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検定意見書
受理番号 16−60 | 学校 中学校 | 教科 社会 | 種目 社会(歴史的分野) | 学年 1・2 |
番号 | 指摘箇所 | 指摘事項 | 指摘事由 | 検定基準 | |
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頁 | 行 | ||||
1 | 22 〜 23 |
発展学習1 〜世界の文明 | 学習指導要領の「内容」の2アの「人類が出現し、やがて世界の古代文明が生まれたこと」に示す内容を学習指導要領に示していない内容として扱っており、不適切である。 | 2−1 | |
2 | 23 | 下囲み | ギリシャ文明 | ギリシャ文明の推移及び市民の性格について誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
3 | 25 | 7 〜 8 |
この時代を弥生時代といい、紀元前10世紀ごろから紀元3世紀ごろまでの長い間続きました。 側注も同様。 |
弥生時代の開始時期について一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている。 | 2−4 |
4 | 29 | 9 | しんら | 33頁11行目では「しらぎ」と表記しており、相互に矛盾している。 | 3−1 |
5 | 32 | 表 | 東アジア諸国の関係 | 隋の建国を481年とするのは誤りである。 | 3−1 |
6 | 33 | 写真 | 「世界最古の木造建築―法隆寺」のなかの「講堂」 | 位置が不正確である。 | 3−1 |
7 | 35 | 2 〜 3 |
この時代の絵巻物などを参考に、 | 46頁には「絵巻物は、平安時代の終わりごろから、つくられるようになりました」とあり、相互に矛盾している。 | 3−1 |
8 | 36 | 3 〜 8 |
天武天皇は、…律令国家のしくみをつくろうとしました。そこで、唐から政治のしくみや進んだ文化を取り入れるために、たびたび遣唐使を派遣しました。 | 天武天皇が「たびたび遣唐使を派遣し」たように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
9 | 36 | 13 | 国のルビ「ぐん」 | 誤りである。 | 3−1 |
10 | 38 | 写真 | ・・・天平九年四月逃 ・・・左比治折 |
資料写真の翻字として誤りである。 | 3−1 |
11 | 39 | 囲み | ●奈良時代の家族 人々は20人以上の大家族にまとめられ、有力者ほど家族が多く、一夫多妻が行われていました。 |
実際に20人以上の大家族で暮らしていたかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
12 | 39 | 写真 | 貴族の食事 「塩」「ひしお」 |
表記の位置が不正確である。 | 3−1 |
13 | 39 | 囲み | 私、玉作部押勝は、 | 写真右の翻字「玉作部忍勝」と表記が相互に矛盾している。 | 3−1 |
14 | 43 | 側注 | 「阿弥陀仏」の中の「藤原頼道」 | 「頼道」は一般的な表記でなく、不正確である。 | 3−1 |
15 | 44 | 写真 | 「平安京」の中の、bの位置 | 東三条殿の位置として、不正確である。 | 3−1 |
16 | 45 | 写真キャプション | 東三条殿〈『東三条殿復元模型』京都文化歴史博物館〉…敷地は120m×120mありました。 | 所蔵機関の名称および敷地の広さが不正確である。 | 3−1 |
17 | 46 | 囲み | 情報1 絵巻物の法則 abcは同じ人物です。 |
aとbとcとが同一人物であるかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
18 | 51 | 表 | 「中世」の位置 85頁・135頁・219頁も同様。 |
口絵1の年表や折り込みの「歴史年表」が示す中世の始まりと相互に矛盾している。 | 3−1 |
19 | 55 | 写真キャプション | 厳島神社 瀬戸内海の要所にある厳島神社は、日宋貿易船の航海を守護するためにつくられました。 | 厳島神社が日宋貿易の時代に創建されたかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
20 | 57 | 囲み | 『吾妻鑑』 | 一般的な表記とはいえず、不正確である。 | 3−1 |
21 | 67 | 図 | 室町幕府と守護 「上杉」の配色 |
上杉氏の領国を「足利氏一族が守護をつとめる国」の配色にするのは、不正確である。 | 3−1 |
22 | 71 | 側注 | 1 木片でこすったあとが残る… | 本文中に1の表記がなく、側注1が本文と関連付けて扱われていない。 | 2−11 |
23 | 90 〜 91 |
発展学習2 〜一体化に向かう世界 | 学習指導要領の「内容」の4アの「戦国の動乱とその時期のヨーロッパ人の来航について理解させる」に示す内容を学習指導要領に示していない内容として扱っており、不適切である。 | 2−1 | |
24 | 93 | 囲み | 鉄砲 …それに必要な天然硝石も… |
「それ」が何を指すのか不明確であり、理解し難い表現である。 | 3−2 |
25 | 96 | 1 | 刀狩令 (→P.88) 6行目の「太閤検地」 (→P.88)も同様。 |
該当頁に関連記述がなく、理解し難い。 | 3−2 |
26 | 99 | 囲み | 「朝鮮半島から伝わった文化」の中の茶入れ〈東京都 静嘉堂文庫美術館蔵〉 | この茶入れが「朝鮮出兵」のころに朝鮮半島から伝わったかのように誤解するおそれのある写真である。 | 3−2 |
27 | 137 | 12 〜 13 |
この革命で国王ルイ16世は処刑され,王政が廃止されました。 | 国王処刑と王政廃止の時系列について誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
28 | 145 | 写真キャプション | 大政奉還 京都の二条城で行われました。 | 大政奉還そのものが二条城で行われたかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
29 | 164 | 写真キャプション | 「オッペケペ節」の中の「川上音次郎」 | 同頁の囲み「●演歌」では「川上音二郎」と表記しており、相互に矛盾している。 | 3−1 |
30 | 170 | 図 | 「日清戦争」の中の、「甲午農民戦争」 | 甲午農民戦争が漢城で起きたかのように誤解するおそれのある図である。 | 3−2 |
31 | 173 | 15 〜 16 |
その後、政府は日清戦争をきっかけに、陸奥宗光のもとで治外法権の廃止に成功しました。 | 日清戦争後に治外法権が廃止されたかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
32 | 174 | 15 〜 16 |
さらに、伊藤博文が暗殺されると、1910年、日本は韓国を併合して植民地としました(韓国併合)。 | 伊藤博文の暗殺と韓国併合との間に因果関係があったかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
33 | 175 | 8 〜 10 |
また、「満州」では、1906年に南満州鉄道株式会社が発足し、植民地の中心的企業となりました。 | このころの「満州」が、朝鮮・台湾のような日本の植民地であったかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
34 | 190 | 4 | ベルサイユで講和会議が開かれ, | 誤りである。 | 3−1 |
35 | 194 | 2 〜 3 |
商業の中心地であった大阪は「民都」とよばれ、 | 大正時代から「民都」とよばれていたかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
36 | 206 | 3 〜 4 |
それまで沈黙していたイギリス・フランスがドイツに宣戦布告し, | 第二次世界大戦開始まで,両国が「沈黙していた」というのは誤りである。 | 3−1 |
37 | 211 | 左5−7 | その間、対馬丸をはじめ多くの疎開船がアメリカの潜水艦によって沈められました。 | 対馬丸のほかに、沈められた疎開船が多数あったかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
38 | 212 | 囲み | 「日本本土への空襲」の中の「東京・大阪などの大都市のほか、中小あわせて66の都市が被害を受け」 | 被災都市の数が不正確である。 | 3−1 |
39 | 215 | 15 〜 16 |
1945年秋には失業者は1400万人といわれました。 | 1945年秋に1400万人の失業者が出ていたかのように誤解するおそれのある表現である。 | 3−2 |
40 | 225 | 10 〜 12 |
二つの政党は日米安全保障条約改定の締結をめぐって激しく対立しました。内閣は条約に調印し、… | いずれの政党が内閣をつくっていたのか、理解し難い表現である。 | 3−2 |
検定基準の欄には、義務教育諸学校教科用図書検定基準又は高等学校教科用図書検定基準の第2章及び第3章に掲げる項目のうち、該当するものの番号を示す。 |
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