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コンピューティクスによる物質デザイン:複合相関と非平衡ダイナミクス(押山 淳)

研究領域名

コンピューティクスによる物質デザイン:複合相関と非平衡ダイナミクス

研究期間

平成22年度~26年度

領域代表者

押山 淳(東京大学・大学院工学系研究科・教授)

研究領域の概要

 本新学術領域は、計算科学と計算機科学の学融合により、従来の計算物理学の枠を打ち破るコンピューティクスという学問領域を確立し、それにより量子論の第一原理に立脚したアプローチを革新的に飛躍させ、さらに実験研究者との有機的連携により、物質デザインの根幹である複合相関と非平衡ダイナミクスの解明・予測を行うものである。これにより、経験的ものづくりを演繹的なそれへと進化させるパラダイム変換を目指す。これは、超並列化、多重階層化という大きな変化が始まろうとしているコンピュータ・アーキテクチャ環境の中で、従来からの計算科学のアプローチの困難を解決するものであり、一方、ナノテクノロジーの根幹を支える新物質デザインの創出を目指すものである。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 様々な物質創成技術、ナノ加工技術により、人類は所望の元素を所望の構造に作りこむ技術を得つつある。問題は、どの元素をどのように並べれば所望の物性機能が達成できるか、さらには、その新奇構造体は作成可能であるかである。量子論の第一原理に立脚した計算科学的アプローチは、その科学的土台の深遠さと付随する定量性の故に、この基本的な問題、物質デザイン、に対する本質的貢献を成し得る。一方、ナノ世界における物質の物性・機能は、新たな広がりを見せている。そこでは、元素の特質に加え、ナノスケールの形状が電子状態に大きな影響を与え、バルク物質では封印されていた新機能が出現している。競合する因子が、ナノ形状と絡み合い、新たな複合相関現象を生み出している。また物質創成は非平衡ダイナミクスの所産である。他方、現代のスーパーコンピュータは多重階層性を有する超並列アーキテクチャであり、それを物質科学で使いこなすには、計算科学と計算機科学を統合し、さらには数理科学の知見を縦横に駆使した新しいアプローチ、コンピューティクス(Computics)が必要である。自然の謎を解き明かし、新たな物質科学の地平を切り開くには、Newtonのプリンキピア以来、はかり知れない貢献を成してきたマセマティクス(Mathematics)に加え、実際の物質での現象を解明・予測し、実験的研究と相補的に共同する、新たな学術分野、コンピューティクスの創成と確立が不可欠である。
 本新学術領域研究の目的は、計算科学と計算機科学が融合したコンピューティクスという新たな学術分野を確立し、物質科学の重要問題である複合相関と非平衡ダイナミクスの解明・予測を行うことである。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 物質を舞台とする複合相関と非平衡ダイナミクスの解明・予測のためには、「空間」、「時間」、「精度」の3つの軸での先端的物質科学計算、すなわち、大規模、長時間、高精度のシミュレーションが重要である。本領域では、この先端的計算をコンピューティクスの確立によって達成した。代表例は、密度汎関数理論(DFT)の実空間手法(RSDFT)であり、「京」スーパーコンピュータに最適な新たなアルゴリズムの導入とチューニングにより、次世代トランジスター構造であるシリコン・ナノワイヤーの10万原子電子状態計算が実行され、ワイヤー内電流密度が明らかとなった。この大規模高精度計算は、その規模の大きさと実行効率の高さで世界中を驚かせ、2011年度のACM/IEEEのGordon Bell 賞(最高性能賞)を獲得した。物質科学における他の成果としては、1) 水素貯蔵等の応用上重要な、金属表面での水素反応のミクロな機構が解明されたこと、JPARCなどのミュオン実験科学のデータ解析に活用され、酸化ケイ素、グラフェン、チトクロームタンパク質内でのミュオンの状態が、計算と実験の共同により明らかとなったこと、2) 強相関電子系の物性解明のために、エネルギーの階層性に着目したダウンフォールディング手法 (MACE) が開発され、鉄系超伝導体の母物質での磁気的秩序の解明と予測が行われ、電子ドープにより反強磁性秩序が消えて1次転移を起こし、超伝導が生じることが明らかとなったこと、またフラレン超伝導の転移温度を定量的に説明し、超伝導発現の機構が解明されたこと、などがあげられる。研究成果は、884篇の学術論文、498件の学会招待講演として公表されている。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本新学術領域研究は、計算科学と計算機科学の学術分野の融合により、従来の枠を超えるコンピューティクスという新しい学問領域を確立し、第一原理電子状態計算手法の革新的向上を目指したものである。物質設計の根幹にある複合相関と非平衡ダイナミクスの解明・予測を行うことを目指し、実験研究との連携も重視した領域である。新しい「京」コンピュータの運用開始と非常にタイミングよく発足できたこともあり、この5年間で、計算科学、計算機科学、物質科学の研究者が共通の土壌で問題を共有し、物質に関する設計指針に対する方向性を見出すことに成功したと考えられ、期待どおりの成果があった。また、計算科学と計算機科学分野の連携が著しく進んだことは特筆に値する。
 領域の目的の一つとして、物質デザインの創出、つまり経験的モノづくりを演繹的なそれへと進化させることが掲げられていた。この点については道半ばであり、真のコンピューティクス分野の確立にはまだ時間がかかりそうであるが、いくつかの端緒となる成果が上がっており、今後に期待したい。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 計算科学と計算機科学分野の連携が著しく進んだことは特筆に値する。RSDFT, NANIWA, MACEなどの手法の開発に代表される顕著な成果の数は多く、領域の一番大きな目的は十分以上に達成されている。その一方で、計算科学により既存物質の物性を説明することはできつつあるが、採択時に強調されていた計算科学による物性機能予測については、途上という印象である。

(2)研究成果

 「コンピューティクス勉強会」を随時開催し、計算科学と計算機科学の研究者の連携を進めた。これによって、線形代数計算に関する新しい計算手法や、実空間密度汎関数法計算コードの開発に成功した。その成果の高さは、2011年のGordon Bell賞(最高性能賞)を受賞していることからも、客観的にも内外に認知されている。さらに、第一原理計算手法のアプリケーションの高度化やパッケージ化が進み、実験との共同研究に活用されたことも特筆すべき成果といえる。

(3)研究組織

 物性研究のためのコンピューティクス分野の確立を強く意識した研究の指向性及び人員配置が行われた。「コンピューティクス勉強会」を組織し、頻繁に開催することにより計算科学、計算機科学、物性分野間の研究交流、有機的連携に大きな役割を果たしたと思われる。

(4)研究費の使用

 特に問題はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本新学術領域研究により、我が国の第一原理計算分野の研究が大いに進展したといえる。開発されたプログラム等は、超並列計算アルゴリズムを用いた計算パッケージとして、世界で認知・利用されるようになることを期待したい。本領域の成果は、ものづくりの素過程に、本質的な基本方程式に基づいたコンピューティクスの導入を図った各種大型プロジェクトの基本方針策定や、ポスト「京」の計算アーキテクチャに指針を与えるものとなっている。

(6)若手研究者育成への貢献度

 若手研究者18名が昇任、あるいは、アカデミックなポストを得ることができた。新たな学術分野の創成、新領域設立、将来の当該分野の広がりの観点から見ても貢献は高いと認められる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --