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鈴木高弘氏(専修大学附属高等学校長)意見発表

 【鈴木氏】

 皆さんこんにちは。専修大学附属高等学校校長の鈴木です、よろしくお願いいたします。
 私の前歴はずっと都立高等学校でございまして、三十数年勤務しました。平成9年11月に校長として着任した学校が、埼玉の隣の足立区にある日本で一番だろうと自慢できる指導困難校でした。鈴木のような雑草校長にふさわしい高校だと考えたのでしょうね。一応は全日制普通科高校ですけれども、中退者が半数に及びます。実態は後で申し上げますが、とにかく学校の再建に取り組んだというよりは、取り組まざるを得なかったということです。そのとき様々な手法で学校の再建策に取り組んでみて、学校現場だけでは改革が難しいことを知らされました。そのために、周辺の専門学校とか地域とかいろいろな教育資源を利用したんですけれども、そのくされ縁、お礼奉公で専門学校に校長として招かれたりしました。現在は専修大学附属高等学校で、今度は今まで出逢ったことが少ないタイプの生徒達を前にしながら、内容の違った学校経営に携わっているということで御理解いただきたいと思います。
 先生方も私の話を聞いているだけでは退屈でしょうから、生の生徒の姿を時たまパワーポイントに入れて写真で紹介します。高校生というのはもともとものすごいエネルギーを持っていて、それらの生徒たちが何の心配もなく切磋琢磨して学校という集団教育場の中で活躍出来れば本当にすばらしいわけですけれども、現実的には難しい状況もあります。それから、最近は進学校・非進学校、公立・私立を問わず、心因的な深刻な課題を持つ生徒も入ってきまして、現場の先生方を非常に困惑させているという現状もあるわけです。
 都立足立新田高等学校は、平成10年頃ちょうど創立20年を迎えたいわゆる新設校でしたけれども、どうしようもない成績、極端にいえばオール1でも合格できるような状況に落ち込んだ不人気な学校でした。先ほど埼玉の事例で青砥先生がおっしゃっていたように、入学してくると5月から退学が始まり、夏休みまでであらかた退学者が出そろってしまうのです。教員のほうも「もうしようがない」とあきらめて退学させる。更に、生活指導上で3回問題を起こしたらポンと切り捨てるという感じで、結果的に中退者が入学者の約半数に上ります。もちろん推薦入試でも定員割れを起こしている有様です。私が着任する前年1月の新聞発表で、毎日新聞都民版に、全日制普通科の推薦で定員割れ!という非常にまれなケースとして記事にされ、私自身も非常にプライドを傷つけられたという思い出があります。教育活動はもちろん正常な形では成立しませんから、部活動もほとんど消滅しています。昼過ぎますと生徒が学校の中で見当たらないという感じの学校でした。
 実は、学校の一番の問題は、生徒の問題というよりも教師の問題です。その辺は先生方にも御理解いただきたいわけです。教育を巡り、生徒の問題だ、いや家庭の問題だと議論されますけれど、学校の問題は、大きなところ、つまりその中の何割かは教師に問題があるといえるのです。教師の問題ということは、校長の問題でもあるわけで、校長の経営方針がしっかり出ていて、そのマネージメントのもとで先生方が組織的に動いていれば、これは何も問題がないわけです。東京都は、同じ時期から長期的な方針を打ち出し、学校現場の改革に精力的に取り組み始めました。それから10年、正念場にさしかかって来て、なかなか難しい問題にぶつかっているようです。
 それは、結局再び教師の問題にぶつかっているということです。幾ら制度や仕組みをいじっても、幾ら声を高く現場を叱責しても、結局は教師が動かなければどうにもうまくいきません。嵐が過ぎ去る時をじっと待って、何とか過ぎればまた昔のような形に戻るのではないかと期待しているのかも知れません。現場が動かなければ何も解決しないのです。自分も、意欲のない教師集団に非常に腹が立った一人であったのです。
 平成9年の11月に中途で着任しますが、前任者はあまりの困難さに体調を崩して休職になったためでした。入学する生徒について申しますが、最底辺の学校ですから、課題を抱える生徒が少なくないのです。当時は、中学3年生が一番荒れて指導が難しいのですが、足立区内でこんな話しがありました。3年生のワルに担任が「おまえにも高等学校に入るチャンスがある、大丈夫だよ、都立高校に入れる」と言うわけですよね。「じゃあどこに入れるんだよ」と聞いたときに、担任から出た学校は「足立新田」です。その途端、生徒がおとなしくなってしまったと言うのです。「あそこだけは行きたくない」とワルが思うほどひどかったのです。
 最底辺ですから、とにかくオール1の子たちでも集団で入ってくるような学校、まさしく偏差値輪切りの指導のもとで、最底辺に位置した子供たちが投げ込まれてくるのです。総数720人。学年定数が40人×6クラス=240人ですから、一学年240人の生徒たちが輪切りされて入ってくる。体力、気力、知力、更には経済的な事情もままならないという生徒たちです。当然ながら、放任されて育ち、我がまま放題に行動する。校舎内をバイクで走った、校舎や施設を壊した、教師に暴力を働く、盗難や喫煙行為などは日常的に起こります。そんな実態がありました。しかし10年一昔、以前の話ですから、そういうこともあったのですとしかいえないのです。じゃあ、今それが解決しているかというと、所を変えて様々な学校で同じような行動が起こっていると推測しています。
 生徒たちは非常に表層的な流行に流されており、喫煙、頭髪は染め放題、ルーズソックスで、出始めた携帯は手放せない。家計を助けるという名目でアルバイトをやるのはまだいいのですが、アルバイト収入はもちろん遊興費に消える、異性交遊、更には暴走ということですよね。そういう生徒たちが多かったということです。おとなしい生徒の多くは、学習や校内での行動に自信がない子たちで、黙って教室の隅にかたまっている状態でした。こういう学校では、少なくとも勉強目的の生徒が生き残るのは難しいのです。
 64万人口の足立区の教育問題にはやはり様々な構造的な問題があります。区内に都立高校が9校あるのですけれども、生意気な言い方ですが、小中高の教育の状況を大幅に改善しない限り、日本の教育はよくならないなと思います。後日、この64万の足立区の教育問題がある程度解決できれば、日本の教育が改善できると言いましたら、マスコミの方もそれに興味を持って、足立新田高等学校の改革を見に来るし、報道して貰えるようになりました。
 では、何が問題なのかといいますと、都立高校の実態は今でもそうなのですけれども、カリキュラムが非常に硬直的で魅力がないのです。カリキュラムについては、新指導要領でも柔軟に工夫するというようなことを言っているわけですけれども、現実問題として学校現場で意欲的に先生方が取り組んでやらない限りは難しいでしょう。つまり、非常に硬直的で魅力がない状況は続くだろう、ということです。
 日比谷高等学校のカリキュラムと足立新田高等学校のカリキュラムがほとんど同じような形態で作られている。その中で進学英語がどうだ、理系進学数学がどうだといった違いはありますけれども、基本的には都立の普通科高校は金太郎あめのように各校が同じで、それでよしとして来たのです。
 職業高校についていえば、技術進歩に対応できない内容で、御存じのように職業高校の人気が低迷して進学希望者も激減していました。現在も同じです。
 回避策として総合学科の高校が平成7,8年ごろから文科省で提案され、都の改革計画の中にも全国に先駆けて2校登場するのです。それはまた後で申し上げますけれども、職業高校がどうも魅力がない。もう本来の職業高校としての存在意味を失ってしまっているのです。ですから、人気のない普通科高校と職業高校を統合して総合学科とし何となくぼやけた曖昧な形の性格の学校を作った。生徒から見て、普通科高校のような印象も抱ける総合学科を誕生させたのです。
 統合して総合学科高校をつくったのは結構ですけれども。現状、東京都の10程の総合学科高校を見ますと、ほとんどが都立高校の中堅的な高校を目指すことをうたっていて、結果的には進学校シフトに偏る色彩が強くなっているような感じです。もちろん、職業色が薄れていまして、カリキュラムに謳う特色ある系列あるいはコースに大きな偏りが出来ています。総合学科とはいったい何だろうと私は改めて疑問を持ちました。
 総合学科の先生や総合学科の研究会などでも言ってきましたが、総合学科は非常に多額の資金を要した壮大な実験プランですが、多分失敗すると確信していました。なぜかといいますと、まず費用がかかり過ぎる。一学年生徒240人に対して、120通り以上のカリキュラムができるのだと言うのですが、グループの細分化には限界があるし、教員数も普通科定数の1.5倍以上が必要です。いっとき、2校統合して1校つくるわけですから、その落差の余裕は出るけれども、現実的にはそれも時間が経過すれば効果は限られます。なかなかそうはうまくいかない。
 更に、これも単位制の高校ですから、基本的には先生方が細切れの授業を受け持つことが前提になります。特色のある、魅力のある様々な科目が配置展開されるはずです。細切れの授業が主体になると、1教師が16時間を均等に持つといっても、2単位科目を8つ持つというのはなかなか大変です。教材研究もあり、一人が4科目、5科目を持つことでも大変です。
 東京都には、商業系の晴海総合高校、それから工業系のつばさ総合高校という2つの先行事例があります。開設以来担当された先生方の大半がその学校には残っていない。みんなもう他校に移ってしまって、2番手、3番手の先生方が仕方なしにやっているという状況、できたら総合学科には行きたくないという教師が多い傾向にあります。学校カリキュラムの大看板ともいうべき「産業社会と人間」のような必須科目もあるわけですが、それの授業展開も教師にとっては大きな負担になって中途半端なものになりかねません。先行きが暗いですね。
 結論までいってしまいそうですが、学校がなぜ組織的に動かないかという理由について話します。
 そのころまでは東京都の教員組合組織率が90%を超えており、校長が何を言っても聞いてくれない実態があったのです。その際の教員側の切り札が、校内の予算の中で自由の効く旅費配分、それと国旗・国歌に対する反対です。日直拒否は日常茶飯事です。国旗・国歌を出されると儀式も何も動かないものですから、波風が立たないように、校長は黙らざるを得ない。つまり、この問題を克服しない限りは校長が何を言っても、結局は何もできないという状況だったと思います。少なくとも私のいた学校はそうでした。その後、文部科学省の指導を受けて都教委がものすごく強烈に現場を指導したものですから、ある時、平成13、14年頃から表面的には解決に向かいます。
 管理職、都教委と教師、教員団体が厳しい対立関係に立つ中では、何事もうまく解決できず、妥協ばかりが優先してしまいます。自校でもまずこれを突破する必要がありましたが、3年目頃には完全に解決出来たので、他校に先駆けて学校改革に教師の全エネルギーを注入することが出来たのです。
 足立新田高校には課題のある子が多数入って来ますから、退学率はどんどん増加してほぼ半分が中途退学していました。定時制に流れるケースもあるのですが、多くはそのまま高校中退生になります。半数が退学し、しかも卒業生の半分が進路未決定ですから、足立新田に入った240名の入学生のうちの75%、4分の3がフリーターになって社会に投げ出されるのです。進路決定どころではない、フリーターの大量放出校なのでした。
 10年前は、先生方が御承知のように若者のフリーター問題が大きな話題になっていました。仕事があるのになかなか仕事に就かない、就けない。それからもう1つの側面が、フリーターというより足立区の場合は実態がニートだと言うことです。ニートやフリーターが議論され、足立新田高等学校はマスコミの注目を集めその議論の渦中にいました。生徒に卒業への意志をしっかり持たせると同時に、進路についても希望を失わないように指導することが必要でした。
 では、そんな学校はもうだめなのか、不要か、ということになりますが、私は絶対に違うと考え、この学校の生き残る道を摸索しました。そのころの手法の多くは、口幅ったい言い方をしますと、その後多くの学校で用いられているようです。全国の学校で少なくとも困難校改革を標榜している所は、意欲的な校長の下で、同じような手法で試行錯誤を続けているといえます。
 まず、教育資源を発掘することです。足立新田高校が求めた教育資源は、学校の中だけにあるわけではなく、学校の周囲を見回して、あらゆる資源を探し、それとコラボするのです。例えば、足立新田は荒川の中洲に位置しますが、当時の人口8,000人のうちの20%が70歳以上という高齢地域なのです。そういうこともありまして、教育資源として高齢者が見つかります。これと福祉教育を繋げてカリキュラムに取り込みます。それから近くの河川敷に当時都民ゴルフ場がありまして、ゴルフ場というのは午後の1時ぐらいから3時ぐらいまでは空いているものですから、それを貸してもらえないかと相談しました。これで特色ある体育教育に繋げるのです。そんなことを考えていったわけなのです。
 それから底辺校ですから、先生が若くてやることがなく暇だけがある。でも、パソコンで遊んでいるから操作は得意です。ITを活用する情報教育を何とか実践したらどうか、という形で、他校にない魅力化に取り組んだのです。
 学校を再建、改革に着手するときは、その学校がある地域の教育資源を利用すればよいと考えたのです。福祉、スポーツ、情報という3つの柱を立てて、全日制普通科高校であっても限りなく総合学科に近い内容にして原型となるカリキュラムを作っていったのです。
 次に、自校の学校予算執行状況を調べると、非常に無駄が多いことに気づきました。大体定額が配分されますと、それが毎年同じように支出されている。倉庫を調べてみたらざら紙なんか山のようにあるわけです。文房具、チョーク、テープ、清掃用具やペンキまで山のようにある。だったら何も次年度の予算で無理に買い増しすることはないから、浮いた分を学校広報費に回そうと考えました。教師にもパソコンができる者もいれば、ゴルフのできる者もいるので、教科にこだわらずに適材適所で使って魅力化に繋げようと考えました。
 都教委とすれば平成9年から学校改革を打ち出してきたのですが、既存校がなかなか手を挙げないジレンマがありました。学校評議員制、「開かれた学校」一つでも高校校長会さえ「そんなことできるわけない」と反対する有様です。そういうことでも、「じゃあうちの学校だったらできます。そのかわりに○○をください」。「とても特色のある学校を作りますよ、そのかわりに○○をください」と取引し、ギブアンドテイクの形でどんどんやっていったのです。総合学科は金がかかる、課題が多い、と言った結論はそこから生まれています。
 外部にアピールする前に、先程言ったような魅力あるカリキュラムを準備するのです。福祉教育ではホームヘルパーの養成授業をやりました。都教委の協力で実習室を作ってもらいました。学校の中に「ホームヘルパーの養成所」をつくれば足立区ではヘルパーの2級資格が将来的に重要な就業手段になるだろうと考えてやったのですけれども、最初は校内で反対されました。生徒がそんな授業を聞くわけがないと言うのが理由です。目の前の生徒の実態を見れば誰でもそう思います。2級は間もなく廃止されるはずだともいうのですが、要はやりたくない。生徒が聞かないのだったら、保護者にも開放するし、地域にも開放するという形でホームヘルパー30人の養成講座を開始しました。そうなると生徒たちを地域の人たちとか親が取り囲むわけで一石二鳥、これは現在も維持されていて、重要な魅力化の手段になっています。
 それから体験入学とか、学校説明会についても、当時は都立高校の大半が熱心でなかったので、特に重点項目として取り組みました。これをやるからにはどこの学校もやっていない形でやろうというので、元旦に説明会をしたのです。先生たちはみんな「そんなことやれるわけがないし、だれがやるんだよ」と言うだけです。「誰もいなければ校長、教頭でやればいい」し、地元の塾の協力もある。「先生方の中にも我が子の受験年の人もいるじゃないですか。どうせ年賀状読んでいるだけだったら、手伝ってくれればいい」とお願いしたら、実際に何人か手伝った。大きな戦力となり、それが今でもまだ続いているのです。
 これは朝日新聞や読売新聞などでも紹介してくれました。要するにやれることは何でもあるわけですから、労を惜しまず、なりふり構わずやっていくことが、現場には求められているのです。
 学校教育の問題は先生の問題ですから、先生の教育に対するモチベーションをどういうふうにして維持あるいは高めるかが大切です。だまし、だましでもいい、なだめすかしてでも、その気持ちに持っていくことが大切なわけです。そのことで校長にやる気がなければ、先生は動かないし、逆に抵抗勢力になる。
 日の丸、国旗などは実に簡単なことで、現場で消耗すべき問題ではないのです。反対されても、校長としては実施すればいい。立てたら入学式や卒業式には協力しないと抵抗する教師もいますが、協力しなければそのままの状況を「これがうちの実態です」と言ってマスコミに公開すればいいのです。
 校長の姿勢がはっきりしていれば、結局は解決する。国旗・国歌、日の丸・君が代が解決すれば、あとは先生方との議論は教育論に集約されていきます。みんな言うことを聞くわけだし、悪いことをやっているわけじゃない、決まったことを粛々とやっていくだけのことで、そういうこともモチベーション高揚の上では大切だと思いました。
 改革で入学者の倍率が右肩上がりに変わってきました。私が着任したのが9年ですから10年度の入試結果は惨たんたる状態でした。0.93、1.10、1.01と。それから推薦のほうは1.88ぐらいですけれども、11年度からは推薦で3.14、一般で1.78で、突然、東京都立普通科でトップの応募倍率に上がっていったのです。これは学校の魅力化への取組を、朝日新聞その他のメディア取材で全国的に報道されたことも影響しています。
 もともと行き場のない子がまず受験出願してくる、それから特色のある学校に入りたいという子が出願してくる、それが合わさって志願倍率がぐっと上がったのです。私は「人気のある学校は応募倍率が高くなる」というアピールを学校宣伝の目玉手段として使いました。もともと成績的に他に行き場のない生徒が集まってくる学校でしたが、魅力化に取り組んだ結果、その後、一貫して右肩上がりに学校の倍率が推移していったのです。先生方にとっても新鮮な感動で、これが喜びになり、モチベーション高揚に繋がっていきました。
 こういった状況を受けて足立新田高校での中途退学者は、表のように激減していきました。先ほども申し上げましたが、この学校に入りたい、学びたいという生徒が入ってくるのですから、必然的に中退者がどんどん減っていくのです。ですから中退者のパーセンテージを下げるのではなくて、いかにして数多く卒業させかるというポジティブな発想に考えを変え、平成12年度で201人、その次で222人、それから243人と、生徒を卒業させて私自身も退職したのです。こういうふうに卒業者数が増え、中退者は激減したのです。要するに、世間でいうよい学校、日比谷その他の高校でなくてもよい、この学校で3年間学んで、それなりに学び終わって、学校を出た、自分の努力に自信を持った生徒が世の中に出ていく、そのことに意味があります。
 時間ないですから結論に移ります。改革は継続が一番の課題です。手法も様々ありますが、私の場合は、生徒をとにかく退学させないことです。それから学校に生徒の居場所があることが大切です。
 柔軟なカリキュラムと魅力ある授業、これを大前提にしながら退学を防止し、卒業に当たってはフリーターをつくらない学校にする、そのためにどうすればいいかということで取り組んだのです。それを2代目の校長さんも受け継いで更にがんばってくれました。東京都が1つの実験学校的に見ながら、予算や人的な補助を惜しまなかったことが大きかったのが事実です。都教委は、このような現場の実践の状況を見ながら、次々と策定し改革を推進して行ったのです。今振り返っても、東京都の施策はほとんどそのころから出発していることが分かります。
 これは自分の自慢話をしているのではなくて、東京都の教育委員会の方向性を先取りしていたことを言いたいのです。私自身とすれば、現状は東京都の改革に行き過ぎがあるようにも感じられます。新しいタイプの学校作りはよいけれども、具体的な実践場面や提言が極端に走っている側面もあります。
 まず、その最たるものが進学指導重点校指定です。東大入学の公立高校を育てて近県の名門をけ落とすことにどれだけの意味があるかということを考えてみなければならない。公立の学校の使命は一体何だと言ったときに、都知事が日比谷の生徒は東大にも入れないじゃないかと苦言を呈した。それに対する回答の様な形で施策が打ち出されたのです。こういう進学指導重点校は私立と都立のよい子の取り合いにしかならないです。今、すごいですよ、各校ホームページを開きますと難関校合格者数が数値目標で示されていたりしています。MARCHに何人入れるとか、東大・早慶に何人入れるかという目標を出しています。あとは様々やっているわけですけれども、これは皆さんが御承知のとおりですね。何が何でも大学進学、それが優越する改革については、私は疑問を持っています。
 最後です。2番目のところに学校改革にはエネルギーが必要で、先生の負担も増加すると書きました。特に、柔軟なカリキュラムがもたらす複雑な授業編成が改革のブレーキになりつつあるといえます。都立高校の先生は受験指導をして来たとはいえ、東大に入れるような指導実績がなかったわけですから、その辺も負担になります。受験成果を上げたことへの見返りも期待できません。結局先生方の負担感がネックになってなかなか成果が上がらないのです。その辺をどう解決するか、モチベーションをどう高揚・維持するかということへの対応を真剣に考えなければなりません。
 2番目は教員の意識改革です。改革がとん挫して、肝心の生徒が見捨てられるおそれがあるのです。文科省が実施した校長への意識調査の中で、「20年前に比べて社会への学校への支持や理解が悪くなった。」が、中学校で73%、小学校69%です。「家庭教育力が低下した。」が、中学校で89%、小学校91%。だからだめなのだということを理由にしては解決になりません。「じゃあ、こういう状況の中でどうするか」を私たちはいつも考えていかなければなりません。
 それから処遇と結びついた「業績評価」に対する教師の意識結果は、非常に不満足度が高く、プラスの影響があったというのは26%、マイナスの影響が63%です。それでも、教師が自分を評価されることを恐れるということは当然なわけですから、63%が反対しているからだめだ、という結論にはなりません。積極的に取り組むべきです。
 質問がありましたら、お願いいたします。長くなりまして申し訳ありません。

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-- 登録:平成23年06月 --