こころの時間学―現在・過去・未来の起源を求めて―(北澤 茂)

研究領域名

こころの時間学―現在・過去・未来の起源を求めて―

研究期間

平成25年度~平成29年度

領域代表者

北澤 茂(大阪大学・大学院生命機能研究科・教授)

研究領域の概要

 我々は過去と現在と未来を区別して生きている。このヒト特有の時間の意識―こころの時間―は、どこから生まれてくるのか。本領域は「こころの時間」の成り立ちを、学際的な共同研究を通じて明らかにすることを目的とする。我々は、心の基盤が脳にあるという立場をとり、過去、現在、未来が生み出される仕組みを神経科学の手法によって明らかにし、こころの時間の病態・病理の研究を推進する。これら神経科学者と、ヒト特有の時間表現に精通した言語学者、こころの起源を追究する比較認知科学者との間で共同研究を展開し、新たな学問「こころの時間学」を創出する。「こころの時間学」の研究は、過去の記憶が定着しない認知症や未来への希望が喪失するうつ病など、多くの疾患の症状改善や、「なぜ年齢とともに時間の流れが速くなるのか」といった誰もが抱く心理的・哲学的な謎の解明につながることが期待され、その成果は社会一般にも広く還元される。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 我々は過去と現在と未来を区別して生きている。本研究領域では、ヒトにおいて特に発達した時間の意識を「こころの時間」と名付け、その成り立ちを、心理学、生理学、薬理学、臨床神経学を専門とする神経科学者と、ヒト特有の時間表現に精通した言語学者と哲学者、こころの起源を追究する比較認知科学者との間で共同研究を展開することで解明し、新たな学問領域「こころの時間学」を創出することを目指している。研究項目間の有機的な相互作用を通じて、本研究領域から生まれると期待される成果を3点挙げる。第1に、「言語学」の時制の理論と「神経科学」「臨床神経心理学」の相互作用を通じて、脳に「時間地図」を描く。Penfield の体性機能局在地図に匹敵する成果になると考えられる。第2に、実験動物を使った最先端研究で開発される「こころの時間」の操作法を臨床応用につなげる。認知症やPTSD、うつ病などの症状改善に応用できるだろう。第3に、「比較行動学」と「心理学」「神経科学」「言語学」の融合で、時間認識の発生が明らかになる。系統発生と個体発生の双方から、ヒトに特有な「こころの時間」の成り立ちを明らかにする。さらに本領域の成果を起点として、時間感覚の文化差や、各時代の時間意識の研究など社会学や歴史学、さらには文化人類学への波及も期待できる。高齢化が進み時間認知の障害に苦しむ患者が増えている。本研究の成果はその対策にも有用な指針を与えるものと期待される。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域では、(1)脳に時間地図を描き、(2)操作の方法を臨床応用につなげ、(3)時間の意識の進化を解明する、という3つの目標達成に向けて、7つの計画班と32の公募班が理系と文系の垣根を超えた連携研究(計画中を含め45件)を進めている。各班の研究成果はすでに100報(Nature Neuroscience 1報, Nature Commun 1報、PNAS 2報など)を超える学術論文として公表され、連携研究の成果もすでに13報を数えた。(1)については、北澤班(A01, 神経科学)・池谷班(A02, 神経科学)・河村班(A04, 臨床神経心理学)の研究成果が結びついて、大脳内側面の楔前部-後部帯状回-海馬のネットワークに現在から過去に至る時間軸が表現されている可能性が浮かび上がろうとしている。大津班(B01, 言語哲学班)の時制表現に関する研究成果に基づいた連携研究が予定されている。(2)については、池谷班が記憶に重要な海馬のSharp Waveの頻度を報酬によって変えることにネズミで成功した。また、ヒスタミンに着目した記憶の操作法も開発している。池谷班と河村班の間で臨床応用につなげるための研究が計画されている。(3)については、平田班(C01, 比較行動学)を軸として、北澤班、田中班(A03, 神経科学)、河村班、酒井班 (C01, 理論神経科学) との共同研究が着実に進行している。また、若手研究者の育成に関しても、文部科学大臣表彰・若手科学者賞を初めとする若手研究者の受賞が30件を越えるなど順調な成果を挙げている。今後、テーマを絞ったミニワークショップの開催などの努力を続けることで当初掲げた3つの目標が達成されるものと期待される。

審査部会における所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、過去・現在・未来を区別して生きるというヒト特有の「こころの時間」の成り立ちを、神経科学、医学、心理学、比較認知科学、言語学、哲学の学際的共同研究を通じて明らかにすることを目標としている。過去、未来、現在の神経基盤の解明を目指す計画研究に、それらを俯瞰する言語・哲学、医学、比較認知科学の計画研究を配置する体制が敷かれ、研究は順調に推進されている。神経科学の領域を中心に多くの優れた成果が上がっており、更なる進展が期待される。今後は、生物学的アプローチと人文学的アプローチの融合によって、複合領域にふさわしい成果が上がることを期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 本研究領域は「こころの時間」を対象とするに当たって、研究対象を過去、未来、現在に分けた上で、各研究の連携を図るアプローチを採っている。このことによって各研究の立ち位置とゴールが明確になる効果を生み、脳の時間地図作製という壮大な目標に向かって着実に研究が進展している。

(2)研究成果

 「こころの時間」の神経基盤の解明を目指す本研究領域において、計画研究並びに公募研究から多くの優れた研究成果が上がっている。研究領域内の共同研究による成果も多く見られる。

(3)研究組織

 年2回のシンポジウムに加え、異分野間の対話を進めるためのチュートリアルを活発に行うなど、研究領域内での共同研究を促進する工夫がなされている。その成果として、多数の共同研究が進展中であり、すでに成果も上がってきている。多くの公募研究を採択し、そこから優れた成果が上がっていることも評価できる。

(4)研究費の使用

 問題はない。

(5)今後の研究領域の推進方策

 神経基盤の解明を目指す生物学的アプローチと、「こころの時間」の哲学的意味、言語構造を探る人文学的アプローチとの対話をさらに積極的に推進し、両者の共同研究による、複合領域研究にふさわしい研究成果が上がることを期待する。

(6)各計画研究の継続に係る経費の適切性

 問題はない。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成28年02月 --