今日、少子高齢化社会の到来、産業・経済の構造的変化、雇用の多様化・流動化等が進む中、就職・進学を問わず、子どもたちの進路をめぐる環境は大きく変化している。また、教育を取り巻く環境も大きく変化してきており、これら社会と教育の動向から若者をめぐる様々な課題が浮かび上がっている。一方、若者の勤労観、職業観の未成熟や、社会人・職業人としての基礎的・基本的な資質・能力の不十分さなどについても各方面から指摘されている。
このような中で、子どもたちが「生きる力」を身に付け、社会の激しい変化に流されることなく、それぞれが直面するであろう様々な課題に柔軟にかつたくましく対応し、社会人、職業人として自立していくことができるようにする教育の推進が強く求められている。


※ 上記4つの能力については、「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」(平成14年11月国立教育政策研究所生徒指導研究センター)における能力を例示した。
また、キャリア教育について、平成11年12月の中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」では、「望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」としているが、本手引においては上記の調査研究協力者会議 報告書の定義を使用した。
今日の若者の様々な課題を解決していくためには、児童生徒一人一人が自らの責任で、キャリアを選択・決定していくことができるよう、必要な能力・態度を身に付けていく教育が強く求められている。
とりわけ、初等中等教育段階では、子どもたちの発達段階やそれぞれの時期に応じた課題を達成していくためにも、一人一人の「キャリア発達」を支援していくことが重要となる。ここでいう「キャリア」、「キャリア発達」については、「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書(平成16年1月28日)」(以後、「キャリア教育報告書」とする)等から、本手引では次のようにまとめた。
「キャリア」とは、一般に生涯にわたる経歴、専門的技能を要する職業についていることなどのほか、解釈、意味付けは多様であるが、その中にも共通する概念と意味がある。それは、「キャリア」が、「個人」と「働くこと」との関係の上に成立する概念であり、個人から切り離して考えられないということである。また、「働くこと」については、職業生活以外にも家事や学校での係活動、あるいは、ボランティア活動などの多様な活動があることなどから、個人がその学校生活、職業生活、家庭生活、市民生活等のすべての生活の中で経験する様々な立場や役割を遂行する活動として幅広くとらえる必要がある。
具体的には、過去、現在、将来の自分を考えて、社会の中で果たす役割や生き方を展望し、実現することがキャリア発達の過程である。D.E.スーパーは、この過程を生涯における役割の分化と統合の過程として示している。(P6コラム参照)
自分の過去・現在・将来を見据え、社会との関係の中で自分らしい生き方を展望し実現していくことは、自己の確立として青年期の発達課題とされてきたが、生涯にわたっての課題ととらえるべきである。人は、生涯のそれぞれの時期において、社会との相互関係の中で自分らしく生きようとする。そして、各時期にふさわしい個別的なキャリア発達の課題を達成していくことが、生涯を通じてのキャリア発達となる。キャリア教育は、そのような一人一人のキャリア発達を支援するものでなければならない。
キャリア発達の中心は、社会の一員として自立的に自己の人生を方向付けることであるが、一人一人のキャリア発達は、知的・社会的発達とともに促進される。例えば、小学生は小学生にふさわしいものの見方や行動の仕方に基づいて、自己と社会をとらえ、自分を方向付けようとする。その意味で、キャリア発達の理解には、まず一人一人の能力や態度、資質は、段階を追って育成されるということを理解しておく必要がある。そのために、国立教育政策研究所生徒指導研究センターでは「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」を開発し、児童生徒が将来自立した社会人・職業人として生きていくために必要な能力や態度、資質として、「人間関係形成能力」、「情報活用能力」、「意思決定能力」、「将来設計能力」の「4つの能力」を、児童生徒の成長の各時期において身に付けることが期待される能力・態度などとして例示している。
次の表は、その「4つの能力」の説明と、さらに、それぞれを2つの下位能力に分けた例を示したものである。
| 領域 | 領域説明 | 能力説明 |
|---|---|---|
| 人間関係形成能力 | 他者の個性を尊重し、自己の個性を発揮しながら、様々な人々とコミュニケーションを図り、協力・共同してものごとに取り組む。 | 【自他の理解能力】 自己理解を深め、他者の多様な個性を理解し、互いに認め合うことを大切にして行動していく能力 |
| 【コミュニケーション能力】 多様な集団・組織の中で、コミュニケーションや豊かな人間関係を築きながら、自己の成長を果たしていく能力 | ||
| 情報活用能力 | 学ぶこと・働くことの意義や役割及びその多様性を理解し、幅広く情報を活用して、自己の進路や生き方の選択に生かす。 | 【情報収集・探索能力】 進路や職業等に関する様々な情報を収集・探索するとともに、必要な情報を選択・活用し、自己の進路や生き方を考えていく能力 |
| 【職業理解能力】 様々な体験等を通して、学校で学ぶことと社会・職業生活との関連や、今しなければならないことなどを理解していく能力 | ||
| 将来設計能力 | 夢や希望を持って将来の生き方や生活を考え、社会の現実を踏まえながら、前向きに自己の将来を設計する。 | 【役割把握・認識能力】 生活・仕事上の多様な役割や意義及びその関連等を理解し、自己の果たすべき役割等についての認識を深めていく能力 |
| 【計画実行能力】 目標とすべき将来の生き方や進路を考え、それを実現するための進路計画を立て、実際の選択行動等で実行していく能力 | ||
| 意思決定能力 | 自らの意志と責任でよりよい選択・決定を行うとともに、その過程での課題や葛藤に積極的に取り組み克服する。 | 【選択能力】 様々な選択肢について比較検討したり、葛藤を克服したりして、主体的に判断し、自らにふさわしい選択・決定を行っていく能力 |
| 【課題解決能力】 意思決定に伴う責任を受け入れ、選択結果に適応するとともに、希望する進路の実現に向け、自ら課題を設定してその解決に取り組む能力 |
(国立教育政策研究所生徒指導研究センター「児童生徒の職業観・勤労観を育む教育の推進について」から一部改訂)
平成8年の「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(中央教育審議会)第一次答申」において、学校教育の基盤をなすものとして、確かな学力、豊かな人間性、健康・体力など、「生きる力」が提唱され、その育成が強く求められてきた。「生きる力」を育成するという基本的な考え方に立ちつつ、学校教育に求められているのは、「学ぶこと」と「働くこと」を関係付けながら、子どもたちに「生きること」の尊さを実感させる教育であり、社会的自立・職業的自立に向けた教育である。そのためには、児童生徒が社会の一員としての自己の存在を理解し、社会での職業や勤労及び学校での学習や諸活動に積極的にかかわる意欲・態度を持つよう指導・援助することが大切となる。
学校教育においてキャリア教育を推進していくためには、その意義を明確にし、学校の教育活動全体を通して、組織的、系統的に取り組んでいくことが重要である。また、一人一人のキャリア発達を促していく視点から、今までの教育を見直していくことが求められている。「キャリア教育報告書」では、各学校がキャリア教育に取り組む意義として、次の3点をあげている。各学校においてはこの意義を十分に踏まえ、学校全体として取り組めるよう工夫し、キャリア教育を進めていく必要がある。
キャリア教育は、一人一人のキャリア発達や個としての自立を促す視点から、従来の教育の在り方を幅広く見直し、改革していくための理念と方向性を示すものである。
キャリア教育は、キャリアが子どもたちの発達段階やその発達課題の達成と深くかかわりながら段階を追って発達していくことを踏まえ、子どもたちの全人的な成長・発達を促す視点に立った取組を積極的に進めることである。
キャリア教育は、子どもたちのキャリア発達を支援する観点に立って、各領域の関連する諸活動を体系化し計画的、組織的に実施することができるよう、各学校が教育課程編成の在り方を見直していくことである。
人は誕生から乳幼児期、青年期、成人期、そして老年期を通して、その時期にふさわしい適応能力、つまり環境に効果的あるいは有能に相互交渉する能力や態度を形成していきます。その中で、社会との相互関係を保ちつつ自分らしい生き方を展望し、実現していく過程がキャリア発達です。社会との相互関係を保つとは、言い換えれば、社会における自己の立場に応じた役割を果たすということです。人は生涯の中で、様々な役割をすべて同じように果たすのではなく、その時々の自分にとっての重要性や意味に応じて果たしていこうとします。それが「自分らしい生き方」です。また、社会における自己の立場に応じた役割を果たすことを通して「自分と働くこと」との関係付けや価値観(キャリア)」が形成されます。D.E.スーパーは、この過程を生涯における役割(ライフ・ロール)の分化と統合の過程として示しています。

出典 中学校・高等学校進路指導資料第1分冊(平成4年文部省)
「自分に期待される複数の役割を統合して自分らしい生き方を展望し実現していく」ということを、上図の「ライフ・キャリアの虹」に即して見ていくとどうなるでしょうか。図を見ると、たとえば15歳の時点での役割は「子ども」と「学生」と「余暇人」です(それ以外の役割もあり得ます)が、重要なのは、その「子ども」、「学生」、「余暇人」の内容です。「子ども」として期待される役割の内容、「学生」として期待される内容、「余暇人」としての遊びや趣味の活動、それらにいかに取り組んできたのか。それを通して自分らしさがいかに認識され、それに基づいて将来の役割(進路)をいかに選択し、取り組んでいこうとするのかが、この時点でのキャリア発達の姿です。つまり、この時点でいかなる「キャリア」が形成され、いかなるキャリアが展望されているかがとらえられるのです。このようなキャリア発達の課題を達成していくためには社会認識と自己認識を結合させて自己を方向付けることが必要です。そのための能力・態度として、「人間関係形成能力」、「情報活用能力」、「自己決定能力」、「将来設計能力」など、これらの能力・態度を発達の時期に応じて身に付けることが考えられます。
Copyright (C) Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology