第3章 第1節 3.教職員の意識啓発

(1)教職員の意識啓発の重要性

  学校及び教職員は、日常生活において多くの時間を子ども達と共に過ごしている。すべての子ども達が、笑顔で生き生きと学習に取り組み、集団生活の良さを体感する教育活動を全国の学校は目指しているが、どの学校においても程度の差はあるものの、子どもたちの生活を取りまく種々な課題があり、その対策が求められている。
  特に、虐待という課題は、顔や腕、足等の目に見える身体的外傷には誰しもが疑いを持つが、衣服で覆われている部分への外傷や心理的虐待、性的虐待、ネグレクト、あるいは改正虐待防止法に盛り込まれたドメステイック・バイオレンスの問題はしばしば見過ごされがちである。
  それだけに、教職員には改正虐待防止法の正確な周知や理解はもとより、子どもの変化を見抜くきめ細かな教職員の観察力や確かな児童・生徒理解が求められている。
  アンケート結果からは、とりわけ都道府県・政令市教育委員会では様々な研修の際に児童虐待についての講座・講話等を取り入れるようになってきていることが読み取れる。
  しかし、市町村教育委員会となると、「今まで児童虐待の事例は経験したことがない」という記述も多く、研修を含めた教員の意識啓発の必要性についての捉え方には相当にバラつきがあるものと思われる。
  今後とも、児童虐待の増加傾向にはしばらくの間は歯止めがかからないことが予測されることを考えると、教員全てがこの問題についてしっかりとした知識と認識を持っていく必要があるのは言うまでもない。視覚的に理解しやすく、長時間をかけなくても必要最小限度の対応力が備わるような研修ツール・メニューを開発する必要があろう。

(2)児童虐待の教職員研修の現状と課題

1.教職員研修の現状

  教職員の虐待対応能力を向上させる方法として、校内外の各種研修の機会を捉えて実施することが考えられる。しかし、今回の調査が示しているように、市町村教育委員会と都道府県・政令市教育委員会の研修の実施状況は、前者が約11パーセント(9パーセント)、後者が約57パーセント(41パーセント)であり、平成14年度の調査(カッコ内数字)に比べれば実施状況は改善しているものの、まだまだ実施していない地方公共団体が多い。
  また、教職員の虐待に対する悩みは、年々増加していると思われる。調査から虐待防止に関わる教師用の相談窓口の設置は、都道府県では40パーセント、市町村では10パーセント少しに過ぎない。相談内容は関係機関との連携の在り方や被虐待児童生徒への配慮事項や指導上の配慮等が多い。
  さらに、全国各地では多様な研修が実施されており、児童相談所の虐待対応職員をはじめとして、教育関係以外の医療機関、福祉部局、法曹関係、男女共生センター、警察機関等の専門的な対場から虐待事例に関わったケースをテーマとする研修が行われており、興味深い。これらの研修は事例の分析や対応のみならず、多様な機関が培っている対応能力や知恵をどのように活用するかを、学校として考える上での絶好のチャンスとなる。
  また、児童養護施設での体験研修を実施しているところがあった。養護施設入所の背景には、深刻な虐待が潜んでいるケースが多い。身近な施設において、子どもと過ごすことにより、児童理解の幅が広がることが期待されるであろう。
  児童相談所や福祉部局等への教職員の人事交流を行っている例もあった。これは、学校現場で培った子ども理解をもとに新たな部署から学校を見つめ直し、虐待事象対応を一層スムーズにする方策の一つであると言えるのではないか。
  また、学校現場が児童虐待に関する研修をセットしやすいように、関係機関との連携を深めるための取組の推進方策について、研究・検討が必要だと思われる。

2.教職員研修の課題

  虐待防止の取組を進めていく上での研修の課題については後に詳しくふれるが、ここでは二つの観点に絞って、教職員研修の課題を述べておきたい。

ア すべての教職員に求められる法趣旨の確かな理解

  調査結果によると、「通告は確証がなくても疑いの段階でできる」ことを「知っていた」教職員は幼稚園、小学校、中学校いずれも6割前後である。
  また、「虐待が疑われたら通告する必要がある」を「知っていた」教職員は6割を少し超えている。いずれも高い数字とはいえない。
  さらに、「今後発見した場合通告するか」の問いには、幼稚園、小学校、中学校とも「場合により通告する」の回答の方が「必ず通告する」回答より多い。「通告しない」と回答した幼稚園は1園、小学校は30校、中学校は10校あった。
  通告する「場合」の調査では、「虐待の確証がある場合」、「所属長の了解がある場合」、「重篤な虐待が認められる場合」の順になっている。
  このように、教職員の虐待防止法の理解がまだまだ不十分であり、子どもに深刻な虐待事象が見受けられないとなかなか通告に踏み切れないという教育現場の現状がある。通告にはエネルギーが要るのは確かである。しかし、虐待の確証が持てることはケースとして少ない。さらに、子どもや保護者との関係、発見者と他の教職員、管理職との関係、学校を取り巻く機関との関係等が、すべての学校において順調な連携が保たれているわけではない。確証や重篤な虐待が見受けられない段階から、「子どもを虐待から守る」という教職員の意識を培うために、さらに担任が個で対応するのではなく、学校という組織で対応する義務があることを周知するために、改正児童虐待防止法の趣旨の徹底を、研修や管理職、教育委員会の指導によって図っていくことが重要であろう。

イ 子どもたちの様々な問題事象から、虐待事例を発見できる力量の獲得

  虐待を発見する立場にある教職員には、子どものささいな変化を見逃さないような「子ども理解」が求められる。何かおどおどしている、あるいは逆に攻撃的になっている等の現象を子どもの資質や性格の問題としてのみとらえるのではなく、「背後に虐待の問題があるのではないか」と疑うことが重要である。子どもは虐待の事実を簡単には語らないし、よほどのことがない限り、自分が保護を受けている人を守ろうとする。虐待を受けている事実を語るのは被虐待児にとって非常に辛いことである。また、語ったからといって、自分の置かれた状況が改善されるとは思っていない。むしろ、語ったことにより波及していくものの大きさを本人は知っているのである。
  それだけに、教職員には虐待を受けている子どもの外見や言動、さりげない装いの中から、「虐待から逃れたい」というSOSを敏感に見抜くことがまず、求められるのである。
  ところで、学校現場での「気になる子ども」の背景には様々な問題が存在しており、発達障害が背景にあって様々な対人関係のトラブルやパニック、集団不適応の問題が顕在化してくる事例も多く見られる。しかし、それと同時に、幼少期からの困難な養育環境によって生じる反応性愛着障害の中には、広汎性発達障害やADHDとの判別が困難な場合が少なくない。実際、「著しい集団不適応があり、巡回カウンセラーから広汎性発達障害の可能性を指摘されていた子どもが、継続的な関わりの中で状態が変化し、広汎性発達障害の可能性が否定された」という事例も存在している。
  このように、子どもの示す問題事象が「発達障害に起因するものなのか」、「児童虐待や不適切な養育による環境要因によるものなのか」、又は「両者の重複した事例であるのか」について、慎重に見極めていくことが学校現場でも必要になってきている。

  ちなみに、杉山登志郎(あいち小児保健医療総合センター)は、「被虐待児の場合、1.幼児期は反応性愛着障害の臨床像を示すが、2.学童期になると多動性行動障害の型をとり、やがてPTSD症状の出現と解離症状が明確化してきて、3青年期になると解離性障害と非行へと展開していくこと」を指摘している。
  言い換えれば、中学校段階になると、被虐待児の臨床像は、解離性障害と非行として顕在化してくることが多いだけに、そのような理解をもっていることが、中学生の激しい「行動化」の背後にある虐待問題を発見していく上でも重要になってくると考えられる。
  また、それと同時に、不登校児童生徒の問題と児童虐待、とりわけネグレクトの問題との関連についての理解も重要になってくるであろう。不登校児童生徒の中には、まともな衣食住が保障されておらず、学校に来るだけのエネルギーが充電されていない子ども、また、きょうだいの人数が多く、下の子どもが病気になると上の子どもが面倒を見させられて学校に行けない事例も多く存在している。
  不登校と児童虐待との関連は、平成15年に起きた岸和田の中3の男子生徒に対する虐待事件以降、学校現場でもかなり認識されるようになってきたが、引き続き、理解を深めていくことが求められている。
  そして、以上のような教員の視点やスキルは、「被虐待児童生徒だけでなく、様々な課題を持つ児童生徒への理解にも大きく寄与するものでもある」と考えられ、その点でも、虐待防止への取組は、教職員研修における重要課題であると考えられる。

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-- 登録:平成21年以前 --