三橋信也氏(東京都立杉並総合高等学校長)意見発表

【三橋氏】

 本日は、このような機会を与えて戴きましてありがとうございます。杉並総合高校の三橋と申します。
 先ほど、一橋大学の米倉先生に確認させて戴きましたが、私は大学の同期生です。33年間、大学という最高学府におられ研究してこられた方と、毎日飲み食いばかりしていた者との差が出ているのではないかと思っております。
 私は、卒業後ずっと三菱商事に勤務しておりました。米国と中国の上海、インドのデリーに駐在した経験があります。一昨年の7月にインドから帰り、8月に東京都の校長職の応募がありまして、今の仕事についております。駐在した3カ所で主に非鉄金属、アルミニウムとか、カッパーとかを扱っておりました。現地で人を採用しまして、それを教育する、戦力にするという表現を使っておりましたが、そういうことをやっておりました。
 その中で感じましたのは、家庭のしっかりしている若者、親の愛に育まれた若者、それと、しっかりした学校教育を受けている若者、彼らには共通性がございました。1つは、まず人の話を素直に聞くという姿勢があります。もう一つは、向上心があります。この2つは外れませんでした。最後の駐在はインドで、そこで採用したときに痛感したのですが、家庭とか学校教育というものは、国、言葉、文化、歴史、宗教などに関係なく、向上心とか、素直にものを聞くという姿勢とかをはぐくむものなのだろうと思いました。私は、インドの次はアフリカに駐在したいと思っておりましたが、おそらくアフリカや中近東のイスラムの国でもそれは変わらないだろうと思います。そういう思いを持っておりましたので、校長という教育に携わる機会があり、是非挑戦したいと考えたわけです。
 もっとも、校長と言いましても、たかだか1年強の経験しかございませんので、あまりお話しできるようなことはございません。これまでの感想と今後どうしていきたいかということをお話しさせて戴く時間を頂戴したいと考えております。
 今日は3点のお話しをしたいと考えております。まず初めに、皆さんも憂えておられるように、今の高校生というのは本当に学習しません。自分は世間でいう進学校を出たのだということをつくづく感じました。杉並総合高校というのは、公立中学校の真ん中レベルの成績の生徒が入ってくる学校です。生徒は学習すれば身につく能力があると考えていますが、ほとんど学習しません。
 戴いた資料の中にも出ていますが、この資料ですと高校生は70分ぐらいの家庭学習をしてきたことになりますけれども、杉並総合の生徒の場合、アンケート調査では、生徒の40%は家庭学習時間15分未満です。90分以上している子は15%もおりません。平均しますとほとんど家庭学習してないという状況になっております。しかも教科書を家に持って帰らない、手ぶらで学校へ来るという状況でして、つくづく学習離れが進んでいるなというのを実感しました。本当にこれで大丈夫なのかなと心配になっております。
 それで、学校経営計画の中に、「60分の家庭学習」という目標を入れ、各教科の先生に宿題と小テストを繰り返してもらって、学習習慣を身に付けさせようとしております。
 ただ、授業によっては生徒が熱心に聞く授業があります。教えるということに関しては、先生方から見ると私は素人ですが、私が聴いてわからない授業は生徒もわかりませんし、私がつまらない授業は生徒もつまらないと思うわけです。私が、面白くない、わからないと思う授業では生徒は居眠りしますし、私語が多くなります。まだまだ、私語と居眠りの多い学校ではありますが、それでも面白い授業は、生徒はちゃんと聴くわけです。
 つまり、授業力というのは非常に重要であると思います。生徒が学習しなくなったのは、昔と違って物が豊かになり、親が勉強しろと言わなくなった状況、学習しなくてよいというとハッピーと思い、手放しで喜んでしまうような状況が一番の原因でしょうけれども、教える側がしっかりしていれば生徒は聴くということも事実です。もっと教員の質を高めるためにいろいろな努力をしていかなくてはいけないと思うわけでございます。
 先生方の授業力を高める、良い教育をしてもらうという観点から、職場環境を良くするというのが校長が学校経営でやるべきことであると考えております。
 もう一点は、社会全体が豊かになり危機感がない中で学習しない生徒、その固い卵の殻をいかに割るか、子供に刺激を与えるにはどうすべきか、その為の手段としてキャリア教育というものを考えて戴きたいと考えております。
 本校は総合学科で、キャリア教育を実践する場になっているわけですけれども、キャリア教育というのは、理念はすごく良いのですが、一体何を教えるのかということについては個々の学校に任せられているという状況にあります。
 今の仕事について驚いたことですが、教員は朝学校へ行けば、基本的には学校から出てはいけないし、相手にするのは本と生徒ばかりなわけです。そういう環境にある教員の世間が狭くなるのはやむを得ないと思います。そういう教員にキャリア教育をやれと言っても、一体何をやればいいのかということになるんだろうと思います。
 今の子供がどうして学習しないのかということについてはいろいろな議論がありますが、学ぶ内容が社会とどうつながりがあるのかということを先生方自身がわかっていらっしゃらないのではないかと思います。教えるにしても、何故これを学ぶことに意味あるのかということに関して、私の場合は、こじつけであっても、教科書の内容について、このことはこういうところで役にたった、意味があったと自分の経験につながる部分があるわけです。説明できる。ところが、先生方は実社会に出ておられませんので、自ずと説明に限りがある。先生方にキャリア教育をお願いするというのは無理があると思います。
 そういう点では、私のような民間人を採用することは意味があると思いますし、逆に言えば、できるだけ先生方にもっといろいろなところで経験を積んで戴くことも必要です。
 又、キャリア教育を行うための制度や施設を整えることも検討願いたい。キャリア教育というのは、カリキュラムの中に組まれていますけれども、先生方にとっては教えること以外のプラスアルファの仕事になるわけです。例えばインターンシップ一つにしましても、実際に企業を探してそこに生徒を送り込んで、指導して貰う、経験させるということは並大抵の手間ではございません。そういうものを学校に時間と時数をあげるからやりなさいと言われても、これはなかなか進むものじゃありませんので、できればそこに行けばキャリア教育ができる施設や制度を作って戴きたいと考えます。
 「しごと館」というのが京都にあると聞きまして、これは面白そうだなと思っていましたが、最近、閉館寸前だという話でした。恐らく、そういう場で体験できる職業とできない職業、生徒・保護者が求めている職業とのミスマッチがあるのだと思います。要は国としてそういう制度を設けること、企業がキャリア教育を引き受けると税制の優遇があるとか、職場にそういう施設を整えることを後押しする優遇処置とか、企業にインセンティブとして与える仕組みづくりをしていただいて、キャリア教育の場を作るのが必要ではないかと考えます。
 昔はキャリア教育というようなことはやる必要はありませんでした。私どもの時代は、そんなことはやらなくても、がたがた言わずにただ勉強しろと言って済んでいたわけです。
 今は豊かになって学習しなくても暮らしていける世の中になった。これはありがたいことではありますが、キャリア教育というようなものをする必要が出てきた。キャリア教育というのは今の時代が要請しているものなのだろうと思います。
 最後、3点目は国際理解教育です。今、盛んに若者が海外に出たがらないと言われています。お恥ずかしい内容ですが、今日の添付資料の中に今年の始業式で生徒に話した校長挨拶を入れております。私は、事あるごとに生徒たちに、これからは狭い日本にいても仕事はない、海外に出て働きなさい、海外に行くつもりで学習しなさいということを教えています。国際理解教育も教員自身が国際化していませんので無理があります。教員に国際経験がないのに、生徒に海外へ出て働きなさいと言ったところで無理があるわけで、学校現場に国際理解教育を促進するような制度が求められます。ああしてくれ、こうしてくれということばかりで申し訳ないのですが、最後にちょっと書いておいたように、特別非常勤講師制度とか、特別免許状制度というものがあって、そういう海外での経験が生かせるような場は、いろいろ考えて作って戴いているようですが、私の周囲にはそういう人はおりませんし、実際に機能していないということだと思います。
 又、私は総合学科ですから、設定科目にそういう海外理解教育の科目を作れると言われるのですが、実際に私が一人でそういう科目を1年間の教育課程に組み立てられるかというとものすごくハードルは高く、とても実現はできません。このところをクリアしていただかないと、学校での国際理解教育は進まないと思います。
 今はなくなりましたけれども、私は短期間、OVTAの国際アドバイザーでした。初めて海外に出る企業に対して、そういうことは心配ありません、こうしてやればいいですよということを指導しました。OVTAの海外アドバイザーというのは極めて簡単なシステムで、それをそのまま学校現場に持ち込むわけにはいきませんし、詳細を詰める必要はありますが、海外で活躍した経験のある人が教育現場で指導する方策を考えないと、学校で国際理解教育をやると言っても無理があると思います。
 以上のようなわけで、今、1つの高校を預からせて戴いて、3学年720人の生徒に一人一人、キャリア教育を行い、海外に出る必要性を説いて、少しでも羽ばたいてくれるようにとやっております。残念ながら、まだまだ学習しないレベルの生徒たちではありますが、ポテンシャリティーはあると思います。以上、拙い内容ですが、私のプレゼンテーションとさせて戴きます。

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初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室

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-- 登録:平成23年07月 --