図書館も地域の経済に貢献したい(鳥取県立図書館)

図書館も地域の経済に貢献したい -鳥取県立図書館のビジネス支援事業-
鳥取県立図書館

1.鳥取県立図書館の概要

 鳥取県は、面積約36万キロ平方メートル、人口約61万人の県であるが、風光明媚な地形、季節感に溢れた四季、豊富な海・山の幸に恵まれ、豊かな生活を送ることができる。県立図書館は県東部の鳥取市に位置し、現在の図書館は1990年に新築移転したものである。地域格差解消を目的にした即日の宅配システムの導入や横断検索システムの整備等にいち早く着手する一方で、厳しい地方財政の中9年連続(1997年以降)で1億円以上の図書購入費を確保し、県内全域を対象としたサービスの充実を図ってきた。近年では、全国に先駆け県内の全高等学校に常勤の司書を配置し、高校に対する宅配サービス・巡回相談の実施や、さらに市町村立図書館、高等学校図書館を巻き込んだビジネス支援事業への取組み等新たな事業展開も効を奏し、2004年度の貸出冊数は過去最高を記録している。

2.ビジネス支援事業を行うにあたっての背景・経緯・目的

 2004年4月、鳥取県立図書館のビジネス支援事業はスタートした。その背景にあるのが、県の財政力指数0.22・道府県税比率10.8パーセント(共に全国45位)という県の財政事情。そのような中で、図書館も地域の最大の課題である地域経済の発展のために貢献できないかという思いからである。本来、図書館は仕事や生活に役立つものであり、これまでもビジネス支援事業にあたる役割を果たしてきたと考えているが、全体の利用の中でその割合は少ない。そこで、当館では未利用者を含めた県民の図書館に対するイメージの転換を図るための一つの施策として、ビジネス支援事業に着手した。2003年度にビジネス支援委員として館外の委嘱委員をお願いし、「県立図書館として何ができるのか」の検討を始めた。構成員には、県商工労働部、県農林水産部、商工会議所・商工会、財団法人県産業振興機構、県産業技術センター等に所属し、直接利用者に関わりのあるアドバイザーとして活躍している方をお願いした。結果として、この人選は大成功で、人脈作り・具体的な事業案の検討も有効なものとなり、後々の事業展開を好転させている。

3.事業の概要

   仕事に役立つ情報・資料の提供
  (1) 「仕事に役立つパンフレット・チラシコーナー」の設置
     当館の入口には、約200種類のパンフレット・チラシが配架できる展示棚を設置している。パンフレット等も重要な情報・資料であると捉え、図書館として積極的に収集・提供し、仕事や生活に役立つ情報提供をしたいと考えている。県庁各課が作成したパンフレット(例:商工労働部が作成した「商工労働行政の概要」)や広報誌、県産業技術センター等が行う事業のチラシ、各商工会議所・財団法人県産業振興機構・社団法人発明協会等が作成した講座案内、ハローワークの就職情報、国民生活金融公庫が発行しているパンフレット、ジェトロの事業案内等多様な情報を図書館が収集し、ワンストップで提供できる場になればと考えている。

  (2) 「仕事に役立つ新刊図書コーナー」、「仕事に役立つ参考図書コーナー」の設置
     図書館が多様な人々の情報要求に応えてきた機関であること考えると、図書館に所蔵してある資料はすべて仕事や生活に役立つものであるといえる。従って、特にビジネス支援コーナーを設置する場合には、利用者が真に資料を探しやすい配架がなされなければならない。コーナーの設置によっては、却って利用者の混乱を招くことにもなりかねない。そこで、当館では新刊図書と参考図書に限ってコーナーを設置することとした。新刊図書コーナーは、利用者に図書館のビジネス支援事業を印象付ける宣伝効果をねらって、館の入口にある貸出カウンターのすぐ横に設置した。また、参考図書コーナーは、企業情報・人物情報・業界情報・統計・白書等が分野横断的に閲覧できるように、『ビジネスヒント・調査コーナー』として整備し、NDCの枠にとらわれず配列した。

  (3) インターネット端末の整備と商用データベースの導入・提供
     2004年1月より館内の無線LANを整備し、それに対応したパソコンを持参した方は、誰でも自由にインターネットを利用できるようにした。さらに、同年4月には館内に7台のインターネット接続専用の端末を整備し利用者に提供している。また、商用データベースも、同年4月より導入を開始し、現在館内で以下の5種データベースの利用が可能である。
【利用者が自由に検索・活用できるもの】
  経済総合・新聞情報等『日経テレコン21』(図書館機能限定版)
  経営情報『Jfax』,農業情報『ルーラル電子図書館』
  法律・判例情報『リーガルベース』、官報検索『官報情報検索サービス』

  (4) 雑誌・図書の充実
     事業の開始にあたり、購入雑誌の再検討、閉架雑誌の再評価、配架場所の見直し等を行い、それぞれ大幅に改編を行った。館の入口には、経済関連の雑誌を集中配架し「仕事に役立つ雑誌コーナー」としてリニューアルし、仕事に役立つ図書館のイメージの形成を狙った。また、購入雑誌の検討には、ビジネス支援委員の専門的立場からのアドバイスを聞き、約20タイトルほどを追加購入することとした。図書の購入は、これまでほとんど司書の知識に頼って選書してきた。しかし、それでは各分野の基本図書の選書漏れが否めない。そこで、ビジネス支援事業を通して協力関係のできた機関の方々に、推薦図書の情報をいただき選書の参考にさせていただくシステムを導入している。
  (5) ホームページ・メールマガジンを活用した情報提供
     少ない費用・労力で効果的な情報提供を行うためにはICT技術の活用が欠かせない。ホームページで情報検索の方法や資料の紹介を行うと同時に、毎週金曜日に発行しているメールマガジンには「仕事に役立つ情報コーナー」を連載し、図書館が行う事業を中心に広報を行っている。

   仕事に役立つセミナー・講座の開催
     鳥取県立図書館には、約120名収容できる大研修室と約30名収容できる小研修室があり、図書館事業のために活用されてきた。しかし、図書館単独で事業を計画し、365日活用しようとしても限られた職員数・予算の中では難しい。当館では、図書館の事業方針に照らして、県立図書館の目指す情報提供と考えを同じくする関連機関と協力して、セミナー・講座を実施することとした。企画・講師依頼の部分は協力機関が行い、広報の部分を図書館の集客力を活用して実施する。互いに不足する部分を補い合って、倍以上の効果を上げようという発想である。ただし注意しなければならないのは、図書館は決してセミナー・講座を実施することが目的になってはならないことである。利用者が求める情報を提供することが目的であって、事業の実施に当たっては必ず、テーマに沿った館所蔵の図書リストを作成・配付するとともに、極力開催場所に図書等を展示することを実践している。

<2005年度のビジネス支援事業 実績と予定>
◆アントレプレナー経営実務スクール(全7回)
開催日 内容 参加者
10月25日 融資の受け方 -お金の借り方・返し方- 各回平均
30名参加
11月8日 得する支援制度と経営情報 -図書館でビジネス情報を-
11月22日 節税とキャッシュを残す経営 -会社を元気にする節税対策-
12月13日 経営者が知っておくべき法律 -知らないでは済まされない-
1月17日 債権回収の基礎知識 -回収なくして売上なし-
2月14日 発生!労務トラブル -問題社員の対処法-
2月28日 新たな資金調達の手法 -銀行に頼らない資金調達-

◆セミナー・講座の実施例(抜粋。表の他に15回の講座・セミナーの実績あり)
開催日 テーマ 参加者
6月19日 県農林水産部経営支援課とのタイアップ 新規就農相談会 4名
6月20日 財団法人鳥取県産業振興機構とのタイアップ 企業力強化セミナー&個別ミニ相談会 41名
7月2日 鳥取商工会議所とのタイアップ 起業相談会 4名
7月8日 県商工労働部産業技術センターとのタイアップ中国地域産総研技術セミナー&交流会 79名
8月19日 ジェトロ鳥取センターとのタイアップ 農産物・食品輸出セミナー&商談会 19名
9月8日 鳥取商工会議所とのタイアップ 改正高齢者雇用促進法説明会 55名
9月9日 県商工労働部経済政策課とのタイアップ 新分野進出企業化セミナー&パネル展 31名
10月28日 鳥取県商工会連合会とのタイアップ 儲けを産出す社内やる気感動倍増システムの作り方 31名
12月10日 社団法人発明協会とのタイアップ 第1回 特許相談会(以降毎月第二月曜日に開催) 3名

   「図書館をショールームに」 館内スペースを活用した展示
     図書館は人が集まる場所である。この特性を活かして地域経済への貢献と図書の有効活用ができないかと考えて実践しているのが、館内スペースを利用した商品と図書の展示である。例えば、鳥取産の杉材を使用し、鳥取の家具工業組合が製作し、産業技術センターの技術が生かされた家具を館内のフロアに展示し、その横に家具・木材加工の本を展示するというような手法である。以降、服飾・和紙・水・グッドデザインなど様々なテーマで商品展示を行っている。その際、結果的に公共のスペースを民間企業の広報宣伝のために使用することになるため、周囲の納得が得られる形で実施しなければならないことに注意を要する。この課題を解決するためには、業界団体、商工労働部などとの日頃からの密接な連携が不可欠である。
 実際の商品等が展示できない場合には、パネルの形で展示を行う場合もある。例えば、建設業者が新たな事業分野に進出し、成功した事例を紹介したパネルの展示などである。

◆展示の実施例(抜粋。表の他に6つのテーマによる展示の実績あり)
期間 テーマ
4月4日~4月17日 県商工労働部労働雇用課とのタイアップ 「現代の名工展」
8月7日~9月10日 鳥取県家具組合・鳥取県産業技術センターとのタイアップ 「自然が香る鳥取の家具」展示
10月5日~10月30日 県商工労働部経済政策課とのタイアップ 「鳥取発ファッションブランド」展示
10月21日~10月23日 財団法人鳥取県産業振興機構主催 とっとり産業技術フェア2005参加
11月17日 鳥取大学・鳥取県主催「産学官連携フェスティバル」参加
1月11日 鳥取商工会議所主催 ほんまちクラブ参加
1月14日~1月29日 「鳥取の和紙」展示
2月 鳥取環境大学とのタイアップ 「鳥取の名水」展示
2月~3月 鳥取県産業技術センターとのタイアップ 「鳥取県のグッドデザイン」展示

   市町村立図書館への普及啓発
     県立図書館には、「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」にも明記されているとおり、「調査・研究開発」という機能が求められている。それは、地域に根ざした新たな図書館サービスを施行し、その実践の効果、実践事例を市町村立図書館等に普及・啓発していくということであり、ビジネス支援もその一つだと考えている。県立図書館が実践した事例や構築した人脈を、ビジネス支援をやってみたいと意思表示した図書館に対し導入する。具体的には、県立図書館で開催した講座やパネル展示を他の図書館でも開催するということである。各館は少しずつ実績を積み上げ、新たな人脈を構築する過程で、課題や取組むべき事業を見出し、各館独自のサービス計画の立案につなげていくことが可能となる。やりたいけど何処から手を出せばいいのか戸惑っている、そういう図書館にとってこの手法は有効である。鳥取県内では、倉吉市立、米子市立、南部町立、琴浦町立の各図書館で取組みの事例が生まれている。また視点を変えて協力機関側から見た場合、複数の図書館が協力して一つの事業に取組むということが、如何に魅力的であるかということも忘れてはならない。一度製作したパネルは、一つの図書館で展示しても複数の図書館で展示しても費用は変らない。セミナーの内容も一度検討してしまえば、容易に複数の場所での開催も可能になる。つまり、真剣に少ない経費で効果的な県民への情報提供をしようと考えている機関にとっては、図書館は強力なパートナーに成り得ると確信している。

   高等学校図書館への普及啓発
     鳥取県は2004年度までに、全ての全日制高校に正規の司書職員を配置した。この恵まれた環境を生かしつつ、大きな社会問題となっている若年失業者やフリーターの増加、教育・雇用・職業訓練にも参加せず無職状態を続けるニートの問題に図書館として貢献できることはないかという視点に立って、高等学校図書館を活用したビジネス支援事業に取組んでいる。例えば、県産業技術センターの協力を得て、「鳥取の誇る技術」に関する巡回展示を行ったり、県立倉吉農業高等学校においては図書館司書のコーディネートによって、清酒の醸造に取組む生徒のために研究機関の職員が出前授業を実施するという事例も生まれている。高等学校における進路指導、職業訓練、情報教育等に高等学校の図書館と司書がいかに貢献できるのか、学校と県立図書館等が協力して様々な事例を積み上げることにより実践・提示していきたいと考えている。

4.今後の課題

 ビジネス支援事業は、人と情報が結びついた強力なネットワークが構築されてこそ実現可能なものである。そのために図書館職員は、館の内だけを向いて仕事をするのではなく、関連機関に自ら出かけ積極的に働きかけてこそ協力関係を構築することができる。自らの図書館の強みを見出し、地域の特色を分析し、柔軟な発想で事業を創造することが今、図書館員に強く求められている。鳥取県の図書館行政の特徴といえば、全日制高校への正規の司書職員配置、ハングル・ロシア語の話せる職員が常駐する環日本海交流室、県内のすべての大学・高専との相互利用協定の締結、学芸員を配置した郷土資料係などが挙げられ、この恵まれた条件を最大限有効に活用する視点で事業を考える必要がある。また、鳥取県の特徴として、例えば一次産業就業者比率/11.5パーセント(全国7位、2000年)女性就業率/51.9パーセント(全国3位、2000年)という統計がある。就農相談会を実施しているといっても、農業支援関連機関との連携はまだまだこれからで、女性の就業支援・子育て支援といった事業もほとんど実施していない。まだまだ取組むべき課題は多い。これまでに構築したネットワークを糧に進化する鳥取県立図書館として、更なるサービスの充実を図りたいと考えている。



「県庁内図書室」の新設について
 2005年10月28日、鳥取県庁内に地方分権時代の県政の『知の拠点』として図書室が誕生した。地域の自立度を高めるため、職員自ら主体的に施策の企画立案を行う機会が増えていることなどから、職員の業務達成に有効な情報の収集・活用を支援・促進することを目的としている。また、普段から担当業務以外にも幅広い知識・情報を得ることによる、県職員としての基本的な資質の向上を促すことも目的の一つである。広さは約50平方メートル、所蔵資料数約550点という非常に小規模なものであるが、隣接している県立図書館の蔵書約80万冊と図書館司書たちの熟練した能力との緊密な連携の下に運営されている。具体的な業務内容、設置・運営形態は以下のとおりである。

1  業務内容
 
1  職員が必要とする情報の提供(レファレンスサービス)
 
職員からの求めに応じて、政策形成等に必要な情報を調査、収集して提供する。
職員自らが情報収集を行うことができる環境を整備する。
2  職員に対する情報発信
 
県政の重要課題等に関するテーマ毎に図書リストを作成し、職員に発信する。
図書室においてテーマ毎に期間を定めて企画展示を実施する。現在は、『農業を未来へ』『∞(無限大)の自然エネルギー』『和紙の魅力』の3つのテーマで展示中。
職員への図書紹介、新刊図書等の情報提供を行う。
3  職員の情報リテラシーの向上支援
 
職員の意識改革を図るための情報活用研修会を開催する。
図書やインターネット等による効果的な情報検索方法の指導・助言を行う。
4  県庁内の資料の組織化(次年度以降に取組み予定)
2  設置・運営形態
 
1  室の設置-室内には県産杉材を使用した地元木工職人製作の書架、テーブル等を置き、リラックスした中で新しい着想や斬新なアイディアが浮かぶような空間を演出。図書館システム、庁内LAN端末を各1台整備。
2  運営形態-開室時間は午前8時30分から午後7時まで(昼休憩を含む)。人員配置は担当司書1名を中心に、総務課職員数名でローテーション運営。
3  現在の状況・今後の展開
   1日の利用は平均して、入室者が40~50名、レファレンス申込2~3件。業務に必要な情報を収集するため、勤務時間中に訪れる職員も多い。同じ庁舎内に図書室があることで利用しやすい、気軽に聞けると受け止められているようであるが、利用はまだ一部の職員に止まっている。今までのレファレンス記録をまとめ、庁内LAN上で公開する等のPRに努め、レファレンス・サービスの認知度を高めていきたい。来年度には、県職員を対象とした情報活用研修会を、自治研修所と県立図書館と連携して開催する予定である。


 

-- 登録:平成21年以前 --