第3章 第3節 2.関係諸機関との連携のシステムづくり

  児童虐待は基本的には学校内ではなく、家庭の中で起こる問題であるだけに、学校の中だけでの対応には大きな限界があることは当然のことであろう。
  例えば、「家庭の教育力の低下が著しく、それに伴い、子どもの生活環境が劣悪になってきている。家庭まで入り込んだ指導への限界がある」(O市)、「母子世帯が増え、その中でも母親の精神的不安定や精神障害らしき言動が増加している。医療的ケアが必要と思われるが、人権問題もあり、医療機関への診察を勧める体制づくりができていない。(N町)」などの問題は、現在、多くの学校、自治体が直面している問題であろう。
  また、「父親からの虐待を避けるため、母親と子どもを保護し、児童相談所と福祉事務所、警察との連携のもとに対応していたが、当の本人(母親)が子どもを連れて自宅に戻ってしまった。」(B市)というような状況もしばしば見られるものであり、DV問題やその背景にある保護者の病理なども含めた理解がないと、取組の成果をあげることが容易ではないことも現実であろう。

  教育委員会に対して行ったアンケートの自由記述を見ると、現在、教育委員会サイドの動きとしては、教育委員会でスクールソーシャルワーカーを雇用し、福祉関係機関との連携の中核的な担い手としている自治体も一部では出てきており、また、「虐待を解決していくために、どのように子どもや保護者に対して関わっていくか、あるいは解決のための手だてをとっていくか、というところで、学校と関係機関との間の考え方の“ずれ”が感じられる。その“ずれ”を埋めていくための係、たとえば、スクールソーシャルワーカーの存在が必要になってくると考えています」(K市)というように、関係諸機関との連携をスムーズに進めていく上で、スクールソーシャルワーカーの必要性を指摘する自治体も多く見られた。

  しかし、現段階では多くの教育委員会では児童相談所や福祉事務所などの福祉関係機関との密接な連携の中で、虐待事例への対応を試みているというのが現状であろう。
  ここでは、各自治体でどのようなかたちでの関係諸機関との連携が模索されているのか、自由記述のいくつかを拾いながら検討していきたい。

1.児童相談所、市町村の福祉関係部局との連携体制づくり

ア 密接な連携体制

  改正児童虐待防止法の施行に伴い、学校・教育委員会と市町村の福祉関係機関との連携が現在、急速に進んできていることが自由記述からも伺える。
  「個体としての変容をはかればよいケースばかりでなく、家族全体の心理力動、地域との関係性、生活費の問題など、複合的にからむケースが多くなっている。そのため、関係機関及び地域のマンパワーとの協力・共同により支援する行動連携ネットワークの意義は高い、一つのケースについて関係者が事例研究を行い、見立てをし、役割分担を明確にすることが総合的に関わることにつながる真の連携と言えると思う。」(T市)という意見に見られるように、トータルな支援体制づくりと役割分担の重要性は多くの教育委員会が指摘しているところである。
  現在、「毎年6月に児童虐待調査を市教委が実施、その実施にあたり、事前の内容検討、事後の結果の共有を児童相談所、保健福祉局子育て支援部・市教委の三者で図っている」(K市)、「家庭教育相談員(福祉課)の学校訪問や家庭訪問により必要に応じた連携対応が大きな役割を担っている。連携対応のための協議を即時に持ち、各担当部の関わりを確認、その後の変容についても常に情報交換を行っている」(M市)、「毎月一回の受理会議には必ず指導主事が出席し、情報交換を行っている。そのため、連携が一層図れるようになっている。また、各学校には、疑いがある場合には必ず子育て相談センター及び教育委員会に連絡するように校長会等で呼びかけ指導している」(N市)の記述に見られるように、関係諸機関との緊密な連携の取組が多様なかたちで行われている。
  それと同時に、市町村の福祉部局と児童相談所との役割分担をどう整理するか、ということも課題として出されている。例えば、「本市では子育て支援課がネットワークの中核機関として位置づけられている。教育委員会としては、各学校からの情報交換などを通じて、子育て支援課と連携しつつ、通告を行う。しかし、事案によっては、即児童相談所との直接的な連携体制をとることがある。中核機関である『子育て支援課』と専門的立場から支援する『児童相談所』との円滑な関係が今後とも望まれる。」(N市)のように、教育委員会、市町村の福祉関係部局、そして、児童相談所の三者の連携と役割分担の明確化も重要な課題として提起されている。

イ 日常的に同一の場所で仕事をする体制づくり

  それと同時に、「こども家庭相談センター(県健康福祉部設置)のスタッフに現場の教員二人が加わっている。(S県教育委員会)」、「本市7区に区担当指導主事が配置され、保健福祉課子ども家庭相談コーナーにデスクを置き、学校・関係機関・教育委員会との連携を図っている。(K市)」「当市には教育相談員と家庭児童相談員が各2名ずつ配置されているが、これら相談員は同一の事務所にて教育・福祉の垣根なく地域割を行って相談業務に当たっている。(A市)」など、同じ場所で教育関係者と福祉関係者が仕事をする体制を作っている自治体も出てきている。やはり教育機関と福祉機関との密接な連携を進めていく上で、デスクを並べて仕事することの意味は大きいと考えられる。
  また、「子ども課は子ども行政のコーディネーターとして関係機関団体との連携を強め、就学前から就学後まで一貫した施策の実現に向けた組織体制として教育委員会に置かれたものである。(H町)」というように、自治体のなかには福祉部局ではなく、教育委員会が関係機関のコーディネーター役を行っている自治体もあり、注目される。

ウ 関係機関との人事交流

  今回のアンケートの自由記述欄の記載から、特に都道府県・政令市において教育委員会サイドと関係機関との人事交流が相当広がっていることが明確になった。

【参考】「関係機関間の人事交流の事例」:
「県警察本部との人事交流(A県)」、「児童相談所との人事交流(I県)」、「児童家庭課(児童相談所)に教員3名を配属(T県)」、「県警本部少年課より学校指導課へ1名出向、教員1名が県警少年課で1年間研修、教員が県内2箇所の児童相談所へ出向(I県)」、「『こども家庭相談センター』(県健康福祉部設置)のスタッフに現場の教員2人加わっている(S県)」、「警察との人事交流、児童相談所への教員の派遣(M県)」、「警察との人事交流(N県)」、「知事部局の青少年家庭課に教育委員会から1名の職員を派遣(S県)」、「児童相談所への教員配置4名(K県)」、「児童相談所への人事交流(教員の出向)(K県)」、「県警察本部との人事交流、児童相談所への出向職員の増員(M県)」、「市教委と県警との人事交流、児童相談所への教員配置(4名)、S市青少年指導センターへの教員配置(2名)、発達支援センターへの教員配置(2名)(S市)」、「教育関係と行政との人事交流(N市)」など。

  児童虐待問題に最前線で関わり、連携の中心的な役割を担っている機関同士が人事交流を通してお互いの得手不得手を理解し合い、本当の意味での連携を維持発展させていくことは、ひいては子どもの最善の利益にも繋がると考えられる。
  例えば、児童相談所という児童福祉の第一線の機関の業務を経験した教員が、再び学校現場に戻って児童虐待に関するコーディネーター的な役割を果たすことは、虐待の防止・早期発見・再発防止に向けての取組を進めていく上での大きな力となる可能性が存在している。
  児童相談所と並んで多く見られるのが警察との人事交流である。県警本部少年課より学校指導課へ出向したり、逆に、教育委員会から県警少年課で一年間の研修などを行っている都道府県も多く見られ、非行問題への対応を中心に、警察との人事交流も進んでいる。
  しかし、警察との連携は現段階では非行対策が中心であると考えられ、カナダのように学校担当の警察官が虐待を疑われる家庭を直接に訪問するような体制づくりが今後の一つの検討課題になってくると考えられる。
  教育・福祉・司法等の従来の縦割りを超えた職際的なチームプレーが必須とされる児童虐待への対応にとって、その橋渡し役を果たすことのできる人事交流経験者は貴重な一員となるであろう。
  ただし、児童相談所や警察などに派遣された教職員が学校に復帰後、そこで得られた知見をどのような形で関係諸機関との連携に生かしているのか、については、今回の自由記述だけでは明確ではなかった。今後、どのような人事交流がどのようなかたちで関係諸機関の連携の発展に生かされているのか、先進的な事例を含めた丁寧な検討が必要であると考えられる。

エ 主任児童委員、民生児童委員の活用

  また、地域の社会的資源としての、主任児童委員や民生児童委員の活用について、言及している自由記述も複数見られた。
  例えば、虐待の疑いがある場合には、直ちに主任児童員に相談するように各学校に指導している。(K市)」「教育相談連絡会に主任児童委員も入れた情報交換会を持ち、早期発見・早期対応を目指している」(I町)のように、主任児童員との連携を積極的に進めている自治体もみられる。
  しかし、それと同時に、「虐待問題は家庭内問題であり、学校が踏み込みにくい。また、民生児童委員も女性が多く、立ち入りに『腰がひけている』ケースが見られる」(I町)という指摘もあった。主任児童員や民生児童委員はすべての地域の一定のエリアで配置されており、その人数も多いが、ボランティアであるため、どのような役割を担ってもらえるかについては、地域やその個人によってかなり異ならざるを得ず、また、重い責任を課すことは適切ではないであろう。
  それと同時に、「民生児童委員や主任児童委員、ケースワーカーなど、学校と地域関係者・機関が定期的に情報交換の場を持ち、早期発見早期対応に大変役立っている」(S市)という指摘もあり、福祉事務所のケースワーカーなどがサポートしていくことで民生児童委員や主任児童委員も一定の役割を果たしやすくなると考えられる。

オ 学校訪問や実態調査に対する共同の取組

  今回の自由記述の中でも、関係諸機関が連携して調査を行ったり、学校を訪問し、個別ケースの把握に努める取組が報告されている。例えば、「毎年6月に児童虐待調査を市教委が実施。その実施にあたり、事前の内容検討、事後の結果の共有を児童相談所・保健福祉局子育て支援部、市教委の3者ではかっている。(K市)」、「少年相談センター、市福祉課、教育研究所が計画的に『学校訪問』を実施しており、各学校で抱えている課題について相談対応しており、気軽に情報交換、相談業務ができるようになった」(O市)、「教育委員会と虐待ネット事務局で管轄のすべての小中学校をまわり、個別ケースの把握と確認をしている。報告書式の統一をし、徹底している。(K町)」のように、関係機関が共同して実態調査を行ったり、学校からの相談を待つのではなく、すべての学校を巡回して虐待事例を把握する取組が進められており、虐待事例の早期発見、早期対応を進めていく上で非常に有効性を発揮する取組として注目される。

カ 共同での研修の取組

  教育委員会と他機関との合同、協働での研修の取組も各地で進められてきている。
たとえば「教育委員会、児童相談所が協働して、市内各学校に児童虐待についての出張研修を行っている。昨年度は60校弱が実施(K市)」、「関係機関が混グループになり、事例への対応(親が協力的、非協力的に分けて)を話し合っている。(H市)、「家庭児童相談室の相談員が市内の幼稚園、小学校、中学校を訪問して児童虐待の定義について研修を開催してきた。平成17年度には家庭児童相談室の相談員を講師に招き、各小中学校の生徒指導担当者を招集して、児童虐待を発見した場合や疑いが発覚した場合の具体的な対応について、研修を深めた。(M市)」などである。
  児童虐待問題を捉えるためには多面的な視点が必要なだけに、関係機関の連携の中で研修を進めることには重要な意味があり、先進的な取組の検討が今後の課題であろう。

2.連携を進めていく上での課題についての自由記述

ア 児童相談所をはじめとする福祉関係機関のマンパワーや専門性の問題

  福祉関係機関、とりわけ児童相談所などとの連携の困難さとしては、「家庭訪問することや、保護者への指導を考えると対応する者の人員不足を感じます。」(F市)、「児童相談所に通告しても、程度が軽いと判断されると対応されない状況がある。(S町)」、というような、児童相談所のマンパワーの不足を指摘する自由記述は多数見られた。
  また、「子どもの情報提供(学校側からこども家庭支援センターへ)を個人情報保護の観点からどのような方法で、どこまでの内容の提供を行うことができるかという点が課題として残った」(K市)というように、関係機関との連携を進めていく際の「個人情報保護」の問題に対する懸念は複数の自治体から指摘されている。
  それと同時に、「本市においては福祉部児童課が担当課となったが、児童課には臨床心理士資格を持つような心理判定員等の専門家がいないため、個々のケース検討会議の話し合いにおいて対処の方向が曖昧であったり、適切でない場合が発生する恐れがある。(H市)」というように、改正児童虐待防止法により市町村の役割が大きくなっているが、児童相談所とは異なり、市町村の福祉関係部局には心理判定員などの専門家がおらず、また、立ち入り調査権もないため、そこでの判断の適切性や問題把握の能力に対する不安が生じてきていると考えられる。

イ 困難事例への対応の困難さ

  「関係機関でケース検討会を行い、家庭と接しているが、常識を逸脱した家庭がほとんどであるため苦慮している。関係機関で検討会を行っただけでは問題の解決にはならないため、そのメンバーが実践部隊となり家庭訪問を繰り返しているが、根本的には破綻している家族が多いため、簡単にはいかない」(Y町)、「子育て支援課が主幹となり、いわゆるケース会議が開催されているが、会議が開催されても直接改善につながる具体的対応がなかなか打てない」(K市)、「虐待については、いずれの機関も経験不足であり、対応が及び腰となりがちで、後手にまわる可能性も少なくない。まずどこから介入するのか、問題点の具体的な把握が難しい(家庭内が見えにくい)」(S市)のように、とりわけ困難事例については関係諸機関で会議を行っても、なかなかそれが具体的な改善につながりにくいという問題は多く指摘されている。

ウ 関係諸機関の役割の線引きの問題

  また、マンパワーや専門性の問題と同時に、仕事の「線引き」の問題も指摘されている。
  例えば、「児童虐待と思われるが、母子分離が難しい案件について、全庁舎をあげて母への対応策を考える関係者会議を行っているが、各機関の管轄と責任分担が難しく、教育委員会がどこまで介入できるかが課題である」(M市)、「通告や虐待を受けた児童のケアについては、積極的に関与する必要があるが、保護者への指導、事件性については直接の担当機関の対応、判断に任せるべきであり、線引きを明確にする必要がある。(M県)」、「事案について、指導助言あるいはケースワークまでは可能であるが、家庭訪問や児童生徒への措置等は児童相談所なり学校なりにお任せせざるを得ず、関係機関の間でのソーシャルワークが中心になる。(S市)」など、お互いの機関の守備範囲を整理する必要性を指摘する声が上がっている。
  ただし、「児童虐待に関しては、学校は事実の把握が中心であり、疑いがある場合に児相に通告する以外、何もできないのが現状である。マニュアルなどの作成も検討したが、以上の理由で作成せず、事実を発見した際の関係機関などとの連携をする以外にない。(T県)」という記述を見ると、虐待問題に対する取組において、在宅支援の事例を中心にして、もう少し学校、教育委員会サイドで取り組むべき課題と内容を明確化していく必要性も感じられた。

エ 在宅支援のケースに対する学校への支援体制の問題

  「通告や相談の結果、ほとんどは在宅指導のケースとして処置されることになる。その場合、それまでと同様の学校の取組を継続するだけでは、保護者の状況は改善されないで、また、より深刻になるケースが多い。学校現場では中・軽度の虐待ケースの他機関による具体的な支援を必要としている。(D市)」、「学校側が各機関関係者にアドバイスを求めても、なかなか具体策が見えてこない」というように、関係諸機関と連携しても、中・軽度の事例については必ずしも十分な支援が得られるとは限らない実態を指摘する声も多く聞かれた。
  それと同時に、「現在虐待を受けていないが、過去にひどい虐待を受けていたというケース」があり、「この場合、通告の対象にならないが、子どもはPTSDなどで苦しんでおり、このような子どもをどうすることができるかが検討課題であると考える」(T村)という指摘は重要な指摘であり、過去に虐待を受けていて、児童虐待の後遺症を抱えている子どもに対する援助をどのように進めていくのか、は今後の重要な検討課題であろう。

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初等中等教育局児童生徒課

-- 登録:平成21年以前 --