佐賀県教育委員会 本県児童生徒の傾向・課題と改善への取組‐「何を」から「なぜ」への第一歩 ‐

はじめに

 平成19年度,佐賀県教育委員会では,佐賀大学と連携し,「学力調査の結果に基づく検証改善サイクルの確立に向けた実践研究」事業を実施した。そこでは,佐賀県全体として全国学力・学習状況調査の結果等を活用・分析し,教育委員会や学校における効果的な取組や課題を明らかにするとともに,授業改善・学校改善につなげるため,調査結果等の詳細な分析を行い,学校改善支援プランを作成した。
 この分析・検討結果等について,平成20年3月に,佐賀県検証改善委員会・学校改善・授業改善フォーラムを開催して啓発を図るとともに,

  1. 学力の現状・課題の把握と改善に向けた取組
  2. 教員の指導力の向上
  3. 学習環境の一層の充実
  4. 家庭・地域の教育力の向上及び連携の強化

の4点からなる「佐賀県における学力向上重点対策」を提案・策定した。

1.佐賀県教育委員会における取組

1.事業内容について

(1)事業概要

1.「現場志向」によるやらされ感の払拭と有用感の喚起

 いわゆる研究指定等について,これらを効果的に授業改善・学校改善に活かすものもあれば,「指定されたから・・・」など,「やらされ感」をもって受け止める向きがあることも否めない。
 この背景には,これまでの研究指定事業が,指定校や市町教育委員会等に「お任せ」になりがちであったこと,また,ともすれば,研究発表会の開催や報告書の作成等の形式的な要件・条件に労力が注がれがちで,多忙感等も指摘される中,研究の実の部分に割く時間や人員が十分確保できないこと,さらには,学校組織のマネジメントの特性上,主として担った職員の異動等に伴い,研究成果が十分に引き継がれないことも否めないことなどがある。
 しかし,知的な研究・実践を中心とする事業の成果は,実際に取り組む当事者の意識や姿勢に負うところが大きく,まずは有用感・必要感のあるものとすることが最重要の課題である。
 このため,学校にとって,より有用感・必要感がある研究とすることを主眼に,昨年度から着手した「学校支援・振興プロジェクト」の方法論を応用し,県教育委員会(教育政策課,教育センター,教育事務所)が各調査活用協力校に出向き,校内研修会等に「講師」や「指導・助言者」等としてではなく,「肩書き抜き」で「同じテーブル」で参加することとした。
 また,あわせて,例えば,連絡調整のルールも,これまでのような学校→市町→教育事務所→県教育委員会という形ではなく,学校から電子メール等を活用して県も含めた関係者に同報で行う,対象校には,県からも関係する情報(例:学力調査の分析結果,学校支援・振興プロジェクト等他の事業での取組など)をタイムリーかつダイレクトに提供するなどとした。

2.根拠に基づく課題の抽出と焦点化

 得てして教育現場では,教育目標や指導目標等に対し,それらの項目一つ一つを具現化・実践しようとする傾向が強い。この背景には,教職ならではのまじめさ・熱心さもあれば,多様な児童生徒が対象である以上,様々な問題・課題が見えてしまうこと,あるいは,クラスや教科によって実情が異なる中,「最大公約数的な学校ビジョン」を掲げざるを得ないこと等がある。
 しかし,本来,教育や指導とは,目標と実態とのギャップへのアプローチとして必要となるものであり,たとえ目標が同一でも,各校によって実態が異なる以上,分野や課題ごとの取組の重要度や優先順位も異なるはずである。また,様々な現象面での問題・課題の背後には,いくつかの限られた「真の問題」があることもしばしばであり,「多忙感」等が指摘される中,これらを掘り下げ,関連付けることで,課題を抽出・焦点化することが不可欠である。
 この点で,国や県の学力・学習状況調査の結果は,自校の傾向の客観化を通じ,課題の抽出・焦点化に資する有力なツールではあるものの,現時点では,各学校単位で統計分析等に精通している教職員がいることは稀で,多くの場合,その必要性は分かってはいても,データの集計・処理・加工等のスキルを持つ者がいない,あるいは,分析の視点や視角が分からないというケースが大半である。また,この結果,ともすれば国・県などとの平均正答率の違いばかりに目が向き,「良かった・悪かった」等の短絡的な受け止め方に終始しがちであることも否めない。実際,この点は,今回の調査の分析結果からみても,課題の一つと言える。
 そこで,今回の事業においては,まず,各校の校内研究会等の機会に,平成19年度全国学力・学習状況調査の結果から,各教科の平均正答率及びヒストグラム,領域別のグラフ,教科間でのバブルチャート,質問紙とのクロス集計,意識・生活面での傾向等を作成・提供し,調査活用協力校に出向いた。この中で,まずは校内の教職員にデータと向き合ってもらい,各自の実感ともつきあわせながら,「どのような結果だったのか」以上に,「なぜ,そのような結果になったのか」を,各校の教職員自身に掘り下げてもらうことから始めた。
 あわせて,平成20年度の全国調査から,本県独自に「分析ツール」を開発し,県内一円の学校等におけるグラフ化等の分析作業がより効率的に行われるようにサポートした。このツールについては,11月から県外にも無償提供を開始し,3月末時点で780件の提供依頼の実績がある。

3.取組状況の共有を通じた自校の状況の客観視

 今回,調査活用協力校で行われた研究授業や校内研修の模様を,県のホームページに掲載するとともに,これらを他の調査活用協力校や,所管の教育委員会,県内の5教育事務所,学校支援・振興プロジェクトに参加している8市町教育委員会へも情報提供することとした。
 このことを通じ,他校の取組等を参考にするなどの学校間の情報共有を図るとともに,自校の取組状況をホームページを通じて改めて振り返ったり,他と対比することで客観視し,より効果的な取組につなげることを意図して取り組んだ。

(2)実施体制

 平成19年度調査の分析結果の一つとして,同じ県内とはいえども,地域や学校によって傾向に大きな違いが見られることがわかった。そこで,平成20年度においては,特に課題の見られる地域で,授業改善・学校改善に向けて意欲的な取組を行おうとしている学校を「調査活用協力校」に,実践研究を進めることとした。
 事業の実施にあたっては,県教育委員会内の教育政策課,教育センター,教育事務所,市町教育委員会を中心に支援を行うこととし,他方,昨年度佐賀県検証改善委員会で連携した佐賀大学文化教育学部からも随時協力を得て,各調査活用協力校とともに実践研究に取り組んだ。

(3)研究成果

<取組の成果>

1.授業改善と校内マネジメントについて

○ 事実根拠に基づく課題の焦点化と共通理解の形
 
今回の取組に当たって,まずは学力調査の分析結果をもとに,「どのような結果であったのか」以上に,「なぜ,そのような結果であったのか」について,校内の教職員はもとより,県の関係職員もいわば客観的な立場から,各校での協議・検討に参加し,取組の最初の段階で,課題の抽出と焦点化を図ることを一つの基本とした。
 その内容は,各校の児童生徒の実態に応じて様々だが,それぞれなりに,単に「読むことが課題」,「数量関係のトレーニングが必要」等の短絡的な課題設定ではなく,例えば,

  • 一見,音声言語(「話すこと・聞くこと」)に課題があるようだが,実は,表現力など情報をアウトプットする側ではなく,「聞き取ること」など情報を受け取る側が課題であり,「聞き取り」,さらには,これらと「読み取り」を関連付けた指導の改善が必要
  • 数学的な思考・判断を要する点に課題がみられるが,これは,基礎的な知識・概念についての意味理解に課題があったり,実は,意識・生活面も含めた自律性・主体性そのものが課題であったりするので,単元を通じた指導改善や,生徒指導・生活指導も含めた改善が必要

など,一歩掘り下げたアプローチがなされた。
 また,こうした課題設定を行うことにより,異なる教科・領域間や,意識生活面も含めた関連性が明らかになり,校内の教職員それぞれが担う教育活動を,全体として一定の共通理解と方向性のもと,一致協力して改善に向けて組むとの機運の醸成が図られたケースも多い。
 さらに,その成果は,学力調査の正答率にも表れているようである。
 例えば,国及び県の学力調査による国語及び算数・数学の正答率を,県平均を基準としてみると,対象9校に属する児童生徒の平均は,19年4月の全国調査時点で小学校は3.2%,中学校は7.0%,県平均を下回っていたが,昨年12月の県調査では,それぞれ1.5%,6.3%,県平均を上回った。また,この中で,特に中学校数学では,県平均を10%程度,上回るに至っている。
 これらについては,今後,観点・領域別の正答率や意識・生活面の傾向などとあわせ,より詳細な分析が必要ではあるが,今回の方法論の一定の有効性・実効性を示すものと考える。

○ 児童生徒の実態を意識した課題提示や教材開発
 各校の研究授業等において,共通したポイントは,子どもの実態を踏まえた取組である。
 以前よりそれぞれの学校では,今回の全国調査とは関係なく,市販の計算プリント等を利用して,学力向上のための取組が行われていた。しかし,今回,調査の分析結果をもとに,改めて課題設定から吟味し直すことで,その必然の帰結として,授業での課題提示や教材に,指導者による自作のものを用いる必要が生じたが,そこで得られた気づきも多かったようである。
 例えば,ある学校では,国語の台本作成の学習をする際に,自作の台例を黒板に提示して,その後の指導に生かす取組が行われたが,この授業後,「教材を作成することで,大人の考えることと児童が考えることは違うということに気づいた。」という授業者の言葉があった。
 この例だけでなく,他の自作の課題や教材も,作成時は児童生徒の顔を思い浮かべながら,苦心して考案し,提示されていたと思う。校内研修会の中で,児童生徒の自己学習力の向上のため,何度となく「振り返り」や「メタ認知」という言葉が出てきたが,自作の課題提示や教材作成を通じ,教師自身も自身を児童生徒との対比によって客観視することに迫られ,これが,授業者としての児童生徒観・指導観への刺激となった部分も少なからずあるものと考える。
 もちろん,「毎回の授業を自作教材で」というのは,なかなかできることではないし,それはかえって,教科書の意味を失わせることにもなる。しかし,単元の指導目標は共通でも,それらを「いかに」,「どのような形で」問うのかは,眼前の児童生徒の実態によって様々であり,教材・児童生徒・授業者の三者の関係を,授業者自身が客観的に捉え直すことによってはじめて,「気づき」が生まれ,問題意識につながり,より効果的な指導仮説の構築に資すると考える。

○ 理解を伴った習得(「分かったつもり」と「分かっていること」)と問題解決のStrategy
 平行四辺形の面積を求める際,公式に当てはめ,底辺×高さで求める。このことはできるが,地図上で条件を与えられた中での平行四辺形の面積になると,極端に正答率が落ちる。平成19年度全国調査での算数Bで出題された問題での例であるが,この原因として考えられるのが,理解を伴った習得が十分なされていないことが一因ではないかと考える。
 今回,特に算数・数学を課題とした学校では,こうした課題へのアプローチとして,問題の答えを導き出すために図・具体物・グラフなど様々な方法を使ってみること,あるいは,式から問題を考えるというような「逆の活動」を授業に取り入れることに取り組んだ。また,答えを導き出すまでの過程を発表する,さらには,ある児童生徒の提示した式や図を,別の児童生徒に説明させるなど,様々なバリエーションでの授業展開がなされるようになった。
 これらは,総じて,ただ「計算ができる」,「問題が解ける」ではなく,それらの知識・技能の習得に当たって,「理解を伴って」なされることを重視した取組と言える。全国調査や指導要領の改訂を契機に,「活用」する力が注目され,ともすれば,習得した知識をただ単に具体的な問題解決の事象に「発展的・応用的」に適用することばかりに眼が向きがちである。
 しかし,考えてみると,そうした問題解決に,習得した知識・技能を「活用」するには,その知識・技能に単に習熟していればいいのではなく,それらがいかなる課題に対して有効なのかを見極める問題解決への戦略(Strategy)眼が問われる。このためには,その知識・技能の内容そのもの以上に,それらが,「どのような意味・意義を有するのか」を理解しておく必要があり,この点は,知識・技能の習得のプロセスにおいて,今後,重視すべき視点といえる。

2.教育委員会の政策マネジメントについて

○ 学校と教育委員会との距離感の払拭
 今回の事業では,全国調査の結果から明らかとなった「課題」を改善するための実践研究であった。学校をよりよいものとしようとすれば,当然,眼前の課題解決が必要であり,全てが理想どおりの児童生徒はいない(いたとしたら教育や指導の必要さえもない)以上,どの学校にも課題はあるはずである。
 しかし,校内研修会に参加した当初,調査活用協力校には,「『課題』があったから自分たちは本事業に取り組むことになった」という意識もあり,教育委員会への警戒感のようなものがあったことも否めない。だが,その後,回を重ねるごとに校内研修会の雰囲気も変わり,活発で率直な意見交換が行われるようになったところであり,たとえ今回,9校といえども,こうした関係ができたのは,成果の一つといえる。
 いずれにせよ,より実のある実践研究のためには,今後とも,まずはいわゆる「指導・助言」ではなく,課題を共有し,ともに解決に取り組むとのアプローチが必要である。

○ 県教育委員会の組織間連携
 これまでは,それぞれの関係各課・各所が単独で学校に出向くことはあった。しかし,今回,校内研修会への参加を繰り返す中で,互いの役割分担等が図られ,組織的な支援が効率的に行うことができた。年度途中には,さらに指定を受けていない他の市町教育委員会や学校での支援にも生かすため,「学力調査等分析・改善支援プロジェクトチーム」という新たな組織を立ち上げることとなった。
 この結果,改めて,各課・所が有する人材・資源への理解が深まり,取組を通じた役割分担や連携のあり方が明確化されてきた面がある。各対象校の課題解決という共通の,かつ具体的で,現場レベルに根付いたテーマを掲げることで,とかく縦割りになりがちな組織間の壁や敷居を取り払うことにもつながるものと考える。

<今後へ向けた課題>

○ 学校間の意識の差
 成果として,学校と教育委員会との距離感をあげた一方,全ての調査活用協力校に十分な支援ができたわけではない。
 設置者の違いや,教育界特有の「上意下達」等の文化・風土改革を念頭に,「訪問支援は,基本的に要請に基づいて行う」こととした結果,要請を受けた場合は,できるだけ日程を調整して出向いたつもりではあるが,要請がない場合は身動きがとれず,結果として,そうした調査活用協力校については,その取組に十分に参加・協力することができなかった。
 もちろん,学校独自で,データの分析等をはじめとする研究が進められている場合はいいのだが,一部については電子メール等での連絡が取れない状態が長く続き,確認するとあまり使われていないアドレスだったということもあった。また,そうした学校に改めて状況を聞くと,例えば,「県が提供している分析ツール等を活用すれば,それほど作業の手間をかけることはなかったのに」とか,「そのような課題であれば,同じ調査活用協力校の○○学校の取組が参考になるだろうに」といったケースもあった。
 「やらされ」や「押し付け」にならないよう,一定の配慮や工夫は必要だが,結果的に,学校の具体的な取組や児童生徒のようすがわからないままになってしまった面があり,早い段階で,こちらからアプローチをしておけばよかったとの反省もある。
 また,それらの解決策の一つとして,例えば,研究主任等と定期的に実践研究の進捗状況について情報交換を行う,調査活用協力校間で情報交換・連携を図る場を設けるなどについて,今後は,あらかじめ研究全体の中に位置付けるなどしておくことも必要と考える。

○ 小規模校におけるデータ分析の限界
 今回,調査活用協力校となった学校のうち,特に小規模校では,学校としての特徴的・構造的な傾向がでにくく,活用にあたっては,基本的に児童生徒の個人指導に生かす面が強くなる。
 しかし,手元にある調査結果は前年度のものであるため,直接の指導に結びつけることができず,本事業における実践研究の取組の方向性がなかなか定まらなかった例もあった。
 この点は,全国調査だけでなく,県調査の活用によって補完することができるので,これにより研究の方向性を定め,その後,文部科学省から返却される全国調査のデータとつきあわせていくなど,今後は,事業の初期段階から念頭におき,対応していくことも必要と考える。

○ 教師間の意識の差
 各調査活用協力校では,意欲的に研究授業をしていただいた。しかし,その一方で調査対象の学年,教科の関係で,特に最初の段階では,「自分の学年(教科)は,調査対象ではない」等の意識のずれがあった面も否めない。例えば,小学校であれば,高学年と低学年,中学校であれば国語・数学の教科担任とそれ以外の教科担任などである。
 こうしたことは本事業に限ったことではなく,校内研究等の多くで見られる傾向であり,今回の事業では,問題の掘り下げや関連付けを通じ,教科・学年間や,学力と意識・生活面との関連も踏まえた焦点化が図られるよう取り組むことで,ある程度,解消された面はある。
 いずれにせよ,学校改善をめざした事業にもかかわらず,授業研究会や校内研修会で「学年が違うから,教科が違うから」といったことにならないよう,今後は,学校評価や学校組織マネジメント等の政策領域においても,戦略策定や資源配分等と同様に,「課題設定」をテーマとした人材育成などの政策的対応を重視していく必要がある。

2.普及啓発と今後の取組について

(1)成果の普及啓発に関する取組

 実践研究に取り組む中で,調査活用協力校では自主的な公開授業及び研究授業発表会が実施された。その後の研究会では,全国調査の結果を活用した取組の紹介や意見交換により,参加者とへの情報の提供により,普及を図ることができた。
 また,毎回の訪問支援での授業や意見交換のようすについて,県のホームページに掲載するとともに,これらを他の調査活用協力校や所管の教育委員会,県内の5教育事務所,学校支援・振興プロジェクトに参加している8市町教育委員会へも発信することにより,県内に広く事業の取組について情報提供を行った。
 合わせて,学力調査等分析・改善支援プロジェクトチームのメンバー間における分析データ及び実践研究成果の共有化により,要請があった学校や市町教育委員会での訪問支援の際に本事業の取組やその成果の紹介を行った。さらに,教育事務所管内や教育センターでは,事業の成果を踏まえた研修会も実施された。
 この他,「全国学力・学習状況調査等を活用した実践研究事業報告書」を作成し,県内各小・中学校及び各市町教育委員会へ配布するとともに,実践研究で作成された指導案及びワークシート等をWeb上で広く提供している。

(2)来年度以降の取組

 「全国学力・学習状況調査等を活用した学校改善の推進に係る実践研究事業」は今年度限りの事業であったが,この1年間の取組によって,県教育委員会としても,学力調査の活用をベースとした,教育現場との関わり方や支援の在り方などについての蓄積ができた。
 事業はなくなるが,全国学力・学習状況調査の目的が実態の把握,データの活用と課題改善であることを考えると,今後も各市町教育委員会・各学校の支援は必要であり,今年度から来年度にかけ,新たに,以下のような取組に着手することとしている。

1.学力調査等分析・改善支援プロジクトチーム

 成果の部分で触れたが,今回の事業では,教育委員会の関係各課・各所による連携によって,調査活用協力校の実践研究に関わってきた。各校には,全国調査・県調査の結果をデータ化した資料,分析を加えてコメントした資料,分析データの見方を示した資料を提供するとともに,課題改善のための協議・検討に取り組んできた。
 2教育事務所,3市町で行った事業ではあったが,調査活用協力校の多くからは好評でもあったことから,この取組をさらに全県下に広げていくために,県内教育事務所を窓口として,県下の各学校及び市町教育委員会の支援を行うため,新たに「学力調査等分析・改善支援プロジェクトチーム」を立ち上げることとした。
 もちろん,これまでも各教育事務所では,要請に応じて現場に出向いてはいたのだが,全国調査・県調査のデータ分析をメインにすることで,日ごろよりデータ分析等の必要性を感じながらも,なかなか取り上げることができなかった学校や市町教育委員会にこのプロジェクトチームを有効に活用してもらおうというものである。
 また,プロジェクトチームでは,「県の職員も地域に出向き,教職員や保護者地域の皆さんとともに取り組む」ことをモットーに,行動の「三原則」として,

○ 上から目線での指導ではなく,まずは立場や肩書きを超えて,課題を共有します。
○ 形式的な助言ではなく,実践に寄与うる必要感を伴った支援を目指します。
○ 現場が目指す総合的な学校改善のめ,分野・領域の枠を超えて自ら学ます。

を掲げている。
 11月以降,支援要請を受け,教育政策課,各教育事務所及び教育センターが現場に出向いた回数は120回を超えており,来年度以降も各教育事務所を中心に取り組んでいく予定である。

2.魅力ある学校づくり推進事業 (平成21年度新規事業)

 県教育委員会では,平成19年度より2年間「未来を担う子どもたちのために,学校現場の取組を応援する」をモットーに,「学校支援・振興プロジェクト」に取り組んできた。この事業は,学校や地域ごとに教育課題の多様化が進む中,いわゆる「上意下達」や「一律・画一の指導行政」等といった風土を改革し,自律的・主体的な学校づくりの機運を醸成するため,市町・学校からの提案公募によるテーマ・方法に基づき,県関係職員が現場に出向き,課題を共有してともに考え,その改善に取り組むという「現場志向」のさきがけとなった取組であり,市町教育委員会からの評価も高く,成果も上がっている。
 こうした中,この事業をベースにした「魅力ある学校づくり推進事業」が平成21年度より実施予定である。「提案公募」,「訪問支援」,「脱形式主義」等の学校支援・振興プロジェクトの手法を踏襲しながらも,学校評価を活用した課題の焦点化や,大学やCSO等を巻き込んだ外部資源の活用等を行うなど,さらに内容を充実させたものであり,提案公募により応募があった学校・地域の中から,30箇所の推進校または地域を対象とする予定である。
 この中では,学力向上をテーマとした提案もなされる予定であることから,今回,全国調査等を活用して取り組んだ事業のノウハウを生かし,現場の課題解決をサポートしていくこととしている。

2.調査活用協力校における取組事例

取組事例1.「主体的な家庭学習のための工夫と意味理解のための逆の活動」に重点をおいた取組 玄海町立有浦中学校

 家庭学習の習慣を定着させるためには,ただ課題を与えればいいというものではない。
 有浦中学校はかつて,学校以外ではほとんど学習しないという生徒も多かった。しかし,それが,平成20年度全国調査生徒質問紙の「学校の授業時間以外に,普段(月~金曜日),1日どれくらいの時間,勉強をしますか」に対し,2時間以上勉強する生徒は61.7%(国35.7%,県:31.8%)で,大きく国・県を上回っている。また,「全くしない」生徒は0%(国:7.7%,県:5.8%)で,学校での取組が結果として表れている。
 この取組の中心が,生活ノートと学習ノートを一体化させた「ニューフレンズ」である。これは,あらかじめ準備された5教科の家庭学習の課題について毎日,提出させるとともに,この課題の中から週1回,「ウィークエンドテスト」を行い,努力の結果が表れるような工夫がされている。さらに,保護者との連携を図るため,中学校には珍しく,家庭との連絡欄を盛り込んでおり,担任は毎日時間に追われながらも,フィードバックを行って保護者との連携を図っている。

取組事例1.「主体的な家庭学習のための工夫と意味理解のための逆の活動」に重点をおいた取組 玄海町立有浦中学校

 しかし,学校での検討会では,今回の事業を契機に,「せっかくの取組ではあるが,生徒の習熟度がまちまちである中で,一律に同様の課題を毎日,課すのは,『やらされ感』につながっているのではないか」との問題提起が行われた。また,同時に,こうした部分が,例えば,授業や学級活動,学校行事等において,「聞く姿勢や態度は良いが,内容を十分聞き取れていない」といった生活面での傾向や,学力面でも,「きちんと覚えて答えようとするが,自分なりの考え方を説明するなどの設問の正答率は低い」といった傾向などとの関連があるのではないかとの意見も提示された。これらは,県全体の傾向としても,算数・数学における論理的な思考力が,チャレンジ精神などに影響を受ける面があり,かつ,意識・生活面も含めて,本県での課題の一つであるといった部分にも通じることでもある。
 これまでの経緯もあり,成果をあげてきたことを見直すことには抵抗感もあったと思うが,検討の結果,全国調査から,家庭学習など意識・生活面では,生徒が自立できるレベルまで到達し,着実に前進していることを実証するものでもあったことから,「新たな課題を設定し,さらなる飛躍を目指すべき段階」との共通理解が得られ,改善に取り組むこととなった。
 この判断は難しいものであったと思うが,子どもの実態を見ながら,また成長にあわせて取組・研究に変化を持たせることは,たいへん重要である。時として,10年以上前に研究指定を受け,そこで取り組まれたことが,児童生徒の実態を顧みることなく,また教師自身も何の疑問も持たず,旧態依然として行われていることもある。研究の積み重ねとは,それまでの延長線上のことを継続していくことではなく,現状や実態をもとに不断に検証し,必要であれば見直し,改善するといったプロセスの累積でもあると思う。
 また,この現状の再認識を契機に,授業改善への研究も進められた。この中では,「有中生はこう学ぶ」を生徒・教師の共通目標と位置づけ,指導案の指導過程に,教科横断的に「聞く」・「書く」・「考える」・「深める」・「伝える」の全てを盛り込んだ授業づくりがなされた。
 このうち,特に数学については,「B問題よりむしろA問題が課題,活用する力を育む前提として,意味理解を伴った知識の習得が必要」など,県全体での中学校数学の課題も踏まえ,研究授業では,例えば以下のような課題提示がなされている。

 平らなトタン板を使って,雨どつくるとき,より多くの水の量をために折り曲げた面の面積をもっとも大きくするどうすればいいか,数学的な考え求めてみよう。

平らなトタン板を使って,雨どつくるとき,より多くの水の量をために折り曲げた面の面積をもっとも大きくするどうすればいいか,数学的な考え求めてみよう。

 この課題提示は,既習の二乗に比例する関数(y=Ax2)を,「実際の具体的な生活場面での問題解決に活用すること」をテーマとしたものだが,実際の授業では,まず,画用紙をトタン板の代わりにして,面積がもっとも大きくなる時の縦の長さを考えるなど,具体物による操作を行った。
 また,この結果を踏まえ,表やグラフ,図など,グループごとに様々な表現方法を使い,確認していったが,この中では,正解ではなく,考え方,解き方をお互いに出し合い,試行錯誤を繰り返すことを意識した活動が展開された。さらに,この結果を,「縦の長さ」,「横の長さ」,「面積」について数表にまとめることで法則性を見出し,グラフが放物線であることを確認していった。
 この授業では,y=Ax2の法則性がどんな意味を持つのか,様々な表現方法を使うことにより体感し,気付くといったプロセスが埋め込まれている。このことは,法則,公式を覚え,そこに数字を当てはめて正解を出すといった一般的で演繹的な問題解決型の学習過程とは正反対の「逆の活動」であるが,これらを通じて,数学的な知識や概念についての具体物を通じた「感覚的な」理解や,多様な表現方法を用いた「多面的な」理解が促されることとなる。
 この結果,具体的な学習課題に対し,その解決のため,「問いを,どのような数学的な観点から捉えるか」という解決の戦略(Strategy)を的確に見出す力につながるものと考える。

取組事例2.「児童実態に基づく自作教材や課題提示」に重点をおいた取組 唐津市立北波多小学校

 市販のワークシートを活用し,モジュール学習に取り組み,効果を上げている学校もあるが,マンネリ化し,子どもたちが意欲的に取り組めていないケースも少なくない。このため,授業やモジュール等において活用することを念頭に,「既製品」ではなく,当該校の児童実態に見合ったワークシート(スキルアップシート)の作成を行った。

取組事例2.「児童実態に基づく自作教材や課題提示」に重点をおいた取組 唐津市立北波多小学校

 シートの作成にあたっては,ワークショップの講師として神埼市教育委員会の馬原指導主事を招き,まず,基本的な考え方(指導時間,指導方法,量,目的等)について研修を行い,次に,実際にあらかじめ用意されたスキルアップシートを解き,その後,シートの作成を行った。ワークショップ形式ということもあり,県教育委員会(東松浦教育事務所,県教育センター,教育政策課)からも8名が参加し,学年ごとに分かれた6つのグループで,お互いにアイデアを出しながらシートを作成した。
 最初は教科書をめくりながら,「テーマを何にするか」,「問や素材をどうするか」などのとまどいもあったものの,結局は,難しく考えるのではなく,当該校の教職員自身が常日頃,おぼろげながらに感じている児童実態が前提となることへの共通理解が得られ,活発な意見のやりとりのもと,予定した時間を過ぎても熱心にシートの作成が行われた。
 これらの作成されたシートは,北波多小学校の教職員による北波多小学校の児童のためのシートであるといえ,たいへん貴重なものである。
 また,午後からは「活用する力を育てる授業づくりのポイント」などについて研修を行うとともに,研究授業のための指導案検討が行われた。この結果を踏まえ,「活用力をはぐくむ」算数の提案授業についてのリクエストがあり,後日,馬原指導主事と東松浦教育事務所の指導主事による授業を行うこととなった。
 この提案授業について,2人の授業者は,授業後に,

○ 東松浦教育事務所 礎指導主事
 学力調査のデータから,数量関係や図形が課題と考えた。
 このため,高さの変化と面積の変化という数と数の関係をもとに,面積を求める方法を理解させる,加えて,ある児童が求めた式を他の児童に説明させることで,式と言葉の関連付けを行うことをポイントとした。

東松浦教育事務所 礎指導主事

○ 馬原指導主事
 学力調査のデータから,同様の仮説をもって臨んだが,特に数に対する感覚にポイントをおき,課題解決の手段として,同じ問題に対して,図・式・言葉・具体物など様々な手段を用るといった課題提示を行った。
 また,この課題提示を踏まえ,事前テストでは複数の見方・考え方ができるか,また,特にこの点について,数学的な題材への抵抗感がないかどうかをポイントにした。
と述べている。
 また,これらを踏まえた意見交換では,

  • 「なぜ?」や「モヤモヤ」を必然的に引き出す発問や資料提示
     考える力を育むには,「なぜ?」が必要。発問や資料提示において,必然的に「なぜ?」と感じさせることができれば,「分かりたい,理解したい,けど分からない」という「モヤモヤ」につながり,自主的・主体的に「考える」授業につながる。
  • 「目標」と「実態」のギャップこそが指導の必要性
     到達目標そのものではなく,目標と実態のギャップを埋めるためにこそ指導の必要性がある。このためには,(学力調査のようなデータの活用など,)実態把握が重要で,目標とのギャップについての「仮説」が重要。
  • 意味理解や数的感覚を深めるには,多様な表現方法への習熟や,習得と活用のフィードバックが大事
     活用には,基礎的な概念の深い理解が必要で,式の意味を理解できるよう言葉で表したり,下学年で学んだ言葉や図,具体物等を用いる活動などを,ポイントごとに繰り返し取り入れていくことが重要。
  • 話し合いの活性化のための聞き取りやメモ
     伝え合いを活性化させるには,学習形態や話型もあるが,それ以上に伝え合う必然性が重要。また,「伝えること」とともに,「聞き取ること」も大事

 といったことを中心に,意見が交わされた。
 いずれも,単に教科書や指導書,既成の教材等のみに頼らず,全国調査など,各種調査の分析結果に基づき,児童の実態・課題を掘り下げ,これらに基づく授業を展開しようとするものである。また,県での分析結果も踏まえ,小学校算数における改善のポイントを,「活用のための理解を伴った習得」におき,様々な数学的な表現手段(図,式,言葉,具体物等)を使いこなすことで,より深い意味理解につなげることも意図している。
 これらも参考に,秋口以降,各学年での当該校の教職員による研究授業が続いたが,ここでも,例えば,6年生の数と計算の終末の段階で,「買い物」を題材に,それまで習得した整数・小数・分数・割合等の様々な表記を混在させた課題提示が行われるなど,指導目標等を踏まえつつも,当該校の児童実態に合わせ,それぞれの学年で,教科書を「カスタマイズする」,あるいは「超える」自作教材を作成・活用した授業展開がなされた。

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初等中等教育局参事官付学力調査室

(初等中等教育局参事官付学力調査室)

-- 登録:平成22年03月 --