいろなことが少しずつ改善している、これは新しい官僚像だと思いますが、そういうことも個別論、具体論で地道に積み重ねていくということなんだろうなと思います。
 あるいは心のケアもそうで、我々は、人件費の手当は幾らでもしますけれども、具体的に心のケアをやれる臨床心理士というのは、実働するメンバーで世の中で4,000人から5,000人というふうに言われています。じゃあ、その中で、東北3県に、その多くは関東及び関西に集中しているわけでありまして、そうすると、関東在住、関西在住の多くの臨床心理士、あるいは先進医療の関係者、専門家、もちろんこれまでも個別の要請でスポットでは入っていただいて、そのことは初期の段階の対応としては最大限のことをやっていただいた。それは感謝しておりますけれども、しかし、いつも言っておりますけれども、これだけの甚大な被害の状況、そして、そこで生まれている心のケアのニーズに対しては、どうしても人的に追い付かないということになります。
 じゃあ、しかし、どれだけ3県に常駐していただく形で、本当に携わっておられる方は大変な御苦労をいただいて、その方々には感謝と以外に、何ものでもないわけですけれども、そのトータルで申し上げると、どうしても人がローテーションで変わってしまうとか、あるいはそもそも行ってほしいところにまだ行けない、こういう話があります。
 そうすると、しかし、この専門人材というのは、なかなか一朝一夕で養成できるわけではありません。それから、臨床心理士といっても、子どもの、しかもこういう津波という災害後の対応ということで言いますと、そういうエクスペリエンスはないわけですし、そういう専門性というものを持っている方というのは非常に少ないと。
 さっきの四、五千人というのは、大人を対応する臨床心理士も含めた問題です。しかしながら、やはり子ども特有の問題というのも、児童、精神の専門家、児童精神医療の専門家に聞きますと、ございます。そうすると、そういうことを理解して、かつそれを実践できるということになると、どうしてもそういう専門人材が、やはり全然足らないなというのが率直な感想であります。
 もちろん、それに対しては、先般も3県で申し上げてきましたが、セルフカウンセリングとか、ピアカウンセリングだとか、コミュニティカウンセリングとか、そういういろいろな方法を同時並行で考案し、そしてそれを実践していくということはとっても大事です。
 これもちょっと余談になりますけれども、石巻で子ども熟議をやりました。もちろん、それは熟議としても大成功だったわけでありますが、むしろ子どもたちがいろいろな自主的に制約している、外に表明することを、表現することを差し控えていた、抑制してきた感情というものが、沸々とといいますか、とうとうとといいますか、続々とといいますか、中学生から出ていく現象を私は目の当たりにいたしました。ポストイットにぶわあっと書くわけですね。みんながですね、子どもたちがですね。その、何というか、勢いとかスピードとかというのは、その現場にいると、もう、何というか、鬼気迫るものがあって、逆に言うとこれだけのことを抑えてきたのだなというふうに思います。
 そういう意味では、熟議というのを今までの文脈に加えて、そういうコミュニティカウンセリングとか、ピアカウンセリングとかピアケアとか、そういう意味でも、いろいろな可能性があるんじゃないかなということなども感じました。
 そういうことも含めて、しかし、今までの手法を単に何倍かするとか、桁数を上げると。そのために予算を何十倍、何百倍確保しますと、こういう手法だけでは、現場のニーズに応えられないというのが私の考え方であります。
 除染についてもそうでありますし、それをやるだけの機器、あるいは人材というものをどういうふうに確保していくのかということなどなど、個別に実行、実現していく上で、文部科学省が持てる、あらゆる人脈とノウハウ、そして人材をフルに活用して現場の方々と密接にコミュニケーションしながら、一つ一つ問題を解決していくと、これしかないというふうに思っております。
 そういう意味では、速やかに復興庁がしっかりした体制で、これはどうしても今は行ったり来たりになっていますから、やっぱり現地にある程度の規模及びクオリティーの人的体制、そして、それを補完するネットワークを含めて、そういう個別問題をきちっと解決することが大事じゃないかなというのが私の直近3カ所、行ってきての改めての感想でございます。というか、そういうステージに入ってきたなというふうに感じてます。

記者)
 野田新体制は、前原さんが政調会長になられましたけれども、法案ですとか予算ですとか、そういった政策を、基本的に政調の了承を取り付けると、国会提出前にですね、そういったことを表明されました。
 これは内閣による、政治主導による政策形成といったことを打ち出していた、当初のその政治主導による民主党政権の構想と、やや大分自民党のかつての総務会とか、その辺りをほうふつとさせるような内容なんですけれども、副大臣は政権交代直後から、熟議をはじめとするコミュニティソリューションといったものを政策形成の中に導入されてきましたけれども、こういった党全体の政策決定やプロセスが変わっていく中で、副大臣が御貢献された、そういった熟議ですとか、新しいそういったコミュニティソリューションの方法論というのは、今後の文科省の政策形成にどういうふうに結びつけることができるとお考えでしょうか。

副大臣)
 まず今回の、私も正式に本人から聞いているわけじゃないので、報道ベースでの話でありますが、最終的な政策決定を一応、政調会長が事前了承するということが、非常にショートフレーズで野田代表から語られました。
 まず文部科学省に限って言えば、何の影響もありません。なぜならば、これまでも2年間、文部科学部門会議、あるいはその前身である政策会議と、我々の判断が食い違ったことは1回もありません。逆に言うと、それだけ制度がどうであれ、政策会議、あるいは部門会議とのコミュニケーションを、恐らくどの役所、これはひとえに、むしろ、その部門会議座長の松崎さん、あるいは更にその前任の笠さんのおかげでありますけれども、そういう意味では、政府と党がコミュニケーションをものすごく密に取り、かつお互いに、それこそ熟議してきたということでありますから、特に今回のことで、今までの文部科学省の仕事の仕方というものが、何か変更を迫られるということは一切ないというふうに思います。
 ただ、私もいろいろ併任がかかったりして、ほかのPTとか何とかかんとかに時々出たことが一時ありまして、「ああ、なるほどな」ということを感じたこともあるわけでありますが、非常に口幅ったい言い方になりますけれども、基本的には、同じ志と同じ価値観を持った人たちによって、そして、そうした政策理念を掲げて当選をしてきた人たちによって党というのは構成されていて、そこから政権というものに人間がいっているわけであります。
 熟議というのは大きく言うと2つあって、熟議を重ねると、最終的には合意に達するというハーバーマス的な、理性的に物を考えていけば熟議を尽くせば一つにまとまるという考え方と、それから、熟議をすれば相互理解は深まるけれども、なぜそれが違うのかと、それはよって立つ価値観、あるいはそれに至るいろいろなそれぞれのグループや、その人たちの背景というものの違いを、より正確に理解が深まると。しかし、結論はまとまらないと。大きく言うと、この二派あるわけですけれども、少なくとも、政治案件といいますか、政策案件で、しかも同じ党の中で議論をすれば、これは理論的にはいろいろな調整や修正、洗練、進化というのは当然あるにせよ、まとまっていくものだというふうに理解をしていますし、少なくとも私が担当させていただいた案件については、もちろん途中経過においては、厳しい調整プロセス、理解を求めるプロセス等々はありましたけれども、熟議をきちっとしっかりすることによって、一定の合意、納得、回答というものを作り上げてまいりました。また、そのことが党全体のソーシャルキャピタルを増やすことにつながっているという経験を私もしてきましたので、そういうことがもっと広がっていくということではないかなと。
 前原さん自身も、民主党の安全保障政策という、非常に民主党を一つにまとめていく上で、当初、難易度が高いという課題を見事にまとめ上げられた当事者、あるいはそのときのリーダーであります。そういう方でありますから、熟議によって、党内を、みんなが学びながら、進化しながら成案を得ていくということについては、大変いい意味で期待をいたしております。私も同じ頃に、日本国教育基本法の成案をまとめるというプロセスをやったりをしておりましたけれども、そういうことを感じております。
 ただ、その大前提として、やはりもう少し新人議員の方々等々が、本当にそれぞれの政策現場の方々とのコミュニケーション、そちらの熟議を増やしていくということ等々も非常に重要ではないかなというふうに考えております。
 そういうことも、この政調の主導といいますか、要請の中で、機能も丁寧に、かつスピード感を持ってというお話をされていました。もちろん、我々の最終ゴールは現場をよくする、そのための最善の政策を考え実現するということでありますから、答えは現場にあります。そして、もちろん現場に埋もれているものもあれば、顕在化しているもの、両方ありますけれども、急がば回れではありますけれども、やはりそれぞれの議員がそれぞれの現場とのコミュニケーションを深め、現場の理解を深め、そして現場の方々にもきちっと世の中全体の流れやその政策の背景、動向というものをきちっと御説明をすると。やっぱりこの対話力というものが、かなり人によってばらつきがあるというのは、私の今の党全体での、時々ほかのところに出かけていくときの私の印象であります。
 文部科学部門においては、そういうことを日常やっておりますし、その結果、部門会議に出席をしていただいている議員の方々は、非常にそれぞれの現場との対話を積み重ねていただいておりますので、最後、その立場とかそういうことじゃなくて「現場はどうですかね」ということで議論は落ち着くと、こういうことをやってまいりましたけれども、そのことを党全体に広げていくということによって、この問題はいいふうに使えるんじゃないかというふうに思います。
 で、それは結局、自民党時代は「族議員」という熟議によっても立場を変えないという、熟議というのは、熟議の前と後と自分のスタンス、それからその前提となっている理解というものが変わる、進化する。そうすると、自分の意見というものが変容するというか、いい意味で改善をしていくというプロセスを共有するというのが熟議です。
 民主党は、バリバリの族議員というのはおりませんから、いい意味で自分の立場や自分の意見がどんどん変容していくわけですね。そこに民主党の弾力性といいますか、正に現場主義、あるいは生活者本位とか、学習者本位という視点があるわけでありまして、そこがサプライサイダーの、いわゆる業界団体の利益に乗っかった、そして、それの代弁者である、いわゆる族議員によって構成されている部会、そしてその上に立つ「政調」というものとは、似て非なるものではないかというふうに考えております。

記者)
 教員の質の向上について、お伺いします。
 マニフェストでは、修士化、免許更新制の抜本見直しを掲げて、中教審で議論が始まったわけですが、結局、修士レベル化というところで、具体的な制度設計がちょっと曖昧としていると。免許更新制についても、継続していると。これは、当初の見通しからして、見通しが最初に甘かった部分があるのか、それとも参議院等の「ねじれ」、政治状況の変化によって、なかなか進められないのか。どのように分析されますか。

副大臣)
 更新制について遅れているのは、これはもう「ねじれ」に尽きると思います。ねじれがなければ、更新制の議論は進んだと思います。
 例えば公明党さんなんかも、10年権と更新制のダブりとかについて整理すべきだというのは国会等々で御議論が出ていますし、これは全く私どもも同じ考え方ですし、自民党でも非常に良識派の、現場をよく御存じの議員は、個別に聞いてみるとそうだと、こういう話があります。
 しかし、ねじれ国会の中で、ある種こういうシンボリックな話については、それに対してイエス、ノーという、こういうポジションをねじれで取らざるを得ないという、そして、この独自性をそれぞれの党が主張せざるを得ないという中で、自民党さんとして、なかなかこの教員免許更新という、ある種メンツにかかわる話でもある中で、これを実行上進めるということを、実行的には進めることができたとしても、その制度の御旗を降ろすということは、やっぱりねじれにおいて相当難しいだろうなと。あそこまで鳴り物入りで作り上げた制度でありますから、そこは、しんどいというのは、ねじれの、ひとえに影響だというふうに思います。
 もう皆さん御経験のように、あの35人学級ですら、マニフェストではほぼ全党のスタンスというものが一致しているはず。あるいは一致しているというふうに理解をしていた35人以下学級法ですら、あそこまでもめるわけであります。そして、現に3月31日の年度末までの改正ができなかったことによって、東京では5月になって学級編制をもう1回やり直すという、実被害を教育現場に掛けていると。これが、やはり「ねじれ」の典型的な現象だと思います。
 これまで、私も野党の筆頭理事、あるいは理事をやってまいりましたけれども、現場に迷惑を掛ける話は絶対しないということ。多少いろいろな主張を曲げてでも、少なくとも教育政策については、そういう現場を大事にするということで与野党をやってまいりましたけれども、しかし、非常によい文化、これはこれまでの与野党で作り上げてきた文化で、今までも文教政策に携わってこられた、今の与野党議員の間では十分にシェアされており、いまだにいると思います。
 で、現に35人学級の予算編成等々までは、そういう方々の陰に陽の御支援も得て予算獲得ができたわけです。しかし、それがいざ法案となって出てきて、そして、一旦国対方針で指令が出てしまうと、それまでの議論の積み重ねとは別の次元で、この法案の議論がなされなればいけないと。これこそ、正にねじれ構造ということでありますから、いわんや35人学級ですら、あそこまで大変苦労をいたしました。ねじれのおかげで。そういう中では、教員免許更新制度については、これは、ねじれてしまった中で相当難易度は高いと思います。
 ただ、一方で、前半の修士化の問題でありますが、これは教育振興基本計画の中で、一定程度以上の位置づけがなされていくというふうに思っております。そのことをきちっと引き継いでいきたいと思います。そして教育振興、もちろん予算はなかなか厳しいわけでありますが、教育振興計画の中で、そうした修士比率を上げていく。修士比率を上げていくための修士課程の教育定員、あるいは教育力の充実、あるいはそれぞれの個性を発揮した、あるいは機能分化を意識した教員養成の修士レベルの課程、これは教職大学院及び、もちろんいろんな研究科、両方含んでいますけれども、その両方についてはこの間、それぞれの教職大学院等々でも非常に進んだところはいろんな御議論があります。来年、再来年度辺りから具体的な動きがかなり具体化をするというふうに思いますし、それについて、来年度予算などでも支援をしていくということが始まっていくというふうに思っております。
 したがって、前者のところは、おおむね、要するに法律改正にかかわらない話については、ほぼ予定どおりと。ただ、法改正に係る話については、さっきの、いわゆるねじれの問題というものがあり得ると。そうすると、法改正を必要としない振興計画で位置づけて、そして、そのための体制整備をやっていくということを着々とやる中で、結果として、修士比率を引き上げていくと、とこういうことを計画で位置づけていくということになるのかなというふうに今、見通しております。

記者)
 免許制度ということに関して言いますと、一般免と専修免と、いわゆる何段階に分けていくという改正の話もあるだろうと。これも、やはり法律改正にかかわる話ですので、やはりちょっと滞っていくだろうという、そういう御認識でしょうか。

副大臣)
 法改正にかかわる話は、ちょっとこれで野田体制になって、野党と与党との関係というのはどういうふうに構築されるかということに、ひとえに、そこ次第だと思います。しかし、これまでのことが続くと、やっぱり法改正にかかわった瞬間に、ものすごく難しくなってくるなというふうに思っています。
 一方で、例えば私立高校の採用というのは、今年でもう3割弱ぐらいが修士というふうなことになってきていますから、ある種のメッセージというのは、世の中にかなり伝わりつつあるし、これはもちろん政権だけのあれじゃなくて、教職大学院を前政権できちっと作っていただいて、そして、それに対して現場及び文部科学省が教職大学院をきちっと育てていくと。もちろん、中には問題を抱えた教職大学院もありますけれども、おおむね教職大学院制度というのは定着をしてきたと、こういうことももちろん絡まっていると思います。
 そうなると、私もいろいろ、この間様々な大学の教育学部、及び今度は人事権者との議論もしておりますと、結局、私立の場合は人事権者は私立大学の理事会、あるいは校長、管理職と、こういうことになるわけです。そこについては、いわゆる資質、能力を持った人を採用していこうと、こういう大きな方向になるわけですけれども、都道府県教委は極めてばらつきが大きい、それから、それぞれの大学の教育学部及び教育学研究科、あるいは教職大学院、教職大学院はそういうことはありませんけれども、教育研究科、あるいは教育学部でいうと、その学部その大学の、これは国立大学であってもですよ、その姿勢というのは相当ばらつきがあります。
 悪いところの例を出すと恐縮ですが、例えばいい例を申し上げると、福井県なんかは、福井大学の教育学部、あるいは教職大学院と県教委、これは人事権者ですが、これのコラボレーションというのはもう急速に進んでますね。今、教育研修センターを福井大学の中に作り、そして、正に大学院と人事権者が一体となって、正に養成と採用と研修と、この答申で言っているようなことをやっていくと。
 あるいは京都においても、8大学の連合を、これは市と府と府教委と、両方同じテーブルに着くという、これまでの常識からすると非常に異例なことでありますけれども、やはり本当に教育の現場をよくしなきゃいけない。そして、これから3分の1、教員集団が入れ替わる中で、相当な問題意識と真剣な取組をやっておられるところについては、非常にいい動きがどんどん加速されているということです。
 一方で、どこの県とは申し上げませんけれども、やはりなお今の教育力を維持していくということについて、それは総じて、今のレベルは高いところなので、危機感が薄いということもあるかもしれませんけれども、今、高倍率、要するに倍率が10倍とか20倍を超えるところで、高倍率のところで、今現状をもってしても、それは何十倍の壁を突破してきて、なかなか優秀な若者が入っているところは、そういう意味での危機感というのは相対的には薄いと。しかし、こういうところも確かによくよく話すと、「確かに5年後、10年後はどっと採用を増やさなきゃいけないですよね……」みたいな話になって、次の教育長が「よく考えましょう……」みたいな話になりますから、そこはむしろ、やっぱりこういう問題意識を、かなり濃密にディスカッションをして、人事権者の問題意識というものを変えていく。それから、それを輩出する側の、その県で有力な、その大学の担当者といいますか、責任者の問題意識を喚起していくということが大変重要かなというふうに思います。
 それにつけても、中教審答申がまとまれば、こういうことに中教審は問題意識を持っているんですよということをきちっと、それをもっていろいろな方々への問題意識の共有、あるいは深めるということをやる中で、こういう話はもちろん制度改革は大事ですけれども、と同時に、具体的にそれを担う行政機関の充実、そして、それにちゃんと応え得る、いわゆる、これは教員採用試験の在り方等々にもかかわるわけですけれども、大分県の教育委員会不祥事事件以後、これは当然といえば当然ですが、あまりにも過剰な形式的平等主義というか、形式的公正主義が更に広まっているという問題点を私は感じています。
 当然、中立、公正にやる、あるいは不正があっちゃいかんと、これは当然ですけれども、しかし、その一方で、教員力というのはなかなか数値化できない。実践能力、このところの問題は特に数値化できない、若手教師の実践力が問題になってくる。あるいは保護者とのコミュニケーション能力が問題になっていると。そうすると、そういうことを、正に点の試験の段階でのペーパーテストじゃなくて、正にそのプロセスで、あるいは現場で育てるということは有効です。そして、そういうことについて、一生懸命やってくださっている教育機関はいっぱいあります。
 しかし、いざ教員採用試験でふたを開けてみると、そういうことを一生懸命やってくださっていた大学の卒業生と、言い方は悪いですけれども、いわゆる受験勉強、要するに教員採用試験の受験勉強ばっかり、ばっかりと言うと怒られますけれども、そのことにかなり重点を置いてやられた大学の卒業生だと、残念ながら後者の方が、いわゆる形式的客観主義が、特に大分県事件以降、蔓延しているということもありますので、そうすると、後者の方が合否結果においては優先されてしまうと、こういうことが現にあるというふうに思います。
 このことは、今回じゃなくて前回、7月に私は女川で熟議をやりました。そのときに明確に、あるテーブルから指摘されておりまして、女川の現場で非常に熱心にやってくれている臨採というか、非常勤というか、正規教員じゃないですけれども、だけれども、女川の人はみんな知っていて、子どもも知っていて、「この先生はすばらしい」と言っていて、しかし、毎回受けていると。しかし、まだ受からないということですね。
 早く、この人に正規の教員試験に通ってもらって、この人に担任なり、いろいろな教員集団の中核的な存在になってほしいと、地元の教育委員会も言い、地元の校長も言い、地元の保護者も言い、そして子どもからもものすごく慕われている人が、やっぱり落ちちゃうわけですね。なぜならば、現場にずっと入り込んで子どものケアをしているからです、というやっぱりかなり深刻な話があって、そして、今や東北にいながらと言ったらおかしいですけれども、東北のボランティアにあまり行かず、予備校に行き続けている人が、結果として採用してしまうという、本当にこの矛盾というか、皮肉というか。
 だから、やはりこれは宮城教育大学が、教員養成系の全国のいろいろな大学に声を掛けて、この夏休みも宮教大がオーガナイザー、コーディネーターとなって、全国の国立の教員養成系の老舗の学生の皆さんが今回ボランティアに入っていただいて、学びの支援とかをやっていただいています。これは大変すばらしいことで、関係者も本当に頑張っていただいたと思いますし、現場でもものすごく評価を受けていますし、そして入った側も教員の養成として、非常に実を上げています。こういうすばらしい動きはあるわけですけれども、じゃあ、これは来年ふたを開けたときに、この夏に、ボランティアに、東北に入り込んでくれた人と、それからそんなところに行かず、冷房の効いた東京の受験予備校にずっとこもっていた人とで、ふたを開けてみたらどういう採用結果になるんだろうかということは、私は一抹の不安を持っています。
 ここをどう突破するのかということがすごく課題で、しかし、これはなかなか難しくて、これは日本人コミュニティの中にある、こう1点でも違う、低ければ、それを落とすということについては、おおむね理解があるんだけれども、例えば若干、いわゆる数値化できる能力は劣っていても、面接とか、あるいはそれに至るいろいろなプロセスとか、そういうエクスペリエンス、経験を見て、それを加算して、そしてやっていくと、採用していくと。そこにやっぱりある程度の恣意性は入らざるを得ないと。しかし、そこで入ることに対する、やや潔癖、完璧主義ということが、このことを妨げていると。
 私立の場合は、それはないので、もう少し実質的な採用というのはできていると思いますけれども、やっぱりこの課題は、一教育委員会の課題じゃなくて、日本社会全体が本当にきちっと考えていかないと、公の人材については、相当やはり課題だと思います。
 特に教員採用については、皆さん御案内のように、一般の公務員、一般の地方公務員よりも、より非数値的な要素でもって選んでいいという制度は設計されているにもかかわらず、こういう状況であります。で、きちっとした数的評価で採用しなければいけないとされている国家公務員と比しても、そういう面接の要素とかということを十分に加味できているのかどうかというと、これは点数配分の問題とか、いろんな実行、諸問題等でいろんな課題を抱えているという、いろんな、この社会のいい点、あるいは悪い点、あるいはそういう特徴というものが、いろんな現場に垣間見ていくという問題をどうやって解決していくかという話じゃないかなと思います。

記者)
 任期中にコミュニティスクールとかコミュニケーション教育とか、御自身で積極的にやっていらっしゃいましたけれども、高校教育の改革というのは手を付け始めたばかりというか、この時点で終わってしまったわけですけれども、今後どういう形で引き継いでいくお考えでしょうか。

副大臣)
 おっしゃるとおり、15歳までの教育については、もちろんまだ引き続き、いろんな課題はあります。ありますが、やるべき道筋という政策メニューについては、かなり見えてきたのかなと思います。
 現に、PISAでもレベル5については、もう何の問題もないわけで、そういう意味で言うと、レベル1が日本が4.7ぐらいで、韓国とかフィンランドに比べて、その数倍と。ここは、正にプロである教員の質と数をそういうところに充実をさせて対応していくということで、底上げを図ると。
 それから、日本の子どもたちの総じて問題である学ぶ意欲、学ぶ姿勢ということについては、正にコミュニティスクールのようなことで、斜めの関係やいろいろな年齢層のロールモデルと出会うということによって、コミュニティで地域の子どもたちを育んでいくと、こういうことだと思います。
 おかげさまで、コミュニティスクールは789校になりましたし、1割という目標で、そして全国コミュニティスクール協議会も立ち上がりというようなことです。おっしゃるように、そうやって15歳まで育ててきた教育が、これは私はいろいろなところで言っていますけれども、高校、あるいは大学でもって、それがいいところが摘まれてしまうと。そういう問題意識の下で、高校の改革ということについて着手をしたわけであります。
 いろんな現場の方々のヒアリングをこの間やらせていただいて、非常に私自身も勉強になりましたし、いろんなグッドプラクティス、あるいはいい指導者、いいリーダー、いい校長が出ているなということも分かりました。
 しかしながら、更にこれをどういうふうに進めていくかということになると、これは私の、どう引き継ぐかという話なんで、基本論からすると、すべて大学に行く高校と、それから基本的には就職をする高校と、それからその双方が入り交じっている高校と、大きく言うと三つあるわけですね。しかし、我が国は、一つの学習指導要領でそれを対応しているというのが現実にありますと。やはりそこに構造的な矛盾というものがあると。
 私立の場合は実行上、そこの学習指導要領の弾力的運用ということができていると。しかしながら、一方で、公立の場合は、それは公立でありますから、学習指導要領の枠というものを、やはり遵守をしているという現状があると、こういうことだと思います。
 したがって、その制度の議論としては、学習指導要領というものの大綱化、これもインデックス事項でありますけれども、そうしたことについての議論というものをもう少し深めていくということと、それから、これは少し大きな議論が要りますが、やっぱりそもそも我が国の履修主義と到達主義といいますか、習得主義といいますか、というところをもう一度議論をし直していかないといけないというふうに思います。
 で、これも日本社会全体の文化みたいなところもあって、ちゃんと習得したかどうかは別として、とにかく学校に来てりゃ、組織に来りゃ、出席してりゃ何とかそこに免じてみたいなところがあるわけですね。もちろん、日本の組織文化で、これまでの割と終身雇用型の社会ということであれば、そういうことでも結局、組織に入った後に、いろいろ組織がその人を育ててくれるということで、そういうことでよかったんだと思います。しかし、これだけグローバル化して、人材が流動化して、そして世の中全体の雇用情勢が厳しくなってきている。そして、日本の国力も相当弱ってきていて、なかなか若者社会全体で育てていくという余力がなくなった今日、やはりその方向としては、きちっと習得をするという方向にどれだけ舵を切るかと、そのペースと程度ということについては、やっぱり一定の議論が必要なんだろうというふうに思います。
 また、そのときに、これまではいわゆる競争というものでもって学ぶインセンティブというか意欲というものを、人参でもって、あめとむちでもってかき立ててきたということがあります。しかしながら、要するに、大学全入時代になった今日、やはりこのモデルは陳腐化していると言わざるを得ないと。以前のように、大学進学が相当厳しい、狭き門で、そしてそこに入ることが、また生涯賃金の差にもつながると。こういう中であれば、いわゆる右上がり型高度成長下での生涯賃金、あるいはそれを保障する仕事ということでもって、高校生の学ぶ意欲というのをかき立てることができたと思いますけれども、今日のように、いわゆる受験勉強を真剣にやっているのは4分の1です、1年間で。4分の1が通っていれば、推薦とか英語によって大学を選ばなければ入れると。こういう中でいったときに、従来のような外的な条件でもって、子どもたちを学びに向かわせるという高度成長型のモデルというのは、もう完全に破綻していると。今の中国とかはそういうことなんでしょうけれども、そうすると、やはり内発する学びといいますか、セルフモチベートして学ぶ意欲というものをどういうふうにかき立てていくのかということを、真剣に考えないといけないなというふうに思います。
 もちろん、そのことに大成功しておられる教育関係者はいっぱいいますし、そういうことを実践しておられる教育関係者、あるいは学校はいっぱいあります。すばらしいと思いますが、しかしながら、総じて言うと、まだそういうふうに新しいパラダイムシフトをしていかなければいけないということについて、高校の関係者、あるいは高校の設置者というものが、どこまで意識が進んでいるのかな、あるいは議論が進んでいるのかなという辺り、これはすべてのことに通ずるわけですけれども、文科省、あるいはこの政権が考えてきたこと、あるいは考えようとしていること、これから大事なことは、実際の学校の設置者、あるいはそれを支える層に対して、どうやって共有をしていくのか、そしてまた、その共有をする、あるいはそことの熟議のプロセスの中で、もちろん我々は制度設計をする者もいろんなことを学んでいかなければいけないし、共に作っていく、共に議論しながら作っていくということが必要なんだろうなと。
 そういう意味で申し上げると、高校改革の次のステップは、やはり今までは非常にグッドプラクティスをそれぞれのレイヤーで頑張っておられた方々と議論を積み重ねてきました。これは設置者もありますし、校長もいます。あるいは学者もいます。あるいはNPOもいます。そういういろんなところでやっている人たちの話を聞いてきましたけれども、もうちょっとボリューム層というか、平均的高校教育関係者との対話をどう深めていくのか、そこの意識啓発、そして文科省自体もそのことに対して、もっと、これは御案内のように、文科省の行政体制も高校というものにターゲットを絞った、もちろん高専とか専門学校も含めていいんですけれども、要するに16歳から18歳、あるいは高専だとプラス2とかになりますか、その辺りのゾーンを絞った体制整備とかも、その一歩ではあるわけでありますけれども、しっかりしていかなきゃいけない。
 このことは当然に、高校無償化制度の3年後の見直しというのは法律事項ですから、その議論に向かって、しっかりやっていかなきゃいけない課題だということではないかなと思っております。
 どうもありがとうございました。

(了)

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-- 登録:平成23年09月 --