性差構築の分子基盤(諸橋 憲一郎)

研究領域名

性差構築の分子基盤

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

諸橋 憲一郎(九州大学・大学院医学研究院・教授)

研究領域の概要

 雌雄二つの性は有性生殖による種の継続と生物多様性の原動力となった。従って、雌雄の「性差」を構築する分子基盤を解明することは、生物の存在根拠の理解に不可欠である。この動物個体の性差構築は性決定直後から始まり、その初期過程は遺伝的制御により、そしてその後の過程は遺伝的制御と内分泌制御の相互作用により支配される。本領域研究では、我が国の卓越した性決定研究の成果を基盤に、この巧妙で精緻な2つの制御系とその相互作用によって形成される性差構築の普遍的分子基盤の解明を目指す。性差を基軸とする異分野横断型の連携研究を、この時期に世界に先駆けて立ち上げることは、我が国の学術研究の更なる強化につながると確信する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 多くの生物種にはオスとメスが存在し、両者の間には明瞭で多彩な性差が認められる。性差は、性決定遺伝子によって未分化生殖腺が精巣または卵巣へと、二者択一の運命決定(性決定)がなされた直後から構築され始め、個体の発生・発達過程で次第に成熟してゆく。この性差構築の過程は、胎仔期の未分化生殖腺が精巣または卵巣に分化し、性ホルモン産出するまでの第一のステップと、性ホルモンを中心とする制御によって進む第二のステップに分けることができる。そして、前者は「遺伝的制御」によって、後者は性ホルモンを中心とする「内分泌制御」によって支配されている。また、上記二つの制御系が性差構築の基本メカニズムではあるが、性差構築の第二のステップでは、「遺伝的制御」に「内分泌制御」が重層し、そこに巧妙で精緻な相互作用を構築するとの理解が重要であり、このような視点に立つことで初めて性決定から性差構築に至る様々な現象を説明し得ると考えた。そこで、本領域研究ではまず遺伝的制御の普遍的分子基盤、ならびに内分泌制御の普遍的分子基盤を明らかにすることを目指した。さらに、これらの分子基盤の理解に立ち、ゲノム情報を基盤とする遺伝的制御が内分泌制御を構築し、逆に内分泌制御がエピジェネティック修飾を通じ遺伝的制御を再構築するとの観点から、二つの制御系の相互作用のもとに成立する性差構築の分子基盤の全貌を明らかにすることを目的とした。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 遺伝的制御を理解する上で、性決定遺伝子の下流に位置する遺伝子カスケードの動物種間における多様性と普遍性は重要な問題であった。本領域では種々の脊椎動物を用い、それぞれの動物種に固有の性差構築メカニズムと普遍的なメカニズムを明らかにした。また、性決定遺伝子に依存しない遺伝的制御は興味深く、性染色体に着目した。その結果、X染色体の凝縮(不活性化)のメカニズム、ならびに性染色体上の遺伝子による性差を有するクロマチン修飾を明らかにした。一方、内分泌制御を理解する上で、性ホルモンによる制御は重要である。脳・神経の性差が性ホルモン受容体を介して行動の性差を誘導する機構が明らかになってきた。また、わが国で同定されたホルモンによる行動の性差制御の機構の理解が進んだ。以上の成果を基に、遺伝的制御と内分泌制御の相互作用が創り出す性差構築の解明に向けた研究にも大きな進展があった。一つは性染色体にコードされる遺伝子(遺伝的制御)が性ホルモン受容体(内分泌制御)との相互作用を通じ、遺伝子発現に性差をもたらすことが明らかになったことである。また、メダカ幼魚を男性ホルモン処理するとDNAのメチル化異常が生じ、その結果として性転換が誘導されることも明らかになった。さらに、このような二つの制御系の相互作用に、栄養・代謝が影響を及ぼすとの結果が得られており、性研究・性差研究に新たん視点が加わった。これらの成果により遺伝的制御と内分泌制御による性差構築の分子基盤が明らかになりつつある。

審査部会における所見

B (研究領域の設定目的に照らして、十分ではなかったが一応の成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、遺伝的制御及び内分泌制御による性差構築とその相互作用を解明することにより、性差構築の分子基盤を解明することを目的として発足した研究領域である。
 性差構築における遺伝的制御に関して多くの優れた成果を上げるとともに、エネルギー代謝との関係を示唆する成果を得たことは、一定の評価ができる。次世代シーケンサを中心とした有機的連携研究も進められ、成果を上げるなどの領域研究が推進されたことも一定の評価ができる。
 一方、計画研究代表者の交代のために余儀なくされた組織変更において、領域代表者の多大な努力により、その影響を最小限に抑えることができたことは評価に値する。しかしながら、そのために、研究項目A02「内分泌制御による性差構築」の主要課題である性ホルモン受容体研究および性染色体との相互作用研究は、十分な成果を上げることができておらず、研究領域の設定目標に照らして達成度が総じて十分であるとまではいえない。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 性差構築における遺伝的制御に関して多くの優れた成果を上げるとともに、エネルギー代謝との関係を示唆する成果を得たことは一定の評価ができる。
 一方、計画研究代表者の交代のために組織変更を強いられたことは、本領域研究遂行に大きな影響を及ぼした。中間評価を受けた組織改変に伴い、新たに参加したメンバーによる研究内容は、研究項目A02「内分泌制御による性差構築」の主要課題である性決定染色体に由来する、調節因子と性ホルモン転写因子との相互作用による遺伝子発現という、領域研究が目指していた遺伝子とホルモンという二つの項目の融合展開を実現化したものと評価されるが、論文発表には現時点で至っていない。このことなどから、個々の性差そのものの形質の差の解析については、一定の成果を上げられたものの、性染色体遺伝子発現と内分泌制御が関与するエピゲノム制御を中心とした、性差構築の分子基盤解明という最終目的には到達しておらず、研究領域の設定目標に照らして達成度が総じて十分であるとまではいえない。

(2)研究成果

 遺伝的制御に関し優れた成果を上げ、興味深い論文が数多く報告されており、それらの幾つかは領域内共同研究であることは高く評価できる。中でも、研究項目A01のステロイドホルモン産生に関わる遺伝子の発現を調節するAd4BPが代謝系酵素発現をも制御していることを示した結果は、性決定過程と代謝を結び付けて考える糸口を提供したものとして高く評価できる。また、研究項目A02のメダカの性を決定する遺伝子の同定についても、それ自体がオリジナリティーの高い研究成果と評価される。
 一方、研究項目A02「内分泌制御による性差構築」の主要課題である性ホルモン受容体研究は、「未発表」とされるものが散見され、組織変更の影響によりその成果が十分であるとまでは言えない。本研究領域終了後も引き続き重要な課題であるため、今後の研究の進展に期待するとともに、得られた成果の継続的な公表、普及が望まれる。

(3)研究組織

 計画研究及び公募研究の間で、有機的連携研究も進められ成果が上がっており、評価できる。また、公募研究代表者が共同研究の要として活躍し、個々の研究課題の遂行では達成できない研究を共同で遂行するなど、新学術領域研究に相応しい最も重要な相乗効果が生み出されていることは評価できる。
 組織変更について、領域代表者の努力により、その影響を最小限に抑えることができたことも評価に値する。

(4)研究費の使用

 特に問題はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 特に、脳・神経・行動に関する学問分野への波及効果は高いと認められる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 若手研究者主催の研究会など、様々な取組みがなされており、一定の貢献が認められる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --