米倉誠一郎氏(一橋大学イノベーション研究センター長)意見発表

【米倉氏】

 一橋大学のイノベーション研究センターの米倉です。
 上野先生がおっしゃったように、日本にとって一番大事なのは大学院というか、最高学府の強化であるということは間違いないと思います。そのために我々はイノベーション研究センターをつくって一生懸命やっているんですが、たまたま日経新聞と一緒に高校生にイノベーションを教えるプログラムが結果として10年続くことになったので、今日はイノベーション研究センターの大学院の取組ではなくて、高校生に対する取組ということでお話したいと思います。
 そんなことをやっているから、イノベーション研究センターは解体されちゃうんじゃないかとかいう話もあるんですが(笑い)、高校生にインパクトを与えるというのは上野先生と同じで、かなり重要だと思います。
 日本は中国にGDP総額で抜かれましたが、中国には10倍の人口がいるわけですから、中国人一人当たりのGDPがやっと10分の1になったということです。我々の一番の問題点は、1人当たりのランキングが30年前に戻ってしまったということです。これは我々の『一橋ビジネスレビュー』の去年の秋号からの研究成果ですけれども、非常に顕著なのは、1996年ぐらいからリーマンショックまで日本企業の営業利益率は結構頑張っています。あの苦しい中でやや上方傾向にあった。ところが、付加価値率がずっと落ちているんです。付加価値率が落ちて営業利益率が上がっているということは、日本企業は新しい商品とか、新しい付加価値で利益を上げてなく、コストカットとリストラで利益を上げてきたので、我々の実感として日本企業が強いという実感がどんどん失われている。
 こういう状況を考えると、高校は基礎的学問すなわち数・国、歴史、化学、道徳とか、そういう教育は今後も強化しなければならないと考えます。そして、基礎的教科を中心とした厳しい受験勉強は、結構役に立つ。ただし、こうした勉強は日々の積み重ねのルーチンから構成され、飽きもくれば絶望的な気分にもなる。したがって、このルーチンを繰り返す高校生活の中に、時々そのルーチンから外ずす仕組みも重要と考えます。とくに、そうルーチンから外したときに、異質で質の高い経験をさせてやると、高校生の中には大化けする者もいるし、またルーチンの意味を理解するものもいる。そういうことで、我々がやっている取組を全高校で自給自足的にやれということは非常に難しいと思いますが、時々外の機関を使って異質な経験をさせてみるというのは意味があると思っています。
 したがって、この授業は、日経新聞が主催して、後援は日経も抜け目がなくて、ちゃんと文部科学省を後援に入れていたんですね、今日まで知らなかったんですけど。さらに、経産省と教育委員会、経済同友会が後援です。授業構成の中身は、我々がイノベーションの共通科目を教え、協賛各社が各社のイノベーションを紹介し、全体の事務局は日経OBの教育と探求社が行うという構成です。
 中身的に言うと、企業を率いる経営者とか、現場の第一線でイノベーションをやった人間、あるいは営業マンでも経理マンでもいいんです。事実、日本経済の今を伝えてもらおうと初回には吉野屋の安部社長が来て、牛丼を280円にした時ですけれども、高校生に社長自ら、あれは値下げじゃなくて、イノベーションなんだと、説明しました。原材料からすべてのサプライチェーン、各店における営業動線、一つ一つの器具開発、などすべてを管理して上でのイノベーションだったと語ったのです。それを高校生が聞いたときに、たかが牛丼と思っていたけれども、その裏にはこれだけのドラマがあるんだと、感動するわけです。あるいは三共の研究者が中耳炎を経口薬で開発するプロセスとか、その間の日米研究者が協力し合うプロセスに、高校生は大いに感激するのです。
 カシオのG-Shockという有名な時計がありますが、その開発者が、「実はお父さんからもらった時計を壊しちゃったんだ、そのときに壊れない時計をつくりたいと思ったんだ」と開発裏話を打ち明け、まさに参加した高校生にG-Shockを壁に全力投球でぶつけさせるわけです。こうした授業を展開すると、高校生たちは遠くに感じていた会社、イノベーション、商品開発などという言葉をものすごく身近に感じるわけです。
 この授業のハード的な枠組みというのは、日経新聞における広告モデルで、1時間目は私がイノベーションとは何かという共通教育、2時間目は各企業のA、B、Cごとに分かれて、各社第一線の方、あるいは社長自らが、うちはこんなことをやっているんだと語ります。国際石油開発帝石という会社などは、我々でも知らないですよね。でも、そういう地味な会社は、実は高校生たち自分たちを知ってほしいと考えています。この会社は石油を探している会社ですけれども、宇宙から見た衛星写真の中で古代の地球をイメージしながら、ここに石油があるはずだと発掘を進めています。そのプロセスを社員が非常に熱く語ると、高校生の夢に火がつくわけです。AEパワーズというのも地味な変圧器の会社ですけれども、彼らがいなかったらワールドカップの南アフリカ大会はできなかったと、社員が熱く語ると、その会社は実に身近な会社になるのです。すなわち、こうした協賛会社にとって、この授業は社会貢献活動であるだけでなく、未来の働き手に対する地道な広報活動でもあるのです。
 そういう授業をした後に交流会をして、4に書いてあるように、2週間で1200字の、「自分にできるイノベーションは何か」といった作文を課します。それを選考して、8人ぐらいの受賞者を選び、受賞作文は日経の全国紙に企業の講義と一緒に掲載されて、受賞者は中国に研修旅行に行けるというものが大きなハード的な枠組みです。
 一方、より大事なのはソフト的な枠組みです。受講生は高校1年生から3年生ですが、まず彼らを大人として扱い、高校生でも世界を変えることはできるという自己肯定をあらゆる場面で繰り返すことをします。次に、よくある一方的な企業派遣の授業とは異なり、我々の場合は約3カ月間授業の中身をつくり込みます。この授業を聞いたOBが大学生となって、自分たちが聞いて面白い授業をアドバイスしながら作り込むのです。今、三橋先生が言われていたように、聞いていても面白くもない授業を出前授業でやられても、生徒にとっては迷惑なだけなんです。確かにG-Shock開発物語は面白いですが、それでも面白く語らなければやはり面白くないんです。社会人が出前授業をやれば何とかうまくいくんじゃないか思っている方が多いですが、やはりつくり込まないと授業にはならない。
 第3番目は、伸びしろを読み込んだ作文審査プロセスもソフト的特徴の一つです。応募される作文の中は、非常にお利口さん的な作文がものすごく増えてきていますが、そうした表面的な作文ではなく、高校生の持つこれからの伸びしろを読み込もうと努力します。
 最後の一つが中国旅行です。中国旅行の意図は、高校生たちに将来のライバルである中国の学校や生徒の実態を見せることでした。これが非常に効果的で、高校生に大きなショックを与えることとなっています。その後日経のコラムにも引用された、第1回当選者川嶋幸太郎の中国視察の感想、「日本人よ、居眠りしている場合じゃない!」が端的に語っているように、勉強への自覚がぐっと高まるのです。特に、訪ねた高校では実験教室のチェックとか、英語の授業に参加させるわけですが、中国のエリート校の教育程度に日本の高校生たちはみなびっくりするわけです。例えば、英語のディベートクラスでは、「公園を有料化するか、無料化すべきか」とか、「動物実験をすべきかすべきじゃないか」を英語でやっているわけです。
 僕が一番素直な感想だと思ったのは、「先生、日本は中国にODAやっているんですよね、もうやめましょう」というものでした。そのくらい、強い危機感を抱くのですね。
  これまでの実績は3,115人の受講者があって、56名の受賞者と56名の佳作者。このOBたちがその後も濃密なネットワークを築いてアドバイザリー機能を果たして、授業のつくり込みをやるという好循環が続いています。また、30社近い優良企業からの協賛も受けています。近年の大不況で、この協賛も実は非常に厳しくなっておりますが、そこを何とか工夫しながら頑張っています。
 特に我々が力を入れているのは、先ほど言いました国際石油開発帝石とか日本AEパワーズといった地味ながら縁の下の力持ち企業の重要性です。今回のノーベル賞のカップリングもそうですけれども、日本が強いのは素材とか、インフラ事業です。初期の頃はロッテ、吉野屋、セイコーエプソンと目に見える企業を一生懸命誘っていたんですけれども、最近は高校生があまり知らない、でも、大事な企業というところに焦点を絞っています。
 このパワーポイントはフリーアンサーなので、ちょっと字が小さいんですけれども、「社会に向き合って、なお底抜けに明るい場があるんだ」とか、「リスクをとって田舎から出てきた甲斐がった」とか。この鈴木稔人君はそば屋の2階で勉強していたわりには、その後、東大まで行って、今、大学院にいます。
 あと、この東洋英和の神野君は夏期講習中に、みんなが自分より受験勉強しているのにと焦りながら参加したにもかかわらず、「やっぱり得るものが多かった」と述べています。
 これは横浜国大の田中君ですが、「山口県のど田舎にいた私からすると、まず東京に来るだけで胸が高まります」、「学校にいるだけでは日本の最前線で働く社会人の方に触れあう機会はまずなく……」と言っています。ここも三橋さんの意見と同じですけれども、残念ながら学校の先生でおもしろい人はあまりいません。「すべてがキラキラした東京で楽しそうな大人の会話を聞く。私も田舎を抜け出して」と期待に胸を膨らませる、そういう瞬間を与えることが重要だと思います。
 イノベーションということも非常に身近なことで、自分たちでもできることなんだと思わせることも重要です。中川結貴君は2011年1月の全国青少年弁論大会土光杯で最優秀賞をとりましたが、彼女の高校生の時の作文は、「私は自衛官になりたいんだ、で周りはみんな反対しているし、どうしたらいいか」というもので、非常におもしろいものでした。そこで、入賞の上中国旅行に連れていって、「自衛官になりたければなれ」と言ったら、いまや防衛大学校生です。
 もう一人は税所篤快君。彼は2005年の受賞者ですが、高校時代ビリから2番目だった成績を、このイベント以来頑張って早稲田大学に現役合格して、有名なバングラディシュのグラミン銀行に行きました。そこで、極端な教育格差を目にして、彼は突然思い立ったわけです。自分がなぜ早稲田に受かったか。それは東進ハイスクールの遠隔授業だったと。この仕組みをバングラディシュに持っていけば、ダッカに出て来ることの出来ない貧しいが優秀な高校生でも大学に行けるはずだと。そして、このプログラムを勝手に立ち上げて、去年、約30人の農村の高校生に遠隔授業を実施し、何とその中から国立大学をはじめとして20人近い高校生が大学に合格するという前代未聞の奇跡を起こしました。ダッカ大学というのは競争率35倍で、ダッカにある最優秀予備校の1,000人が受けて50人ぐらいが受かるという難関です。それが30人受けて、その中に1人ダッカ大学、2人が国立の教育大学に受かったため、ダッカの新聞も一面に特集を組みました。しかも今度、都知事に出るというワタミさんがやっている「みんなの夢アワード」で大賞及びワタミ特別賞もダブル受賞しました。今年から本格的にソーシャルビジネスとしての遠隔教育、e-Educationをグラミンで立ち上げる予定です。
 彼らはみんなこのエデュケーションフォーラムで得たことをきっかけにして大きく世界を見る目を見開いています。普通に勉強しているだけではなく、感性豊かな時期に何か違う世界に触れさせると大きく伸びます。彼ら、彼女たちを中国に連れていって、戦う舞台は世界だといってやることが大切だと思っています。
 このプログラムをやっていてもう一つ大事なことは、授業をする大人たちも変わるということです。自分の言葉で自分の仕事を語ったときに、初めて自分も仕事の意味を理解する。コアラのマーチというロッテのお菓子がありますが、その営業マンがプロモーション用のコアラのぬいぐるみを中国でつくらせる。でも、どうやってつくっても、中国人がつくるコアラはコアラに見えない。それをいかにコアラに見せるかというプロセスを高校生に話すんですが、実はそのプロセスで自分の仕事の意味を理解していくわけです。
 難しいことを簡単に、簡単なことをおもしろく、おもしろいことをより深く伝えるというプロセスを通して社会人も変わっていきます。そういう人たちが今度は自発的に教員会議と称して、勝手に集まって飲んでいるらしいんですけれども、そういう中で、「今度は自分たちで出前授業をやろう」となってきます。カシオのG-Shock開発者も各地に行って、しかも国を越えて行っているそうですが、その方が非常に偉いのは授業を必ずその国の言葉でやっていることです。インドに行ったらヒンズー語でやるとか、フランスに行ったらフランス語、それも本気で勉強しているらしいです。
 地元の経営者とか研究者、商店経営者を呼んで生の声を聞くようなミニ版は不可能ではないと思います。ただ、僕たちの経験としては、やっぱり東京に出て来させる、すなわち異質な視点から意味を与えるという意味においても、ルーチンから解放するという意味でも、敢えて東京に出てこさせるとか、大企業の経営者が話すという状況を組み入れた方が効果は大きいと思っています。ですから、こうしたプログラムは東京か地方かではなくて、東京でもと地方でもという形で、同時並行的に共存していくことが重要かなと思います。
 最後にこうした生徒が主体的に参加するプログラムで2つ言えることは、モチベーションを高めるというのは実は簡単なことだという人がいて、「モチベーションの高い人間と交ぜておけばいい」というのです。確かに、その通りでした。このプログラムは東京の六本木ヒルズでやっていたんですけれども、全国の高校生が九州、北海道、山口とかから、自費で新幹線に乗ってくるわけです。もともとがモチベーションがものすごく高いですから、そういう人間がお互いに触発されるということで、より大きなケミストリー(化学反応)が起こる仕組みになっているわけです。二つ目は、そういう仕掛けが一方にあると、ルーチンは厳しく、受験勉強しろしろ、と言っていてもいいのですよ。勉強を厳しくさせるけれども、時々そのルーチンから解放する仕掛けをうまく使うと、ものすごいケミストリーすなわち勉強の意味を見出して、高校生自身のモチベーションに大きな変化が起こるのではないかということです。
 これの延長線上で、今、皆さんの手元に配られたQUEST CUP。これは教育と探求社がやっているプログラムですが、同じような試みで高校生たちにイノベーションを教える。これも少しずつ広がっている取り組みですので、こういう民間企業の取組とか、僕たちと日経新聞の取組をうまくプログラムの中に組み合わせて、実は厳しい勉強することの意味を高校生たち自身に考えさせるという仕組みづくりが必要だと思いますし、そういうことを我々はやっているというお話でした。
 どうもありがとうございました。

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