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家庭教育支援チームの在り方に関する検討委員会(第2回)議事概要

日時   

平成25年12月2日(月曜日)9時30分~12時00分

場所

文部科学省生涯学習政策局会議室

出席者(敬称略)

委員

川口厚之、菊池まり、西郷泰之、鈴木みゆき、松浦善満、松田恵示、水野達朗、向井説行、山野則子

文部科学省

藤江男女共同参画学習課長、坂本家庭教育支援室長、西村家庭教育支援室室長補佐

議事概要

(1)家庭教育支援チームの取組について、菊池委員より資料2に基づいて事例発表。

(2)家庭教育支援チームの取組について、川口委員より資料3に基づいて事例発表。

(3)家庭教育支援チームの取組について、向井委員より資料4に基づいて事例発表。

(4)事例発表について質疑応答。

(5)坂本家庭教育支援室長より、資料5について説明の後、討議が行われた。

(委員の主な意見) 

○ 家庭が閉じていることで、家庭への支援が難しくなっているのではないか。単なる孤立ということだけではない要素があるのではないか。
  連携ということについては、複雑な課題などを持っている家庭が増えている。教育委員会だけでも対応できないし、福祉部局だけでも対応できないことがあるので、複雑・多問題といった軸を立てておいた方が後ろにつながりやすいのでは。

○ 学齢期の家庭教育支援はターゲット型に焦点が当てられがちになっていて、就学前の家庭教育支援はユニバーサル型に焦点が当たっている。逆に言うと学齢期のユニバーサル型の家庭教育支援や、就学前のターゲット型の家庭教育支援が、仕組みとしては弱い部分も出てくるといったところを、図の中で活動の種類というような形で考えていく必要がある。
  またチームという言葉の定義を明確にしておいたほうがいいのではないか。チームというのは基本的には独立した人たちが戦略的な目標を共有することでお互い補い合うということ。一方で、似た言葉でグループという言葉があるが、グループというのは集団形成を行って、共同性を中心に、1人よりも10人でやった方がいいという形。

○ 家庭教育を取り巻く環境が情報過多過ぎる部分もある。これから家庭教育を取り巻く環境というのはインターネットを通じたもの、つまり情報過多の時代が来るのではないかということを見越して、取り入れた方がいいのではないか。

○ 1番のサロン型支援とアウトリーチ支援というのが2本の柱になっているが、図になるとユニバーサル型とターゲット型となっており、うまくつながる表現の方がよい。 

○ 地縁・血縁という中間集団がなくなっているので、情報が何のフィルターもかからず個人まで行ってしまうので、中間集団のようなものをサロンで形成したり、様々な支援チームの人との関わりが必要。
  またチームにおいて心理学的なアプローチが重視されているが、集団性ということを考えたとき、社会学的な専門家や、あるいは育成の際にも社会学的な研修の内容が強く問われるようになっているのではないか。

○ 家庭の孤立という問題は、中間集団が小さくなってきているのも事実だが、貧困家庭が増えてきてそういうところはつながりができない。そういう家庭がどうつながれるのかという独自のテーマも出てきているのではないか。チームだけで本当につながっていくのか。

○ 家庭にもチームのニーズはあるが、実は学校にもニーズがある。行政機関がチームを組織する際も、生涯学習担当部局がどれだけ必要性の認識をもてるかというところが難しい。学校に重点を置く方がニーズや、行政的にも近いので、チームとして組織されやすい部分があるのではないか。その方が目的、活動範囲などが明確になりやすい部分もあるのではないか。

○ 我々のチームがターゲットにしているのは、学校からしたら大変だが要対協まではいかないというケース。それから予防的な支援が非常に弱いことが課題。

○ 家庭教育のターゲットは保護者だけではなくて、子供も含むべきではないか。中高生ぐらいになるとキャリア教育に結び付けてやっていくなど、発達段階に応じたチーム支援の中にはキャリア教育との絡みも視点としては1つあるのではないか。

○ 家庭訪問をやっている支援チームの方たちは、訪問して今までつながっていなかったところに地域資源をつなげるという役割が基本的にはあるのではないか。
 2番の対象範囲で、黄色の部分の表現だが、「関心が薄い・問題を抱える家庭」と書くと、アウトリーチの支援対象はみんな問題を抱えている、大変な家庭だというふうに思われてしまう。課題とか、ストレスの高いという方が一般的ではないか。
 3番との関係では、1つ目は専門家で大きな効果を出すことも多いが、市民の方が同じ目線で支援することで、エンパワーメントするという点では市民の力の方が強いという調査結果もあるので、市民の力をきちんと書き入れた方がいいのではないか。
 2つ目が学校とかPTAが行う家庭教育講座は、都市部ではほとんどない反面、民間では様々なプログラムが日本で開発や海外で開発されている。住民は、どのプログラムがどういう効果があるかも分からないので、国が整理するだけでも家庭教育が進むのではないか。
 3つ目は、アウトリーチの手法と書いてあるが、家庭を開いて、その家庭で人々が集まるような場をつくるのもアウトリーチになってしまうので、ホームビジットや、ホームビジティングを明白に書き入れた方がいいのではないか。アウトリーチ一般ではなくて、家庭訪問の手法について整理することは大事ではないか。

○ 社会教育の方が場としては近しいのかもしれないが、基本的な生活習慣、価値観、自分探しなどが家庭教育の内容にあるとすれば、習い事を通じて、他者との出会いも含めて育まれていく場というのも大きいのではないか。しかし用意できる家庭と用意できない家庭があって、子供たちにとっては、皆がイーブンに接することができない環境になっている。 

○ 我々の地域でも子供たちが荒れて大変な時期があったが、一番力になってくれるのは、彼らと接していた少年野球のおじさんたちだったりする。そういう方々が、ふだん接している子供たちに、困ったら教育センター、チームがあるよということを話せるつながりを持ってくことが、地域としてできたらというのが我々の思っているチームの在り方。
  我々は、具体的に家庭に支援を届けるような活動というのは少なく、対象範囲というのが分かれずに、混在している状況でいつも接する。そういう状況でチームがどう活動していけるのかが、チームの在り方として私は大変関心があるが、対象があって何をしてというチームの在り方になると、そこら辺が見えないのではと思う。

○ 2番の対象範囲の図は全ての家庭を全部網羅しているという意味ではなく、それぞれの取組がどこに位置付くのかというのが分かると、ボランタリーな非専門職集団が自分たちのポジションが明確にわかり、混乱が生じないための図にもなるのではないか。またポジションが分かれば、自身の得意領域に軸を置いて他の領域に行ったり来たりしているということを表現しイメージを組み込めるのではないか。

○ 家庭教育をなぜするのかという点で、分かりやすいのが自立の面や、就学前のヘッドスタートの部分。そこをそろえる役割を家庭教育がより担っていくべきではないか。
  各ステージごとにしっかりと学んでいくのが家庭教育で、それによって親としての免許、資格というのを自分の心に持つものと思っている。

○ 行政の支援との関係の在り方で、非常に重篤なものは専門家に任せるが、少し手前のものは家庭教育支援でやろうとか、様々な地域事情や、支援の方針に応じて家庭教育のフェーズが変わっているという支援の多様性や様々な在り方を考えてもいいのではないか。

○ ヘッドスタートと言うかは別として、富んでいる子供も貧しい子供も、人生の初期に全ての子供が成長発達の機会を与えられるということを理念的には書いておいた方がいいのではないか。

○ 連携については、非常に危機的な対応とか、グレーゾーンの事例への連携という意味だけではなくて、メゾレベル的な体制づくり的な連携ということも含めて、1つ立てて整理した方がいいのではないか。

(以上)

お問合せ先

生涯学習政策局男女共同参画学習課家庭教育支援室

(生涯学習政策局男女共同参画学習課家庭教育支援室)

-- 登録:平成26年01月 --