今後の高校教育の在り方に関するヒアリング(第1回)齋藤ウィリアム浩幸氏(株式会社インテカー代表取締役社長)意見発表:文部科学省
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今後の高校教育の在り方に関するヒアリング(第1回)齋藤ウィリアム浩幸氏(株式会社インテカー代表取締役社長)意見発表

【齋藤氏】  

 初めまして、齋藤と申します。すみません、さきほどドバイから帰ってきまして、このプレゼン資料を日本語にする時間もなく、また直前の配付になってしまいすみませんでした。ただ、プレゼンは英語で書かれていますが、日本語でなるべく補完して説明をしていきたいと思います。本日は自己紹介を交えながら、また自分のこれまでの日本とアメリカの経験を皆さんとシェアしながら、話したいと思います。
 最初から英語のスライドで失礼しますが、このとおり、私はアメリカのカリフォルニア州で生まれ育ちました。親は日本から1980年ぐらいに移民して、もうアメリカの生活の方が長いのですが、そこでやはり子供をのんびりした環境の中で育てたいということで、私をロスで生みました。
 親は英語が全然できないということで、何か別のものをと思い、私に数学を教えたんですね。数学を教えてくれたのはいいのですが、私もだまされまして、小学校のときに日本の中学生用の本を使われて、教えられました。そういった経緯もありまして、アメリカの学校の先生が、もう数学は教えられないと困ってしまったんですね。そこで、その学校の先生が私の両親を呼んで「数学はもう教えられないけれども、パソコンというものがあるので、ぜひそのパソコンを買ってあげて、それを教えてあげたほうがいいのではないか」と勧めました。先生のアドバイスに従い、親は家を担保にして、ローンを組み、そのお金でパソコンを買いました。しかし私は、その次の日にパソコンを分解してしまいました。これはさすがにもとに戻さないと大激怒されるのではないかと思い、初めて分解したパソコンをもとに戻しました。そのおかげで、パソコンの中身をOJTで勉強することができました。
 その先生とは、今でもまだお付き合いがあるんですけれども、いろいろなつながりがありまして、当時のメリルリンチ――今はバンクオブアメリカに吸収されてしまいもうない会社なんですけれども――証券会社のソフトを書いて欲しいという依頼を受けることになりました。その当時、小学校5年生だったのですが、そこからビジネスというものを学び始めました。週末になると、父親が2時間かけて、お客さんのところまで運転してくれて、私はお客さんと打ち合わせを行いました。その次の週の放課後にそのプログラムを組んでいました。そこでパソコンというホビーでお金が儲かるという感覚が身に付いたんですね。
 ただ、親の夢としては私に医学部に行って医者になってほしいということで、私はアメリカ西海岸のUCLAという大学の医学部に一応入ったんですね。ただ、アメリカの大学の場合ですと、医学以外にもいろいろな勉強をしなければいけなかったので、その中でやはり医学もいいのですが、コンピューター分野に興味もあったので、結果的に、お医者さんとしては1日しか働かなく、コンピュータービジネスのほうに進みました。親は2年ぐらい口をきいてくれなかったのですが、そういった中で、会社を始めました。
 文部科学省の方々の前で言うのも恥ずかしいんですけれども、この会社というのは、実際大学の寮の中で始めました。空いている部屋を事務所かわりに使い、会社を大きくしていきました。寮を事務所がわり使うという例はよくある話なのですが。
 何をしたかというと、まずうちの会社が当初開発していたのは、日本はちょうどバブルの時代で、タイミングよくウインドウズが発売する数年前の話だったので、あの当時のマイクロソフトのOSで日本語をどう表示するかという仕事をやったんですね。その次に、どうやって日本語を印刷するかということで印刷機器のドライバを開発し、そして、周辺機器――プリンタ、CD-ROM、その他のいろいろ周辺機器のドライバを日本の会社と一緒に開発するようになりました。またカメラや動画関係のソフトウェア開発も行いました。
 そんな中、私が19歳の時に、日本のNECさんから仕事をいただきました。ある日、NECさんがうちの事務所を見に来たいという連絡をもらいました。 寮の中に会社があるのはまずいだろうと思いまして、4日間の間に、場所を借りて、そしてパソコンやその他の機材を教室から借りたりして、会社を外に設立しました。
 その後どうなったかといいますと、カメラから指紋認証の技術に集中していきました。指紋認証技術をその当時の通産省から補助金をいただいたりして、日本で標準化をして、またアメリカの政府のANSIやIEEEという組織からもお金をいただいて、アメリカで標準化しました。そしてその結果、スイスのジュネーブのISO世界規格にもっていくことができました。今でも覚えていますが、22歳の若者がとよく皆さんにばかにされたんですけれども、IBMやHP、マイクロソフトと等と戦って、世界標準にできたおかげで、その後その生体認証の技術を160社以上とライセンス契約を行うことができました。
 いろいろなご縁もあって、日本ともつながっていましたし、大学は医学部だったので、ビジネスもコンピューターサイエンスの授業もメインではとらなかったのですけれども、結果IT会社をつくった。様々なバックグラウンドや人とのつながりがあってできたことだと思います。
 その後、5年ほど前に、会社をマイクロソフトに売却しました。当初は、日本で引退生活を送るために来たんですけれども、それはなかなかうまくいきませんでした。先ほど池田先生がおっしゃったように、日本の若い人たちを見ていて、あまり元気がない。私がここまでこれたのは、日本の会社の方が10代、20代の私に仕事を与えてくださったおかげだと思いますし、大変感謝しています。その恩返しとして、日本の20代の皆さんとどのようにこれからのベンチャーやentrepreneursをつくるかということをミッションに、今までの5年間活動してきています。
 このように、大学生を対象に活動もしているんですけれども、様々な活動を通じて感じたことを踏まえ、今日この場を借りて、日本の教育や大学に入るまでの課程について議論ができればと思っています。
 このスライドで、インテカーは、事務所が東京本社、ロス、そしてドバイにオフィスがありまして、これは後で説明しますが、いろいろな事業をここで統括して、ホールディングカンパニー方式でやっています。経営競争基盤では顧問をして、日本のいろいろな企業の再生や海外展開のサポートをしています。
 次に産総研ですが、ここでも顧問をやっているんですけれども、産総研の研究を製品化するお手伝いや、起業のお手伝い、さら海外へ持っていくというのが私のミッションです。日本の技術をいかに外に出していくかということをやっています。
 政策研究大学院大学では、entrepreneurs、イノベーションについて政策面でどう変えていくかを中心に活動しています。また、実際2つの大学でも教えていまして、東京農工大学では、イノベーションとentrepreneurshipをテーマに教えました。これはエンジニア学生さん向けに、entrepreneursとかイノベーションについて教えたのですが、社会人になって、皆さんに起業家になれとは言っていないんですけれども、社会的にエンジニア分野だけでなく、その他に経営学やマーケティングの観点も必要だということを教えていました。
 慶應義塾大学は、今年の10月から携わっているのですが、これは湘南藤沢キャンパスのほうですが、これもentrepreneursとイノベーションがテーマの授業です。世界的に活躍している方を呼んできて、講演をしてもらっています。やはり大学を卒業すると、大手会社や公務員を希望する学生も多いと思うのですが、それ以外にもいろいろなオプションがあり、そして、その道をどうすすんできたかという話をしてもらっています。大使や世界的に有名な企業のCEOのトップの方にも来ていただいて、授業は90分なんですけれども、講演45分、質疑応答45分ぐらいで、行っています。その他としては、アメリカのFBIや国防総省で情報セキュリティのバックグラウンドで顧問をしています。
 このスライドには書かれていないのですけれども、アメリカでも、ユニバーシティー・オブ・カリフォルニア、UCシステムという大学でコンピューターサイエンスの授業を教えていました。またUCのほうで、理事を2年間やりまして、幼稚園生から大学・大学院生の教育について理事の面から活動してきました。そういった経験から、日本とアメリカの違い、そしてお互いの問題点等について話せるのではということで、また日本はイノベーションや技術というのがすぐれているということで、ぜひそこら辺を教えてくれないかということで、今年は、19カ国の政府の方に呼んでいただき、イノベーション、教育、entrepreneurshipのテーマで講演を行いました。どういうふうに教育を変えていくか、どのようにその国の学生やベンチャーを活気づけるのか、どうグローバルにしていくかということを常に話しています。
 こういった講演の中で、このスライドは、私がよく使うスライドですが、これは何を表しているかといいますと、毎年BCGさんとかビジネスウイークから、世界でトップ50のイノベーティブ・カンパニーというリストが発表されています。大体、リストの構造はこのようになっていて、1位と2位はアップルとグーグルさん。
 そして、その中から25社に絞り、その設立の年を横に並べたんですね。このスライドだけで何時間でも話せしまうのですが、ポイントとしては、残念ながら世界で認識されている日本の会社というのが、ほとんどこの4社だけなんですね。これを見ていると、1946年以降から日本の会社がなかなか世界に出ていないことがわかります。しかし世界的にみると、GDPや売上を支えている会社というのが、1975年以降に設立された会社がほとんどです。それが1つと、もう1つは、これらの会社のほとんどが、経済が悪化し、不況のときにできた会社なんです。ですから、そういった意味で今がチャンスだと思いますし、世の中を変えるような、次のグーグルが出てくる時代だということを常に言っています。
 ここでもう1つ言いたいのは、ここにあるほとんどの会社がペアでやっています。創業者1人でやっているわけではなく、2人で立ち上げている会社がほとんどです。何が言いたいかといいますと、授業でもよく言うのですが、日本はチームづくりが非常に欠けているかなと感じるんですね。海外で言われているのは、野球とサッカーにたとえると、日本は野球タイプのマネジメント型だと。監督がすべて指示して、監督が言うまでは動かない。
 アメリカは、サッカータイプなんですね。ゴールははっきりしていて、どういうふうに行くかはわからないんですけれども、みんなボールがパスされたら、何をやればいいかがわかっている。ちょっと変な説明なのですが。チーム作りについては日本とアメリカの違いを非常に感じて、私が授業を教えるとき、まずチームに分けて、チームごとのプロジェクトをするんですけれども、一番驚いたのが、自由にチームを作りなさいといったら、自然にチームができないんですね。大学・大学院生でも、チーム作りにかなり時間がかかり、長くて1カ月かかることもありました。チーム作りから教えないといけないというのが、この5年間で非常にびっくりしたことです。
 そして、このチームが何に一番つながるかというと、ちょっと片仮名で書くとさらに長くなってしまうのですが、entrepreneursということですね。さきほどの成功している会社の例でも述べましたが、世界中で成功しているentrepreneursというのは、やはりチームをうまくつくり、それを動かせる人だと思うんですね。1人で創業して、雲の上に立ってしまい、ワンマン経営をしてしまうと、世界中でもなかなか長く会社が残らないという傾向があります。entrepreneursというのは、チームでリーダーシップをとりながら、失敗したときには周りが支えてくれて、常に反省して、そしてもう1度立ち直るというのがentrepreneursであって、チームがないと、それが難しいということですね。
 日本の場合ですと、「スーパーだれだれ」とすごく優秀な人が会社から独立したり、大学でうまくできた人が創業者にはなるんですけど、なかなかチームが設置できず、会社が伸びないという現状をよく目にします。ですから、私も現在投資を14社しているのですが、チームとして創業していないと投資しないというのを1つの基準でやっています。
 これも、文部科学省の方々や先生方の前で言うのは失礼なことですが、日本のエリートというのは、政府とか大手の会社に行くことを好むということなんですね。
 アメリカの場合、エリートというのは、まずスタートアップで行くというのが結構はやっていて、まず実験をしてみるという。ここら辺は明らかに日本とアメリカ・ヨーロッパの違いだなという気がします。その理由として私が思うのが、教育の面で、失敗するということは、日本ですと非常に嫌がられる傾向にあると思います。やはり、失敗はいけないこと、悪いことだと感じる・教えるという傾向が。いろいろな日本の方をみて、また学生さんと話をするなかで感じることですね。アメリカの場合は、あえて失敗をさせる。失敗することが大事だと教えられますし、失敗は逆にプラスになるということですね。
 私がよく例に使うのが、スタンフォード大学のプレジデントの話です。彼は大学の先生をやっている最中に、外に出てベンチャーを立ち上げて、そして、もう1度スタンフォードに戻ってきた人です。この人は、4回会社をやって、そのうち2回は完全に倒産しているにもかかわらず、もう1回大学に戻ってきて、今プレジデントになっているのです。彼がそうできるのも、それはやはり失敗というのは、経験として認められて、評価されるからだと思います今の学生さんと話をすると、この失敗という言葉の定義が全く違うということを非常に感じます。
 そして、これもよくいろいろなところで言っていることですけれども、海外に行くことが非常に大事です。日本は、OECDの中で考えると、非常に割合的に少ないし、少なくなってきています。これは2002年だけでも、このように日本人が海外に行って博士を取る人数が、ロシアの後、ルーマニアの少し上になっていて、そして去年の統計では、ハーバード大学においては、東洋人548人の中、日本人の学生が4人、今年は1人というような統計で、海外に行って経験するという学生さんの数字が年々少なくなっているというのが問題だと思うんですね。
 こういう状況で、やはり支援する環境づくりというのも大事だと思います。私の会社では奨学金を毎年出しています。優秀な学生1人、2人に奨学金を出しているんですけれども――アメリカの大学で籍を探して、航空運賃や滞在費のお金を出して、1年間、海外で勉強させるということを5年間やってきました。今はMITとかハーバード、コロンビア、ジョージアテック等、その他の大学で勉強している学生が何人かいます。
 ただ最近、このような支援を小規模ですることに限界があるのではないかと感じました。今年、奨学金給付予定の学生さん2人がしょぼしょぼと戻ってきて、「どうしたの」と聞いたら、母親が反対したというのです。彼らの母親としては就職の問題や団体の知名度等の問題もあったのでしょう。そして彼らが奨学金を断ったことに、私はとてもびっくりしました。彼らが高校生だとしたらまだわかるんですけれども、大学院生が、親に反対されたという理由で断ったのが非常にショックでした。こういったこともありまして、環境を整え、そしてマインドセットすることが大事かなと思います。
 最後にまとめますと、これは先ほど池田先生もおっしゃったように、まず勉強に対してパッションがないといけない。ただ暗記のためだけの勉強ではなく、何のために勉強しているのかということを学生自身が感じ、主体的に学ぶ姿勢を持つべきだと思います。
 2つ目はティーチで、教えるという面では、やはり研究したり調べたり、失敗してもいいという環境を、小学生の段階でもっとつくらなければいけないと思うんです。ちょっと話が余談して長くなって申し訳ないんですけれども、毎年京都で、Entrepreneurs Business Plan Conetestといって、小学生、中学生、高校生のビジネスプランコンテストがあるんですね。私も審査員をしているのですが。皆さんすごく頑張って、ビジネスプランをつくって、プレゼンをするんですけれども、正直、小学生のビジネスプランが一番おもしろく、一番頑張っていますね。中学校、高校生になると、ビジネスプランで発表する内容が、だんだんコンサーバティブになって、誰でも考えられる、物を売るとか、そういったプランになってきます。小学生3年生プラス・マイナス1年生が非常にクリエイティブな面白いアイデアを持っているのに、そこからなぜだかだんだんとクリエイティビティーがなくなるという風に感じます。
 ティーチの2つ目ですけれども、これは留学から戻ってきた学生さんがよく言うのは、ぜひ高校や中学でプレゼン力とか議論とか、討論はぜひ習いたかったと。海外では、やはり自分が言いたいことや意見などが言えなかったら負けだというところで、海外に行ってから習うのでは遅いので、ただの英語を習うのではなく、どういうふうにプレゼンで使うとか、どういうふうに議論で使うということを学びたかった、教えてほしかったと、皆さん言いますよね。
 それで、やはりチームビルディンも重要だと皆さん言います。チームビルディングは後でOJTで習うのも大変です。やはりチームでどういうふうに情報交換して物事を進めていくかというのが大事だと思うんです。
 最後にしますけれども、3つ目は、やはり奨学金やボランティアが非常に大事だと思います。海外ではボランティアが非常に重視されます。私の通っていた高校でも、卒業するために、毎年100時間のボランティアをしなければいけないんですね。大学へ入れるためにも、ボランティアの経験が高く評価されます。
 熱心な親は、例えば、コロンビア、カンボジア、アフリカなどに行かせてボランティアをさせます。そういった国で苦労をさせて、様々な国の文化を学ばせるというのがすごく大事です。海外に行くというのは、必ずしもアメリカだけではなく、様々な経験、文化を学ぶという面で、すごく大切だと思うんです。だから、英語を教える先生というのは、海外の先生が日本に来て教えることで、英語だけではなく、その国の文化など、教材からでは伝わらないことを教える必要があるかなと思うんです。
 日本の英語の先生をアメリカに派遣して勉強させるという話も聞くのですが、どちらかというとあまり効果がないと思います。逆の例で考えるとわかりやすいと思いますが、例えば日本語をアメリカで教えたい場合、アメリカ人が日本に来て、1年ほど日本語を習い、その後アメリカでちゃんと教えられるかというと、皆さん、多分無理だろと感じると思います。逆も全く同じなんですね。やはり先生が海外に行って、1年間の間でその文化まで学んで持ち帰えるというのは難しいと思います。私としてはこれまで様々な学生や他の方を見てきた中でも、1年間でできることは限られているので、ほとんど無理かなという気もします。すみません、最後に厳しい意見となりましたが、プレゼンを終わりにします。

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