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講演

-私が変わる、社会は変わる-
「青少年ボランティア活動推進に期待される教育機関とNPOの役割と課題」

  社会福祉法人 世田谷ボランティア協議会理事長
興梠 寛

 皆さん、こんにちは。興梠と申します。今から1時間ほどお時間をいただきまして、今日いただいているテーマを基に、私なりに考えている問題意識を皆さんにお話をしたいと思います。
 それから、今日は大変素晴らしい事例発表をしていただくゲストの皆さんをお迎えしております。私のお話は「入り口」にしていただいて、ゲストの皆さんと一緒に、今日のテーマについて事例発表や問題提起をしていく、ということで進めさせていただきたいと思っております。
 お手元の資料の全部を話し切る、という訳にはいかないと思いますが、話の中で出て来なかった部分に関しては、後で読んでいただいて、参考にしていただけばと思います。また、ご質問がありましたら、何かの機会に連絡を取っていただければ、と思います。

 私の師匠である、アレック・ディクソンというイギリスの先生は、「紙の上に記事を書くだけがジャーナリストの仕事ではない。」とおっしゃっています。ディクソン先生は、特に、第2次世界大戦以降のボランティアの世界を築いていった人です。皆さんがご存じである「青年海外協力隊」は、1965年に生まれたのですが、そのベースになったのは、1961年にジョン・F・ケネディがつくった「平和部隊」です。ケネディは大統領選挙に立つときに、イギリスのジャーナルであり社会運動家であった、アレック・ディクソンからアドバイスを受けて「平和部隊」をつくったそうです。「ボランティア活動を推進していくための」とか、「市民活動」でも良いのですが、そういったことをサポートしていく「中間支援機関」をつくり上げていった方です。ディクソンは、1994年に80歳で亡くなったのですが、戦前、「ディリーテレグラフ」の記者をやっておりまして、第2次世界大戦が終わると同時にボランティア推進機関をつくり、イギリスのコミュニティもしくはグローバルな社会の中で、特に若者たちが中心になってボランティアをしながら育っていく社会、といったシステムをつくり上げました。彼は私に「ジャーナリストは紙の上に記事を書くだけが仕事ではない。人間の心に記事を書くのが真のジャーナリストである。目を見開いて世界中の草の上を歩いてみよ。ボランティアという名のジャーナリストがいる。」と言われました。
 そんなことで感化されまして、私はとうとうボランティアの研究者になってしまいました。

 私がやっている研究、すなわち、学生たちと一緒に学んでいるボランティアや、NPO、市民社会というものに関しては、机上でやっても何の意味もない。自分自身が活動して、たくさんの失敗をして、その繰り返しをしながら、学生たちに自分が失敗していく様を見せて、そして「あんな先生にはなりたくないな。」と思って、私を越える、新しい次の社会を築き上げてもらう。それから、自分自身が実践しながら、その実践を通して学び取ったものを、また学生たちに伝えていく、ということをやっています。

 私は長い間、世田谷の街に住んでいましたが、そういった活動をしていくうちに、「自分の活動だけではなくて、地域にはどんなことをやっている人たちがいるのかな。」と関心を持っていますと、「自分たちが楽しくなりたい。」、「自分自身の生活をより良くしたい。」、「社会の課題に立ち向かいたい。」と、様々な人たちが色々な活動をしていることに気が付きました。そういった人たちと一緒にお祭りをやったりしていくうちに、段々、人間関係が広がっていきました。自分たちが活動しているだけで楽しんでいるのではなくて、「これから活動しよう。」と思っている人、したくてもなかなかチャンスがない人たち、小さな子どもからお年寄りまで、そういった人々に機会を開いていくような仕組みをつくろう、ということを考えました。そして、1981年、アメリカやヨーロッパのボランティアセンターを1つのモデルにして、市民が運営するボランティアセンターとして「世田谷ボランティア協会」をつくり、以来、26年間、運営しています。最初は1人のアルバイト職員を置いただけです。朝10時から夜10時まで、土曜日、日曜日もオープン、そういったセンターをつくりました。「ボランティアコーディネーション」といいますか、ボランティアの相談から、活動プログラムをつくって提供していくところから、ありとあらゆるものをやってきて、そのノウハウを学んできました。(今は、職員をたくさん抱えるようになりましたので、運営する私たちも楽になりました。)

 そろそろ本論に入りたいと思います。私自身、地域で活動し、一方でボランティア活動をしたい人々と、またボランティアをしていくニーズを潜在的に持っている人、それから社会で様々な活動をしている人たち、またボランティアの教育を必要とする人たち、そういった人との間に立って結びつけていく役割をしています。その中で、私たちが痛感したのは、ボランティアセンターの中で、朝の10時から夜10時まで、「私、ボランティアをやりたいんですが。」とか、「ボランティアがほしいんですけど。」という人たちが来るのを待っているだけではなくて、私たち自身が同じ活動者として地域に中に入り込み、地域の中で起こっている問題や課題を私たちなりに拾い上げていく。そして、それをプロジェクト化して、小さなプログラム、小学生用からお年寄りまで様々なプログラムをつくっては投げ、つくっては投げ、プレゼンテーションしていく。地域に参加する手立てを、どんどんつくり、それを地域の人々に、単なる情報ではなくて、参加の手立てを、どんどん提供していく。そういう「プレゼンテーション型」、「課題解決型」、「課題提案型」のボランティアセンターをつくっていくことをやっています。現在、年間100本位のプログラムを(小さなものから大きなものまで)やっています。

 ここ10年ほど前から、特に青少年に係わる活動プログラムが大変多くなってきました。私たちの一番古い活動は、地域の住民の方たちと一緒に展開してきた「冒険遊び場プレーパーク」というものです。ご存じの方もいるかもしれませんが、「自分の責任で自由に遊ぶ」というこのプレーパークを、もう25年以上やっています。

 私たちはみんなでつくるボランティアセンターですから、住民の人たちの主体的な取り組みがなければ駄目です。そして、丹念な息の長い協議を世田谷区の行政とやりながら、まず、最初に「羽根木公園」の一角に、「火を焚くことができる」、「泥んこ遊びもできる」、そして「禁止することを禁止し、子どもがいつでも自分が好きな時間に来て遊ぶことができる」遊び場、しかもそれをたくさんの住民たちがサポートしていきながら運営していく、という遊び場ができました。

 最初は様々な誤解もありました。「火を焚く。開園時間もお日様が昇って沈むまで。そして、禁止することを禁止するな。」と言ったら、ほとんどの方が卒倒しそうになります。これは草の根的な民間の組織だからこそできることで、もちろん、やる以上は事故がないような責任をとらなければいけない、ということもあります。
 やがてはそれが行政とのパートナーシップで進めていく、というふうに変わっていきまして、二十数年の歴史があり、ハッと気がついたら、羽根木公園で始めたものが、今、全国の210か所ほどに広がっていき、市民活動のネットワークになっていきました。

 この遊び場の特徴は、「子どもが選んでいける」ということです。1日にたった10分しか来ない子どももいます。ランドセルを背負って、学校が終わって、その遊び場に来ます。そしてベイゴマを回しています。始終周りに目を配って、周りのお兄ちゃんに、「お兄ちゃん、今、何時? 今、何時?」と聞いています。10分ほど経つと、時間を聞くと、「あっ、いけない。」と言って、去って行ってしまいます。そして、夕方の6時位になりますと、また遊び場に現れて、そしてまた「お兄ちゃん、今、何時? 今、何時?」と聞いて、10分か15分位遊んで、そして消えていきます。多分、塾の帰りにまた寄って、家に帰ったのだろうと思います。これは「子どもが選んで、そして遊ぶことができる遊び場」ということになります。

 午前中は幼児です。青空保育をしているお母さんたちが、たくさん子どもたちと一緒に遊び、冒険をするので、色々なことをやっています。
 午後になると小学生です。
 夕方、太陽が沈みかけ始めると中学生です。
 闇になると高校生、というパターンです。夕方7時頃、今(冬場)は、辺りはもう暗いのですが、7~8人の高校生たちが火を焚いて、その火を見つめている姿というのは、何となく胸が締め付けられるような感じがします。「彼らは、火を見ながら、お互いに何を示しあっているのか。」と想像していくと、私たちは一番大事な若者たちの心を感じるような気がします。

 一方、15年ほど前から「冒険遊び場」が変わっていきました。私たちボランティア協会は、様々な活動をやっている超党派で運営していますが、その「冒険遊び場」が変わっていく、ということに気がついて、色々な討論をしました。
 それは、地域の中に「私たちの目に見える居場所」だけではなくて、子どもたちが「見えない居場所」を必要としている、ということが判りました。「見えない居場所」とは何なのか。つまり「心の拠り所」です。
 「子どもたちの居場所」ということを考えますと、「地域の居場所」と考えてしまいますが、しかしもう一方で「心の居場所」ということも考えていかなければいけない、ということが判るようになりました。なぜかといいますと、「冒険遊び場」は15年ほど前から、「冒険遊び場」と同時に「子どもたちの駆け込み寺」と化し始めました。いじめに遭って傷ついてボロボロになってくる子どももいます。そして、友達づくりが下手で悩んでいる子どももいます。そして「(友だちを)いじめちゃった。」と言って、悩んでくる子どももいます。あるいは「お母さんに1,000円を持ってお使いに行かされたけど、それでおいしいお菓子を買うのに使ってしまった。どうしよう。」という子どももいます。思春期独特の悩みを抱えている子どももいます。学校の勉強に追いついていけないで、「冒険遊び場」に来るのに、いつも鳴り物入りの車で走り回ってくる中学生もいます。様々な子どもたちがストレスを発して「冒険遊び場」に来るようになりました。親から虐待されて、お父さん、お母さん、お兄ちゃんから三つ巴になって殴られて、ボロボロになって来て、「もう帰らない。」と言って、リーダー小屋から出て行かない子どもいます。

 しかし、そうやって「冒険遊び場」に来てくれる子どもは、まだ良いのです。来てくれる子どもは、私たちにとって見える子どもです。しかし、冒険遊び場に来ることができない子どもたちに対して、私たち大人はどういった責任を持てば良いのか、ということを考えました。その結果、イギリスでこういった運動があることに気がつきました。それが「チャイルドライン」です。24時間かける365日間、ひたすら子どもたちの声を聞きつけていく、という活動です。

 英国チャイルドラインは今、全国6か所にステーションがありまして、たくさんのボランティアの受け手の人たちによって維持されています。そしてまた、たくさんの人々がスポンサーになって、チャイルドラインの支援をしてくれています。
 また、イギリスの「ブリティッシュテレコム」という会社は、企業の社会貢献活動の一環として、全てのチャイルドラインをフリーダイヤルにして、その電話代を無料にしてくれています。したがって、子どもはイギリス全土、どこから何時に「チャイルドライン」に電話をかけても無料、という仕組みになっています。某銀行は銀行の堅牢な建物の奥で電話相談ができるように場所を提供してくれています。その理由は、子どもたちの秘密を絶対守るという約束と、それから電話を受けているボランティアの安全を確保するためです。
 企業、行政、そしてNPOと呼ばれているボランティアの団体、またチャイルドラインのポスターやチラシを入れてくれている地域の様々な組織、「親に話せない(相談できない)ことがあったら、チャイルドラインもあるんだよ。」と言ってくれている保護者、学校の先生、様々な人々のコラボレーション(協働)で、チャイルドラインを盛り立てていく、そういうことで、市民によるチャイルドラインの活動が維持されています。
 365日かける24時間、眠らぬダイヤルとして、たくさんボランティアによって支えられています。これを日本に持ち込んでいこうではないか、ということになりました。今から10年ほど前に、世田谷区内の小・中・高校生に10万枚のカードを配りました。現在も年間2回、配っています。教育委員会が協力をして、定期便に載せて、全ての小・中・高校に配ってくれています。そして、ホームルームの時間に先生が説明してくれています。そういった活動をやっていくようになりました。

 このチャイルドラインも今、全国で64か所位でしょうか、広がっています。私たちの草の根的な活動で生んだものは、パテントなど無いです。みんなの共通財産です。どんどんみんなにノウハウを提供して、それが広まっていけばうれしい。そのネットワークが地域を越えて出来上がり、お互いに触発し合い、お互いに学び合うことがあれば、なお良い、と思います。

 取り組みの1つをご紹介しました。そういったことを通して、結論を1つ言いますと、一番シンプルな原点を、私たちは、特に私自身は教えられました。一番大事なことは「子どもに聞け」ということです。つまり「子どもたちの心のメッセージを、本当に大人社会は受け止めていますか。」ということです。

 昨今、いじめの問題が、また大きくメディアで扱われるようになっています。私もマスメディアの出身ですから、瞬間湯沸器のように大きく取り上げて、また沈静化していく、という大きな波があることも知っております。しかし、最近の新聞報道や色々な出来事を見ていきますと、「自分はこの20年間、一体何をやっていたのかな。」と、20年位前から意識している問題に対して無力感を持ちます。しかし、私たちのチャイルドラインに、様々な子どもたちの様々なメッセージが(その内容が作り話なのか、その事実関係が判るか、判らないは別にして)電話の中に寄せられています。このメッセージの中に私たちがいますと、今、表面に出てきていること、メディアで報じられていること、文部科学大臣にあてられた手紙の内容なんていうのは、私にとっては毎日の出来事です。そういう子どもたちの心からのメッセージを、私たちは本当に受け止めているのでしょうか。自分の心のキャンパスを真っ白にして、先入観を無くして、まずはそれを受容しよう、受け止めていこう。「聞く」のではなくて(青少年育成指導者だ、大学の教員だ、ボランティア協会の理事長だ、そういった肩書ではなくて)、「自分の目と耳と心で受け止めていく。」という「聴く」、それを私たちはまず原点にすべきだ、というのが、今日の提起です。

 確かに、私は大学の教員もやっています。自分の理論があって、理論で固めたものを、それを学生に当てはめて、物事を考えようとします。しかし、それはいつも間違いであることに気付かされます。私たちは、物事を分析して、いかなる問題が起こっているか、そして、どのようなノウハウでこの問題を解決していくか。それを考えていくことは当然です。しかし、もう一方で、子どもたちは毎日1分1秒ずつ変化していく。また、訴えかけてくる子どもたちのメッセージをいかに受け止めていくか。心のキャンパスを真っ白にして受け止めていくか。その原点が一番大事だ、ということを私は痛感しております。皆さんはどうでしょうか。

 これを前提に置いた上でお話を続けていこうと思っております。レジュメに「ほんとうの自分と出会うとき」というコラムを載せました。このコラムは私がある本に書いたもので、一昨年と昨年に某大学の入試に出ていたものです。可哀想に、学生はこのややこしい文章を読んで短文にまとめろ、と入試問題に使われたようです。可哀想だな、と思っているのですが、これは私が「ボランティア活動と青少年の心」ということを考えたときに、一番言いたいことを凝縮している文章です。
 かいつまんでご説明します。ここに「意味ある他者」という言葉が出てきます。また「意味ある自分」という言葉が出てきます。自分自身は、一体何のために生まれて、何のために生きて、そして自分自身は何のためにこの世に存在していくのか、生きていくのか。それを自分自身が自覚し、発見することは、どんな大哲学者であろうが、大先生であろうが、容易なるものではないわけです。
 私たちはそれぞれが、考えるか考えないかは別にして、自分自身の生きることの意義、自分自身が存在することの意義を探っていく、これは大問題であります。

 私が知っている、94歳位で亡くなったアイヌ民族のおばあちゃんが、生前、よく私に言いました。「最近の大人や子どもは、人間がこの世に生まれてきたときに何と言って生まれてきたか、みんな忘れてしまっている。」と…。彼女は助産婦さんをやっていました。

 「私は350人も子ども取り上げてきたけれども、どんな子どもも、同じことを言って生まれてくるんだよ。アイヌの子どももシャモ(アイヌ語で「日本人」)の子どもも、ロシア人の子どもも、貧乏人も金持ちも、たとえ、重い障害を持って、たった10分しか生きることができなかった子どもでも、お母さんのおなかから出てきたときにはこうやって生まれてくるんだよ。『うれしい、うれしい、この世に生まれて本当にうれしい。』って、歓喜の声を上げて生まれてくるんだよ。たった1人として『いやだ、いやだ。』と言って生まれてくる子どもはいない。それは人間の子どもだけではないよ。生きるものはみんなそうなんだよ。発展途上国の貧しい子どもたちだって、みんなそうだろうと思う。にもかかわらず、なぜ1日当たり4万人の子どもが死んでしまうのだろう。たった10分しか生きることができなかった子どもも、全身の力を奮って『うれしい。』と言って生まれてくるんだよ。」

 アイヌのおばあさんは、そう言われました。

 人間というのは、場所と時間を選んで生まれることができないわけなのですが、生まれてきたからには、時間の問題ではないのです。肩書の問題ではないのです。それぞれが、「自分が本当にうれしい。」と思った人生をつくり上げていくことに、私たちはみんなで協力していく。これも一番大事な原点だと思います。そのためには「意味ある他者」が必要だ、とレジメに書いているわけです。
 つまり、「自分が生きることの意味を発見していくためには、『意味ある他者』が必要だ。」ということです。これを別の言葉で言いますと、先ほどのごあいさつの中にもありましたが、「私を必要としてくれる人」です。「私をかけがえのない存在として認めてくれる人」です。「私を待っていてくれる人」です。「心待ちにしてくれている人」です。「私を頼りにしてくれる人」です。

 第1点は、「ボランティア活動」という言葉の良し悪しは別にして、好き嫌いは別にして、「人間は、自分を必要としてくれる人無しには、生きていくことができない。」ということです。

 普通は、私たちの日常の家庭の中にあります。「お父さんやお母さんは、僕を必要としてくれる。」、「お兄さんやお姉さんが頼りにしてくれている。」最近は核家族化ですから、「成績が悪い。」と言って親に怒られても、「おじちゃん、おばあちゃんは『元気であれば良い』という、単純な理屈で自分のことを肯定的に見てくれる。」という機会は、なかなか無いんですが、そういうことが家庭の中で有る。隣近所とのコミュニティの中でも、「あんたは本当に元気で自転車をこいでいる。あんたの顔を見ていると元気が出る。」と言ってくれる人がいる。そういうような場面が必要なわけですが、日常の暮らしの中で自然に「意味ある他者」に出会い、「意味ある自分」を発見していく機会がなかなか無い、ということです。

 「ボランティア活動は嫌いだ。」という人がいます。「色々なことをするのが嫌だ。」という人もいます。「他人にかまうのは嫌だ。」という人もいます。そういう好き嫌いは別にして、「『意味ある他者』の存在無くしては、「意味ある自分」を発見することは出来ない。」ということに気付いてもらわなければならない。

 とするならば、どういう場を用意すればいいか。やはり「そういったことを痛感できるような機会やチャンスをつくり出していく。ボランティア活動の持つ潜在的な教育力を活用して、自分自身の存在の意味づくりをしていくチャンスをつくっていく。」これが1点だと思います。

 私が教えている大学生たちが言います。もう大学生です。19歳や20歳になってもこういう状態の大学生がいます。
 その学生が、ある特別養護老人ホームに行ったのですが、「帰ろうとした際、おばあちゃんが泣きながら手を握って、『来月もまた来てね、あんた絶対に来てね。』と言ってくれました。」と、私に泣きながら報告するのです。
 私は、「なぜ、この学生はこんなことで泣くのかな。19歳になって、何で泣くのかな。おばあちゃんが『来月また来てね。』と言っただけの話なのに。」と思い、その学生から話をよく聞いてみますと、彼女は大学に入るまでの間、結構、辛い経験をしています。自分自身が自信を失ってしまったり、時には偏差値で輪切りにされて、「私は生きている価値がない。」と思ってしまったり、様々なジレンマの中で自己確認、自己発見が出来ないでいた。その中で、もう、お金儲けを考えているわけでもない、肩書を必要としているわけでもない、普通に人の心を受け止めることができる、特別養護老人ホームで生活しているお年寄りの一言が、胸を刺す。私のことを必要としてくれた「意味ある他者」、その出会いによって自分を発見するところにつながっていく、ということだと思います。

 「社会の中で、そういう場面やチャンスをつくり出すこと無しに、子どもたち、青少年がそういった機会に出会うことが難しい。」ということを、第1点にあげたいと思います。

 2つ目です。私たちが、ただ黙っていて、何もしなくて、社会が動くはずはないです。私たちの暮らしをより良くするために、自発的に参画しながら社会の問題を解決していく。そして、より良い社会を築いていく。また、より豊かな人間関係を築いていく。そういうことをやっていかなければならないわけです。そういうことを怠っている社会は、当然、活力を失い、駄目になります。

 特に、日本は第2次世界大戦以降、先輩たちが頑張って、大きな社会基盤をつくってくれました。私は昭和23年生まれです。経済成長とともに育ってきたわけですから、どちらかというとボンボンのような人間です。私のような団塊の世代が考えなければいけないのは「誰が社会をつくっていかなければいけないのか。」ということです。そして反省しなければいけない。つまり私たち1人ひとりの主体的な社会への参加、それがあってこそ、初めて社会が健全になっていく、ということです。「社会に参画していく。」という文化を、私たち大人は築き上げ、そして子どもたちが私たちの背中を見ながら学び取っていく。そういった社会をつくるためにはどうすれば良いのか、ということです。「参画」というものが、いわゆる「ボランタリー社会」です。「人々が自発的、主体的に社会に参画して築き上げていく社会」ということになります。
 今、気を付けてものを言ったんです。私たち大人がそういったものに取り組んでいくことを通して、子どもたちが私たちの姿を見て、批判もして、良いものだけを取り入れる。そして、子どもたちが次の新しい社会のスタイルを築き上げていく。私たちはその礎になっていかなければいけないわけです。社会の問題を解決していくために社会に参画していくという面では、ボランタリー活動には「潜在的な教育力」というものがあります。レジュメでは「ボランティア学習」と言っていますが、「ボランティア活動の持つ潜在的な教育力を活用して学ぶ、そういったチャンスを青少年にどんどん提供していこう。」ということで、話が始まっています。

 先ほど、チャイルドラインから話を始めたわけですが、「ボランティア活動の潜在的な教育力」というのは、1つ目の側面として、「自分自身を発見していく、自己への探求、personal insight、自分自身の存在を確認し、生きることの意味を発見していく。」というものがあります。
 2つ目が「社会問題を理解していく。」ということ。私たちの身近な暮らしの中で起こっている課題や問題につぶさに触れる。しかも、それは体験だけではなくて、子どもたちは「問題解決的」に取り組んでいく。「どうすればその問題は解決するか。」、「どうすればこの人は幸せになるのだろうか。」と、その子どもの発達段階に応じて、それにチャレンジして、取り組んでいく。それを通して、「今の自分だけではその人を幸せにすることはできない。貧しい国の人々には、ただ募金を集めただけでは解決できないんだ。」ということに気付く。そして、さらに課題を再発見していく。またチャレンジする。さらに課題を再発見していく…。それが延々と続くわけです。“Never ending study”、「終わりなき学び」です。

 私はバングラデシュの救援活動を34年間やっています。しかし、我々は何も成し遂げていないことに気が付きます。「この活動は500年、1,000年単位でやらなければいけない。」とよく言います。でも、僕らはやがて死んでしまいます。「だから、いっぱいビデオや教材をつくって、次の子どもたちに残そうね。」と言って、異文化に関する教育のプログラムなどをつくったりしています。国際協力とか、学習の色々な教材をつくっています。
 問題を解決的に学んでいく。そして、課題を発見し、また学ぶ。つまり「プロセス」ということをとても大事にしています。「結論」ではない、その「プロセス」を大事にした学び、というものがあるということです。

 ボランティア活動が持つ潜在的な教育力をもう1つ挙げますと、「学習成果の応用」と書いてあります。「自分が算数、国語、理科、社会を学んでいる。これは自分のためだけ? 受験のために必要なだけ? 自分がハッピーになるためだけ? 自分がハッピーになるだけの学びというのは、理解度が上がっていくのだろうか。」という疑問です。
 これは、学校に行く子どもだけではなく、大人だってそうです。「生涯学習社会」と言われるわけですが、おじいさん、おばあさんから伝えてもらった、漬け物の作り方や踊りを、自分のものだけにして生きる? 様々な生活の知恵を自分のものだけにして自分が儲かれば良いの? それだけでは絶対に上達しないです。

 私の母親は今、九州に92歳でおります。私より長生きしそうですが、母親は今でも詩吟の先生をやっております。なぜかというと、「自分が上達するためだ。」と言っています。「四畳半の部屋の中で、いくら自分がうなっていても、上手にならない。やっぱり人に教えなければ。」と母親は言います。そして「教えるときは緊張して、前の晩は寝られない。」と言います。92歳の母親が、お弟子さんに詩吟を教えるのに、前の日は寝られない。なかなか素敵な姿ですね。そうやって自分が修練して、お弟子さんに教え、そこでまた課題を発見して、また精進していく、ということ…。そういった世界です。

 詩吟だけではなくて、国語、算数、理科、社会だって同じことです。「学んだものを自分で独り占めにしない。それを他の人や社会のために分かち合っていく。」ということです。
 目的は、国語、算数、理科、社会。大学の講座で言えば、物理学でも良いのですが、そういったものを学ぶ。しかし、学ぶ手段として、「地域社会やグローバルな社会をキャンパスにして、ボランティア活動の持つ潜在的な教育力を活用しながら学ぶ、教科を学ぶ。」という目的があります。それをアメリカ流にいいますと「サービス・ラーニング」、「コミュニティ・サービス・ラーニング」といいます。

 「『サービス・ラーニング』を取り入れていくと、様々な効用がある。大学の授業から発展した、こういった教科教授法は学生に大きな効果がある。」とアメリカの先生は言いました。私が「どうしてですか。」と尋ねると、アメリカの先生は「成績が上がるのです。」と答えます。(そう言うと、すぐに日本の受験ママや受験パパは「『サービス・ラーニング』をやると、うちの子は勉強ができるようになるんだ。」と言います。その考えはちょっと危ないのですが…。)
 どうしてですか。だって、自分が学んだことを社会のために、人のために役立てることによって、自分を修練できるのです。
 さっきの詩吟の話もそうです。例えば、ある高校生が小学校に出掛けて行って、小学生に算数を教えることになったら、自分がちゃんと教えられないと恥ずかしいから、先生にも親にも隠して、前の晩、算数の勉強をしているのです。国語を教えに行く前に、漢字の綴りがちゃんとできないと恥ずかしいから、その学生はそっと勉強している。自発的に学んでいくという気持ちが生まれていく。そして、勉強を教えてあげた小学生から「お兄ちゃん、ありがとう」と言われたときに、その学生は学んだ喜びが生じてくる。それは学ぶ意欲につながっていくのです。同時に「一体、私は何のために算数を勉強しているのだろうか。受験のためだけなのだろうか。」、「何のために国語を勉強しているのだろうか。」と考えるようになるのです。
 「国語というのは、お年寄りが心が豊かになっていくためにこんなに役に立つんだ。国語というのは深いなあ。」と。やがて、「私たちは日本人の国語だけ考えているけれども、世界中の地域、民族にそれぞれの国語がある。」ということを知っていく。そういったことによって、益々、学んでいく意欲が生まれていく、ということです。ですから「サービス・ラーニング」を取り入れると、結果的には自発的、主体的に学ぶ意欲が子どもたちに生まれ、(結果的に、それがテストの点数に表れる、表れないというよりも、もっと大事な)自分自身が生きていく上で、最も大切な国語になっていく、ということです。

 2つ目に、「サービス・ラーニング」は大学の授業にも大きな効用があると思います。私は、世田谷区内に昭和女子大学があって良かったな、と思います。大学には、様々な知識やインテリジェンスや技術を持った先生たちがいます。そこには様々な若いパワーの学生たちがいて、学んでいる。そういった大学が地域社会の中にある、ということがどれだけ地域社会の役に立つか。大学があって良かった。そういう形で、地域社会が「大学が地域の中にある」ということのアイデンティティをきちんと見出してくれる、ということです。昭和女子大も今年7月1日、やっと「サービス・ラーニング・センター」というものをオープンさせました。「学問を学ぶために、ボランティア活動の持つ教育力を活用して、学問を追求していく」というカリキュラムが、今年の後期から始まりました。
 「サービス・ラーニング・センター」には専門の有給職員のコーディネーターが居て、担当の私もしょっちゅう、そこに居ます。そこで、学生が、学問を学んでいくためにボランティアを応用する学習計画を立てる。そして何度も、その学習計画を私に書き直しさせられています。「こんなものでは駄目だ。『何をやるのか』は問題ではない。『何を学ぶか』が問題なんだ。学ぶネタを最初はどこに課すべきなのかを書け。」と。やがて計画書が出来て、私がその計画を認証する判子を押すと、学生はその計画書を持って、実践していくのです。実践前、4コマ位の「事前学習」があります。対人コミュニケーショントレーニング、安全学習、マナートレーニング。そして、学生たちが互いに計画を検証し合って自分の計画を直していくのです。そして、実践するのです。2時間以上やりましょう。実践して、大学に戻ってくると、今度は、3コマ、振り返りの学習をする時間があります。そして、報告書を書かなければいけないのです。1報告書と2教科のテーマを課した論文、それらと3活動計画書の3つが全部加味されて、最終的に点数になっていく。
 こういう形で、大学がコミュニティをキャンパスにする、また、グローバルな社会をキャンパスにすることによって、学生たちが実証的に学ぶ。その結果、大学が(私の講演の後、事例報告で、高等学校での話も出てくると思いますが)地域社会の中で大きな役割を果たしていく、また認知されていく、という、大学に対する効用があります。

 3つ目です。先生にとっても効用があります。教師にとっても得です。昨日までは先生が授業に立ってアーとしゃべり始めたら、学生は寝ている。先生がウーと言っても学生は寝ている。ところが「サービス・ラーニング」を取り入れると、学生が関心を持って先生の話を聞いてくれるのです。「学び」が教室の中だけではなくて、地域社会やグローバルな社会、コミュニティの中に広がっていく。そのことによって、学生は先生が教えようとしている教科に対して興味や関心が出てくる。これは先生にとっても非常に大きな効果があります。
 最近、大学では落語家を呼んだり、漫才師を呼んだりしながら、学生たちにいかに楽しく面白く授業をやるか、先生自身が勉強しています。面白いでしょう。落語家を呼んで大学の先生が気難しい顔をして勉強しているのです。そんな顔をしていては落語家になれるはずはない、タレントになれるはずがないのですが、そんなこともやっています。学生の興味や関心を引き立てていくワークショップの授業などについての講習会などもありますが、そういう形で、先生に対しても大きな効果があります。「自分が教えようとする学問に対して、学生たちが興味、関心をもっともっと寄せてくれる。」ということです。

 そして、最後にコミュニティに対して大きな効用があります。地域社会には様々な課題解決に取り組んでいるボランティア団体、またマイノリティと言われているような人たち、社会の援助を必要とされている人たちがいて、みんなで楽しい地域をつくらなければいけない。スポーツ、文化や様々な社会資源があります。そういったところに学生たちがサービス・ラーニングを通してどんどん出かけていく。
 学生たちは、「先生、あそこのグループでこんな良いボランティア活動をやっています。解決していくための良いアイデアはないですか?」と言っています。「どうですか。先生、あなたもやるべきです。」と言われて、先生も学生と一緒にボランティア団体のところに行って、取り組んでいく。
 そういうことを通して、もちろん行政、NPOを含めて、地域社会そのものにも大きな効果がある。サービス・ラーニングというのは、大変大きな教科を学んでいくもの(「教授法」と言いますか)として発展していくことになります。

 こういった形で、ボランティア活動の持つ潜在的な教育力というものを、立体的に考え直してみて(私たちの日常の暮らしの中ではそんな簡単に分けられないのですが)、青少年自身が自ら生きることの意味、存在することの意味を確認し、再発見していくという、いわゆる「自己愛の探求」、そういったことを目的にしたプログラムもあります。
 それから、社会問題を理解し、様々な課題に取り組んでいくことを通して、「自分たちこそが社会の主役なのだ。」という自覚と責任意識を育んでいく。同時に、単なる学問というだけではなく、生涯学習社会の中で様々な形で自分自身が学び、習得したり、伝えられたものを、他の人々や社会の中で分かち合うことを通して、更に磨きをかける。
 そういう3つの側面があるというところで、今、大きな注目が集まっています。

 ヨーロッパやアメリカでは、ボランティアの持つ「教育力」というものが研究や著作の中心になっています。そういった事を紹介しました。

 今から1カ月ほど前、我が国の総理大臣が就任した際、教育というものを大きく取り上げました。「美しい日本」という本の中で、「大学を始めるのは9月にしましょう。高校は2月、3月で終わって、その間、ボランティア活動をすることを取り入れてはどうか。」と、そんなことをおっしゃった。そこで、報道するネタのないマスコミ各社が、私に何かコメントを出せ、ということになり、私は逃げ回っていたのです。 私は「政策ブレーンの人たちが練り上げたものだろう。」と思い、マスコミの人たちにそう言ったわけです。イギリスでは「ギャップイヤー」と呼んでいます。ギャップ、谷間ですかね。「人生の谷間」、暗いイメージですね。

 イギリスに「ギャップイヤー」という制度があります。大学入試を受けて、合格しても、すぐに大学で勉強するのではなくて、1年間とちょっと、(夏休みを入れると12か月間よりもちょっと長くなるでしょうか、レジュメの中に入っていますので確認してください。)1年間とちょっと、国内や海外で就労体験したり、体験学習で働いてみる。もしくは趣味でも良い。ヨットで世界一周するのも良し。それからボランティアでも良いのです。いわゆる「就学猶予制度」です。勉強をする前に、色々な体験をしましょう。それが「ギャップイヤー」です。人生の大きな飛躍の年に、そのような体験をする。そういう制度がイギリスにあります。それを参考にして、我が国の総理大臣は提案されたのではないか、と思います。イギリスでは、総理が提言した半年間より長いんですが。
 特にイギリスの若者たちに人気があるのは、ボランティアです。今から10年位前だったと思います。日本のテレビのワイドショーに一時期出て「オー」と思ったことがあります。それは、イギリスのウィリアム王子が、中南米の障害のある人たちの施設で便所掃除をしている映像で、彼はギャップイヤーでボランティアをしていたわけです。
 馬の鼻先にニンジンをぶら下げるではないですが、「良い学校に行かなければいけない、勉強しなければいけない。」というので、勉強中心で来た人生です。それを更に磨き上げていく前に、例えば、大学で学ぶ前に1年間、ボランティア活動の体験をする。それを通して「自分は一体何のために大学で学ぶのか。学問を通して自分は何かを見つけ出していくのか。」を考える。同時に、大学を卒業した後の人生の設計をしていく。つまり、「どんな職業に就くか。」というイメージを持つ。同時に、「どんな人間になりたいか。そして自分の人生を完成させていくのか。」と。

 私の大学の学生は、3年生になって就職ガイダンスが始まると、「どんな仕事をしたら良いですか?」と聞いてくるのです。ある時、私が授業をやっていましたら、突然、ある学生が入ってきました。彼女は3年生です。教室にたくさんの学生がいるのに「先生!」と叫んだのです。「今、就職ガイダンスを受けたのですが、私は何をやったら良いか、判らないのです。」と、涙ながらに言います。そこで「しようがない、みんなで考えよう。」ということになったのです。
 教室にいた学生が皆、あれこれと言ったのですが、私が最後に言ったのです。「君たちは『どんな職業に就くか。』しか言っていない。不愉快だ。大事なことがもう1つあるじゃないか。それは、『どんな人間になりたいか。』だ。仕事には定年はあるぞ。途中で変わるかもしれない。仕事をやっていて、自信を失うことがあるかもしれない。車が売れないとか…。だけど大丈夫。『どんな仕事をしたらよいか。』だけでなく、『自分はどんな人間になりたいか。』という考えと、その両方を持たなければ…。」と…。私がそう言ったら、その学生は「気持ちが軽くなった。」と言っていました。そういうことのためにボランティアは有効だ、ということで「ギャップイヤー」が非常に注目されているわけです。

 私は「ギャップイヤー」で1年間、イギリスから日本に来る人たちを、ボランティアで受け入れているのです。日本のNGOやNPOの色々な団体に協力していただいて、食費を持っていただいて、活動のチャンスをいっぱいつくっていただいています。そして、若者たちは、うんと育ってイギリスに帰っていきます。やがで、大学を卒業した後、(うれしいじゃないですか)日本研究の学者になっていたり、有名なジャーナリストになったりして、日本に関して良い論文や記事を書いてくれます。

 ただ「サービス・ラーニング」ということだけではなくて、自分のライフステージの一角で、ボランティア活動の体験をすることを通して、自己実現のイメージを組み立て直していく。更に、生きていくための目標や、生きる意味を再発見していくことにつながっていくなど、ボランティアの持つ「教育力」を考えていくことができます。それは資料の中に色々書いてあります。

 こうしたものを進めていくためには、社会的なシステムを整備していかなければいけない、というのが私の最後の結論です。
 図の真ん中に「社会問題」とあります。青少年のボランティア活動の持つ潜在的な「教育力」や「人を啓発していく力」を活用していきながら子どもたちが育っていくためには、1血縁セクター、2地縁セクター、3行政セクター、そして4企業営利セクターの4つのセクターがきちんと機能しなければいけない。どれか1つが欠けても駄目です。
 まず「家庭」、「血縁社会」です。そして「町会、自治会」のような組織の協力が必要だ。同時に、「役所がやれば良いだろう。」というのではなくて、「ボランティアが集まってつくった組織」、いわゆるアメリカ英語で‘NPO’、イギリス英語では「ボランタリー・オーガニゼーション」(アメリカとイギリスでは単語が違います。)日本では「ボランティア団体」(スタッフを抱えているような大きな団体もあります。)そういうところの役割も重要です。
 そして、先ほどチャイルドラインのお話をしましたが、当然、「企業の協力」も必要です。企業は利潤を上げて、株主に再分配したり、設備投資、再投資するだけでなくて、「企業を支えてくれている株主、消費者、社員、そしてコミュニティのために、利益の一部を社会に還元していく。」という責任があるのだ、という意識が根付くようになってきました。企業のいわゆる「ソーシャル・レスポンシビリティ(社会的責任)」というものです。単なる倫理道徳や、良い事をするのではなくて、企業が生き延びていくためにやらなくてはならないフィロソフィー(哲学)です。いわゆる「社会貢献活動」ということで位置付けされていくようになりました。特に1990年代以降、日本でもそういう機運が高まってきております。

 この4つの社会的セクターが、青少年を中心にして、また青少年に様々な教育機会を用意してくれている学校や、また民間の力、社会教育機関、それらを中心にしつつ、4つのセクターがそれぞれの持ち合いを生かしてこの問題に協力していく。また参画していく。あるときは双方が批判する。あるときは緊張関係を持ってパートナーとして平等に接していく。あるときはパートナーシップを組んで、問題の解決に当たる。そういった社会のシステムをきちんと整備していく。弱いところは強化していく。お互いにサポートしていく。そういった社会が大事です。
 そして、この4つの社会セクターが、協働したり結び合って力を発揮していくためには、古い言葉で言えば「縁結びの神様」が必要です。それがいわゆる「中間支援機関」です。例えば「浜松NPOネットワークセンター」とか、私たちのような「ボランティアセンター」です。皆さんの市町村には「体験活動、奉仕活動支援センター」として運営しているところもあります。「ボランティアセンター」は、中間の立場で、それぞれの社会的セクターの言い分を聞きつつ、それぞれの持っている得意技をきちんと発見し、問題解決のために進めていくための「中間支援」をしていく。そして、コーディネーションのシステムや仕組みが大事になってくると思います。
 そういったものを参考にしていただきながら、この後、素晴らしい事例発表をお聞きになっていただいて、皆さんなりに、社会のシステムをどうつくっていくかを組み立てていただければ、と思います。
 ご清聴ありがとうございました。



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