翻訳後修飾によるシグナル伝達制御の分子基盤と疾患発症におけるその破綻(井上 純一郎)

研究領域名

翻訳後修飾によるシグナル伝達制御の分子基盤と疾患発症におけるその破綻

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

井上 純一郎(東京大学・医科学研究所・教授)

研究領域の概要

 近年、細胞内シグナル伝達がタンパク質の翻訳後修飾により時空間的に制御され、その破綻が疾患発症に関連することが明らかになって来た。しかし、既知の制御機構でさえ不明な点が多く、未発見の翻訳後修飾も数多く想定される。生命の根幹をなすシグナル伝達の研究を革新的に推進するには、異分野連携に基づく学際的視点の導入が必須である。本申請では、分子生物学、構造生物学、数理科学、プロテオミクス研究者の有機的連携により、翻訳後修飾によるシグナル伝達の動的制御機構及びその疾患発症との関連を明らかにする。予想される成果は、学術領域「修飾シグナル病」を創出し、シグナル伝達制御機構の基本原理及び治療のための創薬シーズを提唱することにより、国民の福祉に大きく貢献することが期待される。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 タンパク質の翻訳後修飾は、タンパク質自体の機能や分子間相互作用を制御し、細胞内シグナル伝達ネットワークの制御に本質的な役割を果たしている。近年、タンパク質解析技術の進歩によって多彩な翻訳後修飾が同定され、その時空間的にダイナミックな変化が細胞内シグナル伝達と生命機能制御の原動力であることが明らかにされつつある。またこの様な翻訳後修飾の破綻が、癌、神経変性疾患、自己免疫疾患などの病因・病態にも深く関与する。本新学術領域研究では、シグナル伝達を翻訳後修飾に基づく動的生体反応として捉え、その制御メカニズムと生理機能を分子レベル・個体レベルで解明すると共に、疾患における翻訳後修飾の異常を明らかにすることで、シグナル伝達制御の分子基盤とその破綻がもたらす疾患発症機構の包括的理解を目指している。このため、従来の分子生物学的解析手法にとどまらず、近年特に進歩の著しいタンパク質解析技術(質量分析・プロテオミクス解析、結晶構造解析)やバイオイメージング技術、さらには数理科学・シミュレーション解析技術を積極的に導入し、異分野の研究者が有機的に連携する学際的学術領域「修飾シグナル病」を創出する。本領域の成果は、生命機能制御の本質的理解に資するものであり、生命科学・医科学研究の幅広い分野に波及効果をもたらすと共に、癌や免疫疾患を始めとする疾病の病態解明と新たな治療戦略確立のための基盤となることが期待される。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域研究は、計画研究7班、公募研究53班で構成され、分子細胞生物学・医科学、構造生物学、数理科学およびプロテオミクス研究者など異分野の研究者が集結して研究を推進した。総括班では、異分野間の連携研究支援体制(質量分析、構造解析、数理解析支援)を確立すると共に、領域推進会議・公開シンポジウムのみならず、若手育成を目的とした仕組みを実施した。また、学会でシンポジウムやアウトリーチ活動を企画すると共に、出版物を刊行するなど、研究成果の公開にも力を注いだ。研究期間5年間に領域に関連する研究成果が482報の原著論文として発表されている。中でも直鎖状ユビキチン鎖によるNF-κB 活性化とその制御機構解明、ユビキチン鎖結合タンパク質p47によるNF-κB の負の制御機構解明、卵巣癌の悪性化に関わるNF-κBの恒常的活性化の分子機構解明、ERK/MCRIP1経路の上皮間葉転換における機能解明、Akt/Girdin経路による細胞運動やエンドサイトーシスの制御機構解明など重要な新知見が得られた。さらにユビキチン編集酵素とユビキチン鎖複合体の結晶構造解析や、NF-κBやストレス顆粒の数理シミュレーションなど、構造生物学や数理科学の分野でも異分野連携を基軸とした共同研究が進められた。この他、NF-κBやMAPKシグナルを可視化するプローブや、リン酸化を検出するケミカルプローブ、タンパク質間相互作用の網羅的探索を可能にするプロテインアレイの開発など、翻訳後修飾解析の新たな基盤技術開発の面でも極めて重要な成果が得られた。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、医科学、構造生物学、数理生物学などの学際的連携により、翻訳後修飾を基盤としたシグナル伝達の時空間的制御の理解と、新規治療法の開発に貢献することを目的としている。実績のある計画研究代表者が連携することで、シグナル伝達の制御原理の解明に顕著な成果を上げ、インパクトの高い雑誌に成果を報告したこと、シンポジウムの開催等で研究組織外の研究者への情報発信に努めたこと、若手研究者の育成に真摯に取り組んだ姿勢などは高く評価できる。シグナルの破綻の疾病発症への寄与を具体的に解明して、臨床応用につながるような今後の展開に期待したい。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 実績のある計画研究代表者が連携することで、当初の目的に掲げたシグナル伝達の制御原理の解明に顕著な成果を上げたという点では目標を達している。
 一方、構造生物学からのシグナル伝達解明への働きかけや、シグナルを可視化する技術開発、数理モデルの有用性の証明などは不十分な印象がある。また、シグナルが如何に破綻すると疾病発症に至るかを解明した成果は少なく、臨床応用にも遠いように見受けられるため、「修飾シグナル病」の概念の形成については、今後の更なる展開に期待したい。

(2)研究成果

 IKK複合体新規結合タンパク質p47の同定、ERKの新規基質MCRIP1の機能解析、ERK活性化周波数の細胞増殖への関与など、顕著な成果が出ている。加えて、学会におけるシンポジウムの企画、独自の公開シンポジウムの開催などを通して、研究組織外の研究者への情報発信に努めたことは評価に値する。独自のwebページを連携研究に活用しただけでなく、web ページから一般の方への情報発信を行ったこと、中高校生への出前授業も含むアウトリーチ活動に取り組んだことも高く評価できる。

(3)研究組織

 異分野間の連携も含めて、計画研究代表者同士の連携は当初より密であったと推測される。加えて、計画研究と近接した課題に取り組む公募研究も、互いに補完し合う形で連携が取れた。構造生物学的アプローチをする研究者、疾患モデルマウス作製の専門研究者がさらに参画すると「修飾シグナル病」の概念の形成がよりスピード感をもって達成できたと考える。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 細胞内シグナル伝達制御の基本原理を示した点で、当該学問分野に十分な進展をもたらした。今後は、疾病発症への寄与を具体的に説明して、臨床応用につながるような展開に期待したい。

(6)若手研究者育成への貢献度

 総括班において、若手研究者を対象とする講習会、演習が盛んに開催されるなど、若手研究者育成に工夫が盛り込まれており、貢献が認められる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --