生合成マシナリー:生物活性物質構造多様性創出システムの解明と制御(及川 英秋)

研究領域名

生合成マシナリー:生物活性物質構造多様性創出システムの解明と制御

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

及川 英秋(北海道大学・大学院理学研究院・教授)

研究領域の概要

 最近必要なゲノム情報が短時間で入手可能となったほか、遺伝子発現系の整備が進み、生合成酵素を使った多様な有機化合物の合成が可能な時代を迎えた。この状況をふまえ従来の有機合成とは、全く異なる方法論による有用物質生産法を提案する。すなわち標的化合物の構造情報およびバイオインフォマティクスを利用してゲノム上の設計図(生合成遺伝子)を解読し、論理的に反応経路や個々の反応の出発物質を推定する方法論を開発する。次いで多段階の変換反応を解き明かしながら、既存の手法および新たに考案された遺伝子導入法を用いて代表的骨格合成酵素と典型的修飾酵素からなる生合成マシナリーを再構築して有用物質の生産を行うとともに、分子進化的に興味深いその多様性創出の機構を探る。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 最近必要なゲノム情報が短時間で入手可能となったほか,遺伝子発現系の整備が進み,生合成酵素を使った多様な生物活性天然物質の合成が可能な時代を迎えた。この状況をふまえ,本研究領域では,従来の有機合成とは全く異なる方法論による有用物質生産法を提案する。まず標的化合物の構造およびバイオインフォマティクスを駆使してゲノム上の設計図(生合成遺伝子)を解読し,論理的に反応経路や出発物質を推定する方法論を開発する予定である。次いで多段階の変換反応を解き明かしながら,既存の手法,新たに考案された遺伝子導入法を用いて代表的骨格合成酵素と典型的修飾酵素からなる生合成マシナリーを再構築して有用物質の生産を行うとともに,分子進化的に興味深いその多様性創出機構を探ることを目的とする。本学術領域研究では,バイオインフォマティクス、微生物学および有機化学など多方面の研究者が得意とする分野で連携しながら共同研究を行い,一つの学問領域の創成を目指している。目的とする物質生産法が開発されれば,近い将来枯渇する感染症薬や抗ガン剤など薬剤開発,さらには高い付加価値を持つ機能性物質の生産など多くの分野に多大な影響を与えることが期待される。今後,天然物質の化学構造とその生合成マシナリーの情報を実験的に対応させることができれば,既知分子だけで数十万個といわれる膨大な数の天然物質が,なぜ、どんな目的で作られるのかという分子進化と生物進化に関する根源的疑問にも答えることになるはずである。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 ドラフトゲノムデータから注目する二次代謝産物の設計図(生合成遺伝子クラスター)を効率よく取得するWebツール2ndFindや設計図情報から生合成経路を調べる目的で、生物種/酵素/酵素反応データを集積したデータベースMotorcycle DBがA03班員により開発された(Web上で公開)。供給源として重要な微生物由来の天然物質を自在に合成するため、A02班員によりStreptomyces avermitilis SUKA株およびAspergillus oryzae M2-3株を中心にその発現ベクターなどに改良が加えられ、物質生産用の発現ホストが提供可能になった。そして植物ではこれらに加え酵母を発現ホストとして使い、A01班員を中心に他斑のメンバーを加えて、上記ツールなどを用いた生合成マシナリーの構築による物質生産が検討された。巨大な遺伝子群の導入、遺伝子の逐次導入による経路解明など世界をリードする技術で、複雑な骨格を持つ微生物の有用天然物質が数多く(放線菌20;糸状菌12)生産された。この他、同発現系を用いた共通中間体を経由する類縁体の合成など、生物が選択した多様性創出法の解明と利用や休眠遺伝子の発現による物質生産も達成された。さらに長年懸案となっていた重要な天然物質群の骨格構築機構の解析、有望な化合物を産生しながら供給量に問題がある海洋生物からの設計図取得とその解析、植物由来天然物の生合成経路の鍵酵素の機能解析など将来につながる成果も得られた。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、微生物及び植物由来の二次代謝産物の生合成に関わる遺伝子群や生合成システムの解析をもとに、生合成酵素が集合したシステム、すなわち生合成マシナリーを再構築して新たな有用物質生産法を開発するとともに、生合成における多様性創出機構の解析を目指した意欲的なものである。二次代謝産物の科学において、新しい研究手法とその応用分野を開拓し、質の高い研究成果が上げられている。研究領域内の共同研究も効率的に実施されて、顕著な成果に繋がっている。これらの研究成果は広く公表されており、国際的にも高く評価されている。本研究領域の研究成果は、複雑な生物活性物質の生産法に関して、有機化学や生命科学分野等の関連分野に大きな波及効果をもたらしている。今後、中長期的に産業界と結びつき、工業化されることが期待できる。また、若手シンポジウムの支援等により、若手研究者の育成に大きく貢献している点も高く評価できる。
 以上のように、本研究領域は、国内の当該関連分野の研究者が協働することで、新たな学術領域を国際的に先導する研究として、期待どおりの優れた成果が上がったと評価できる。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 標的分子の構造情報及びバイオインフォマティックスを利用して、ゲノム上の設計図(生合成遺伝子)から論理的に反応経路や出発物質を推定する方法論や、新たな遺伝子導入法の開発に用い、代表的骨格合成酵素と典型的修飾酵素からなる生合成マシナリーを再構築して、新たな有用物質の生産が達成された。また、生合成マシナリーを構築するために必要な情報を抽出するWebツールや、塩基及びアミノ酸配列情報から近縁酵素の機能を検索し、生成する代謝産物の骨格を予測するデータベースは、国内外の研究者から広く利用されており、本研究領域の持続的な発展に資するものである。このような成果が研究領域内での共同研究として融合し、例えば、生合成の設計図がゲノム上に分かれて存在する場合においても、設計図の解読と物質生産を成功させる等の顕著な成果に繋がっており、本研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった。

(2)研究成果

 生合成マシナリーを駆使したポリエーテル類の普遍的骨格合成法解析、海洋生物由来の複雑系分子の生合成遺伝子の取得と生物内の存在意義解明、植物アルカロイドの普遍的遺伝子特定法の提示、生合成遺伝子挿入宿主の最適化法の開発など、計画研究と公募研究のいずれにおいてもインパクトの大きい数多くの成果が得られており、これらが国際的に高く評価される学術誌で公表されている。招待/依頼講演、受賞、著書の数も多く、本研究領域が大きく発展していることが窺える。また、国際会議を含む各種シンポジウムや一般向けのアウトリーチ活動も積極的に実施されており、本研究領域が我が国の学術水準の向上・強化に貢献していると評価できる。

(3)研究組織

 本研究領域のコアの部分は計画研究組織が担当し、研究領域の広がりを公募研究組織でカバーする体制が機能した結果、数多くの研究成果が導出された。3つの研究項目は、生物情報学、応用微生物学、生化学、有機化学、構造生物学を専門とする研究者が互いに得意な分野を補完する形で配置されており、異分野融合研究に着手しやすい研究組織作りがなされた。また、データベース及びWebツールの開発や各研究者が持つ方法論のチュートリアル研究会の開催等、総括班支援の下、得られた成果を共有・還元するシステムが構築されたことは、研究領域の拡大を促したと評価できる。

(4)研究費の使用

 安価な委託解析サービスを利用する等、合理的に研究費が使用されたことが窺われる。総括班の研究費も、領域の運営費用等として適切に使用され、問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 天然物化学の学問分野に新風を起こしたことは明らかである。ある物質を生産する生物と同一の設計図及び酵素を、別の生物に導入し、その物質を産生する手法は合理的であり、天然物の新たな供給法として認知されつつある。今後、生合成マシナリーが物質生産の主力である有機化学を補完する新しい手法として発展すると期待できる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 若手国際シンポジウムの開催、若手研究者だけで企画実施する若手シンポジウムへの支援、博士後期課程の大学院学生に対する海外国際会議での発表支援など、研究領域内の若手研究者の育成に関する積極的な取組みが行われた。本研究領域に参画した若手研究者の昇進や受賞の状況から、バランスの良い若手研究者育成が行われたと評価できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --