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質感認知の脳神経メカニズムと高度質感情報処理技術の融合的研究(小松 英彦)

研究領域名

質感認知の脳神経メカニズムと高度質感情報処理技術の融合的研究

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

小松 英彦(自然科学研究機構・生理学研究所・教授)

研究領域の概要

 人間は多様な質感の知覚を通して、現実世界の豊かさを実感するとともに、目の前にある事物の素材や状態などの生存に不可欠な情報を得ている。質感を生み出す情報は、物体の反射特性、三次元形状、照明環境が相互作用して作る複雑な高次元情報として画像に埋め込まれており、人間は容易にその情報を読み解くことができる。しかし、それがどのような情報処理によって実現されているかは理論的にも脳科学的にも謎である。本研究領域では、世界トップレベルの実力を持つ国内の画像工学、脳科学および心理物理学分野の力を結集して、人間の質感認知のメカニズムに迫り、質感情報工学に画期的なブレークスルーをもたらすと共に、質感の科学とよぶべき新しい学際的な学問領域を切り開くことを目指す。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 私たちは感覚入力を通して物体の素材や表面の状態を推定できる。このような質感認知の機能は人間や動物の外界認識の基本的な働きの一つである。また質感認知を通した素材や表面の状態の認識・判断は対象物に対する嗜好や情動を生み出し、その物の価値判断や意思決定に影響する。例えば食品の鮮度を判断して熟れておいしそうな果物と判断する。またすぐれた工芸品のもつ質感は人を惹きつける。このように嗜好や情動、価値判断と関係する部分を感性的質感認知と呼ぶ。
 本領域は素材の識別や表面状態の判断に関わる質感認知と、情動・価値判断に関わる感性的質感認知の両方を研究対象としており、工学、心理物理学、脳科学の緊密な連携によって、これら質感認知に関わる人間の情報処理の特性を客観的に明らかにしながら、その基盤となる脳神経メカニズムの解明を進める。同時に質感情報の獲得や生成に関する工学技術の発展を推進する。これらの目的を達成するために本領域は以下の三つの研究項目を立てて活動を進める。
 A01 質感の計測と表示に関わる工学的解析と技術
 B01 質感認知に関わる感覚情報の特徴と処理様式
 C01 質感情報の脳内表現と利用のメカニズム
 質感認知はものづくり産業や工芸、芸術をはじめ衣食住のあらゆる側面において我々の社会生活に密接に関わっている。本領域の成果は質感に関わるすべての分野の発展の基礎となる知識や技術として社会に還元する。それにより質感の科学的な理解が進み、最終的には「質感の科学」とよぶべき新しい学問領域を生み出す契機を作ることも本領域の目標とした。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 質感の計測に関しては、様々な照明条件下における対象物体の質感を精密に計測する装置が開発された。質感の表示に関しては、立体物に映像を投影する手法の高度化が進み、物体の3次元形状や表面の反射特性、さらに表示されるコンテンツの特性に応じた表示が可能となった。また心理物理学で得られた質感の画像手がかりを操作することによって立体物にさまざまな質感を付与する技術の開発に成功した。心理物理学研究では光沢感、半透明感、細かさ、液体粘性などの多様な視覚的質感に関わる画像手がかりの理解が進んだ。触質感に関しては、皮膚刺激から触質感まで一貫したロジックで理解することが可能になった。素材識別に関しては、識別に関わるさまざまな情報のダイナミクスが明らかになると共に、異なる感覚情報の統合の原理が示された。また質感と言語の関係が解析され、オノマトペから材質感や感性評価値を推定するシステムが構築された。質感認知のエキスパートが持つ識別能力に関しては真珠鑑定のプロと一般人の真珠品質の識別の類似点と違いが明らかになった。質感認知の脳内処理に関しては、光沢を見分ける細胞がサルの下側頭皮質で同定され、その表現する情報が示された。また素材識別に関わる情報処理が腹側視覚経路に沿って行われることが示され、臨床的にも大脳腹側後頭葉の損傷で素材識別が障害されることが確認された。
 本領域の活動を通じて多くの人材が育ち、分野の壁を越えた質感研究者コミュニティの場が形成された。また企業とも多くの共同研究が行われ、研究成果が社会に還元された。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、工学、心理物理学、脳科学などの異分野が有機的に連携することで優れた研究成果を上げ、質感研究という新しい学問分野を確立することに大きな役割を果たした。特に本研究領域の成果により、日本が世界の中で質感研究を牽引する立場となったことは注目に値する。また、国際交流のみならず、企業・各種団体との連携も活発に行うことで、社会的にも大きな波及効果をもたらした。さらに、若手研究者の育成においても積極的に取り組んだ。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 本研究領域は、質感研究の場を創成し、有機的な連携を推進することで、当初の重要な目的を期待どおりに達成した。工学、心理物理学、脳科学分野間の連携に関しては、公募研究を含めた研究組織内でチュートリアルを行い、本研究領域の推進方針の徹底や異分野研究者の相互理解・融合を強力に進めることで、各研究項目間の有機的な融合に基づく、新学術領域の創成に成功している。一部の研究項目においては当初の予想を超える研究成果も認められた。

(2)研究成果

 本研究領域では、工学、心理物理学、脳科学などの異分野が有機的に連携することで、計画研究及び公募研究ともに各研究項目において、優れた研究成果が数多く得られている。また、それら研究成果は、世界トップレベルの国際会議や評価の高いジャーナルにて発表されており、当該学問分野の確立に本研究領域の果たした役割は極めて大きいと思われる。また、多くの研究領域内共同研究も実施され、新学術領域に相応しい融合研究が行われている。
 一方、各研究成果自体は優れているものの、やや断片的であり、本研究領域が発足したからこそ得られた研究全体を有機的に包含するような統一的な知見が見られない印象があったため、今後の展開を期待したい。

(3)研究組織

 計画研究の視覚研究者が研究領域を牽引し、公募研究では多くの研究課題によって戦略的に強化した体制を採るなど、全体として融合領域を形成することに成功している。質感認知研究においては、多様かつ困難な問題が存在することから、各研究者の有機的な連携により、種々の問題点に系統的に取り組むことのできる体制を敷いたことは高く評価できる。総括班を中心に質感脳情報学データベースや実験用質感サンプルセットを開発することで、円滑な研究連携を上手く促進している。また、公募研究が起点となった連携研究が行われたことは、新学術領域研究に相応しく意義深いと思われる。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本研究領域は、国内の関連分野の立ち上げのみならず、海外における各種関連団体・プロジェクトの発足に貢献するなど、国内外を問わず、多大な影響を及ぼした。特に、本研究領域によって、日本が世界のリーダー的な立場となり、国際的にも質感研究を牽引していることは注目に値する。また、活発な領域活動・情報発信を通して、国際交流や企業・一般団体との連携が多数行われており、大きな波及効果をもたらしたと認められる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 研究組織の約半数が若手研究者であり、これら若手研究者が実質的に研究を行える領域体制であったことは、高く評価できる。また、若手研究者の研究交流も活発に行われている。さらに、若手研究者が多くの業績を上げ、次なるポジションでの研究活動につなげられている点は、特筆に値するものである。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --