神経細胞の多様性と大脳新皮質の構築(山森 哲雄)

研究領域名

神経細胞の多様性と大脳新皮質の構築

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

山森 哲雄(理化学研究所・脳科学総合研究センター・チームリーダー)

研究領域の概要

 本研究領域では、幹細胞が多様な神経細胞を産生するメカニズムから、大脳新皮質構築機構の基本的原理の解明を目指す。大脳新皮質構築の第1の段階は、脳室に接する上皮細胞層が分裂を繰り返し、多数の神経細胞を生ずる過程である。第2の段階は、視床等からの大脳皮質への投射による多様な神経細胞の形成である。更に、第3の段階として、神経細胞は分裂を停止し、成熟してからもなおその多様性を変化させ,環境入力に応じた神経コード(神経細胞の結合と活動パターン)を変化させることによって、様々な個性を持った神経細胞が生ずる。これら形態・機能の異なる細胞同士が、層、コラム、領野など、多様な階層性を持つ構造へと組織化され、高度な情報処理を可能とする場が最終的に形成される。本申請では、上記3段階に対応した、3つの研究項目を設定し、各研究が連携して、大脳新皮質の構築の基本的原理を解明する新しい研究領域の構築を提案する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 大脳新皮質は、哺乳類に於いて始めて出現し、ヒトに於いて最も高度に発展した組織であり高次脳機能の遂行に重要な役割を果す。本研究提案では、大脳新皮質形成の研究の焦点を発生時間軸に沿った以下の3段階に分け、対応する3研究項目を設置して研究を行った。
 大脳新皮質形成の第1の段階は、脳脊髄液に接する上皮細胞層が分裂を繰り返し、多数の神経細胞を生ずる段階で起こる。これらの過程を「神経細胞の多様性を生み出す神経幹細胞メカニズム」と捉えその機構を解明する。第2段階は、脳の各部位から大脳皮質への投射による外来シグナルとある程度ポテンシャルの決定した神経幹細胞との相互作用によって起こる「多様な神経細胞の出現と神経回路形成」である。大脳皮質の神経細胞分化は、ある段階までは、視床等からの投射とは、独立に進行するが、大脳皮質と他の脳領域が相互に結合すると、お互いの細胞の多様性決定の方向が調整され、個体として意味のある情報処理系が形成される。大脳新皮質形成の第3段階は、分裂を停止し、成熟しつつある神経細胞において起こる環境入力に応じた神経細胞の結合と活動パターンの変化である。その結果生ずる形態・機能の異なった神経細胞は、層・コラム・領野など、多様な階層性を持つ構造へと組織化され、高度な情報処理を可能とする場が形成される。
 これらの3研究項目からなる研究の共同研究により、広い分野の研究者が参加する包括的な大脳新皮質の機構を解明する研究領域を提案した。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 大脳新皮質は、6層からなる垂直構造を持つ広い2次元のシートが折り畳まれている構造から成る。ヒトにおいては、少なくとも150億の神経細胞とその10倍以上のグリア細胞が存在し、それらが大脳皮質領野と呼ばれる大脳皮質内の領域に特異的な神経結合を持って配置されている。大脳新皮質の層構造は神経幹細胞の時系列分化によって深層から上層へと順次形成され、最初にできた神経細胞が後からできた細胞が順次それを乗り越え、最終的な層構造が形成される。従って、大脳新皮質形成に於ける最も基本的な要素は神経幹細胞の時系列制御機構の解明である。何故なら、その機構解明によって、神経細胞多様性の時空間制御の様式が初めて論理的に理解できるからである。本領域活動期間中、大脳皮質幹細胞維持のkey転写遺伝子であるHes-1が2時間の発現振動(オシレーション)を発見し、この振動が他のプロニューラル遺伝子の振動と共役して、クロマチン制御因子や転写因子とMicro RNAの発現を制御することにより、神経幹細胞の時期特異的な分化を制御している可能性が実験的に示された。こうした時系列制御機構の解明は、当領域の誇るべき学問的成果である。更に、神経投射と移動の制御機構、大脳と小脳特異的なシナプス形成の機構の発見、領野特異的発現遺伝子の発見と機能やメチル化による発現制御、線虫を用いた行動可塑性の分子細胞レベルでの解明等それぞれ、国際的にも独自で、高い水準の研究を行った。公募研究も介在細胞の移動、神経極性制御、下層細胞の上層細胞形成制御、内包の形成制御因子の発見等の高い水準の研究を行った。

審査部会における所見

A- (研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの成果があったが、一部に遅れが認められた)

1.総合所見

 大脳新皮質の構築機構の統合的理解という大きな目標に向かい、様々な背景を持った研究者が本来持っていた可能性を最大限に生かす中で、共通の目的をうまく組織化し、領域代表者の強い指導力の下、飛躍的に研究を発展させ、高い水準の成果が得られた。
 一方、中間評価では、「個別研究としては非常に高い研究が生み出されている」と高い評価を受けたが、「有機的共同研究等で、大脳新皮質の機能発現を統合的に理解するための鍵となる発見を期待する」との要望が出された。これに対し、領域代表者らの指導の下に、研究領域内での共同研究や、技術・成果の共有等の努力がなされ、この方向でも優れた成果が上がりつつあるが、「大脳新皮質の構築機構の統合的理解」という大きな目標に達するには、弱い印象がある。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 研究領域を構成する3つの研究項目のそれぞれで研究成果が上がっており、世界をリードする研究成果も多数得られた。
 一方、情報や物理など、異分野の研究者を入れる工夫や共同研究を推進する体制に改善の余地が見られ、また、オプトジェネティクスの導入等の助言についても、対応はなされたようであるが十分とは認められなかった。今後も当該研究領域の発展のため、引き続き努力を期待したい。

(2)研究成果

 多くの研究成果が評価の高い学術誌に採択され、国際的に評価されている。しかし、本来の目的である「多様な神経細胞の出現と神経回路形成」、「環境入力に応じた神経コードの変化」にまで踏み込んだ研究成果を上げるまでのところには、現時点では至ってはいない。また、一般社会への情報発信の面では、一層の努力が望まれた。

(3)研究組織

 班会議、国際シンポジウムなどの研究領域内外の一般的な交流は図られている。
 一方、研究領域内の共同研究については、試料・資材の提供が主で、より積極的な連携が望まれた。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 大脳新皮質は、これまで研究されてきた他の神経細胞システムにない仕組みと特性を持っており、本領域研究では、その特質である層形成について時系列に沿った解析手法を確立し、その制御メカニズムを実験的に示すことができ、当該学問分野への一定の貢献が認められる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 公募研究などに若手研究者が参加し、世界に伍する研究者の間でそれぞれ一定の成果を上げることができた。しかし、計画研究組織における若手研究者の成長については、多くは認められなかった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --