図書館の可能性(長野県上田情報ライブラリー)

図書館の可能性 -上田情報ライブラリーの試み-
上田情報ライブラリー

1.はじめに

 上田情報ライブラリーは2004年4月23日、長野新幹線上田駅前に開館した。1995年度に上田市図書館協議会から「上田駅前図書館」の提言がされてから丸10年、上田駅前に新たな図書館を創りたいという提案が実を結んだものであった。開館した上田情報ライブラリーは、“暮らしとビジネス支援”と“千曲川地域文化の創造と発信”“市民協働の図書館づくり”を旗印に、長野新幹線上田駅前という立地条件を活かし、通勤・通学・買い物等目的の成人を主な対象とするサービスを目指している。図書・雑誌・新聞の印刷媒体、インターネット・データベースの電子媒体、DVD 中心の映像資料からなるハイブリッドライブラリーを構築し、開館以降次々に各種セミナー、企画展、文化事業を展開している。お陰様で、開館から二周年を迎えた現在、予想を上回る入館者があり活況を呈し、市民からの評判も良く、新しい図書館のあり方、新しい図書館の可能性を示すことができるのではないかと夢を膨らませている。以下、当館が目指すコンセプト、具体的内容や活動状況、課題等について述べる。

2.ビジネス支援の背景と上田情報ライブラリーの“暮らしとビジネス支援”

 公立図書館の新しい潮流として、ビジネス支援図書館が登場している。この背景として、2001年に文部科学大臣告示された『公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準』の中で、2市町村立図書館(4)利用者に応じたサービスの項目の最初に1「成人に対するサービスの充実に資するため、科学技術の進展や産業構造・労働市場の変化等に的確に対応し、就職、転職、職業能力開発、日常の仕事等のための資料及び情報の収集・提供に努めるものとする。」が挙げられたことは非常に重要だと思っている。一方で、デジタル化と情報通信技術の進展は日進月歩どころか秒進分歩の勢いで、図書館はデジタル技術を利用、工夫する第一線にあり、図書館の新たな可能性、役割への期待が広がっている。また、政府の最高政策決定会議である経済財政諮問会議の「骨太の基本方針2003」は、第2部構造改革への具体的な取組 4雇用・人間力の強化に「ビジネス支援図書館の整備」が盛り込まれた。上田情報ライブラリーのビジネス支援は、市民生活や仕事に必要な情報・資料提供をする図書館、市民に役立つ図書館を標榜し、暮らしの視点も強く意識し、“暮らしとビジネス支援”とネーミングしている。

  ア 資料・情報の構築-ハイブリットライブラリー

  (1) 印刷媒体
 
1 図書 「暮らしとビジネスゾーン」約1万冊
2 雑誌 関係誌約100/180タイトル
3 新聞 関係紙15/40紙
4 その他の情報源
(2) 電子媒体
 
1 有料データベース
 
*ウェッブ系: 信濃毎日新聞データベース・日経テレコン21・朝日新聞「聞蔵」・「MAGAZINEPLUS」・農文協「ルーラル」
*パッケージ系: 日本国勢図会・判例
2 無料オープン・データベース
  書誌情報検索、事実調査の検索のために、無料でオープンのデータベースや関係サイト、図書館・関係機関ホームページ等を活用している。
3 パソコンの持込み及び貸出によるインターネット検索サービス

  イ セミナールームでの各種講習会・セミナー

その日の仕事を終えたサラリーマンや働く市民が利用できるように、平日は夜8時30分まで開館し、暮らしとビジネス支援の各種講習会・セミナー積極的に開催している。

<2004年度>
1 現代人の健康セミナー(5回)
2 ビジネスと暮らしのためのデザイン(6回)
3 図書館で医学情報を集める
4 生活便利講座「特許情報検索セミナー」「みじかな食べ物探検隊」「個人事業者の決算・確定申告フェア」「フレッシュマン応援フェア」等
その他、企業が自主的に行う研修会、説明会等も時々開催されている。
 
写真1 講習会・セミナー風景

  ウ 関係機関・団体との提携セミナー

 セミナールームでの各種セミナーは、次のような関係機関・団体と提携して、お互いのメリットを活かしながら開催している。

  1 ハローワーク上田、ジョブカフェ信州、長野県知的所有権センター、関東農政局上田統計食料事務所、上田税務署、長野県創業支援局、上田市役所商工観光課・健康推進課企画課等
2 信州大学、長野大学、上田女子短大、上田職業安定協会等

  エ 文部科学省委嘱事業「社会教育活性化21Cプラン」の展開

 2004年度、2005年度にわたり全国26地域の文部科学省委嘱事業の一つに指定を受け、上田情報ライブラリー機能高度化事業として事業展開をしている。これは当館と協働運営関係にあるNPO上田図書館倶楽部、地元大学関係者・学生、中小企業診断士、上田地域職業安定協会等がつくる「上田地域暮らしとビジネス支援協議会」を設立して、企画、運営に当って、図書館が行う暮らしとビジネス支援のモデルケースを目指している。ビジネス支援は、創業・起業支援の面と、社会人・若者のための職業能力開発、キャリアアップの面に対する知識・資料・情報提供による支援があるとの基本的な考え方に立ち次のような事業を実施している。

  1  創業支援セミナー
  創業、起業に関心のある市民を対象に、実際に起業した方、経営者、中小企業診断士、税理士が講師になって「私の創業体験」「経営者と語ろう」「創業のための経営実務知識」等
2  青年のキャリアアップ講座
  ジョブカフェ信州、ハローワーク上田、長野大学の教官・学生、上小地方事務所商工雇用課、上田市商工課・健康推進課、上田地域職業安定協会等が参画し、上田地域の高校地元企業等の協力をいただき、若者を対象に、特にニートにも焦点を当て「自分・仕事・生き方・再発見」をテーマとして、「フライデーセミナー」、「講演会及びシンポジウム」「カウンセリング」、「関係機関ネットワーク会議」等を開催
3  デジタルライブラリアン養成講座等

  オ “青年のキャリアアップ”を支援するレフェラルサービス

 情報提供機関としての図書館の役割・機能を発揮し、敷居が低いという図書館の特性を活かし、就職できない若者、フリーター、ニートなどの青年を図書館として支援していく。そのために、上述の青年のキャリアアップ講座開催に参画しているジョブカフェ信州・ハローワーク上田・上小地方事務所・上田市等の関係機関、長野大学・地域の高校上田職業安定協会等の関係団体、学識経験者・企業経営者・キャリアカウンセラー・産業カウンセラー等の関係者及び支援団体等と結び、これらを案内・紹介し必要な情報提供をするレフェラルサービスを充実させ、青年の自立とキャリアアップを支援する。

3.もう一つの柱-千曲川地域文化の創造と発信

  ア 千曲川地域資料の収集と提供

 千曲川流域、つまり東信から北信のかなり広範囲な地域の郷土資料、地域資料を積極的に収集している。特に、真田三代・真田ものの特設コーナーを設け、千曲川流域の文学作品も積極的に収集している。千曲川地域のことを知りたければ交通の便利な上田駅前まで来てもらい、市民はもとより市外の方にも、観光や出張で上田にこられた方にも資料提供をしている。また、常設の「小空間・地域の文化を支えた人々」コーナーを設置し、「地域の文化人シリーズ」「千曲川地域の文学と歴史」等の講座も定期的に開催している。

  イ ことばの繭ホール文化事業

 上田情報ライブラリーの大事な取り組みに“ことばの繭ホール文化事業”がある。お蚕さんが繭を紡ぐように言葉の文化を紡いでいきたいと思う。朗読会、読み聞かせ、昔話し、語り、落語、演劇等言葉の文化の拠点を目指している。
 本を読もうと言っても、子どもは直ぐには読まない。子どもが読書という目で活字を追う精神作業に自然に入っていくためには、その前提として、お父さん・お母さん、担任の先生などからお話し、朗読、読み聞かせ等を耳から、つまり言葉の文化をふんだんに浴びるという体験が非常に大事である。保育園や、小学校で担任の先生から本を読んでもらった楽しい経験はその子のその後の読書への入口であり、生涯忘れることのない貴重な体験である。そういう体験の上に初めて読書が成り立つ。小学校高学年の頃に寝食を忘れて読書に没頭する体験は、少年から青年に成長するために必ず通るべき通過儀礼と言える。そこで、上田情報ライブラリーは“ことばの繭ホール文化事業”を積極的に展開している。NHKアナウンサーの青木裕子さん、山田誠浩さんなどによる朗読会を隔月に開催し、善光寺縁起等の絵解(えと)きの口演、トークショー、市民グループ「お話宅急便」の朗読発表会、語り部の会、また、開館一周年記念事業として信州国際音楽村合唱団 VPGにより、紀伊国屋演劇賞を受賞した「行路死亡人考」をこの5月に上演した。

4.NPO上田図書館倶楽部との協働運営

  ア 上田市の図書館職員の実情

 一般的に図書館の専門的職員の養成には専門的な知識・技術を修得するとともに、少なくも4、5年の経験を積むことが必要だと言われている。上田市における図書館職員の任用の在り方は、行政一般職の正規職員及び臨時職員から成っている。しかし、行政一般職は人事異動が不可避であり、臨時職員は単年度雇用が原則となっているため専門的職員を制度的に養成することは極めて困難である。また、図書館運営の中心を担っている行政一般職は、整理業務、コレクションの目録作成、相互貸借、レファレンス、読書指導、障害者サービス、児童サービス、情報検索等を担う専門的職員になろうという意識は希薄である。
 確かに、上田市にも県下トップクラスの司書が若干名存在し、レファレンス・サービス、情報サービス等専門性の高いサービスを部分的に行っているが、それはその職員の個人的な努力の賜物であり、その職員が異動すると途端にサービスレベルは落ちる傾向があり、持続的に図書館サービスを発展させていくためには、専門性の高い職員を制度的に養成、確保することが極めて重要である。この専門的職員体制をどう構築していくかは大きな課題であり、多くの図書館の共通の悩みではないだろうか。

  イ 市民の参加意欲の高まりとNPO上田図書館倶楽部の設立

 一方、市民の中には図書館が好きで、図書館で働きたい、学習したい、活動したい、ボランティアをしたいという市民層が増大している。図書館司書・司書教諭・学芸員等の資格を取得し、かつ、図書館勤務の経験のある市民が相当数存在し、中には、広範囲に公立図書館・学校図書館・大学図書館をより有利な条件を求めて渡り歩くプロも相当数いる。
 私はこういう実態を承知しているので、2000年度から「市民参加型図書館づくり」を提唱し、図書館に協力、応援する市民団体、NPOが結成されないかと考えていた。市民には色々な経験、才能、技術等をお持ちの方が多勢いるし、その市民が図書館を自らの施設として使う。職員はそういう市民のために、条件整備をし、コーディネートし、市民が表舞台で活動し学習するのを手助けする黒子であると考えるようになった。上田駅前図書館構想は10年の歳月と幾多の紆余曲折を経て2002年のクリスマスの日に市長の最終決定を得て、2003年8月、名称が上田情報ライブラリーと決まった。そして、図書館に関心を持つ市民、特に新しい駅前の図書館で働きたいと言う多くの市民から反響が出てきた。2003年の春から図書館ボランティア養成講座を開催すると予想以上の参加者があり、引き続き図書館講座を開催すると70人、80人もの参加者があり、毎回熱心に受講する市民が溢れた。
 この状況をみて私は、市民団体の設立を確信する。市民の参加意欲は非常に高まり、市民参画を呼びかけ、働きかけると多くの市民が参加してきた。そして2003年11月には市民団体設立を目指す準備会が設置され、広く市民に呼びかける趣意書を作成し、会則・会費、役員、事業活動計画等を検討し、名称も「上田図書館倶楽部」と決まり、2004年1月に設立総会が開催されました。上田情報ライブラリーの開館が2004年4月と発表されると、市民の関心はいよいよ高まり、上田図書館倶楽部に50万円、10万円と寄付をしてくれる市民団体も出現し、2004年1月の総会には市長も出席し上田図書館倶楽部への期待感を表明した。

  ウ 上田図書館倶楽部の組織と活動

 上田図書館倶楽部は総会で会則を決め、会員は個人会員・永年会員・賛助会員から構成され、役員として代表・監事がおり、事務局を設置し、学習部会・文化部会・喫茶部会・アシスタント部会・ボランティア部会の5部会をベースに活動している。会員数は昨年度120名を越えていたが今年度は80名に止まっている。また、運営委員会を設け、役員、事務局、各部会長と図書館長との連絡協議の場として毎月1回運営委員会を開催している。年会費3千円の会費を以って事務局費、活動経費に充てるとともに、市委託料、県補助金、市民からの寄付金、入場料収入もある。
 上田情報ライブラリーと図書館倶楽部との“協働”を旗印に各種セミナー、文化事業を展開している。企画・立案、広報、当日の運営まで事業全般にわたり当館と協働で行って、会員が希望し発案した企画が具体化されることに大きな喜びを感じているようだ。昨年4月開館以来実施してきたセミナー、文化事業の主なものは次のとおりである。
(学習部会)*現代人の健康シリーズ*ビジネスと暮らしのためのデザイン*土曜ワンコインセミナー・生活便利帳*地域の文化人シリーズ*個人事業者の決算・確定申告フェア*フレッシュマン応援フェア-*あなたのペースにあわせたパソコン入門*おもしろ里山セミナー*みじかな食べ物探検隊*図書館で調べて別所線に乗ろう*ようこそ先輩in上田*配色センスレベルアップ講座等
(文化部会)*青木裕子・朗読の世界*インディアンハープ演奏会*山田誠浩・朗読への招待*トークショウ・冬ソナを語る*川西カルテットコンサート*語り紡ぐ「絵解き」の世界*信州ゆかりの文学者たち*朗読劇「やまんばのにしき」*瓜生喬 語り部公開レッスン*バイオリンコンサート*オーボエ・フルートのデュオコンサート*絵手紙作品展
 上田情報ライブラリーの職員は正規一般職4名(館長含む)、臨時職員7名で直接サービス、間接サービスを担っている。図書館倶楽部との協働事業は上記のように主に集会・行事の部門において行われており、これらの集会・行事に実際に活動している会員は30、40名である。

5.利用状況と今後の課題

  ア 利用状況

  1 入館者数は一日当り約700人。その主な内訳は高校生・学生が30パーセント、サラリーマンが30パーセント、主婦層が30パーセント。年齢層的には、10代後半・20代・30代の利用者が大半を占める。
2 持ち込みPCを含むインターネット利用者が一日当り約50人。データベース利用者は1日当り3,4人、アクセス数は月に約200件。また、週1回専任のナビゲータが検索支援する体制をとっており、好評である。
3 貸出は1日当り約300冊。常時利用が多いのは、主に新聞・雑誌の閲覧者で1日約200人。高校生、社会人等の学習、調査者が1日約200人。各種セミナー受講者、ことばの繭ホール文化事業入場者、セミナールーム利用者等の入場者が平均すれば1日約100人

  イ 課題

  1 当館の大きな利用対象者として想定しているのは成人層である。そのために、開館時間を平日は夜8時30分まで開館している。仕事を終えた帰りがけに立ち寄ってもらおうと考えているが、まだ利用は少ない。レファレンス重視、情報・資料構築の充実、魅力あるセミナーの開催、広報の工夫等引き続き充実していきたい。
2 暮らしとビジネス支援のコンセプトと利用実態との検証。また、セミナー受講者が図書館資料利用者に必ずしも繋がっていない。
3 上田図書館倶楽部はNPO団体であるが法人化はこれからであり、財政基盤を確立することも大きな課題
4 図書館の司書等専門職集団の形成という目標はこれからである。経験豊富でスキルの高い専門職集団を形成するには、それなりの待遇、条件整備を図らねばならない。市民の中に多くの人材がいるのだからその人材をどう呼び込むか、継続的に専門性を活かす場をどう提供するかがこれからの最大の課題だと考えている。


 

-- 登録:平成21年以前 --