ミクロからマクロへ階層を超える秩序形成のロジック(武田 洋幸)

研究領域名

ミクロからマクロへ階層を超える秩序形成のロジック

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

武田 洋幸(東京大学・大学院理学系研究科・教授)

研究領域の概要

 多細胞生物では、細胞集団がいろいろなパターンを作り、さまざまな器官を発生させる。このような空間的な秩序形成の理解には、分子、細胞(ミクロ)と細胞集団(マクロ)のふるまいという異なる階層を超えるロジックを必要とする。そのためには、実験による検証可能な数理モデルと細胞の物理的特性などの新しいパラメーターの導入が不可欠である。本研究では、優れたモデル実験系を持つ研究者が新しい観測技術を開発する研究者と協力することで、これまで蓄積されたミクロな情報および新規パラメーターの中から本質的なものだけを抽出した数理モデルを構築し、モデルと実験の双方向の検証を行うことによって、パターン形成や器官形成などのマクロな秩序形成のロジックを明らかにする。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 多細胞生物では、細胞集団がいろいろなパターンを作り、さまざまな器官を発生させる。このような空間的な秩序形成の理解には、分子、細胞(ミクロ)と細胞集団(マクロ)のふるまいという異なる階層を超えるロジックが必要となる。そのためには、実験による検証可能な数理モデルと細胞の物理的特性などの新しいパラメーターの導入が不可欠である。特に物理的特性は細胞の運動・形態に影響を与え、最終的に組織・器官の機能と形態を制御する重要なパラメーターであるにもかかわらず、生物学の分野でうまく取り入れられてこなかった。これは観測技術を持つ工学者と生物学者の連携不足が原因と考えられる。
 本研究領域では、優れたモデル実験系を持つ生物研究者が新しい観測技術を開発する工学者と協力することで、これまで蓄積されたミクロな情報および新規に設定されるパラメーターから、本質的なものだけを抽出した数理モデルを理論生物学者と共同で構築し、モデルと実験の双方向の検証を行うことによって、パターン形成や器官形成などのマクロな秩序形成のロジック(モルフォ・ロジック)を明らかにすることをめざす。具体的には、工学系、理論系の研究者が、各自の問題を解決するためのロジックを必要としている研究者を組織化して、密接に緊密な連携を保って共同研究を実施できる理想的環境を領域内に実現する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域に参加した生物学者はいずれも器官・パターン形成の理解に重要な実験系を研究対象としており、最終的に数理モデルを導入することを目指していた。班会議、合宿、テクニカルセミナーなどを通して、この5年間で領域内の数理生物学者や工学者と連携が深まり、その結果として、多くの研究成果が論文として発表され、また連携の芽が生まれた。特に、本領域の特筆すべき成果としては、近藤グループの色素細胞間の相互作用を通した模様形成原理の解明(Development, 2014; PNAS, 2014; Science, 2012など)、松野グループのショウジョウバエの消化管の捻転現象の理論系、工学系とのマッチングによる理解(Science, 2011; Mech Dev, 2012, 2014; Genetics 2015)、A01・山崎班員とA02・秋山班員のWntの新たな作用機序の解明(Cell Reports, 2014)があげられる。さらに本領域が実現した自由で活発な徹底討論により、生命科学の今後を担う若手研究者が育ち、生物、数理、工学者間の垣根を越えて共通言語で議論できる土壌ができた。そして、関連領域との共催シンポジウム、国内外でのシンポジウムを通して、数理モデルを用いた形態形成の研究分野を牽引してきた。以上、本領域の目指した、生物学者、工学者、理論学者の相互理解とそれよる新たな秩序形成ロジックの研究は実現したと考えている。

審査部会における所見

A+ (研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、生物学と工学と数理学という3つの分野を実効的に結び付けることで、細胞レベルのミクロなスケールの情報から、組織や器官といったマクロな構造の形成を理解するロジックを構築することを目的としている。ユニークで強力な組織運営がなされることで、3つの分野の融合を達成した多くの共同研究と世界的に高い評価を得る研究成果を生み出している。また、当該分野・関連学問分野への大きな波及効果も期待され、若手研究者育成の面でも優れた実績を残した。総合的に、本研究領域は、新学術領域研究の模範となるような期待以上の成果があったと評価できる。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 発生現象をミクロスケールの情報からマクロな構造の形成を理解するため、新たな原理の解明につながる可能性のある実験系を持つ生物学者、測定技術開発の工学者、数理生物学者からなる研究チームが構築され、濃密な連携による共同研究が展開された。理論系研究者と実験系研究者との研究連携が促進され、当該分野を牽引する複数の成果が上がっていることから、達成度は極めて高いと評価できる。

(2)研究成果

 生物・工学・数理学の融合を図る試みが効果的に進められ、生体における各種計測技術の開発にも成功しており、高く評価できる。各研究計画が極めて高いクオリティーの複数の論文発表に結びついており、公募研究においても実験系と理論系による特筆すべき複数の共同研究成果が生まれつつある。今後、これらの成果を更に積極的に広く社会へ情報発信していくことを期待したい。

(3)研究組織

 領域代表者の強いリーダーシップの下で、生物系研究者と工学系・数理系研究者間の共同研究を成立させるためのマッチングが行われ、異分野研究者間の壁が取り払われ連携が進んだ。非常に多くの研究者が連携しあう研究が成立している点で、研究組織の在り方として高く評価できる。また、総括班からの研究室交流促進旅費による支援も効果的であった。

(4)研究費の使用

 特に問題はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 生物学と工学・数理学を結びつけた本研究領域の試みは、国際的にも高く評価されており、多くの国際学会から招待講演の機会を得るなど注目されている。当該学問分野、関連学問分野への波及効果は十分考えられ、今後ますます発展していくと期待される。

(6)若手研究者育成への貢献度

 研究領域運営側の「新しい分野を切り開く」という真剣な姿勢の下で行われた合宿形式の討論会、工学系研究室の訪問、共同研究のマッチングなどで既存の分野を超えた新しい研究分野の創成を目の当たりにした経験は、今後、若手研究者に大きな影響を与えることが期待される。参画した若手研究者の多くが昇進しており、若手研究者の育成に高い貢献をしたと評価できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --